第三十話 逆墓王①
白鯨討伐の断片配信が途切れた後、地上側は騒ぎになった。
討伐ログは誰にも見えていない。澪が開いたステータスも、スキルも、オーブも、地上側には映っていない。ただ、白鯨の核らしき青い光が砕けたこと、白鯨の内部構造が崩れたこと、澪が「持って帰る」と言いながら素材を拾っていたこと、そして最後に「次」と呟いたことだけが残った。それだけで、十分すぎた。
『白鯨、倒したの?』
『討伐ログ出てないから分からん』
『ログは本人にしか出ないだろ』
『でも核割ったよな』
『白鯨の中から倒したってこと?』
『意味が分からない』
『九ヶ月白鯨に飲まれて、最後に中から割った』
『言葉にすると余計分からん』
『素材拾ってたの本当に澪だった』
『帰ってこいって言ってるのに持って帰るって言った』
『澪だわ』
『次って何』
『次とか言うな』
『もう帰って』
『【公式】アークライン配信管理部:現在、白鯨内部構造崩壊後の深層干渉により映像信号を喪失しています。復旧を試行中です』
『朱音さんの声届いてたよな』
『うんって言ってた』
『それだけで生きられる』
『いや澪が生きろ』
協会は緊急会見を開いた。
白鯨討伐と断定はしなかった。できなかった。だが、白鯨内部構造に致命的な破壊が発生した可能性、天瀬澪が生存している可能性、白鯨由来素材が大量に発生した可能性、そして第九環の危険度がさらに上昇した可能性を発表した。どれも曖昧な言葉だった。曖昧にするしかなかった。誰も現地に行けない。誰も確認できない。第五層以降すら未踏破領域として閉ざされているこの世界で、第一層の第九環だけが常識の底を抜いている。澪だけが、その白い地獄の中を進んでいる。
アークライン観測室では、白鯨の映像が何度も再生されていた。
核を割る直前の澪の動き。連撃。鎖の返し。短距離転移を挟んだ角度変更。空中で身体を流し、鎌を核の内側に残したまま自分だけ位置を変える異常な支点作り。黒瀬は無言で見ていた。セレスは眉を動かさず、アカリは何度か低く息を吐いた。榊原は鎌を見ている。ユイカは白鯨素材を見ている。佐伯は外部から来る素材取引の問い合わせを、感情のない文面で拒否し続けていた。
ミナトは、学校側回線を見た。
朱音からの短い音声が残っている。
『次って言ったから、まだ動く。映像が戻ったらすぐ呼んで』
それだけだった。
泣き言はない。止めてほしいとも書いていない。ただ、次に備えている。九ヶ月の待機は、朱音から柔らかさだけを奪ったわけではなかった。柔らかい部分を残したまま、折れにくい形へ変えた。
映像が戻ったのは、それから地上時間で九時間後だった。
最初に映ったのは、空へ落ちる白鯨の骨だった。
白い巨骨が、上へ向かって沈んでいく。落下しているのに、昇っている。砕けた圧膜が星屑のように広がり、その奥に逆さの墓標群があった。地面ではなく、空に墓が立っている。空ではなく、地面に夜が沈んでいる。上下の向きが、見る場所ごとに違う。白い墓標の影が水のように流れ、骨の塔が螺旋を描き、墓石の群れが王城の城壁のように並んでいた。
その中央に、玉座があった。
白い骨で作られた巨大な椅子。背もたれは墓標の束で、肘掛けは巨大な腕の骨。そこに、王が座っていた。十数メートルはある。番犬ほどの獣ではない。白鯨ほどの災害でもない。だが、形が人に近い分だけ、かえって気味が悪かった。頭には王冠のように折れた墓標が並び、顔の部分には暗い穴がある。胸の中央には逆さの鐘のような骨核。腕は長く、指は墓標そのもののように四角く尖っていた。
逆墓王。
