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九環配信の澪 〜誰も帰らない絶景を〜  作者: 妄幽
第二章

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33/64

第十七話 悪質業者

 アークライン本部の地下封鎖工房を出る頃には、澪の頭の中はほとんど図面で埋まっていた。


 空骨鎖鎌・第一改修案。番犬前脚剥離骨板を使った刃元と先端鉤。白銀墓標核片を組み込んだ鎖の固定環。空膜獣牙を削り出す補助刃。切り離し機構の再設計。正式完成ではない。第一段階。けれど、今の仮修復型とは別物になる。九環の空膜へ食い込み、番犬由来素材に噛み負けず、失う時は失う場所だけを切り捨てる。そのための鎌。


 澪はエレベーターの中で、榊原から借りた先端鉤の模型を見ていた。もちろん持ち出し用の樹脂模型だ。実素材は入っていない。だが形だけでも分かる。前より短い。厚い。刺すためだけではなく、噛むための鉤。鎖で引いた時、相手に食い込み、澪の身体を引き寄せるのではなく、澪が選んだ支点を作るための形。


 神楽坂は隣で、澪が模型を眺め続けるのを見ていた。


「気に入りましたか」

「うん」

「本加工は契約後です」

「分かってる」

「その模型は持ち帰って構いません」

「いいの?」

「判断材料です。七瀬さんにも見せてください」

「見せる」

「ただし、学校に持ち込ませないでください」

「朱音先輩が?」

「ええ」

「持っていくかな」

「確認はしてください」


 澪は模型をリュックに入れた。弁当の隣ではなく、書類の横に入れる。食べ物と武器模型を同じ場所に入れるのは、朱音の母に悪い気がした。


 エレベーターは地上階を通り過ぎ、さらに上へ向かった。神楽坂がボタンを押していたのは二十二階。表示が変わるたび、壁の内装が少しずつ明るくなっていく。地下の封鎖工房が金属と石の匂いだったのに対し、上層階は清潔な空調と電子機器の匂いがした。


「次は配信管理部です」

「配信」

「チャンネル《九環》の今後の運用について、担当候補を紹介します」

「必要?」

「必要です。昨日の配信後、切り抜き、誤情報、悪質な転載、素材価格の憶測、住所特定を誘導する投稿が増えています」

「多い」

「多いです」


 扉が開くと、壁一面にモニターが並ぶ広い部屋が見えた。探索配信、協会発表、各種SNS、コメント欄、切り抜き動画の一覧。映像がいくつも流れているが、室内は騒がしくない。複数の職員がそれぞれの端末に向かい、必要な言葉だけを短く交わしている。戦闘の監視室とは違う。こちらは、情報の戦場だった。


 その中央で、一人の少女が待っていた。


 最初に目に入ったのは髪だった。青黒い長髪が肩のあたりで緩く揺れ、毛先だけが電気を帯びたように淡く光っている。角はない。だが、こめかみの少し上に、鱗にも金属片にも見える細い紺色の突起が左右に二つずつ並んでいた。耳の下から首筋にかけて、濡れた竜鱗のような小さな模様があり、光の角度で青から紫へ変わる。瞳は透明感のある蒼で、虹彩の奥に細い稲妻のような線が走っていた。肌は白いが、セレスのような森の白ではない。夜のモニター光を吸ったような、冷たい白だった。


 少女は立ち上がると、澪へ向かって丁寧に頭を下げた。


「配信管理部、藍沢ミナトです。種族は電龍種。チャンネル《九環》の管理担当候補として、本日同席します」

「電龍種」

「はい。情報処理、遠隔通信、電脈系統に適性があります。戦闘は不得意です」

「強そう」

「見た目ほど強くありません」

「そうなの?」

「少なくとも、番犬素材を剥がしに行く人と比べられると困ります」


 ミナトは笑わずに言った。声は落ち着いているが、冷たいわけではない。むしろ、言葉の選び方が丁寧すぎて、余計に仕事の人間だと分かる。


 彼女の背後のモニターには、昨日の澪の配信アーカイブが映っていた。危険箇所には加工が入り、コメント欄は一部非表示になっている。それでも、番犬前脚剥離骨板を封鎖パックへ押し込む直前の映像は、十分すぎるほど鮮明だった。


