第二十五話 黒樹胎種 討伐
地面の奥から、巨大なものが澪を引き返した。
メイの鎖が、黒い皮膜の床へ深く食い込んでいる。鎖に絡まった黒根虫は、地中へ戻ろうとして暴れた。小さな根の虫が何百、何千と束になり、森の底へ潜ろうとする。その力が鎖へ伝わり、澪の細い腕を下へ引く。
普通なら、持っていかれる。
けれど澪は、離さなかった。
白い髪が風もないのに揺れる。猫耳は伏せられ、地下から響く鼓動を拾い続けている。マシロの裾は地面へ広がり、澪の足元へ群がる黒根虫を焼いていた。白い布が黒い液を弾き、焼け残った根が足首へ刺さる前に締め潰す。
巨人たちが迫る。
十体を超える黒樹巨人。二十メートル級の巨体が、森の奥から次々に立ち上がる。棍棒が並び、拳が重なり、黒い一つ目が澪へ向けられる。枝葉の淡い光は巨人の影に遮られ、森の床に残る白は、澪とマシロだけになった。
「重い」
澪は、またそう言った。
だが、今度の声には少しだけ力が入っていた。
メイが鳴る。
鎖の奥、地面の下で何かが暴れた。黒根虫が一斉に地面へ潜ろうとする。澪は足を開き、両手で鎖を握った。マシロが腰と背中を締める。白い布が筋肉の動きを邪魔しない位置へ滑り、澪の身体を支える。
巨人の棍棒が落ちる。
澪は鎖を離さず、左手だけを上げた。
見もせず棍棒を受けた。
また、地面が負ける。
澪の足元に大穴が開く。根が砕け、皮膜が爆ぜ、黒い液が噴き上がる。それでも澪の腕は折れない。細い手のひらが棍棒を受け止め、指が樹皮へ食い込んでいる。
澪は棍棒を押し返すのではなく、掴んだまま引いた。
棍棒を持つ巨人の上体が前へ崩れる。澪はその巨体を、自分の方へ呼び込む。巨人の胸が低くなった瞬間、メイを振り抜いた。
青白い斬撃が飛ぶ。
巨人の首が斜めに裂け、さらに奥の二体目の腕を落とした。落ちた腕から黒根虫が噴き出し、地面へ降る。澪はそれを見ずに、地下へ食い込んだ鎖を引いた。
地面の下の鼓動が乱れる。
『引いた』
『今、巨人ごと引いたぞ』
『棍棒を受けながら鎖引いてる』
『腕、どうなってる』
『足元また穴になった』
『澪ちゃんの足場だけ毎回壊れる』
『地面がかわいそう』
『澪ちゃんに踏まれる地面なら本望だろ』
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『残った』
『地面派までいるのか』
『【黒鉄旅団公式】受け止めた後の重心が異常。腕力だけではなく、全身で衝撃を落としている』
『黒鉄が冷静』
『【アークライン公認解説/Noah Vale】The chain is pulling against the underground source. She is using the giants’ attacks to anchor herself.(鎖は地下の源と引き合っています。彼女は巨人の攻撃を支えに使っています)』
『攻撃を支えに使うな』
澪は落ちてきた巨人の肩へ転移した。
白い残像が穴の底に残る。澪は巨人の肩で膝を曲げ、鎖を背負うように引いた。地下へ伸びる鎖が、さらに深く食い込む。地面の奥で太い根が千切れる音がした。
巨人たちが一斉に叫んだ。
叫びではなく、幹が裂ける音だった。黒い一つ目が赤黒く光り、根束が腕の表面へ浮き上がる。棍棒が四方向から澪へ振られる。
転移。
別の巨人の棍棒の上へ出る。走る。棍棒が振り下ろされる前に跳ぶ。空中でメイを横へ振る。青い斬撃が遠くの巨人を薙ぎ倒す。転移。斬撃を四方に放つ。
巨人が倒れる。
澪は倒れる巨人の胸を踏み、さらに跳ぶ。
転移。
拳の上。
左手で拳を押さえる。衝撃が腕を通り抜け、澪の背後の根を吹き飛ばす。澪はその拳を蹴り、拳の向きを変える。巨人の拳が別の巨人の腹へ突き刺さった。
花殻が砕ける。
黒根虫が噴き出す。
マシロが広がる。
白い布が虫の流れを受け、焼きながら地面へ落とす。澪は焼け残った虫だけを鎖で絡め取った。虫たちはやはり同じ方向へ戻ろうとする。鎖が地下へ引かれる。
澪はその力を逃がさない。
さらに引く。
地面の下で、何か大きなものがずれた。
「出てきて」
澪が言った。
