午前三時の再会
前書き
はじめまして。
あるいは、深夜二時を過ぎたコンビニで缶チューハイを握ったことがある人には、こんばんは。
この物語に出てくるのは、特別な人間ではありません。
派遣。夜勤。倉庫。工場。
コンビニ。ゲーム。サブスク。
なんとなく続いていく毎日。
「そのうちなんとかなる」
そう思いながら、気づけば数年経っていた――みたいな人たちです。
そんな夜の隙間に、
“死んだはずの誰か”が現れたら。
これは、そんな話です。
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Appearing
― 突然、君からのメッセージ ―
第1話
午前三時の再会
午前三時四十分。
神奈川県横浜市。
東神奈川湾岸エリアにある食品加工工場では、夜勤の終盤作業が続いていた。
ライン自体はすでに停止している。
だが、仕事は終わっていない。
むしろ、本番はここからだった。
大型コンベアの分解。
調理機械の洗浄。
ソースや油で汚れた金属パーツの運搬。
高圧洗浄機による清掃。
白い照明の下で、それが延々と続く。
床は濡れていた。
洗剤の匂いと食品臭が混ざり合い、鼻の奥にこびりつく。
工場内に響くのは、水音と機械音だけだった。
誰も喋らない。
疲れているからだ。
怒鳴る元気すら残っていない。
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「こんな仕事マジくそだ……」
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水しぶきの向こうで、男がぼやいた。
相沢 恒一。
二十二歳。
黒瀬 悠と同じ夜勤ラインに入っている派遣社員だった。
帽子を少しずらしながら、死んだ魚みたいな目で高圧ホースを握っている。
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「女とやりてぇ……」
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切実なのか適当なのか分からない声だった。
黒瀬 悠は返事をしなかった。
取り外した金属パーツを持ち上げ、洗浄台へ運ぶ。
冷たい水がゴム手袋の隙間から入り込み、指先を濡らした。
眠い。
というより、感覚が鈍い。
最近はずっとそんな感じだった。
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「つーかさぁ」
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相沢はホースを振りながら続ける。
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「なんで人間って働かなきゃいけねーんだろ」
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悠は無言のまま洗浄機を止めた。
止まった瞬間、工場の静けさが耳に刺さる。
その代わり、別の声が聞こえた。
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「黒瀬ぇ!!」
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現場リーダーだった。
四十代後半。
いつも眉間にシワを寄せている男。
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「お前またライン止めてたろ!!」
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「……止まってました」
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「だからすぐ呼べっつってんだろ!!」
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「……すいません」
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「派遣なんだから余計な判断すんな!!」
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悠は黙った。
言い返さない。
言ったところで無駄だからだ。
本当は機械が古い。
引き継ぎも雑。
人も足りない。
でも最終的には現場の人間の責任になる。
それが、この工場だった。
周囲から視線を感じる。
誰も助けない。
誰も庇わない。
それどころか。
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「またアイツ?」
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「だから派遣はさぁ……」
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聞こえるような声。
悠は聞こえないフリをした。
ここでは、それが一番楽だった。
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「……だる」
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相沢だけが、ぼそっと呟いた。
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午前五時十分。
ようやく夜勤が終わった。
更衣室は湿った空気と疲労臭で満ちている。
ロッカーの金属音。
ため息。
スマホの通知音。
誰も笑っていない。
悠は濡れた作業着を脱ぎ、黒いパーカーへ着替えた。
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「今日ログインする?」
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隣で相沢が聞いてくる。
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「……気分」
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「俺今日ムリ。眠ぃ」
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「じゃあ寝ろよ」
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「いやーでも美女配信者の耐久配信あるんだよなぁ」
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「知らね」
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「お前マジ人生つまんなそう」
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悠は返事をしなかった。
ロッカーを閉める。
眠気と疲労で頭が重い。
工場を出ると、朝前の冷たい空気が肌を撫でた。
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「ちょっとコンビニ行きません?」
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相沢が欠伸混じりに言う。
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「……別にいいけど」
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工場近くのコンビニは、夜勤帰りの人間ばかりだった。
作業着。
安全靴。
疲れた顔。
悠は店内をぼんやり歩く。
氷結。
タバコ。
カップ焼きそば。
気づけばカゴに入っていた。
別に欲しかったわけじゃない。
ただ、いつもそうだった。
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「うわ、高ぇ」
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相沢が菓子パンを見ながら顔をしかめる。
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「この国終わってんだろマジ」
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「知らね」
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「いやお前そればっか」
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会計を済ませ、店を出る。
空が少しだけ青くなり始めていた。
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「じゃ、俺こっちなんで」
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「あいよ」
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「今日ズル休みしちゃダメっすよ〜」
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「……考えとく」
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相沢は笑いながら去っていった。
悠は一人になる。
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東神奈川駅近くの小さな公園。
誰もいないベンチに腰を下ろした。
氷結を開ける。
炭酸音。
朝前の風。
遠くで電車が走る音が聞こえた。
疲れていた。
身体も。
頭も。
生きること自体も。
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「……だりぃ」
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缶を傾ける。
アルコールが胃へ落ちる。
ぼんやりと、昔の景色が浮かんだ。
富山。
海鳴町。
夏。
防波堤。
潮風。
金髪。
笑い声。
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『悠ちゃーん!!』
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頭の奥で、声がした。
悠は眉をしかめる。
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「……なんだよ」
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なんで今さら。
疲れてるのか。
酒か。
それとも。
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「あー……そういやお盆か」
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独り言が漏れる。
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「あー今晩はズル休みするかな……」
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言った瞬間だった。
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「ズル休みはダメやちゃ」
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背後から声がした。
悠の身体が固まる。
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「悠ちゃん、いっつもそんなんやん」
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ゆっくり振り返る。
そこにいた。
金髪の少女。
白いパーカー。
昔と同じ笑い方。
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「……は?」
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メアリー・アンダーソン。
三年前に死んだはずの少女が、そこに立っていた。
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「……なんか」
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メアリーは首を傾げる。
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「久しぶりな気する」
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悠の喉が動かない。
頭が追いつかない。
夢。
疲れ。
酔い。
そのどれかだと思った。
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「……あー」
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悠は顔を覆う。
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「たぶん夢だわコレ……」
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メアリーは笑った。
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「ひどー」
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朝前の公園に、懐かしい声が響いていた。
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後書き
第1話でした。
今回は、
「恐怖」よりも「違和感」と「懐かしさ」を意識しています。
この作品、幽霊は出ますが、
いわゆる“呪い系ホラー”ではありません。
むしろ、
「もう会えないと思っていた人が、突然現れたら」
という感情が核にあります。
なので序盤は、
工場夜勤、コンビニ、缶チューハイ、公園など、
かなり“今の若者の日常”を丁寧に描いていく予定です。
次回はメアリー視点。
彼女はまだ、自分が死んだことに気づいていません。
ではまた次回。