 ミナトはその映像を一時停止した。


「まず、昨日の配信について。数字だけ見れば、大成功です。視聴者数、同時接続、アーカイブ再生、切り抜き拡散速度、どれも異常値です」

「よかった?」

「配信管理者としては良かったです。人間としては、胃が痛いです」

「胃」

「危険すぎます」

「九環だから」

「それを当然のように言われると、さらに胃が痛いです」


 ミナトは端末を操作した。モニターにコメント欄の抜粋が表示される。


『番犬素材持って帰ったのやばすぎる』

『八十億級って本当?』

『三億で買い取ろうとした業者いるらしい』

『ざまぁ』

『未成年に直DMは終わってる』

『アークライン法務が動いた時点で終わり』

『澪ちゃん鎌にするって言った?』

『売らないの強すぎ』

『素材業者泣いてそう』

『三億業者、名前出たら終わりだろ』


「三億業者」

「そこから説明します」


 ミナトが別のモニターへ切り替えると、佐伯円が部屋へ入ってきた。手には薄い資料を持っている。顔は落ち着いているが、昨日より少し冷たく見えた。


「該当業者は、東雲素材流通の関連会社です。表向きは探索者支援を掲げていますが、過去にも若年探索者への直接交渉、危険素材の低額買い取り、契約書の不備で警告歴があります」

「東雲」

「名前を覚える必要はありません。窓口で遮断します」

「三億は安い?」

「安いです。極めて」

「鎌、作れない」

「作れません」


 佐伯は淡々と続けた。


「今回、相手は天瀬さんの公開連絡先へ直接、番犬素材を含む主要素材の一括買い取りを打診しました。金額は三億円。保管費や未成年管理を理由に、早期売却を促す文面です」

「未成年だから?」

「判断力が低いと見たのでしょう」

「低い?」

「失礼な話です」


 ミナトが横から口を挟んだ。


「ネット上では、すでに炎上しています。業者名はまだ公式に出ていませんが、時間の問題です」

「出る?」

「出ます。過去の警告歴と文面の癖から、特定班がほぼ絞っています」

「特定班」

「ネットの暇な人たちです。今回は役に立っていますが、普段は厄介です」


 ミナトは指を動かした。空中に薄い青いウィンドウが浮かぶ。電龍種の情報操作なのか、端末の補助なのか、澪には分からない。だが、画面の切り替えは水瀬より速かった。


 そこには、協会公式の発表が表示されていた。


『未成年探索者に対する危険素材の直接買い取り打診について、協会は事実確認を進めています。』

『高危険度素材の売買は、協会規定および保管基準に従う必要があります。』

『探索者本人、保護関係者、滞在先への無許可接触はお控えください。』


 続いて、アークライン公式の投稿。


『当社は、天瀬澪氏に対する単発技術支援を行った立場として、危険素材に関する不適切な直接交渉を確認しています。』

『未成年探索者への圧迫的・誤認誘導的な買い取り打診には、協会と連携して対応します。』

『関係者への接触、居住地探索、撮影行為は法的措置の対象となる場合があります。』


 さらに、コメント欄が流れる。


『三億業者終わったな』

『八十億級に三億は草』

『未成年相手ならいけると思ったんだろ』

『ざまぁ』

『東雲系って言われてるけどマジ?』

『あそこ前もやってなかった?』

『アークライン法務に喧嘩売るの勇気ありすぎ』

『澪ちゃん鎌基準だから引っかからなかった説』

『三億で鎌作れる? 無理 じゃあいらない』

『本人本当に言ってそう』


 澪は最後のコメントを見た。


「言った」

「はい。言っていました」

「見られてる?」

「音声には入っていません。ですが、皆さん予想が上手い」

「怖い」

「配信者は、そういうものです」


 ミナトは淡々としていたが、その目には少しだけ好奇心があった。セレスやアカリとは違う。ユイカが素材と鎌を見ていたように、ミナトは澪の言動が数字と世論をどう動かすかを見ている。


