第二十一話 断片配信
澪の足先が、消えた地面の縁に残っていた。
右側にあったはずの白い大地は、音もなく空膜の向こうへ抜け落ちている。穴というより、そこだけ世界から切り取られたような欠落だった。下は見えない。白い墓標の欠片が落ちていく途中でゆっくり青白くほどけ、光の粒になって消える。落ちれば戻れない。そういう直感だけが、澪の背中を冷たく撫でた。
鐘骸鳥は、まだ遠くの墓標の上にいる。
遠い。けれど近い。近いはずなのに届かない。届かないはずなのに、次の鐘は足元を消す。距離も方向も信用できない。空葬原の白い景色は、息を呑むほど綺麗なままだった。空の裂け目は青い星雲のように輝き、墓標群は磨かれた骨の聖堂みたいに光を返している。死に近い場所ほど美しいのだと、誰かが言っていた気がする。澪はその言葉を思い出せなかったが、意味だけは分かった。
綺麗だ。
だから、目を離すと死ぬ。
朱音の声が、遅れて届く。
『澪、足場を確認。今いる場所から二歩以上動かないで』
「うん」
『右側は消えた。左前に細い墓標の列がある。見える?』
「見える」
『そこまで行ける?』
「たぶん」
『たぶんで行かない』
「……行ける」
朱音の息が、マイク越しに小さく震えた。
『なら、低く。鎖を張りすぎない。鐘が鳴ったら止まる』
「うん」
澪は空骨鎖鎌の鎖を短く握った。先端鉤は手元に戻している。地面の振動はもう信用できない。鐘骸鳥が墓標群そのものを鳴らしたせいで、足裏から返ってくる情報は濁っていた。けれど、完全に使えないわけではない。濁った振動の中にも、わずかに硬い場所と柔らかい場所がある。信じるのではなく、疑いながら使う。それしかない。
鐘が鳴る。
澪は止まった。
見えていた左前の墓標列が、一瞬だけ奥へ沈む。次の瞬間、元の位置へ戻ったように見えた。だが、澪は踏まない。鎌の柄を伸ばし、先端で地面を叩く。手応えがない。そこにあるように見えた白い足場は、もう空膜の裏側へずれていた。
澪は一歩、別の方向へ踏み出した。
足元の白い粒子が舞う。
観測室では、ミナトが歯を食いしばって映像補正をかけていた。モニターの左半分は白く乱れ、右半分には澪の背中だけが断続的に映っている。時間補正の数値は一定しない。地上側遅延、二十六分、二十八分、二十二分、三十一分。鐘が鳴るたび、数値が跳ねる。
「映像の時系列が安定しません。鐘骸鳥の領域内で、音と距離だけでなく、配信観測の順序までずらされています」
「順序?」
「澪さんが動く前の映像と、動いた後の映像が混在しています。今見えている足場が、現在のものとは限りません」
「なら、朱音の指示も遅れる」
「はい。ですが、澪さん本人の視界よりは広い。完全ではありませんが、補助にはなります」
黒瀬は腕を組んだまま、画面から目を離さなかった。
「補助で十分だ。あいつは全部を任せる気はない」
「それが一番胃に悪いんです」
ミナトは短く返し、危険コメントをまとめて削除した。コメント欄はすでに荒れている。
『これ生配信なの?』
『生だけど時間補正でぐちゃぐちゃ』
『右側消えたのやばすぎ』
『綺麗なのに殺意しかない』
『帰還札二枚死んだぞ』
『もう配信切れよ』
『切ったら生存確認できないだろ』
『朱音さんの声だけが命綱じゃん』
『澪ちゃんがんばれ』
『いや頑張るな戻れ』
『戻れないんだよなぁ』
『アークライン無能』
『これで救助出さないの?』
『出したら救助隊も死ぬだろ』
『鎌になりたいとか言ってた奴、今どんな顔してる?』
『それ今言うことじゃない』
『最近変なの多すぎ』
『コメント消えてるな』
『ミナトさん仕事してる』
佐伯は別室への連絡を終え、観測室へ戻ってきた。顔は落ち着いているが、手元の資料は増えている。