澪は白鯨の残骸から投げ出され、逆さの墓標の側面へ鎌を掛けていた。
身体が軽い。不自然なほど軽い。
白鯨を倒した直後だ。魔力は削れ、右腕にはまだ痺れが残り、肺の奥には白い圧がこびりついている。だが、身体の動きだけが違った。鎌の重さが手首に残らない。鎖を引いた衝撃が肩で止まらない。背中へ抜け、腰へ落ち、膝を通って、次の動きになる。支点を作るたびに身体が壊れるのではなく、支点に合わせて身体の方が組み替わる。
身体強化レベル10の恩恵は今までの澪の常識を塗り替えるには十分だった。
墓標の重力が横へ変わった。澪の身体が左へ落ちる。鎖を引く。落下を止めない。止めれば肩が抜ける。流す。身体を斜めにして、鎌の支点を中心に回る。逆さの墓標へ足を置く。深く踏まない。重力が変わる前に膝を抜き、鎖へ重さを逃がす。
王が、顔を上げた。
それだけで、墓標王国が鳴った。
音ではない。
呼び出しだった。
墓標群の根元から、白い骨の手が出た。一本、二本、十本。次に頭蓋。次に胸。鎧を着た骨兵が、墓石の下から這い出てくる。探索者の死体ではない。けれど、人の形をしていた。古い剣を持つもの。槍を持つもの。盾を持つもの。骨馬に乗った騎兵。背中に砕けた翼骨を生やした弓兵。墓標の欠片を背負った巨人兵。
さらに、空へ伸びた墓標の上から、白い亡霊が落ちてきた。
落ちるというより、逆さに浮き上がる。
半透明の鎧。顔のない兜。胸に黒い穴。魂だけを墓標へ縫い止められたような兵たち。生き物の気配はない。だが、敵意はある。王の命令で動く軍勢だった。
澪は数えなかった。
数える意味がないほど多い。
『多い』
『多すぎる』
『アンデッド?』
『墓から出てきた』
『軍勢じゃん』
『ボス単体じゃないのかよ』
『白鯨の後にこれ?』
『澪、休ませてやれよ』
『逆墓王って名前そのまますぎる』
『【公式】黒鋼旅団:墓標兵、霊体兵、骨騎兵を確認。単独探索者が処理できる数ではありません』
『単独探索者じゃなくても無理だろ』
『これ軍隊必要では』
『軍隊出したら軍隊ごと死ぬ場所だぞ』
『終わってる』
王が指を動かした。
軍勢が動く。
まず、弓兵。
白い骨矢が空を埋めた。上からではない。右から、左から、下から、斜め後ろから。重力の向きがそれぞれ違うせいで、矢の軌道もばらばらだった。澪は鎌を投げた。墓標へ掛ける。身体を引く。矢の雨の隙間へ身体を滑らせる。三本が掠る。肩、頬、太腿。肉が裂ける。再生が追う。痛みは遠い。
次に騎兵。
骨馬が墓標の側面を走る。地面を蹴っていない。墓標の影を踏んでいる。正面から二騎、背後から三騎。澪は真正面の一騎を見ない。背後の三騎を先に潰す。鎖を短く持つ。先端鉤を骨馬の脚へ掛ける。引く。身体を回す。骨馬が崩れる。騎兵が落ちる。落ちた騎兵の胸へ短杭を打つ。石突きで押し込む。骨核が割れる。
一体。すぐ次。鎌を戻す。右の騎兵が槍を突く。
澪は槍の下へ潜る。鎌を首骨へ入れる。浅い。抜く。もう一度。二撃目。三撃目。骨のつなぎ目が緩む。膝で胸を押す。鎖を引く。首が飛ぶ。騎兵が崩れる。
二体。背後から骨矢。転移。距離は二歩。
矢の雨の外へ出る。出た先に盾兵がいる。盾が白い壁になる。澪は盾を斬らない。盾の下、足首。鎌を入れる。引く。盾兵が崩れる。崩れた身体を踏み台にして跳ぶ。上ではなく、横へ落ちる。鎖を返す。次の弓兵へ。
三体。四体。五体。
澪の連撃は、軍勢相手にも映えた。
