作業開始
アリシェラの店に到着すると、黒田は店内を一瞬で見渡した。
狭い店舗。
依頼票が雑に貼られた壁。
机には散乱した道具と未処理の紙束。
奥には、半分開いたままの荷物棚。
「……カオスですね」
「ひ、人手が足りなくて……」
黒田は自然に動き出した。
棚の整理、依頼票の仕分け、道具の分類。
効率化のために必要最低限のスペースを作り、すぐに仕事に取りかかれる環境を整えていく。
わずか十分ほどで、店が“機能する空間”に変わっていた。
アリシェラは口をぱくぱくさせた。
「えっ……なんでこんなに片付くの……?」
「環境整備は仕事効率の基本です。汚い職場は事故の元ですよ」
「この男……出来る!」
黒田は苦笑しながら、壁に新しい紙を貼る。
そこには、彼が即座にまとめた1日の工程表が書かれていた。
■ 本日の作業フロー
北の丘:薬草採取(11:00~12:00)
南門:商隊の荷物受け取り(13:00予定)
西門:護衛依頼(14:00~)
「……すごい」
アリシェラは見惚れるように言った。
「あなた、本当に一般人?」
「ただのサラリーマンですよ」
「サラリーマン……?なんか凄そうな響き」
その言葉に、黒田は少しだけ胸が温かくなった。
「凄くもなんともないですよ」
サラリーマンは地球では、ただの便利屋扱いだった。
だがこの世界では――
“要領の良さ”が特別扱いされる。
「よし、それじゃ行こうか!」
アリシェラは元気よく扉を開いた。
「今日は全部、早く終わらせちゃおう!」
「はい。定時が大事ですから」
「ていじ……?」
「夕方までに仕事を終わらせることです」
こうして黒田充の、異世界なんでも屋としての初仕事が始まった。
――ブラックではない、効率重視の冒険の幕開けだった。
◆
北の丘に向かう道は、朝の光が差し込み、どこか懐かしい田舎道のようにのどかだった。
アリシェラは軽快に歩きながら言った。
「薬草採取はね、いつも時間がかかるの。見つけるのに手間取るし、集中しすぎて周囲を警戒し忘れちゃうし」
「危険じゃないですか、それ」
「ね! よく生きてると思うよ!」
胸を張って言うことじゃない。
やがて丘に到着すると、アリシェラは腰をかがめて草むらを指差した。
「この辺りに“ヒカリソウ”が生えてるの。光が弱くてね、見つけるのが大変なんだ」
黒田はしゃがみ込み、草を観察した。
(確かに目立たない。これは慣れてないと時間がかかるな……)
だが、前職で「仕様書の誤字の中から本当に重要なミスだけを見抜く」ような作業は日常茶飯事だった。
訓練されている。
「……あそこ、群生してますよ」
「えっ、どこ!?」
「ほら、地面に影ができてない場所です。微妙に色が周囲の草と違う」
アリシェラは目を丸くして駆け寄った。
「ほんとだ! えっ、すごくない? 何者?」
「ただの元サラリーマンです」
10分足らずで必要量の薬草をすべて採取してしまった。
アリシェラは袋を抱えながら呆然と呟く。
「いつも半日かかってたのに……」
「慣れれば誰でもできますよ。パターンを覚えればいいだけです」
「そのパターンを見つけるのがすごいんだよ!」
褒められ慣れていない黒田は、少し照れながら咳払いした。
「ついでに、ポーションに使える薬草を取っておきましょう」
「依頼にポーションなんてなかったけど……」
「いずれ分かりますよ」
黒田は先を見据えていた。仕事を短時間で終わらせるには周りを見る必要がある。
一通り薬草を取り終わり、黒田が口を開く。
「さて……南の商隊に向かいましょうか。丘の南側から降りれば、町の近くに出られるはずです」
「任せる! 黒田がリーダーだね!」
(リーダー……そんなの何年ぶりだろう)
部下のいないプロジェクト管理。
責任だけ重く、権限はない。
そんな世界とは違い、ここでは黒田の判断がそのまま採用された。
それだけで、胸が少しだけ軽くなった。
◆
南へ少し歩くと、町が見えた。
「少し寄り道して行こう」
黒田は町の薬師の店に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
穏やかな表情をした女性が黒田たちを迎い入れた。
「この薬草でできるだけポーションを作ってほしい」
黒田は大量の薬草をバッグから取り出した。
「かしこまりました。少々お待ちください」
女性は薬草を持って店の奥へ入っていった。
「あんなに、薬草渡していいの?」
アリシェラは不安そうに黒田を見つめた。
「問題ないですよ。あの薬草はポーションくらいしか使い道がない。それに――ポーションの価値は高い」
二人はポーションを10個ほど受け取り店を後にした。
地図を見ながら町を歩いていると商隊が見えた。
隊の中で、ひときわ大きな体の男が声を上げた。
「おお、アリシェラか! 今日も受け取りか?」
「うん! 荷物、頼んでた分ある?」
「もちろんだ。……が、問題があってな」
男は肩を落とした。
「積み荷の一部が、別の依頼主と混ざっちまったらしい。仕分けが追いついてねぇ」
アリシェラは頭を抱える。
「ええ〜……じゃあ待たなきゃいけないの?」
黒田は一歩前に出た。
「荷物の一覧、ありますか?」
「ん? ああ、ここにあるが……読めるのか?」
黒田は即座に目を通し、積み荷の特徴と番号を確認する。
(色分けされてるのに、積むときに順番を無視したな……
いや、この配送効率じゃ混ざるのも無理ない)
「アリシェラさんの依頼品は“軽量の箱が3つ”ですね。番号は……B-12、B-13、B-14」
「そうそう! それそれ!」
黒田は荷台を見て、素早くラベルを追った。
「……ありました。ここです」
「早っ!?」
周囲の商人たちもざわつき始めた。
「兄ちゃん……この混乱した荷台から一瞬で見つけたのか……?」
「お、お前、仕分け係に来ないか? 報酬出すぞ!」
「俺らより目がいいぞ、こいつ!」
「いや、要領がいいだけです」
黒田は爽やかに微笑んだ。
「ところで、この中に要らないものを持っている方居ませんか?ポーションを買いすぎちゃって」
商隊の男たちがざわつく。
「ポーションか……」
その中で、ひときわ大柄な男が手を挙げた。
「兄ちゃん、ちょうどいい。鉄鉱石が余っててな。鍛冶屋に卸すには量が半端で困ってたんだ。ポーション一つと交換してくれねぇか?」
黒田は袋の中を覗き込む。
粗いが質の良い鉄鉱石が数個、ぎっしり詰まっている。
(武器の修理にも使えるし、アリシェラの仕事にも役立つ。十分価値がある)
「いいですよ。こちらのポーションと交換しましょう」
「助かる! 本当に助かる!」
男は満面の笑みで鉄鉱石を手渡してくる。
「他にも不要な物がある方はポーションと交換してほしいです」
黒田はポーションを元手に物々交換を進めていった。
アリシェラは鉄鉱石の袋を抱えながら、ぽつりと呟いた。
「黒田……あなた、本当に“なんでも屋”向いてるよ」
黒田は照れくさく笑った。
――異世界の人手不足は、ブラックと違い“感謝される”。
そのことが、何よりも嬉しかった。