「協会へ、第九環帰還不能事案として正式共有しました。現時点で天瀬さんは探索継続中。契約違反ではなく、不可抗力による帰還不能状態です」
「契約の話をする段階じゃないだろ」
「今する必要がある話です。外部から必ず突かれます」
「もう来てるのかい?」
「来ています。『アークライン管理下で未成年探索者が帰還不能になった』という見出しを作りたい者たちが」
「最低だね」
アカリの声に、いつもの軽さはなかった。
佐伯は静かに頷いた。
「ですので、先に記録を固めます。探索計画、本人同意、協会承認、帰還札、帰還誘導、監視体制、撤退判断。すべて残します」
「澪はまだ戦ってる」
「だからこそ、外側は外側の仕事をします」
その言葉に、朱音は一瞬だけ目を閉じた。
外側の仕事。澪の横には誰も立てない。立てば足手まといになる。救助に行くこともできない。九環へ入り、鐘骸鳥の領域へ到達し、なお澪と同じ速度で動ける人間がいない。最高戦力を投下しても、救助対象が増える可能性の方が高い。分かっている。分かっているが、分かることと耐えられることは違った。
朱音はマイクを握った。
『澪、次の足場。正面の高い墓標は駄目。映像だと残ってるけど、さっき二回ズレた。左の低い墓標群へ』
「左」
『そう。低く。鎌を掛けるなら、上じゃなく根元』
「うん」
澪は言われた通り、左の低い墓標群へ向かった。走らない。足を滑らせるように進む。鐘骸鳥は動かない。ただ翼をわずかに揺らし、澪がどこを選ぶかを見ている。目はないはずなのに、見られている感覚だけがある。
澪は左の墓標へ先端鉤を掛けた。深く入れるのではなく、浅く引っ掛ける。すぐ外せる深さ。支点にするには弱いが、今は身体を固定しすぎない方がいい。
鐘が鳴る。
正面の墓標が砕ける。次に、左側の墓標が一瞬だけ遠ざかる。澪は鎖を外した。遅れずに外れた。身体が空へ流されかける。そこで澪は、短距離《転移》を使った。
視界が一拍だけ白く切れる。
移動距離は三歩にも満たない。背後の墓標の影から、隣の影へ滑っただけ。長距離移動とは呼べない。地上へ戻るどころか、領域の外へ出ることすらできない。だが、今はそれで十分だった。鐘が戻した空間の圧力が、澪のいた場所を横から潰す。澪の身体は、すでに半歩ずれていた。
右肩に痛みが走る。
空間の戻りにかすった。皮膚が裂けたわけではない。骨が折れたわけでもない。だが、身体の内側で魔力回路がこすれたような痛みが残る。短距離《転移》は便利だ。けれど、九環のずれた空間で使えば、移動先の座標が微妙に狂う。失敗すれば、壁や墓標や空膜の中へ半身を置くことになる。
朱音の声が鋭く入る。
『今の、転移?』
「うん」
『長距離は?』
「無理」
『領域外は?』
「届かない」
『戦闘用だけ?』
「今は」
『分かった。使いすぎないで。魔力回路の負荷が見えてる』
「うん」
観測室で、水のように冷たい沈黙が落ちた。
ミナトが数値を読む。
「転移反応、確認。距離は二・七メートル前後。使用後、魔力回路に乱れ。連続使用は危険です」
「それでも使うだろうね」
アカリが低く言う。
「あの場所で足を止めたら終わる。使わないと死ぬなら使う」
「だから回数を数えます」
セレスは画面の澪を見たまま言った。
「澪さんが自分で数えなくなる前に、こちらが止めなければいけません」
「止められれば、ですが」
ミナトの声は硬かった。
澪は墓標の影に身を沈めた。息を吸う。吐く。右肩の奥に残る痛みを、意識の外へ押し出す。短距離《転移》は使える。だが、逃げ道ではない。刃を避けるための踏み替え。届かない距離を半歩だけ縮める技。今の澪では、九環の外へ飛ぶことなどできない。地上の座標へ届かせるには、魔力も、座標固定も、スキルの練度も足りない。