一撃で終わらせるのではない。削り、崩し、ずらし、次へ繋ぐ。骨兵の膝を壊し、その倒れた身体を支点にして騎兵を避け、騎兵の槍を掴んで弓兵の射線を潰し、鎌を戻す前に短杭を盾兵の骨核へ打つ。白鯨の中で覚えた、止まらない戦い方。敵が多いほど、支点も多い。危険も増える。だが、動線も増える。
『強い』
『澪、強い』
『軍勢相手に動いてる』
『今の何体倒した?』
『十はいった』
『でもまだ多い』
『減ってるように見えない』
『連撃すごいけど、数が終わってる』
『白鯨後の澪でも削り切れないだろ』
『【公式】黒鋼旅団:個体処理能力は異常ですが、軍勢の再出現速度が速すぎます』
『再出現?』
『倒したやつ戻ってない?』
戻っていた。
澪が砕いた骨兵の破片が、墓標の影へ吸い込まれていく。数秒後、別の墓標の根元から、同じような骨兵が出てくる。完全に同じではない。だが、軍勢としては戻っている。骨騎兵も、白い霊体兵も、崩れた端から墓標に吸われ、別の場所で形を得る。
澪は目を細めた。
「減らない」
正確には、減っている。だが、すぐに数が戻る。
なら、兵を殺しても終わらない。澪は王を見る。
逆墓王は玉座に座ったまま、まだ動いていない。胸の骨核が黒く光り、三つの墓標塔へ細い線が伸びている。右、左、背後。三本の塔が、王の軍勢を支えていた。澪はそれを見る。
三つ。たぶん、それを壊すことで無限に湧いてくる軍団を止めれる。
そう判断した瞬間、霊体兵が澪の横を通った。身体は避けた。
触れていない。
なのに、冷たさが入った。
胸の奥。
心臓でも、肺でも、魔力回路でもない。もっと奥。自分が自分だと分かっている中心に、細い針が入るような感覚だった。澪の足が止まる。視界が二重になる。自分の身体の位置が半歩ずれる。鎌を持っている手が、右なのか左なのか分からない。
魂に触られた。そう理解した時に弓兵の骨矢が来る。
澪は避けようとした。体の動きは少し遅い。身体強化レベル10に到達してなお、避けれなかった。
矢が腹に入る。骨矢は肉を裂くだけではなかった。刺さった場所から、身体の感覚が逆になる。痛みが遠いのとは違う。位置が狂う。腹に刺さったはずなのに、背中が痛い。右脚を動かしたつもりで、左腕が動く。
澪は鎌を地面へ打ち込んだ。その衝撃で自分の心を静める。静かに息を吐き揺れる視界を戻そうとする。
視界の端に、文字が浮かぶ。
【魂異常耐性】NEW
澪は読んだ。
「魂」
すぐ次が来る。
霊体兵が三体、すり抜けるように迫る。斬れるかどうか分からない。澪は鎌を横に振った。白い骨の刃が霊体を通る。手応えが薄い。だが、鐘骸鳥の鐘核片が刃元で震えた。音のない振動が霊体の輪郭を引っ掛ける。それあ白鯨を捕食した鎌だからなせる業だ。普通の物理攻撃では到底太刀打ちできなかっただろう。
一体が崩れる。
だが、二体が抜け、澪の体に冷たさが入る。
その瞬間、澪は膝から崩れ落ちた。
その隙に骨兵が槍を突く。
澪は鎖を引いた。身体が横へ流れ、槍が肩を抜ける。肉が裂けるが再生が再開する。
けれど、魂のずれは戻りにくい。澪の身体は強い。ステータス面では白鯨戦で圧倒的に強くなった。身体の使い方も分かる。だが、魂に触られると、すべての感覚が遠のいていく。まるで今までの努力を否定するかのように。
観測室の空気が凍った。ミナトが数値を見る。
「魔力反応はあります。肉体損傷は再生中。ただ、動きの同期が乱れています。脳波、魔力回路、筋肉反応の順番が噛み合っていません」
「何らかの異常状態だろう。今のところ分類不能だ」
黒瀬の声が低い。
「少なくとも、既存の精神汚染や状態異常とは違う。」
「魂干渉、ですか」
「理論上はそう呼ぶしかない。現場で見たことはない。報告例も、少なくとも俺の知る範囲にはない」