「天瀬さん」

「うん」

「あなたは、数字を取るために危険を演じているわけではありませんね」

「数字?」

「視聴者数、登録者、収益、話題性です」

「見てない」

「でしょうね」

「素材と鎌は見る」

「それも分かりました」


 ミナトはそこで、初めて少しだけ表情を緩めた。


「だから管理が難しいんです。演出で危険を作っている人なら、演出を止めればいい。でも、あなたは危険な場所で普通に必要なことをしているだけです」

「必要」

「ええ。視聴者はそれに惹かれる。けれど、真似をすれば死ぬ。切り抜きは伸びる。誤情報も増える。素材目当ての馬鹿も出る」

「馬鹿」

「すみません。言葉が強かったです」

「合ってる」

「ありがとうございます」


 神楽坂が静かに言った。


「ミナトさんには、チャンネル《九環》の配信管理案を作ってもらっています」

「案」

「はい。所有権は天瀬さんに残す。アークラインは管理補助、危険情報遮断、切り抜き監視、スポンサー選定、悪質接触対策を行う。収益管理は別会計。これが基本です」

「スポンサー」

「後で説明します。今は受けなくて構いません」

「ご飯?」

「食料メーカーからも来ています」

「ご飯なら」

「決めない」


 佐伯が即座に止めた。


「決めない」

「はい」


 澪はリュックの中の弁当を思い出した。アークラインの食堂も気になるが、まずは七瀬家の弁当がある。契約用の飴もある。今日はいろいろ多い。


 ミナトは次の画面を出した。


「次に、他クランからの高額オファーです」

「十億」

「はい。最大年俸十億円。素材売却益九割。専属配信契約。表面上は派手です」

「鎌は?」

「作れません」

「いらない」

「早いですね」

「鎌がない」

「はい。私も不要だと思います」


 ミナトは、今度ははっきり頷いた。


「理由は、装備加工が外部工房任せ。九環素材の封鎖保管は協会依存。配信権は共同管理ではなく、実質的にクラン側が主導。医療は提携病院紹介止まり。天瀬さんに必要なものが揃っていません」

「お金だけ?」

「ほぼ」

「じゃあいらない」

「はい」


 佐伯は資料に短くメモをした。


「比較表に、天瀬さんの判断基準を入れておきます」

「判断基準」

「鎌が作れるか。素材所有権が残るか。封鎖保管ができるか。朱音さんと七瀬家に不必要な接触がないか。医療支援が実働するか」

「分かりやすい」

「分かりやすくします」


 その時、佐伯の端末がもう一度鳴った。彼女は画面を見て、わずかに眉を動かした。


「七瀬家関連です」

「朱音先輩?」

「七瀬さん本人ではありません。妹さんの公開SNSに、澪さんの写真を買いたいという匿名アカウントから連絡が入ったようです。ご家族から協会窓口へ転送されています」

「結衣に?」

「はい」

「誰?」

「調査中です。悪質配信者か、素材業者の情報収集か、単なる便乗かはまだ不明です」

「行く」

「行かなくて大丈夫です」


 佐伯の声は静かだったが、はっきりしていた。


「すでに窓口で遮断します。七瀬家には返信しないよう連絡済みです。学校関係への拡散がないかも確認します」

「結衣、怖がってる?」

「現在のところ、ご家族からは『気持ち悪いけど大丈夫』との返答です」

「結衣っぽい」

「朱音さんにも共有します」

「うん」


 澪は少しだけ黙った。九環の魔物なら、鎌で切れる。空膜なら、触れれば分かる。だが、七瀬家に届く匿名の連絡は、切り方が分からない。そこにアークラインの法務窓口がいる。昨日の説明が、急に現実のものとして形を持った。


