『なんでも屋』の黒田充
荷物を受け取り終えた二人は、西門へ向かって歩き出した。
昼下がりの陽光が石畳を照らし、町の喧騒が少しずつ遠ざかっていく。
「護衛依頼の集合場所って、この先の広場だよ」
アリシェラが指差す。
広場には、荷馬車と、旅支度をした中年の男性が立っていた。
彼は二人を見ると、ほっとしたように手を振る。
「おお、アリシェラさん! 今日は頼りになる人を連れてきてくれたんだね」
「うん! 黒田、紹介するね。この人が今日の依頼主、ミルドさん」
黒田は軽く頭を下げた。
「黒田です。よろしくお願いします」
ミルドは安心したように笑った。
「いやぁ助かるよ。最近この道で“シャドウウルフ”の群れが出るって噂でね。
護衛を雇わないと、とてもじゃないが通れなくて」
アリシェラが黒田の方を見る。
「一匹なら問題ないけど群れは厄介だね」
黒田は周囲の地形を確認しながら、静かに言った。
「ミルドさん、道中で魔物が出る可能性は高いですか?」
「高いね。特に森の入口あたりが危ない」
「なるほど……」
黒田の頭の中で、また地図が組み上がる。
- 森の入口は狭い
- 荷馬車は小回りが利かない
- シャドウウルフは素早い
- アリシェラは近接戦闘が得意
- 自分は非戦闘員
(なら、やるべきことは――)
「アリシェラさん、護衛の配置を決めましょう」
「配置?」
黒田は指で地面に簡単な図を描いた。
「森の入口は一本道です。
ここで荷馬車を止めると逃げ場がなくなるので――」
黒田は指を滑らせながら説明する。
「① 荷馬車は森に入る前に速度を落とさず通過
② アリシェラさんは馬車の左側で迎撃
③ 右側は木が多いので、魔物は左から来る確率が高い
④ 僕は馬車の後ろで周囲を警戒しつつ、ミルドさんの護衛に専念」
アリシェラは目を丸くした。
「えっ……そんな細かいこと考えてたの?」
「段取りです。戦闘も仕事と同じで、準備が八割ですよ」
ミルドが感心したようにうなずく。
「いやぁ……こんなに頼もしい護衛は初めてだ」
◆
森に近づくにつれ、空気がひんやりと変わった。
木々の影が濃くなり、鳥の鳴き声が途切れる。
「来るよ……」
アリシェラが短剣を抜く。
――ガサッ。
黒田の背筋がぞくりとした。
一匹とは違う。複数の気配。
「アリシェラさん、左側に集中してください!」
「了解!」
次の瞬間、黒い影が三つ、同時に飛び出した。
「グルルルッ!!」
アリシェラが一歩踏み込み、斜めに構えて魔物の突進を受け流す。
黒田が指示した通り、木の少ない左側に誘導されている。
「黒田、後ろは大丈夫!?」
「問題ありません!」
黒田はミルドを庇いながら、周囲の動きを観察する。
(右側は木が密集している……魔物は動きづらい。
やはり左に集中している)
アリシェラの短剣が閃き、一匹が倒れる。
残り二匹が唸り声を上げて距離を詰める。
「アリシェラさん、後ろから来ます!」
「任せて!」
アリシェラは黒田の声に反応し、体をひねって二匹目の牙をかわす。
そのまま地面を蹴り、逆手に持った短剣で喉元を突いた。
最後の一匹が怯んだように後退する。
「今です!」
黒田の声に合わせ、アリシェラが一気に踏み込む。
――ズシャッ。
黒い影が地面に崩れ落ちた。
森に静寂が戻る。
◆
「ふぅ……終わった……」
アリシェラが息を整えながら笑う。
ミルドが震える声で言った。
「す、すごい……本当にすごい……!
アリシェラさんも強いが、黒田さんの指示がなかったら……」
黒田は首を振った。
「いえ、アリシェラさんが強いからこそ、段取りが活きるんです」
アリシェラは照れくさそうに頬をかいた。
「黒田……あなた、本当に凄いわ」
その言葉に、黒田の胸がじんわりと温かくなる。
(……ブラックじゃない世界って、こんなに優しいのか)
護衛依頼は、こうして無事に成功した。
◆
黒田は日が傾き始める前に、その日の依頼を片付けた。
「これで定時で帰れますね。それに――鉄鉱石が貰えたから武器の修理依頼はすぐに終わりますね」
アリシェラは受け取った鉄鉱石の袋を抱えながら、ぽかんとした顔で黒田を見る。
「すごいわ、黒田! 今日の依頼を全部こなしたうえに、別の依頼にまで手をつけるなんて!」
「段取りを組めば、こういう日もありますよ」
「すごい……。私、いつも夜までかかってたのに……」
黒田は肩をすくめた。
「効率化は、慣れれば誰でもできますよ。むしろ今日は順調すぎたくらいです」
アリシェラは笑いながら言った。
「順調すぎるって言えるの、黒田くらいだよ」
アリシェラは金貨の入った袋を黒田に渡す。
「今日の報酬よ。それで――もし、良ければなんだけど、これからもうちで働いてくれないかしら?どうせ寝る場所もないんでしょ?」
黒田は少し頭を掻いた。
「初日で自分に合ったプロジェクトに配属されるなんて、俺は幸運者です」
「プロジェクト……?」
アリシェラは首をかしげる。
黒田はふっと笑った。
「何でもないですよ。今日は飲みに行きましょう!」
(定時上がりで飲みに行くなんて……何年ぶりだろう)
まだ明るい空を見上げながら、黒田は“定時で上がれる”という当たり前の喜びを噛みしめていた。




