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九環配信の澪 〜誰も帰らない絶景を〜  作者: 妄幽
第二章

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48/127

第三十二話 逆墓王② 討伐

 二本目の墓標塔が折れてから、地上時間で六日が過ぎた。


 左塔が崩れる断片は、世界中で何度も再生された。映像は荒く、音も欠けていた。白い墓標が割れる瞬間、片膝をついた澪の背中、そして「二本目、折れた」という短い声。それだけしかない。それだけしかないのに、十分だった。右塔、左塔、背後塔。逆墓王の軍勢を支える三本の墓標塔のうち、二本が消えた。残り一本。誰も楽観はしなかった。銀梯子の全滅を覚えている者ほど、澪の強さを知っている者ほど、あと一本という言葉の軽さを信じなかった。第九環は、勝ち筋が見えた瞬間に、別の地獄を開く。


『あと一本ってこと?』

『残り一本で王本体?』

『簡単に言うな』

『一本折るのにどれだけかかってると思ってる』

『右塔から二ヶ月だぞ』

『左塔だけで二ヶ月近い』

『澪側の時間は分からん』

『分からないのが怖い』

『【協会広報】第九環および逆墓王領域への接近、観測機材投入、素材回収目的の後追い行為は禁止されています』

『毎日言ってくれ』

『もう残り一本だから行けるとか言う馬鹿いそう』

『いるから広報が出てる』

『澪を基準にするな』

『澪、帰ってこい』


 アークライン九環室では、左塔崩壊後の解析が続いていた。朱音は研修生制服のまま帰還管理補助席に座り、澪の音声断片だけを時系列に並べている。「減らない」「魂」「知らない」「邪魔」「二本目、折れた」。たったそれだけの言葉が、十一ヶ月分の生存証明だった。遥は外部接触ログを処理している。

素材取引、偽装勧誘、七瀬家周辺の不審車両、澪の名を使った詐欺。九環の外にも敵はいた。水瀬は観測解析席で、残り一本の墓標塔の位置を組み直していた。

右塔と左塔が崩れた後、軍勢の出現方向は明らかに背後側へ偏っている。王の胸骨核が鳴るたび、背後側の墓標だけが強く震える。魔力反応ではない。玉座、王冠、墓標塔、そして霊体兵の出現が、全部同じ拍で動いている。


「残りは背後塔でほぼ確定です」

「ほぼ、ね」

「映像が足りません。ですが、軍勢の再生成位置、霊体兵の密度、王の視線、全部が背後側へ寄っています」

「最後だから守りも濃いでしょうね」


 ミナトの声は乾いていた。疲れている。だが、指は止まらない。榊原は空骨鎖鎌の断片を並べている。鐘骸鳥の鐘核片、白鯨膜片、黒い重骨片、逆墓王の墓標骨。映像が戻るたび、鎌は少しずつ変わっていた。刃元に墓標骨の黒い模様が走り、鎖の一部に白い節が生まれ、柄の根元には王冠の欠片のようなものが絡み始めている。修復でも、強化でも足りない。武器が戦闘を覚えている。そう言うしかなかった。


「帰還時に封鎖ケースへ入ると思いますか?」

「……入れます」

「入るかどうかの話をしています」

「……」


 ユイカは真顔だった。佐伯は横で協会共有文面を整えている。仮所属契約は凍結されたまま。本人意思確認不能。素材所有権未確定。封鎖保管先未確定。医療優先。帰還時接触制限。法務文書は増える一方だったが、どれも澪が帰ってこなければ紙でしかなかった。黒瀬は中央モニターの前に立っている。腕を組み、黒い画面を見ていた。


『深層干渉により映像信号を喪失しました。復旧を試行しています。』


 誰も、その文字に慣れたくなかった。だが、十一ヶ月は人を慣れさせる。慣れたくないものを、日常にしてしまう。


 その文字が、白く揺れた。


 ミナトの指が止まる。次の瞬間、九環室全体が動いた。佐伯が協会回線を開き、遥が外部コメント監視を強化し、水瀬が座標推定を走らせ、榊原とユイカが装備解析を起動する。朱音はマイクに触れない。許可が出るまで待つ。走らない。叫ばない。声を使うなら、澪が聞ける瞬間だけ。そう決めている。


