逃げて
前書き
人は、
怖い記憶ほど、
「気のせい」にしたがる。
疲れてるだけ。
夢見が悪いだけ。
考えすぎ。
でも本当に怖いのは、
“理由のない恐怖”じゃない。
ちゃんと理由がある恐怖だ。
今回は、
その入口の話です。
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Appearing
― 突然、君からのメッセージ ―
第16話
逃げて
夜風が冷たかった。
八月の終わり。
公園。
古いブランコ。
街灯の白い光。
その真ん中で、
メアリーは小さく肩を震わせていた。
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「メアリー」
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悠が声をかける。
だがメアリーは、
何かを探すみたいに周囲を見回していた。
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「……誰かおる」
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「誰」
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「分からん……」
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声が震えている。
今までと違った。
ただの“違和感”じゃない。
本能的な恐怖。
そんな顔だった。
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「……おい悠」
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レイが小さく呟く。
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「今日マジで変だぞ」
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「……」
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「なんかさっきから鳥肌ヤバい」
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レイは腕をさする。
当然、
メアリーは見えていない。
でも。
“空気”は感じていた。
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「……帰るか」
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悠が静かに言う。
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「うん……」
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メアリーは小さく頷いた。
だが。
立ち上がった瞬間だった。
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キィ……
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またブランコが揺れた。
風はない。
なのに。
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「っ……!」
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メアリーの顔が強張る。
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「やだ」
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「メアリー?」
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「……逃げて」
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悠の動きが止まる。
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「は?」
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「逃げ――」
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次の瞬間。
メアリーが頭を押さえた。
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「――っ!!」
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「おい!!」
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呼吸が乱れる。
雨。
夜。
冷たい地面。
頭の奥へ、
知らない景色が流れ込んでくる。
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「暗い……」
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「痛い……」
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「やだ……」
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悠は咄嗟に肩を掴む。
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「メアリー!!」
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その瞬間だった。
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パァン!!
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遠くで、
何か金属が落ちる音が響いた。
工事現場か。
どこかの倉庫か。
分からない。
でも。
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「いやぁっ!!」
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メアリーが悲鳴を上げた。
その声は、
今までで一番生々しかった。
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「メアリー!!」
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悠は思わず抱き寄せる。
冷たい。
でも確かにそこにいる。
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「怖い……」
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「怖い……」
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「大丈夫」
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反射的にそう言っていた。
意味なんてない。
でも言わずにいられなかった。
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「大丈夫やから」
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メアリーは震えながら、
悠の服を掴む。
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「……ごめ」
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「ごめん悠ちゃん」
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「謝んな」
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「でも」
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「なんか……」
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涙声だった。
悠は初めて見る。
メアリーがここまで怯える姿を。
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「……なぁ」
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レイが小さく言う。
さっきまでの軽い調子じゃない。
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「悠」
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「お前マジで誰と喋ってんの」
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静かな声だった。
悠の呼吸が止まる。
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「……は?」
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「いやだって」
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レイは眉を寄せる。
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「今お前」
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『大丈夫やから』
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「って誰かに言ってたじゃん」
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空気が止まる。
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「……」
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悠は答えられなかった。
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「お前さ」
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レイが少し不安そうな顔をする。
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「最近マジで変だぞ」
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悠は視線を落とす。
言えるわけがない。
死んだはずの女の子が見えているなんて。
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「……疲れてるだけ」
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「……ならいいけど」
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レイはそれ以上聞かなかった。
でも。
その目は、
少しだけ怖がっていた。
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しばらくして。
三人――正確には二人と一人は、
公園を出て川沿いを歩いていた。
夜風。
湿った空気。
遠くの赤い航空灯。
メアリーはまだ少し俯いている。
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「……ごめんね」
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「だから謝んな」
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「でも」
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「なんか最近怖い」
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悠は少し黙る。
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「……思い出してんのかもな」
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「え?」
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「色々」
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メアリーは静かに歩きながら、
小さく呟いた。
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「……私さ」
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「昔、死んだ時って」
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悠の胸が止まる。
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「……苦しかったんかな」
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風が吹く。
川面が揺れる。
悠は何も言えなかった。
言葉が見つからなかった。
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「……分からん」
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やっとそれだけ返す。
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「そっか」
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メアリーは少し笑った。
でもその笑顔は、
どこか無理しているように見えた。
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その時だった。
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ピロン。
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悠のスマホが鳴る。
画面。
知らない番号。
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「……誰だ」
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開く。
短いメッセージ。
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『逃げて』
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悠の背筋が凍った。
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「……は?」
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「悠ちゃん?」
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メアリーが覗き込む。
悠はスマホを見つめたまま動けなかった。
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夜風だけが、
静かに吹いていた。
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後書き
第16話でした。
今回は、
“恐怖”が初めてはっきり形になる回です。
ただ、
まだ犯人も事件も出していません。
今は:
* 雨
* 音
* 夜
* 記憶
* 理由の分からない恐怖
だけを積み上げています。
そして最後のメッセージ。
ここから少しずつ、
第1章終盤へ向かって空気が変わり始めます。
ではまた次回。