森の床が、波のように膨らんだ。
『床が膨らんだ』
『下から来る』
『何かいる』
『でかい音した』
『巨人が叫んでる』
『澪ちゃん、出てきてって言った?』
『釣ってる』
『地下の化け物を釣ってる』
『竿が鎖鎌なの怖い』
『【日本探索者協会・臨時広報】第二層第九環深部の地形変動を確認。映像記録を保存中』
『協会も出てきた』
『【米国迷宮安全局】Signal shared under emergency observation protocol. Do not approach related dungeon zones.(緊急観測協定に基づき信号共有中。関連ダンジョン区域へ接近しないこと)』
『海外政府まで見てる』
『そりゃ見る』
『澪ちゃんの釣りを国家が見る日』
地面が割れた。
最初は細い亀裂だった。澪の足元から森の奥へ、白く光る筋が走る。次に、黒い皮膜が裂けた。根が千切れ、花殻が跳ね、地下から湿った風が噴き上がる。その風に、黒根虫が混じっていた。
黒い滝だった。
1本釣りした地面の割れ目から、黒根虫が噴き出す。空へ吹き上がり、雨のように落ち、澪へ群がる。マシロが一気に広がった。白い外套が翼のように開き、虫の雨を受ける。黒い液が布へ噛みつく。マシロは震え、吐き出し、焼く。白と黒の火花が澪の周囲で散った。
澪は引く。
メイの鎖が軋む。地下へ食い込んだ鉤刃が、何か固いものに引っ掛かった。メイの刃が低く鳴る。死神を喰った青い残光が鎖へ走り、地面の下で黒いものを裂いた。
森全体が揺れた。
巨人たちが、澪へ殺到する。
増やし続けて数がわからなくなった巨人が、同時に手を伸ばす。棍棒を捨てたものまでいる。殴るのではなく、澪を掴みに来ている。鎖を離させるためだ。
澪は鎖を背負ったまま、前へ出た。
巨人の手が迫る。
左手で受ける。指を掴む。折る。折った指を支点に身体を回す。別の巨人の手首へ蹴りを入れる。腕が曲がる。曲がった腕をメイの鎖で引き、三体目の顔へ叩きつける。
転移。
巨人の肩。
転移。
棍棒の柄。
転移。
黒根虫の雨の隙間。
青い斬撃が何本も飛ぶ。遠くの腕が落ちる。近くの首が裂ける。巨人の足首が斬られ、巨体が傾く。倒れる巨人の背を、澪は走る。背中を駆け上がり、頭を踏み、跳ぶ。
跳びながら、鎖を全力で引いた。
地下のものが、ついに持ち上がった。
割れ目から、黒い種が姿を見せる。
種と呼ぶには大きすぎた。地面の下に埋まった巨大な心臓。黒い殻に白い筋が走り、表面には人の顔にも、木の年輪にも見える模様が浮いている。上半分だけで、二十メートル級の巨人より大きい。その殻の割れ目から、巨人の腕が何本も生えようとしていた。
《黒樹胎種》
それが本体だと分かった。
「出た」
澪は短く言った。
『でかい』
『種?』
『あれが本体?』
『気持ち悪い』
『表面に顔みたいなのある』
『巨人の腕が生えてる』
『まだ巨人を作ろうとしてる』
『澪ちゃん、本当に引きずり出した』
『地下から化け物を釣り上げた』
『【黒鉄旅団公式】接近禁止。映像越しでも規模が異常』
『【英国深層災害庁】Observed entity exceeds standard giant-class growth limits.(観測個体は通常の巨人級成長限界を超過)』
『通常の巨人級って何』
『比較対象があるの怖い』
『【アークライン配信管理部】映像遅延を拡大。危険情報の遮断を優先します』
『配信止めないで』
『いや澪を見せて』
『マシロの白い裾だけでも見せて』
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『それも残るのか』
澪はメイをさらに引いた。
黒樹胎種の殻が割れる。
割れ目から黒根虫が噴き出し、さらに太い根が伸びる。根は近くの巨人へ突き刺さり、その身体を吸い上げた。巨人が崩れる。崩れた樹皮、花殻、黒い汁、根束。すべてが黒樹胎種へ吸われていく。
十体以上の巨人が、次々に潰れた。
潰れたのではない。
戻っている。
本体へ戻り、別の形を作るために集まっている。
澪の猫耳が強く伏せた。
地下の鼓動が速くなる。