鐘骸鳥が、ゆっくりと首を傾けた。
鐘核が揺れる。
澪は次の鐘を待たなかった。待つと、相手の選んだ情報を見せられる。自分から動く。正面ではなく、斜め下へ。墓標と墓標の間にある白い影へ入り、鎖を地面へ滑らせる。振動は濁っている。だが、鐘骸鳥の鳴らしていない瞬間だけ、ほんのわずかに空葬原本来の硬さが戻る。その短い隙間を拾う。
一歩。
二歩。
鐘。
澪は止まる。
左の墓標が沈む。右の地面が浮く。正面の鳥影が遠ざかる。どれも本物ではない。澪は見えているものを捨て、鎖の重さだけを見る。先端鉤を低く投げた。墓標ではなく、地面の裂け目の縁へ掛ける。浅い。外れやすい。だが、今は浅くていい。
澪は短距離《転移》を重ねた。
今度は横ではない。前へ一歩半。自分で投げた鎖の張りを目印に、そこへ身体をずらす。移動と同時に鎌を引き、足場を変え、次の鐘が来る前に墓標の裏へ入る。
胸が痛んだ。
心臓ではない。魔力が一瞬だけ空膜に引っかかり、肺の奥が冷える。再生では直らない種類の疲労。スキルの限界に触れた時の痛みだった。澪は唇を噛み、声には出さなかった。
鐘骸鳥が鳴く。
その音は、今までより近かった。
澪は動く。動いた先の足場が消える。もう一度《転移》を使おうとした瞬間、身体が拒んだ。座標が定まらない。視界の中の墓標が三重に見える。どれが今の位置か分からない。無理に飛べば、空膜の中へ身体を半分置く。
澪は転移を止めた。
代わりに、鎌を捨てるように投げた。捨てるのではない。先端鉤ではなく、鎌刃そのものを墓標の根元へ打ち込む。柄を離し、鎖だけを握る。身体が落ちる。白い穴へ引かれる寸前、鎌刃が墓標に深く入り、鎖が張った。
肩が抜けそうな衝撃が来る。
骨が鳴る。筋肉が裂ける手前で止まる。澪は歯を食いしばり、左手を鎖へ添えた。外傷はほとんどない。だが、肩から背中にかけて、熱いものが走った。引き上げる余裕はない。鐘骸鳥が次に鳴けば、この墓標ごとずらされる。
朱音の声が、ほとんど悲鳴のように入る。
『澪、切り離して!』
「まだ」
『まだじゃない! その墓標ずれる!』
「分かってる」
『じゃあ切って!』
「上がる」
澪は鎖を引いた。力任せではない。引くのではなく、身体を鎖に沿わせる。足を墓標の側面へ掛け、膝を折り、鎖を短く詰める。一瞬、鎌の刃元が青白く震えた。番犬骨板の固定力が、墓標の根元で持ちこたえる。澪はその瞬間だけを使い、身体を上へ滑らせた。
鐘が鳴る。
墓標がずれる。
澪は上がり切る直前に、鎌を外した。刃が抜ける。墓標が半歩奥へ消える。澪の足が空を踏む。その瞬間、三度目の《転移》。距離は一メートルもない。落ちる身体を、隣の墓標の影へずらしただけ。
それでも、助かった。
澪は膝をついた。
肩が動かない。魔力回路が熱い。視界の端が白く点滅する。空骨鎖鎌の刃元には、細い亀裂が入っていた。初運用で、もう傷が入った。榊原が見れば間違いなく怒る。ユイカは泣くかもしれない。けれど、折れていない。
鎌の亀裂の奥に、白い破片がひっかかっていた。
鐘骸鳥の翼端を削った時に付着した骨片だった。澪がそれに触れるより早く、鎌の刃元が小さく震える。骨片が、亀裂の中へ少しずつ沈んでいく。溶けるのではない。吸い込まれるのでもない。刃元の破損部に、素材が自分から馴染むように入り、細い亀裂の縁を白く埋め始める。
澪は目を細めた。
「直ってる?」
榊原が観測室で固まった。
「……今、何をしました」
「素材反応、刃元に吸収されています。鐘骸鳥の骨片が、空骨鎖鎌の破損部へ統合中。主任、これ、設計に入れてませんよね」
「入れていません。少なくとも、初回運用で勝手に始まる予定ではありません」