「断片、戻ります。音声先行。座標、逆墓王領域。対象、背後塔周辺」


 音が戻った。鎖の音。骨が砕ける音。墓標が擦れる音。澪の呼吸。短く、浅い。次に映像が割れた。


 そこは、背後塔の前だった。


 白い墓標塔が、ねじれながら空へ沈んでいる。地面に立っているのか、空から垂れているのか、判断できない。塔の根元には、今までの骨兵とは違うものがいた。白い骨の僧衣。顔のない頭蓋。胸に黒い穴。手には墓標で作られた杖。周囲には霊体兵が円を描き、その外側を骨騎兵が回っている。倒れた兵の破片が墓標へ吸い込まれ、杖が鳴るたび別の場所で形を得る。墓守司祭。誰が見ても、そう呼ぶしかない。


 澪はその少し手前にいた。右腕は白い骨膜で固定され、左肩には裂けた跡が残り、腹には骨矢が抜けたばかりの穴がある。再生は進んでいる。だが完全ではない。鎌を握る手に力はある。目も死んでいない。ただ、動きの中心がわずかに遅れていた。魂のずれ。二本目の塔を折るまでに受け続けた異常が、まだ澪の内側へ残っている。


『映った!』

『澪!』

『背後塔だ』

『最後の塔?』

『なんか司祭いる』

『骨の坊さん?』

『絶対やばいやつ』

『霊体多すぎ』

『澪、動き遅くない?』

『魂攻撃まだ残ってる?』

『【公式】アークライン配信管理部:断片映像を記録中。危険な後追い探索誘導コメントは削除対象です』


 墓守司祭が杖を鳴らした。


 霊体兵が消えた。消えたのではない。澪のすぐ近くへずれて出た。距離を詰めたのではない。澪が自分だと感じている位置の隣へ、最初からいたように現れた。澪は鎌を振る。少し遅い。一体を裂く。二体目が抜ける。冷たさが胸に入る。三体目が背中を通る。膝が落ちる。骨騎兵が来る。槍が伸びる。澪は鎌を地面へ打ち込んだ。衝撃。息を吐く。胸の中心を探す。骨。心臓。呼吸。ここ。


【魂異常耐性】Lv4


 文字が浮かぶ。見る暇はない。


 骨騎兵の槍が腹を抜ける。澪は避け切れない。槍を掴む。引かない。折る。骨馬ごと引き寄せる。鎌を首骨へ入れる。浅い。抜く。二撃目。三撃目。崩す。騎兵が落ちる。落ちた骨を蹴る。支点にする。一体。すぐ次。司祭が杖を振る。倒れた騎兵が墓標へ吸われる。


「戻すな」


 澪は鎌を投げた。狙いは騎兵ではない。司祭でもない。騎兵の骨が吸い込まれている墓標の根元。先端鉤が入る。引く。墓標が割れる。吸い込まれていた骨が途中で止まる。戻れない。兵にならない。墓守司祭が澪を見る。顔はない。だが、見られた。


 魂が沈む。


 自分の手が遠い。鎌が遠い。身体が遠い。目を閉じれば、そのまま戻れなくなる。澪は自分の胸を殴った。鎌の柄で一度。二度。三度。胸。骨。心臓。呼吸。ここ。


「ここ」


 霊体兵が来る。鎖を鳴らす。鐘核片が震える。霊体の輪郭が乱れる。

鎌が入る。一撃。浅い。二撃。裂ける。三撃。崩れる。切れる。もう、切れる。澪は墓守司祭へ向かった。走らない。落ちる。鎖を塔へ掛ける。身体を引く。重力が横へ変わる。落下を止めない。足場にせず、流す。

霊体兵を裂く。骨兵を蹴る。騎兵の槍を掴み、支点にして身体を回す。司祭の杖へ鎌を入れる。


 浅い。硬い。杖ではない。墓標塔の一部だった。


 司祭が杖を引く。澪の鎌ごと引かれる。魂が引っ張られる。身体ではない場所が持っていかれる。澪の足がずれる。左手が痙攣する。視界が白くなる。それでも鎌は離さない。離したら、戻れない。


 短距離《転移》。


 身体だけを司祭の背後へずらす。鎌は杖に掛けたまま。鎖が司祭の身体を斜めに通る。引く。司祭が揺れる。崩れない。骨ではなく、塔に埋まった黒い墓標核で動いている。なら、そこを壊す。


