ノック
前書き
怖い話って、
「化け物が出ること」じゃない。
本当に怖いのは、
“日常の中に、
少しだけ異物が混ざること”
だ。
いつもの部屋。
いつもの夜。
いつものコンビニ。
なのに、
どこかがおかしい。
今回は、
その夜です。
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Appearing
― 突然、君からのメッセージ ―
第18話
ノック
午前二時十三分。
東神奈川。
黒瀬 悠のアパート。
外ではまだ、
弱い雨が降っていた。
窓ガラスを叩く雨音。
古いエアコンの低い駆動音。
湿った空気。
部屋の照明だけが、
ぼんやり白かった。
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「……」
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悠はスマホを見つめていた。
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『まだ見えてるのか』
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知らない男の声。
ノイズ。
そして。
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『思い出す前に逃げろ』
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頭から離れない。
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「……なんなんだよ」
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小さく呟く。
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メアリーはベッドの端に座っていた。
珍しく静かだった。
いつもみたいに、
ゲームも触らない。
笑わない。
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「……大丈夫か」
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「……うん」
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返事が遅い。
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「ほんとに?」
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メアリーは少しだけ笑おうとした。
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「悠ちゃん最近優しいね」
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「今それ関係ある?」
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「ある」
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でも。
その笑顔は、
どこか無理していた。
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「……ねぇ」
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「ん」
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「私さ」
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メアリーは窓の外を見る。
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「なんか最近」
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「“近づいてくる”感じする」
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悠の背筋が冷える。
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「なにが」
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「……分からん」
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「でも」
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「すごく嫌」
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その時だった。
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コン。
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二人の動きが止まる。
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玄関。
小さなノック音。
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「……」
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時計を見る。
午前二時十四分。
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「誰だよこんな時間」
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悠は立ち上がる。
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「待って」
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メアリーが小さく言う。
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「……なんか嫌」
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悠は少しだけ迷う。
だが。
もう一度。
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コン。
コン。
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静かなノック。
強くない。
でも妙に不気味だった。
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「……はい」
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玄関へ近づく。
覗き穴を見る。
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誰もいない。
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「……は?」
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悠の喉が鳴る。
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外廊下。
古い蛍光灯。
雨。
誰も立っていない。
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「いたずら……?」
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その瞬間。
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コン。
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今度は、
すぐ後ろから聞こえた。
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「――っ!!」
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悠が振り返る。
部屋の窓。
カーテンの向こう。
誰かが、
窓を叩いた。
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「……なに……」
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メアリーの顔が青ざめる。
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コン。
コン。
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静かな音。
窓の外は二階だ。
人なんて立てるわけがない。
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「おい……」
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悠の呼吸が浅くなる。
ゆっくり近づく。
カーテンへ手を伸ばす。
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「やめて!!」
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メアリーが叫ぶ。
今までで一番大きな声だった。
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「開けたらダメ!!」
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悠の動きが止まる。
次の瞬間。
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バンッ!!
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窓が大きく揺れた。
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「っ!!」
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メアリーが耳を塞る。
悠も思わず後ずさる。
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バン!!
バン!!
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誰かが。
外から。
窓を叩いている。
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「……誰だよ!!」
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叫ぶ。
返事はない。
ただ。
窓を叩く音だけが続く。
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バン!!
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「いや……」
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メアリーが震えている。
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「なんで……」
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「なんで来るん……」
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悠はメアリーを見る。
その顔は、
本気で怯えていた。
演技じゃない。
本能的な恐怖。
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「メアリー」
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「……あの音」
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「え?」
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「知っとる……」
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悠の背筋が凍る。
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「なに」
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「分からん……」
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「でも」
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「怖かった」
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その時だった。
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ピタッ。
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音が止む。
静寂。
雨音だけ。
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「……終わった?」
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悠が小さく呟く。
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その瞬間。
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ガタッ。
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部屋の奥。
キッチン側で音がした。
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「――っ!!」
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悠が振り向く。
誰もいない。
でも。
冷蔵庫の扉が、
少しだけ開いていた。
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「……おい」
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メアリーが、
震える声で呟く。
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「……悠ちゃん」
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「なんか」
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「おる」
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部屋の空気が変わる。
冷たい。
異常なくらい冷たい。
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そして。
キッチン奥の暗闇で。
何かが、
ゆっくり動いた気がした。
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後書き
第18話でした。
ここから、
本格的に“ホラー”へ入っていきます。
ただこの作品は、
ジャンプスケア系ではなく:
* 空気
* 音
* 違和感
* 記憶
* 日常侵食型
のホラーです。
つまり:
“普通だった場所が、
少しずつ怖くなる”
タイプ。
そして今回、
メアリーは初めて:
「知っている恐怖」
へ反応しました。
つまり、
記憶の奥にある“あの日”が、
確実に近づいています。




