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Appearing ― 突然、君からのメッセージ ―  作者: 和泉發仙


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消えない光

前書き


人は、

「この時間が続けばいいのに」と思った瞬間ほど、

終わりの気配に敏感になる。


夏休みの最後みたいに。


深夜の帰り道みたいに。


今回は、

少しだけ“終わり”の匂いがする夜です。


⸻


Appearing


― 突然、君からのメッセージ ―


第14話


消えない光


 午後九時半。


 雨上がりの東神奈川は、

 街全体が濡れたネオンを纏っていた。


 コンビニの白い光。


 車のヘッドライト。


 水溜まりに反射する赤信号。


 夏の終わりみたいな湿った風が吹いている。


 黒瀬 悠は、

 アパート近くの小さな公園で缶コーヒーを飲んでいた。


 ベンチ。


 自販機。


 人気のないブランコ。


 最近、

 ここへ来ることが増えた。


 理由は自分でも分かっている。


⸻


「……静かやね」


⸻


 隣でメアリーが空を見上げている。


 白いパーカー。


 少しだけ伸びた金髪。


 夜の光に照らされる横顔は、

 本当に普通の女の子だった。


⸻


「まぁ平日だし」


⸻


「でもこの時間好きやよ」


⸻


「なんで」


⸻


「世界止まっとる感じする」


⸻


 悠は少しだけ目を細めた。


 それは分かる気がした。


 深夜って、

 昼間みたいに誰かへ急かされない。


 働けとか。


 頑張れとか。


 未来とか。


 そういうものが少しだけ遠くなる。


⸻


「……悠ちゃん」


⸻


「ん」


⸻


「仕事辞めんの?」


⸻


 悠は缶コーヒーを見つめた。


⸻


「……分からん」


⸻


「辞めたい?」


⸻


「まぁ」


⸻


「じゃあ辞めればいいやん」


⸻


「簡単に言うな」


⸻


 悠は苦笑する。


⸻


「金とかあるし」


⸻


「生活とか」


⸻


「次探すのだるいし」


⸻


「人間関係また作るのもしんどい」


⸻


「……なんかもう全部めんどい」


⸻


 言葉にした瞬間、

 少しだけ胸が軽くなった。


 メアリーは静かに聞いている。


 否定しない。


 説教もしない。


⸻


「……そっか」


⸻


 それだけだった。


 でも。


 その一言が妙に優しかった。


⸻


「昔の悠ちゃんさ」


⸻


「もっと未来の話しとった」


⸻


 悠は少し黙る。


⸻


「バイク乗って」


⸻


「北海道行くとか」


⸻


「海沿い住むとか」


⸻


「ゲーム作るとか」


⸻


 メアリーが笑う。


⸻


「いっぱい言っとったやん」


⸻


「……ガキだったし」


⸻


「でも楽しそうやった」


⸻


 風が吹く。


 ブランコが少し揺れた。


⸻


「……ねぇ」


⸻


 メアリーが小さく言う。


⸻


「今の悠ちゃんって」


⸻


「“生きとる”って感じせん」


⸻


 悠は返事をしなかった。


 できなかった。


 図星だったから。


⸻


 その時だった。


⸻


「うわ、いた」


⸻


 レイがコンビニ袋を提げながら公園へ入ってくる。


 今日は黒キャップにスカジャン姿。


 片手には氷結。


⸻


「お前らまたここ?」


⸻


「住んでんの?」


⸻


「……知らね」


⸻


「はい出た」


⸻


 レイは笑いながらベンチへ座った。


⸻


「ほら」


⸻


 コンビニ袋を悠へ投げる。


⸻


「……なにこれ」


⸻


「肉まん」


⸻


「暑いだろ」


⸻


「今日ちょっと寒くね?」


⸻


「お前感覚バグってんだろ」


⸻


 メアリーが吹き出す。


⸻


「レイちゃん相変わらずやねぇ」


⸻


「ん?」


⸻


 レイが少し首を傾げた。


 悠の心臓が止まりそうになる。


⸻


「……今なんか聞こえた」


⸻


 空気が静まる。


⸻


「は?」


⸻


「いや……」


⸻


 レイは辺りを見る。


⸻


「女の声みたいなの」


⸻


 悠の喉が詰まる。


 メアリーも固まっていた。


⸻


「……気のせいじゃね」


⸻


「……かな」


⸻


 レイは少し不思議そうな顔をしたあと、

 氷結を開けた。


⸻


「疲れてんな私」


⸻


 悠は何も言えなかった。


 今のは。


 本当に。


 レイに聞こえたのかもしれない。


⸻


「……ねぇ悠ちゃん」


⸻


 メアリーが小さく呟く。


⸻


「私さ」


⸻


「ちょっとだけ」


⸻


「ここにおれるようになっとる?」


⸻


 悠は答えられなかった。


⸻


 しばらくして。


 三人はブランコへ移動していた。


 深夜の公園。


 誰もいない。


 遠くの道路音だけが聞こえる。


⸻


「なぁ」


⸻


 レイがブランコを揺らしながら言う。


⸻


「夏終わったらさ」


⸻


「ちょっとどっか行かね?」


⸻


「どこ」


⸻


「海でも山でもいいけど」


⸻


「このままだと腐る」


⸻


「もう腐ってる」


⸻


「じゃあ発酵」


⸻


 悠は少し笑った。


 メアリーも笑う。


 三人分の笑い声。


 昔みたいな空気。


 でも。


 その瞬間だった。


⸻


「――っ」


⸻


 メアリーの顔色が変わる。


⸻


「メアリー?」


⸻


 ブランコ。


 鎖の音。


 軋む金属音。


⸻


「……やだ」


⸻


「え?」


⸻


「なんか」


⸻


「怖い」


⸻


 呼吸が乱れる。


⸻


「夜」


⸻


「雨」


⸻


「金属の音――」


⸻


 メアリーは頭を押さえた。


⸻


「……誰か」


⸻


「誰かおった」


⸻


 悠の背筋が冷える。


⸻


「メアリー」


⸻


「……分からん」


⸻


「でも」


⸻


「すごく怖かった」


⸻


 公園の街灯が、

 雨上がりの地面を白く照らしていた。


 悠は初めて思う。


 もしかすると。


 この“戻ってきた夏”には。


 ちゃんと終わりがあるのかもしれない、と。


⸻


後書き


第14話でした。


今回は、

“少しずつこちら側へ近づくメアリー”

を描いています。


レイが声を聞いたシーンは、

かなり重要です。


つまりメアリーは、

少しずつ“存在”を取り戻し始めている。


ただその代わり、

記憶の奥に沈めていた“恐怖”も近づいています。


それでも今はまだ、

三人で笑っていられる時間を描いています。


ではまた次回。

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