 澪はインベントリから黒い重骨片を取り出した。白鯨の中で拾った、重力魔法に馴染んだ骨片。投げる。司祭の胸に当たる。黒い穴が震えた。司祭の動きが半歩遅れる。


 そこへ鎌。


 一撃。冷たい。二撃。知らない声。三撃。見たことのない墓。四撃。誰かの最後の祈り。五撃。澪は全部を切り捨てる。


「知らない」


 司祭の胸が割れた。


 杖が砕ける。霊体兵の輪が乱れる。墓守司祭が膝をついた。澪は止まらない。鎌を戻す。石突きで頭蓋を打つ。短杭を胸の黒穴へ入れる。膝で押し込む。鎖を巻く。引く。墓守司祭が裂けた。白い霊の群れが一瞬だけ空へ逃げる。それを、玉座の方で逆墓王が吸い込んだ。


 王冠が鳴る。背後塔が震える。


『司祭いった?』

『倒した?』

『霊吸われたぞ』

『王が吸った』

『最悪』

『司祭の分、王が強くなるやつ?』

『最後の塔、揺れてる』

『今ならいける?』

『澪が立ってるならいける』

『立ってるのがおかしい』

『【公式】黒鋼旅団:墓守個体の消滅を確認。背後塔の防御反応が低下しています』


 朱音はマイクを握った。ミナトが一瞬だけ見て、頷く。


「七瀬さん、五秒」

「はい」


『澪、司祭は消えた。塔、今ならいける』


 届くかは分からない。けれど、澪の口元が動いた。


「うん」


 澪は塔へ向かった。骨兵が来る。霊体兵が来る。騎兵が来る。巨人兵が来る。数はまだ多い。だが、戻りが遅い。司祭が消えたことで、軍勢の輪が崩れている。澪はその隙間を進む。一体。すぐ次。二体。背後から骨矢。転移。距離は二歩。三体。霊体。鎖を鳴らす。鎌。四体。騎兵。槍を掴む。折る。五体。巨人兵の盾。下へ潜る。膝。短杭。石突き。


 連撃。連撃。連撃。


 塔の根元へ届く。


 背後塔は、根元に黒い墓標核を抱えていた。右塔、左塔よりも大きい。王の胸骨核と同じ色をしている。それが墓標塔の内側で脈打つたび、倒れた兵の骨が塔へ吸い戻される。これを壊せば、軍勢は止まる。だが、触れれば魂を持っていかれる。澪は鎌を構えた。右腕が震える。左足が遅れる。魂のずれが残る。それでも、身体は動く。身体強化レベル十。力の通し方が分かる。崩れた中心を、どこで支えればいいか分かる。魂が半歩ずれていても、身体の側から戻す道がある。


 澪は塔へ鎌を入れた。


 冷たい。冷たい。冷たい。知らない死者の声が来る。知らない戦場。知らない祈り。知らない後悔。知らない名前。


「知らない」


 もう一撃。墓標核の表面が削れる。霊体兵が増える。さらに一撃。骨騎兵が突っ込む。鎖で流す。三撃。巨人兵が盾を落とす。潜る。四撃。魂がずれる。胸を打つ。五撃。塔が揺れる。


 王が玉座から立ち上がった。


 逆墓王が、初めて完全に立った。


 それだけで、王国の向きが失われた。上も下もない。前も後ろもない。墓標が空を走る。白鯨の骨片が地面へ昇る。骨兵が横に落ちる。霊体兵が内側から湧く。澪の身体が、三つの方向へ引かれる。右腕は上。左足は下。頭は横。魂は後ろ。バラバラになる。そう思う前に、澪は鎖を身体へ巻いた。


 鎌を塔に入れたまま。


 逃げない。逃げれば、塔は戻る。澪は身体を折りたたむように力を流した。肩では受けない。背中へ。腰へ。膝へ。鎖へ。鎖から塔へ。塔から墓標へ。墓標から王国へ。押し潰す力を、塔を折る力へ変える。骨が鳴る。魂がずれる。視界が二重になる。胸の奥が遠い。澪は息を吐いた。