黒樹胎種の殻が大きく裂けた。中から腕が出る。一本ではない。二本。さらに肩。頭。胸。黒い殻を破り、巨人の形が立ち上がる。さっきまでの二十メートル級とは違う。木々を越え、枝葉を押し破り、森の天井を砕きながら立つ。
百メートル級。
黒樹胎種が作った、本体の巨人だった。
その一つ目が開いた瞬間、森の光が消えた。
巨大な拳が振られる。
速さが、変わった。
今までの巨人とは違う。大きくなったのに、遅くならない。むしろ速い。拳が空を裂き、落ちる前に圧だけで根が爆ぜる。
澪は受けた。
左手で。
細い手のひらが、百メートル巨人の拳を止める。
止めた瞬間、森の床が負けた。
澪を中心に、根と皮膜が円形に崩れ落ちる。十メートルでは済まない。クレーターは何重にも広がり、近くに残っていた巨人の残骸ごと沈んだ。澪の足は穴の底へ落ちかけ、マシロが白い帯を何本も伸ばして身体を支えた。
澪の左腕が軋む。
骨は折れない。
だが、手のひらから肘まで、強い痛みが走った。
「重い」
澪は、三度目の同じ言葉を言った。
百メートル巨人の拳が、さらに押し込んでくる。澪の身体が沈む。マシロが支える。メイの鎖が鳴る。澪は拳を横へ流そうとした。
流れない。
力が違う。
澪はすぐに転移した。
拳の下から消え、巨人の手首の上へ出る。メイを振る。青い斬撃が手首を裂く。表皮が割れ、黒い汁が飛ぶ。だが、浅い。今までなら腕ごと落としていた斬撃が、表面を削っただけで止まった。
巨人の再生が始まる。
裂けた場所から黒根虫が噴き、根束が傷を縫う。
「硬い」
澪は手首の上を走った。
巨人が腕を振る。百メートルの腕が横へ払われる。澪は手首から跳び、空中で転移する。肩。首。背中。胸。連続で位置を変えながら、メイを振る。青い斬撃が何本も走る。
だが、切り口が浅い。
死神を喰ったメイの刃でも、巨人の本体には深く入らない。表皮を削り、根束を裂き、黒い汁を出させる。けれど、次の瞬間には根が戻る。
百メートル巨人が膝を上げた。
蹴りではない。
ただ足を下ろすだけ。
それだけで、澪の周囲の森が潰れた。
澪は転移で逃げる。逃げた先へ、もう拳が来ている。猫耳が拾っていても、距離が足りない。マシロが白い足場を作る。澪は足場を蹴り、軌道を変える。拳がすぐ横を通り過ぎ、余波でマシロの裾が裂けた。
白い布が破片になって舞う。
澪の青い目が少し細くなった。
「マシロ」
マシロは裂けた布をすぐに戻そうとする。だが、黒根虫が破れ目へ群がる。白い布が焼く。虫が焦げる。黒い液が垂れる。澪は空中で身体をひねり、メイの鎖を巨人の首へ投げた。
届く。
鎖が巻きつく。
澪は引いた。
巨人の首は傾くだけだった。
澪の身体の方が引かれる。百メートルの質量が、鎖越しに澪を持っていく。澪はそれを止めるために、メイの柄を地面へ打ち込んだ。
地面が割れる。
柄が刺さった根が砕ける。
それでも、少しだけ止まった。
その少しで、澪は見た。
百メートル巨人の胸の奥。黒い殻の割れ目。そこから、地下へ伸びる太い根がまだ残っている。引きずり出したが、完全には切れていない。根が地面へ刺さり、森の奥から力を吸い上げている。
あれを断たない限り、終わらない。
澪は息を吸った。
『百メートルある』
『でかすぎる』
『さっきまでの巨人が小さく見える』
『素手で拳を受けたが?』
『受けたけど地面が全部沈んだ』
『腕、痛そうー』
『脳が破壊されるー』
『マシロに触るな虫』
『強さってなんだっけー』
『人間って強いんだなぁー』
『澪ちゃんが押されてる』
『それでも片手で受けるの何』
『細い手で百メートルの拳を止めるの意味が分からない』
『澪ちゃんの手のひらに世界中の金貨を積みたい』
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『金貨で済むな』
『【黒鉄旅団公式】全員記録しろ。あの受け方は人型の身体でやるものではない』
『黒鉄の語気が強い』
『【米国迷宮安全局】Entity scale exceeds emergency-response assumptions. Do not infer survivability from this footage.(個体規模が緊急対応想定を超過。この映像から生存可能性を推定しないこと)』