セレスが静かに言った。
「澪さんは、なぜ耐えれているの?」
「精神汚染耐性では?」
「足りないでしょう。系統が違います」
アカリが拳を握った。
「私たちが戦えば全滅だね」
「……ッ、それは」
誰も、それ以上言えなかった。
第五層の始めすら人類の地図にない。まして、この第九環の奥で起きている現象に、誰かの確かな経験則などあてにならない。観測できる。推測できる。だが、助けには行けない。名前をつけることと、対処できることは別だった。
画面の中で、澪は立ち上がった。
右手を見た。
動く。
左手を見る。
少し遅い。
足を見る。
位置がずれている。
澪は自分の胸を、鎌の柄で強く打った。
一度。
二度。
三度。
痛みは遠い。
だが、衝撃はある。
胸の中心。骨。心臓。呼吸。自分の内側。そこへ意識を戻す。魂が何なのか、澪には分からない。ただ、自分の身体はここにある。鎌を握っているのはこの手。立っているのはこの足。痛いのはこの身体。なら、ここへ戻る。
霊体兵が来る。澪は逃げない。鎌を構える腕に力が入る。
霊体兵が通る直前、澪は鎌を振らず、鎖を鳴らした。鐘骸鳥の鐘核片が、鎖の中でごく小さく震える。音は外へ出ない。だが、霊体兵の輪郭がわずかに乱れる。そこへ鎌を入れる。浅い。もう一度。二撃目。輪郭が裂ける。三撃目で、霊体兵が崩れた。
切れる。
完全ではないが、切れる。
澪は顔を上げ少し口角が上がる。
三本の墓標塔。
まず、右。
そこへ行く。
王が指を動かすと軍勢が澪の道を塞ぐ。
澪は走らない。落ちる。鎖を掛け、墓標を蹴る。空中を滑るように移動する。時折不自然に方向を変更させなら進んでいく。
骨兵を斬る。騎兵を崩す。霊体兵を鎖の振動で乱し、鎌で裂く。痛みは遠い。魂のずれは残る。だが、少しずつ戻し方を覚える。
【魂異常耐性】Lv2
澪の視界に文字が浮かぶ。見る暇はない。右の墓標塔が近づく。
塔の根元に、白い巨人兵が三体いた。墓標を背負った骨巨人。高さは四メートルほど。手には棺のような盾。胸には黒い墓標核。普通の骨兵とは違う。倒してもすぐ戻る側ではない。塔を守る番兵。
澪は鎌を握り直した。
「邪魔」
巨人兵が盾を上げる。澪は正面から行かない。
鎖を塔の側面へ掛ける。身体を引く。上へ落ちる。巨人兵の盾の上へ着く。重力が下へ変わる。澪は膝を抜き、盾の上を滑る。鎌を巨人兵の首へ入れる。浅い。すぐ抜く。二撃目。三撃目。巨人兵の首の骨が削れる。巨人兵が手を伸ばす。澪はその手へ短杭を打つ。石突き。爆ぜる。指が飛ぶ。
二体目が盾で澪を潰そうとする。澪は転移する。
転移先は盾の裏側。
鎌を盾の持ち手へ入れる。鎖を巻く。引く。盾がずれる。ずれた隙間に、白鯨の黒圧骨片を投げ込み巨人兵の姿勢が崩れる。澪はその膝へ鎌を入れた。
巨人兵が倒れる。倒れる方向の力を澪は使う。
巨体が落ちる。墓標塔へぶつかる。塔が揺れる。澪はその揺れへ合わせて、塔の根元へ鎌を打ち込んだ。
一撃。
二撃。
三撃。
塔は折れない。
王の胸骨核から黒い線が伸び、塔を補強している。澪はその線を見た。魔力線ではない。魂の線に近い。触れると冷たい。嫌な感じがする。けれど、切らないと塔は折れない。
霊体兵が背後から来る。澪は振り向かない。
左手で短杭を投げるが外れる。魂のずれがまだ残っているようだ。
短杭は霊体兵の横を通り、墓標へ刺さる。
だが、それでもいい。
澪は短杭を支点に転移した。霊体兵の背後へ出る。鎌を振る。霊体の輪郭を裂く。戻る。塔の黒い線へ鎌を入れる。