「折れろ」


 背後塔が、根元から割れた。


 黒い墓標核が砕けた。王国の軍勢が止まる。骨兵の動きが遅れる。霊体兵の輪郭が薄くなる。騎兵が崩れ、巨人兵が膝をつく。再生成が止まった。完全には消えない。だが、戻らない。倒せば減る。


 逆墓王が、玉座から降りた。


 軍勢が、王の骨へ吸われていく。骨兵。騎兵。霊体兵。巨人兵。墓守司祭の残り。三本の塔の欠片。砕けた墓標核。全部が王の身体へ戻る。十数メートルだった王が、さらに大きくなる。王冠が伸び、腕が太くなり、胸の骨核が黒く深くなる。顔の穴の奥に、白い火が灯った。


 ここからが本体。


 澪は鎌を引き抜いた。足が震える。魂異常耐性は上がっている。だが、完全ではない。身体は動く。だが、疲労は消えない。魔力も多くない。白鯨素材で補っているだけだ。食べたものが燃料になる。毒にもなる。悪食がなければ、とっくに死んでいる。


 逆墓王が腕を振った。


 墓標の大剣。


 空間ごと重くなる。澪は真正面から受けない。潜る。だが、王の攻撃は腕だけではなかった。剣が通った後に、魂の刃が残る。身体は避けた。魂が切られる。冷たい。胸の奥が裂ける。澪の足が止まる。骨の拳が来る。避けられない。拳が澪を墓標群へ叩きつけた。骨が折れる。肺が潰れる。視界が白くなる。再生が始まる。だが、魂の裂け目は戻らない。


【魂異常耐性】Lv5


 文字が浮かぶ。見える。まだ見える。


「まだ」


 澪は墓標を蹴って出た。逆墓王が近い。腕を上げる。また魂の刃。澪は鎌を鳴らした。鐘核片が震える。魂の刃の輪郭がわずかに見える。見えるなら、避けられる。避けるだけではない。切れる。鎌を入れる。手応えは薄い。だが、切れる。魂の刃が裂ける。冷たい破片が散る。澪はその中を抜ける。王の腕へ鎌を入れる。骨ではない。骨の内側の黒い墓標核へ。浅い。抜く。二撃目。三撃目。四撃目。


 王の腕が遅れる。そこへ短杭。王冠墓標片を削って作った杭。澪がこの二ヶ月で拾い、削り、使える形にしたもの。腕の黒い墓標核へ打つ。石突きで押し込む。白い火が散る。逆墓王が鳴いた。墓標が泣くような音。


 コメント欄が遅れて戻る。


『軍勢止まった?』

『塔折れた!』

『三本目折れた!』

『王でかくなってる』

『全部吸った』

『本体戦だ』

『澪吹っ飛んだ』

『今の当たった?』

『死んでない』

『死んでないだけでおかしいンゴ』

『澪に切り裂かれたい』

このコメントは削除されました。

『見えない』

『でも澪が斬った』

『【公式】黒鋼旅団:軍勢再生成停止を確認。逆墓王本体が軍勢残滓を吸収。危険度上昇』

『危険度上昇とかもう聞きたくない』

『澪、いけ』


 朱音はマイクを握っていた。許可はまだ出ていない。ミナトは画面を見たまま言った。


「七瀬さん、待って」

「はい」

「まだです」

「はい」


 朱音は待った。待つだけではない。声を出すタイミングを待つ。澪が聞ける時に、短く届かせるために。


 画面の中で、澪は逆墓王の足元へ入った。王の腕は長い。墓標の大剣は大きい。魂を切る。なら、近く。近すぎる場所。胸骨の下。骨核の真下。そこで戦う。王が足を動かし踏まれる。

澪は足の下へ潜り鎌を足首へ入れる。浅い。抜く。二撃目。三撃目。骨束が緩む。膝で押す。鎖を巻く。引く。王の足が半歩ずれる。


 王の膝へ。鎌。短杭。石突き。転移。距離は一歩。膝の裏へ出る。鎌を入れる。連撃。連撃。連撃。

王が膝をつく。澪はそのまま胸へ駆け上がる。走っていない。落ちている。鎖で引く。墓標骨を蹴る。空中を滑る。王の肋骨へ鎌を掛ける。身体を流す。骨核へ近づく。


 逆墓王の胸が開いた。


 暗い穴。その奥に、無数の顔があった。顔ではない。魂の残り。墓標に縫われ、軍勢にされ、王へ吸われたもの。誰のものか分からない。探索者ではないかもしれない。ダンジョンが作った記憶かもしれない。けれど、苦しみだけは本物に見えた。