 ミナトが画面を閉じた。


「こういう接触は、今後増えます。天瀬さんの素材価値、配信価値、話題性が上がったためです」

「増える」

「はい。だから窓口が必要です。あなたが全部見る必要はありません」

「見ないと分からない」

「見るものを選ぶのが管理です」


 澪はその言葉を少し考えた。


「九環と似てる」

「どこがですか」

「全部見ようとすると死ぬ」

「……それは、かなり嫌な納得の仕方ですね」

「でも、分かる」

「なら良かったです」


 ミナトは少しだけ苦笑した。


 昼になり、澪はアークラインの食堂へ案内された。


 食堂というより、探索者用の補給ラウンジだった。広い窓から街が見え、奥には栄養管理されたメニューが並ぶ。高レベル探索者向けの高カロリー食、魔力回復を助ける飲料、低刺激の医療後食、普通の定食。どれも無料ではないが、所属者は補助が出るらしい。


 澪は少し迷った後、七瀬家の弁当を取り出した。


 神楽坂がそれを見て言った。


「こちらの食事も用意できますよ」

「先にこれ」

「七瀬家のお弁当ですか」

「うん」

「では、温かいお茶を用意します」

「ありがとう」


 食堂の隅の席で、澪は弁当を開けた。小さなおにぎり、卵焼き、唐揚げ、ほうれん草の和え物。アークライン本部の高層ラウンジで食べるには、妙に普通だった。だが、澪はそれをかなり丁寧に食べた。隣ではミナトが端末を見ながら、時々澪の食べる速度を確認している。


「食べ方は普通なんですね」

「普通?」

「九環映像のあとだと、全部普通ではないように見えます」

「ご飯は普通」

「そうですか」


 向かいの席にアカリが座った。トレイには肉料理が山のように乗っている。隣にはセレスも来た。彼女の食事は、野菜と魚が中心で、量は少ない。二人とも偶然という顔をしているが、たぶん偶然ではない。ミナトはそれを見て、端末から目を上げた。


「お二人とも、今日は最上位班の訓練では?」

「昼休み」

「同じく」

「分かりやすい見学ですね」

「見学じゃないよ。交流」

「交流です」


 セレスは澪の弁当を見た。


「それは、ご家族のものですか」

「朱音先輩の母」

「大事に食べるのですね」

「うん」

「九環素材より?」

「種類が違う」

「そうですか」


 セレスは少しだけ目を伏せた。エルフ種の長い睫毛が、翡翠色の瞳に影を落とす。彼女の美しさは、近くで見るとさらに現実味が薄かった。耳の先がわずかに動き、髪の内側の葉脈光が呼吸に合わせて明滅する。けれど、食堂で魚を箸でほぐす仕草は静かで、普通だった。


 アカリは唐揚げを見て、興味深そうに言った。


「一個ちょうだい」

「駄目」

「即答」

「七瀬母の」

「そっか。じゃあ駄目だ」

「うん」

「今度、私が肉奢る」

「肉」

「興味出た?」

「少し」

「よし」


 ミナトが小さく言った。


「火野さん、餌付けしようとしないでください」

「交流だって」

「言い方を変えても同じです」


 澪は卵焼きを食べながら、ふと端末を見た。朱音からメッセージが来ている。


『学校終わった。結衣の件、聞いた。こっちは大丈夫。澪はそっちで勝手に契約しない』


 澪は少し考えて、返信した。


『してない』


 すぐに返事が来た。


『欲しいは言った?』


『言った』


『何を?』


『鎌。予備鉤。鳥』


『鳥?』


『最初は鳥』


『帰ってから聞く』


『うん』


 澪はスマートフォンを伏せた。


 セレスが静かに尋ねた。


「七瀬さんですか」

「うん」

「学生なのですよね」

「うん」

「それでも、昨日の声はよく届いていました」

「朱音先輩だから」

「信頼しているのですね」

「うん」


 セレスはその短い返答を、しばらく飲み込むように聞いていた。


「羨ましいですね」

「何が?」

「九環で聞こえる声があることです」

「セレスさんはない?」

「私は、基本的に一人で距離を取ります。声が届く前に、退路を作る戦い方です」

「それもいい」

「ええ。ですが、あなたの戦い方には、別の支えが必要に見えます」

「朱音先輩?」

「はい」

「朱音先輩は学生」

「知っています」

「だから、今はあまり巻き込まない」

「それも、正しいと思います」


 アカリは肉を食べながら、少しだけ意外そうな顔をした。


「澪、そういうの考えるんだ」

「考える」

「もっと全部巻き込むタイプかと思った」

「朱音先輩、止まると困る」

「学生として?」

「うん」

「なるほどね」


 アカリは笑ったが、さっきより少し柔らかかった。


 昼食後、澪は再び会議室へ案内された。今度は地下ではなく、上層階の小さな面談室だった。窓から街が見える。机の上には、契約比較表、素材保管期限、空骨鎖鎌第一改修の工程表、配信管理案、七瀬家窓口設定案が並んでいた。