『普通は死ぬってことね』
『普通じゃなくても死ぬ』
『澪が普通じゃないだけ』
百メートル巨人が両腕を上げる。
森が暗くなる。
拳ではない。巨人は両腕ごと、地面へ叩きつけるつもりだった。避けても余波が来る。受けても地面が壊れる。転移しても、衝撃が後から追ってくる。
澪は逃げなかった。
メイの鎖を、巨人の胸の割れ目へ投げる。
青白い鉤刃が走る。黒根虫の雨を裂き、花殻の装甲を削り、胸の奥へ食い込んだ。巨人の体内で、メイが強く鳴った。
根。
まだ地面へ伸びる、太い根。
澪はそれを感じた。
「そこ」
巨人の両腕が落ちる。
澪は鎖を掴んだまま、真正面へ転移した。
巨人の胸のすぐ前。
両腕の影が頭上にある。
メイを大きく振り上げる。鎌の刃が青く澄む。死神の残光が刃の内側で沈み、次の瞬間、斬撃が風になって走った。
一本ではない。
澪は空中で身体を回す。メイを振る。転移。別の角度。振る。転移。さらに下。振る。マシロが白い足場を作る。蹴る。転移。巨人の胸の割れ目を囲むように、青白い斬撃が何重にも刻まれる。
両腕が落ちた。
森が爆ぜる。
衝撃が広がる前に、澪は胸の割れ目へ飛び込んだ。
黒根虫が一斉に襲いかかる。マシロが白く広がり、澪の背を守る。メイの鎖が胸の奥の太い根へ巻きついた。
澪は両手で鎖を掴む。
引く。
百メートル巨人の身体が、内側から軋んだ。
太い根が、一本ずつ切れていく。
だが、まだ足りない。
巨人の胸が閉じ始める。花殻が澪を押し潰そうと迫る。黒根虫が腕に噛みつく。マシロが焼く。焼ききれない虫が澪の皮膚へ刺さる。澪は無視した。
耳が、最後の一本を拾う。
地面の奥へ続く、最も太い鼓動。
澪はメイを短く握り、鎌刃をその根へ当てた。
「切る」
刃が入った。
青い光が、胸の奥で爆ぜた。
太い根が切れた瞬間、百メートル巨人の再生が止まった。
巨人の一つ目が開く。
初めて、揺れた。
澪は胸の割れ目から飛び出し、空中で身体をひねる。背後で巨人の胸が崩れ始める。だが、まだ倒れない。最後の力で、巨人は澪へ腕を伸ばした。
澪は正面から受けた。
左手で巨人の指を受け止める。
今度は地面がない。
空中。
支えはマシロが作る白い足場だけ。
澪は足場を踏み抜きながら、巨人の指を掴んだ。細い腕が震える。マシロが腰を締める。メイの鎖が背中で鳴る。
澪は巨人の指を、逆へ曲げた。
折れる。
巨人の腕が崩れる。
その崩れに合わせて、澪は最後の斬撃を放った。
青白い空刃が首を横へ走る。
百メートル巨人の頭が、ゆっくりとずれた。
巨体が崩れる。
森が揺れる。
黒根虫が力を失い、地面へ落ちる。花殻が砕け、根が灰になり、黒い殻の破片が雨のように降った。澪はその雨の中へ着地する。
マシロは白いまま、黒い汚れを吐き出していた。
メイは低く鳴り、刃の青い光をゆっくり沈めていく。
澪は肩で息をした。
「終わり?」
地下から、もう鼓動は返ってこなかった。
《探索者レベル》Lv100→Lv112
《スキルオーブを獲得しました》
スキルオーブを使用します。
通常スキル《水魔法》NEW Lv1 を獲得しました。
澪は少しだけ頷いた。
「終わり」
コメント欄が壊れた。
『倒した』
『倒した倒した倒した!!!』
『百メートルの首が落ちた』
『胸に入ったぞ』
『中から根を切った』
『マシロが黒い雨を受けてた』
『メイの斬撃、最後きれいすぎた』
『澪ちゃん、空中で指折った』
『百メートルの指を空中で折るな』
『澪ちゃんの左手に受け止められたい人生だった』
このコメントは削除されました。
『成仏しろ』
『マシロの裾になって黒い雨から守りたい』
このコメントは削除されませんでした。
『今日は裾が強い』
『【アークライン配信管理部】観測対象の大型反応消失を確認。映像記録を保存中』
『公式が震えてる気がする』
『【黒鉄旅団公式】勝った。あれを単独で落とした』
『黒鉄が短文』