「自動修復?」
「まだそう呼ぶには早い。ですが、破損部に素材性質を取り込んでいます」
ユイカの声が震えていた。恐怖ではない。興奮でもある。けれど、それだけでは足りない。彼女は今、装備が設計者の理解を越え始める瞬間を見ていた。
黒瀬が短く言った。
「喜ぶのは後だ。今は戦闘中だ」
「はい」
澪は鎌を握り直した。
刃元の亀裂は完全には消えていない。だが、縁に鐘骸鳥の白い骨質が薄く入り、先ほどよりも振動が澄んでいた。鐘の音に少しだけ強くなったわけではない。むしろ、鐘の音を覚えた。そう感じた。
鐘骸鳥が動いた。
今度は距離を伸ばすのではなく、墓標群を鳴らしながら上昇する。翼が開き、白い骨膜が空葬原の光を拾う。美しい。見上げてしまうほど美しい。だが、その翼の一枚一枚が、澪の逃げ道を測っている。
澪は立ち上がった。
その時、配信画面が大きく乱れた。
映像の色が反転し、白い墓標が黒く、空膜が青から赤へ一瞬だけ変わる。音声が遅れ、朱音の声が三重に重なった。ミナトの端末が警告を吐き出す。深層時間補正、異常。観測順序破綻。帰還誘導失敗。配信バッファ破損。
「まずい。配信が持ちません」
「切れるのか」
「こちらから切る前に、領域に切られます」
コメント欄も乱れていた。文字が遅れ、流れが歪み、削除されたはずのコメントと新しいコメントが混ざる。
『映像やば』
『なにこれ』
『色おかしい』
『澪どこ』
『音が三重になってる』
『朱音さんの声バグってる』
『配信切れそう』
『切るな』
『いや切れ、見てられん』
『澪ちゃん逃げて』
『アークライン何とかしろ』
『鎌直ってなかった?』
『自動修復?』
『チート武器じゃん!』
『チートでも本人死んだら終わりだろ』
『最近の九環配信、心臓に悪すぎ』
『生きて!!!』
朱音がマイクに向かって叫ぶ。
『澪、聞こえる? 配信が切れる! 聞こえるうちに、今いる場所から動かないで!』
「動かないと死ぬ」
『じゃあ、動く前に目印を残して! こっちが次に拾えるように!』
「目印」
『鎌でも杭でもいい! 澪がいた場所を残して!』
澪は骨杭を一本抜いた。
ただの杭ではない。空骨鎖鎌の予備材から作られた、白銀墓標核片入りの小さな杭。澪はそれを足元の白い地面へ打ち込んだ。杭が地面に入った瞬間、淡い青白い輪が広がる。長くは持たない。けれど、観測側が座標を拾うには十分なはずだった。
「残した」
『よし。次、映像が戻ったらそこを基準にする。澪、聞こえる?』
「聞こえる」
『生きて』
「うん」
その返事を最後に、配信映像が白く弾けた。
画面が暗転する。
チャンネル《九環》の配信欄には、無機質な文字だけが残った。
『深層干渉により映像信号を喪失しました。復旧を試行しています。』
観測室に、誰も声を出さない時間が落ちた。
朱音はマイクを握ったまま、暗い画面を見つめていた。息をしているのかどうか、自分でも分からなかった。ミナトは端末を叩き続けている。神楽坂は協会との回線を開き、佐伯は外部対応の文面を作り始めた。榊原とユイカは、最後に映った鎌の自動修復らしき反応を保存し、黒瀬は一言も発しなかった。セレスは目を閉じ、鐘の音が残っていないか聞き取るように静かにしていた。アカリは拳を握り、爪が手袋へ食い込んでいた。
助けには行けない。
それが、この部屋にいる全員を縛っていた。
九環へ救助隊を出すことはできるかもしれない。だが、鐘骸鳥の領域まで到達できる者が何人いるのか。到達したとして、帰還札が使えない領域でどうやって戻るのか。澪と同じ速度で動けない者が入れば、助けるどころか次の遭難者になる。
黒瀬が、ようやく口を開いた。
「助けに行かないんじゃない。行けない。行けば、救助対象が増えるだけだ」