 澪の動きが止まった。ほんの一瞬。


 逆墓王がそこを突く。


 黒い手が胸の穴から伸びる。澪の身体ではなく、澪の内側を掴む。冷たい。冷たい。冷たい。身体が遠い。鎌が遠い。目が遠い。地上の声も遠い。朱音の声も遠い。澪は落ちる。魂が、身体から半歩ずれる。半歩。それだけで、すべてが遅れる。王の骨剣が来る。避けられない。


『澪!』


 朱音の声が入った。


『澪、そこ! 戻って!』


 声が届いたかは分からない。けれど、澪の指が動いた。鎖が鳴る。鐘核片。白鯨膜片。黒い重骨片。逆墓王の墓標骨。全部が、わずかに震えた。


 鎌が先に動いた。


 澪より一瞬だけ早く。


 鎖が澪の手首へ巻きつき、胸の黒い手を裂く方向へ刃を向ける。言葉はない。自我でもない。けれど、鎌はもう澪の手の中にあるだけの道具ではなかった。戦いの中で覚えた危険へ、勝手に向いた。


 澪の目が戻る。


「戻った」


 鎌を引く。黒い手が切れる。魂が身体へ戻る。痛みが戻る。重さが戻る。澪は息を吸った。


「邪魔」


 王の骨剣が迫る。澪は避けない。骨剣の腹へ鎌を入れる。浅い。滑る。刃が欠ける。欠けた場所へ逆墓王の骨粉が入る。鎌が震える。自動修復が始まる。澪はそのまま鎖を巻いた。骨剣を支点にする。転移。王の胸骨核の前。近い。黒い核が脈打つ。魂の声が押し寄せる。


 澪は聞かない。


「知らない」


 一撃。核の外殻に鎌が入る。浅い。二撃。黒い骨が裂ける。三撃。魂の声が増える。四撃。胸を打つ。五撃。鎌を戻さない。六撃。石突き。七撃。短杭。八撃。膝。九撃。転移。角度を変える。十撃。鎌。


 連撃。連撃。連撃。連撃。連撃。連撃。連撃。連撃。連撃。連撃。


 常人では追えない。観測映像でも線になる。王の骨核に、細い傷が増える。縦。横。斜め。浅く、速く、何度も。白鯨の核を削った時と同じ。だが、今度は魂が混じる。切るたびに冷たい。切るたびに遠くなる。澪は一撃ごとに自分へ戻る。胸。骨。心臓。呼吸。ここ。


【魂異常耐性】Lv6


 文字が浮かぶ。澪は見ない。切る。


 王が両腕を閉じる。胸ごと澪を潰すつもりだ。逃げ場はない。澪は空鐘袋を一瞬だけ出した。中から白鯨膜片と、逆墓王の墓標骨片を掴む。空鐘袋をすぐインベントリへ戻す。素材を鎌の刃元へ押しつける。食わせる。鎌が震える。刃の白い部分に墓標骨の黒い模様が走る。


 王の腕が閉じる。

 澪は鎌を骨核へ深く入れた。

 今度は浅くない。


 鎌が、逆墓王の骨核を掴む。澪は身体を転移させる。身体だけが王の背後へずれる。核が見えた。

澪はやっと見つけたと言わんばかりに口角を上げる。それと同時に魂が引きちぎられそうになる。


 澪は鎖を身体へ巻く。自分を固定する。鎌を固定する。王の核に一太刀いれる。逆墓王が叫んだ。墓標王国が割れる。地面が空へ落ちる。空が墓標へ沈む。玉座が砕ける。黒い核が歪む。澪は引く。王の腕が澪を掴む。骨の指が背中を裂く。肋骨が折れる。肺が潰れる。再生が追う。魂の手が内側を掴む。魂異常耐性が軋む。精神汚染耐性が嫌な音を立てる。悪食が、取り込んだ白鯨素材を燃料に変える。身体強化レベル十が、崩れた身体にまだ動ける道を通す。