『【英国深層災害庁】Requesting archive copy under international disaster research protocol.(国際災害研究協定に基づき記録複製を要請)』
『もう世界中が見てる』
『澪ちゃん、帰ってきて』
『帰ってきてご飯食べて』
『卵焼き食べて』
澪は崩れた巨人の残骸を見た。
素材が山ほど落ちている。細かい名前は分からない。黒い殻の破片。白い筋の入った根。青白く光る花殻。まだ温かい核の欠片。大きすぎる棍棒の一部。折れた盾のような装甲。短剣らしきもの。杖らしきもの。槍もあった。黒い根に白い線が走る、長い槍。
それから、袋。
以前手に入れた収納袋とは少し違う。黒い根で編まれたような小さな袋で、口の内側に白い光がある。
澪は拾った。
「袋、増えた」
口を開けると、中の広さが分かった。かなり入る。澪は少し考えて、素材と装備を順番に入れていく。棍棒の欠片も、槍も、短剣も、杖も、盾の欠片も、よく分からない装備も全部入る。
「便利」
澪は満足そうに言った。
『袋!?』
『二個目!?』
『収納袋二個目!?』
『便利で済ませた』
『それ便利の範囲じゃない』
『国が買うやつ』
『国でも足りるか?』
『数兆でも欲しい所あるだろ』
『袋を拾った感覚がコンビニ袋』
『槍入れた』
『今、槍あった?』
『朱音さん用?』
『あの槍、絶対やばい』
『短剣もあった』
『杖もあった』
『装備山ほど落ちてる』
『素材名分からなくても全部高そう』
『【アークライン配信管理部】回収物の詳細確認は帰還後に行います。接触・取引勧誘は禁止します』
『先手が早い』
『佐伯さんがもう動いてる』
『【米国迷宮安全局】Storage-type artifact confirmed. Value assessment impossible from footage alone.(収納型遺物を確認。映像のみで価値評価不能)』
『不能って言いながら欲しそう』
『欲しくない国ある?』
澪は大きな黒い殻の破片を拾い、収納袋へ入れた。
次に、白く濡れた根の束を見つける。手に取ると、指先が少し温かくなった。黒い森の素材なのに、触れた場所だけ肌の奥が軽くなる。
澪は首を傾げた。
「これ、若返りの薬作れるっぽい」
観測室の空気が止まった。
コメント欄も一瞬だけ止まり、すぐ爆発した。
『今なんて?』
『若返り?』
『若返りの薬って言った?』
『作れるっぽい?』
『ぽいで済ませるな』
『世界が動く』
『もう動いてる』
『佐伯さん逃げて』
『逃げられない』
『アークライン法務、生きて』
『澪ちゃん、その一言は危ない』
『でも本人たぶん分かってない』
『素材と袋と若返りを同じ温度で扱うな』
『【アークライン配信管理部】未鑑定素材に関する断定はお控えください』
『澪本人が言ったんだよなあ』
『【英国深層災害庁】Requesting sealed diplomatic channel.(封鎖外交回線を要請)』
『外交回線来た』
『早すぎる』
『【黒鉄旅団公式】七瀬朱音、深呼吸しろ』
『黒鉄が朱音さん心配してる』
『朱音さん大丈夫?』
澪はその反応を見ていなかった。
素材を袋に入れ、槍がはみ出していないか確認し、メイを軽く振る。マシロは黒い汚れを吐き終え、白い裾を静かに落とした。
巨人の残骸は森へ沈んでいく。
黒根虫はもう動かない。地下からの鼓動もない。崩れた根の間から、淡い光の道が奥へ続いている。
澪はその道を見た。
「次、どこ」
返事はない。
ただ、森の奥で花が開いた。
澪は収納袋を二つ腰へ収め、メイを肩へ担いだ。白い髪の黒い差し色が揺れ、猫耳が奥の音を拾う。
配信は、まだ繋がっていた。
《Tips》
黒樹胎種の倒し方。
白鯨同様討伐は不可能です。自然災害です。
もし地上に降り立てば半日で世界の半分は地図を塗り替えます。
巨人が20m級のうちに逃げましょう。
澪は存在進化のユニークスキル(本人は無自覚)により黒樹胎種を討伐することができています。
詳細はいずれ。
2層9環 死神含め3代目のボス討伐です。
死神は試練扱いなためレベルは上がりません。
引き続きよろしくお願いします