朱音はその言葉を聞いても、頷けなかった。
分かっている。
分かっているのに、納得できない。
ミナトが低く言った。
「復旧試行を継続します。生存証明ログ、座標杭、最後の魔力反応を基準に追います」
「次はいつ繋がる」
「分かりません。数分後か、数時間後か、数日後か」
「数日……」
朱音の声が小さく割れた。
ミナトは答えられなかった。
三日後。
配信は突然戻った。
アークライン配信管理部の夜勤担当が最初に気づき、警報を鳴らした。ミナトが仮眠室から飛び起き、朱音へ緊急連絡が入る。神楽坂、黒瀬、榊原、ユイカも呼び出され、セレスとアカリには断片配信復旧の通知が飛んだ。佐伯は外部発表文の下書きを開いたまま、画面を見た。
復旧時間は、わずか四十二秒。
映ったのは、白い墓標群の中を走る澪だった。
髪は乱れ、探索ジャケットの左肩が裂け、右腕には空膜のような白い布が巻かれている。空骨鎖鎌は、三日前より少し形が変わっていた。刃元の亀裂には鐘骸鳥の骨質が薄く入り、鎖の根元には小さな白い欠片が吊るされている。飾りではない。動くたびに音を殺すように震え、鐘の残響をわずかにずらしている。
澪の前方で、鐘骸鳥が翼を広げる。
鐘が鳴る。
澪は消えた。
いや、消えたのではない。短距離《転移》だ。墓標の影から、別の影へ。距離は短い。だが、三日前より明らかに速い。移動直後のふらつきも少ない。鐘が地面を消すより先に、澪は鎖を投げ、先端鉤を別の墓標へ掛け、身体を低く流す。動きが荒い。余裕はない。だが、死んでいない。
澪が何かを叫んだ。
音声は乱れていたが、かろうじて拾えた。
「三つ目、折った」
何の三つ目かは分からない。
鐘骸鳥の翼の一部か。領域を支える墓標か。帰還を邪魔する鐘の支点か。だが、澪は何かを壊している。逃げるだけではない。三日間、戦いながら解析し、削っている。
コメント欄が爆発した。
『生きてた!!』
『三日ぶり!?』
『澪生きてる!』
『装備変わってる』
『鎌に何か増えてない?』
『転移速くなってる?』
『今の消えたよな?』
『三つ目って何』
『鐘骸鳥まだいるのかよ』
『三日戦ってるってこと?』
『澪側の時間は分からん』
『朱音さん見てる?』
『見てるに決まってるだろ』
『帰ってこい』
『これもう配信じゃなくて遭難記録だろ』
『それでも生きてる』
『泣きそう』
『変なコメントする奴今だけ黙れ』
『鎌になりたいとか言ってた奴、土下座しろ』
『澪、綺麗な地獄でまだ戦ってる』
朱音は画面の前に立ち尽くしていた。
四十二秒の映像が終わる直前、澪が一瞬だけこちらを見た。配信カメラを見たのではない。たまたま視線が重なっただけかもしれない。けれど、朱音にはそう見えた。
澪の唇が動く。
音声はほとんど潰れていた。
それでも、朱音には分かった。
「まだ」
その直後、鐘の音が入り、配信は再び白く途切れた。
画面には、また同じ文字が残る。
『深層干渉により映像信号を喪失しました。復旧を試行しています。』
誰も、すぐには動けなかった。
ミナトだけが、震える指で記録を保存した。
「生存確認。戦闘継続。装備変化あり。短距離転移、練度上昇の可能性。鐘骸鳥領域内で、何らかの支点破壊を実行中」
黒瀬が短く言う。
「生きているなら、待つしかない」
朱音は画面を見たまま、小さく答えた。
「待つだけじゃない」
「何をする」
「次に繋がった時、もっと早く指示を出せるようにする。澪が残した目印を、全部覚える」
朱音の声は震えていた。
けれど、折れてはいなかった。
白い絶景の奥で、澪はまだ戦っている。
なら、地上側も止まれなかった。
ま〜た遭難しましたね!前回の転移見たいに今回は戻れません。