 澪は歯を食いしばる。


「終わり」


 鎖を引く。鎌を捻る。石突きを核の亀裂へ打ち込む。


 一撃。終わらない。二撃。王冠が割れる。三撃。玉座が崩れる。四撃。骨の腕が砕ける。五撃。黒い核が白く濁る。六撃。逆墓王の胸骨核が、内側から割れた。


 光が散った。


 白でも黒でもない。墓標に閉じ込められていた無数の小さな灯が、霧のようにほどけていく。声はない。祈りもない。ただ、重かったものが軽くなる。王の身体が崩れる。王冠が落ちる。腕が砂になり、玉座が白い粉へ変わる。軍勢の残りが動きを止め、墓標の影へ沈んでいく。


 澪の視界に文字が浮かんだ。


【逆墓王を討伐しました】


 澪はそれを見た。

 少しだけ、目を細める。

 終わった。

 鐘骸鳥。白鯨。逆墓王。三体。終わった。

 さらに文字が続く。


【討伐報酬】

《レベルが上昇しました》

《Lv78 → Lv83》

《スキルオーブを取得しました》

《スキルオーブ《転移》を吸収しました》

《《転移》のレベルが上昇しました》

《《転移》Lv6 → Lv7》

《《魂異常耐性》のレベルが上昇しました》

《《魂異常耐性》Lv6》

《《素材加工》のレベルが上昇しました》

《《素材加工》Lv6》



【名前】天瀬 澪

【種族】境界人

【レベル】Lv83 UP

【所属】アークライン仮所属/チャンネル《九環》

【状態】重度損傷・魔力枯渇寸前・空膜残響・白鯨内圧汚染・魂異常残留・感覚鈍化・帰還座標捕捉・帰還魔力不足


【ユニークスキル】

《適応》

《悪食》


【通常スキル】

《身体強化》Lv10

《身体操作》Lv7

《魔力操作》Lv8

《魔力強化》Lv7

《魔力感知》Lv7

《格闘術》Lv7

《短剣術》Lv5

《鎖術》Lv9

《投擲》Lv7

《再生》Lv9

《状態異常耐性》Lv7

《精神汚染耐性》Lv7

《魂異常耐性》Lv6 NEW

《魔法抵抗》Lv7

《衝撃耐性》Lv5

《消化耐性》Lv6

《飢餓耐性》Lv5

《痛覚鈍化》Lv6

《空膜耐性》Lv7

《空間把握》Lv8

《転移》Lv7 UP

《空中機動》Lv6

《素材加工》Lv6 UP

《調理》Lv6


【装備】

《空骨鎖鎌・三骸喰い変質中》

・危険度:測定不能


【所持特殊収納】

《空鐘袋》

・鐘骸鳥由来の空間収納嚢

・白鯨素材を大量封鎖中

・逆墓王素材を封鎖中

・内部干渉増大中





 澪は落ちながら、それを読んだ。


「転移、七」


 声に出す。理解は遅れて来た。見える。さっきまで見えなかったものが見える。墓標王国の崩れた隙間。鐘骸鳥が閉じた帰還の音。白鯨が飲み込んだ空膜の流れ。逆墓王が縫い止めていた魂の感覚。その三つが壊れたことで、遠くに細い座標が浮かんでいた。地上。完全ではないが意識の中で揺れている。薄い。だが、今までとは違う。どこへ飛べばいいか、分かる。


 帰れる。

 そう思った瞬間、身体が重く沈んだ。

 魔力がない。


 転移の道は見える。だが、飛ぶだけの魔力がない。身体を動かす分、再生する分、魂を戻す分、鎌を握る分、それだけで削れている。帰還用の転移は、短距離《転移》とは違う。第九環の奥から地上側へ届かせるなら、今の澪の残りでは足りない。見えるのに、届かない。


 澪は息を吐いた。


「足りない」


 逆墓王の残骸が崩れていく。王冠墓標片。骨核片。魂の冷たさを残した骨片。玉座の白骨。素材。澪はふらつきながら空鐘袋を出した。入れる。一つ。二つ。三つ。多すぎる。でも入れる。空鐘袋の内側で、鐘骸鳥の残響が震え、白鯨膜片が揺れ、逆墓王の骨片が冷たく鳴った。危険。長期保管危険。たぶん、そんな表示が出ている。澪は見ない。袋を閉じる。インベントリへ戻す。