恐ろしく体が冷える。冷たい。冷たい。冷たい。冷たい。冷たい。冷たい。冷たい。冷たい。冷たい。冷たい。冷たい。冷たい。
鎌を通じて、澪の内側へ何かが入ってくる。知らない死者の声。見たことのない風景。誰かの絶望を凝縮した記憶。それ以外にも様々な感情や映像が澪を襲う。
澪は歯を食いしばった。
「知らない」
そういって澪は鎌を引く。黒い線が一本、切れた。
塔の根元が白く割れ、右の墓標塔が傾いた。
逆墓王が、初めて玉座から身を乗り出した。その瞬間、王冠の墓標が鳴る。
軍勢の動きが変わる。
骨兵が澪を見る。霊体兵が澪を見る。巨人兵が崩れた身体を起こす。墓標の影から、さらに別の兵が這い出してくる。今までより濃い。魂のずれが強い。右の塔を壊されかけたことで、王が本気でこちらを見た。
澪は右の塔の根元に鎌を掛けたまま、息を吐いた。
一本目。
まだ、折れていない。
あと少し。
だが、軍勢が迫っている。
配信映像が乱れ始めた。
『塔を狙ってる?』
『右の塔、揺れた』
『あれ壊せば軍勢止まる?』
『たぶん』
『でもまだ三本ある』
『一本目でこれかよ』
『澪、動き戻ってきた?』
『澪ちゃんに切り刻まれたい』
このコメントは削除されました。
『澪ちゃんの服がボロボロでエッッッ』
このコメントは削除されました。
『でも霊体斬れるようになってる』
『【公式】黒鋼旅団:墓標塔が軍勢再生成の支点と思われます。破壊できれば戦況が変わる可能性があります』
『黒鋼が攻略情報出してる』
『澪に届くの?』
『届かない』
『でも見てるしかない』
朱音は学校側の画面を見ていた。槍を握る手が白くなる。
澪は強くなった。間違いなく、強くなった。
白鯨の前とは別人のように動いている。だが、簡単ではない。逆墓王は肉体の強さだけで倒せる相手ではなかった。軍勢を出し、魂をずらし、塔で兵を戻し、玉座から領域を維持する。白鯨とは違う。鐘骸鳥とも違う。これは、王の戦い方だった。
朱音はマイクを握った。
『澪』
ミナトが拾う。優先同期。
『見てる。塔、右から崩してる。合ってると思う』
届くかは分からない。
だが、澪の口元がわずかに動いた。
「うん」
澪は鎌を引いた。
右の墓標塔へ、最後の連撃を入れる。
一撃。
二撃。
三撃。
四撃。
連撃。連撃。連撃。連撃。連撃。連撃。連撃。連撃。高速で振るう鎌は常人では目で追うことさえできなくなっていた。
黒い線がもう一本切れる。
塔が大きく傾く。
逆墓王が腕を上げた。
王国の重力が、すべて澪へ向いた。
右の塔も、骨兵も、霊体兵も、砕けた白鯨の骨も、墓標の雨も、全部が澪へ落ちてくる。
澪は逃げなかった。
逃げれば塔が戻る。そう直感した。
鎌を塔へ深く入れる。
鎖を身体へ巻く。
身体強化Lv10の身体が、衝撃の通り道を探す。背中、腰、膝、足。足場はない。なら、鎖へ逃がす。鎖から塔へ。塔から墓標へ。墓標から王国へ。押し潰される力を、塔を折る力に変える。
魂がずれ、骨が鳴る。
澪は歯を食いしばる。
「折れろ」
右の墓標塔が、根元から砕けた。
同時に、配信映像が白く弾けた。
暗転。
『深層干渉により映像信号を喪失しました。復旧を試行しています。』
観測室に、短い沈黙が落ちた。
ミナトが震える指で記録を保存する。
「右塔、破壊確認。軍勢再生成支点の一つを破壊。天瀬澪さん、戦闘継続中」
黒瀬は画面を見たまま言った。
「あと二本か」
誰も答えなかった。
逆墓王の戦いは、まだ始まったばかりだった。
新しいボスとの開幕戦です。
誰も読まないだろうから1日1投稿にします。週末はなるべく投稿します。