「持って帰る」


 声が、配信に乗った。


『倒した?』

『澪ちゃんに押し倒されたい』

このコメントは削除されました。

『王冠割れた』

『かっこいい!!!そこにシビれる憧れるっ!』

『88888888!!』

『でも倒しただろ』

『三体目、倒した?』

『澪、生きてる?』

『す、すげえ』

『素材拾ってる』

『また拾ってる』

『あと何体ボスを倒すんだよ!?歴史が動くぞ!』

『これ攻略の貴重映像だけど誰も真似出来なくて草』

『帰ってこい』

『今度こそ帰ってこい』

『【公式】アークライン配信管理部:逆墓王本体の崩壊を確認。映像保存中。帰還管理体制を最大段階へ移行します』

『最大段階きた』

『澪の鎌になりたい』

このコメントは削除されました

『澪の武器進化してるからもう工房要らなくね?』

『強くなりすぎだろ!他のクランがほっとかないゾ』

『朱音さん!』


 朱音はマイクを握っていた。ミナトが頷く。


「七瀬さん、十秒」

『澪』


 澪の手が止まった。


『見てる。倒したの、見た』


 澪は顔を上げた。画面越しに、目が合ったように見えた。


『帰ってきて』


 澪は少しだけ考えた。


「見える」

『え?』

「帰る場所、見える。でも、足りない」


 朱音の喉が動いた。


『何が足りないの』

「魔力」


 九環室の空気が凍った。帰還座標が見えている。けれど魔力が足りない。誰も送れない。誰も渡せない。地上側から補給できない。あと少しという場所まで来て、まだ足りない。


 澪はインベントリを開いた。


 空鐘袋がある。鐘骸鳥の素材。白鯨の素材。逆墓王の素材。食べられるものではない。普通なら毒でもない。ただの死だ。

けれど、澪には《調理》がある。《悪食》がある。白鯨の中で、素材を薬のようにして食べて、生き延びた。なら、今も同じだった。帰るための魔力がない。なら、作るしかない。


 澪は小さく呟いた。


「料理する」


 配信は拾った。

 コメント欄が、一瞬止まった。


『お料理配信来ちゃー!』

『澪たんに食べられたい』

このコメントは削除されました。

『ワクワク!私気になります!』

『料理の専門家です。恐らく澪さんは料理をはじめます。』

『ワイ。九環の絶景でキャンプ飯をする美少女を見つける』

『何を言っているか分からないと思うが、おれもわからない』

『待て待て待て』

『3ボス素材の料理!?』

『白鯨の時も食ってたよな〜』

『どうせ合成乙、何ヶ月もダンジョンに入れないだろ』

『まだアンチいて草』

『やめろ』

『何だこのカオス』

『料理して回復するつもり?』

『九環お料理配信始まるの?』

『状況が意味分からん』

『【公式】アークライン配信管理部:危険素材の模倣摂取は絶対にお控えください』

『公式が焦ってて草』

『そりゃ焦る』


 朱音は目を閉じかけて、閉じなかった。


『澪』

「うん」

『食べて、帰れる?』

「たぶん」

『たぶんは嫌』

「帰る」

『……分かった。見てる』


 澪は頷いた。


 逆墓王の王国が崩れていく。墓標がほどける。白い骨が霧になる。玉座のあった場所の奥に、細い座標の光が残っている。今ならまだ見える。消える前に、魔力を戻す必要がある。澪は空鐘袋を取り出した。袋の口を開く。鐘骸鳥の喉鐘骨片。白鯨膜片。黒い重骨片。逆墓王の骨核片。三体の素材が、白い崩壊光の中で並ぶ。


 食材ではない。

 料理でもない。

 だが、澪は鎌を置き、短く息を吐いた。


「始める」





《Tips》

逆墓王の攻略方法。

数百名の精鋭での短期決戦。魂異常耐性が必須。

3つある墓標を陥落させないとボスにダメージを通すことができない。しかし墓標からは無限に様々な骸骨兵士が出てくる。一体でも脅威になるため、連携が必須だ。

また、墓標は3本同時攻略は正攻法に見えて壊滅ルートである。墓標に近ずくに連れて魂への干渉攻撃が一帯に広がるため、3倍のダメージを追うことになる。

逆墓王無事攻略。次回はお料理配信です。

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