 佐伯が順番に説明する。


「本日、天瀬さんが決める必要があるものは二つだけです」

「二つ」

「一つ目。七瀬家に関する法務窓口と連絡遮断を、初期対応から正式対応へ移すかどうか。物理警備は含みません。訪問、郵送、匿名連絡、取材依頼、写真買い取り、素材交渉を窓口で受ける設定です」

「七瀬家に聞く」

「はい。ご家族同意が必要です。こちらは本日、説明資料をお渡しします」

「二つ目は?」

「空骨鎖鎌第一改修の準備作業を開始すること。素材を削る本加工ではなく、採寸、治具設計、模型制作、封鎖手順書作成までです」

「それはやって」

「承認として記録します。ただし、本加工は契約後です」

「うん」


 神楽坂が続けた。


「仮所属契約については、明日以降で構いません。ただし、協会保管期限は残り四十八時間です。素材の移送先と加工契約は、それまでに決める必要があります」

「朱音先輩と父母に聞く」

「はい」

「弁護士?」

「必要であれば、協会指定の外部弁護士を入れられます。アークラインの法務ではなく、中立の確認者です」

「入れた方がいい?」

「金額を考えると、入れた方がいいです」

「じゃあ入れる」

「承知しました」


 ミナトが横から資料を一枚差し出した。


「配信管理についても、今日決める必要はありません。ただ、今夜からコメント欄と連絡先の一次フィルタリングは入れたいです」

「フィルタ」

「住所特定、家族名、学校名、素材買い取り、模倣探索、未許可切り抜き誘導。この辺りを自動で弾きます」

「コメント消える?」

「一部は消えます」

「全部読むわけじゃない」

「なら問題ありません」

「うん」

「では、一次フィルタリングだけ開始します」


 澪は飴を一つ口に入れた。七瀬母の契約用飴。甘い。考える時間ができる。ここで即答していいものと、持ち帰るものが少し分かった。


「佐伯さん」

「はい」

「三億業者は?」

「協会調査に入りました。直接連絡は遮断済み。今後、天瀬さんへ接触した場合は警告では済みません」

「ざまぁ?」

「法務担当としては、その表現は使いません」

「違う?」

「気持ちは分かります」


 ミナトが淡々と言った。


「ネット上では、すでに『ざまぁ』で統一されています」

「そう」

「はい」


 澪は少しだけ頷いた。


 夕方、アークライン本部を出る頃には、外の悪質配信者は警備員に敷地外へ移動させられていた。歩道の向こうにまだ数人いたが、近づいてはこない。代わりに、アークラインの公式注意文と協会の調査発表が広がったせいで、彼ら自身が配信コメントで叩かれているらしかった。


『本人に突撃した配信者いたってマジ?』

『私有地で撮影は普通にアウト』

『ざまぁ二件目』

『三億業者といい突撃配信者といい、澪周り地雷原すぎ』

『アークライン警備ガチだからやめとけ』

『七瀬家に行こうとしてるやついるなら本当にやめろ』

『協会が動いてる時点で笑えない』

『でも澪ちゃん本人は鎌の図面見てそう』

『絶対見てる』

『鳥って言ってたらしいぞ』

『次の九環ボス?』

『まだ行くな』


 澪は車の中で、模型を一度だけ取り出した。黒い樹脂の先端鉤。まだ軽い。けれど、形は未来の鎌に近い。


 アークラインは便利だ。工房がある。法務がある。配信管理がある。医療がある。警備がある。悪質な連絡を切れる。朱音家族を守る窓口も作れる。年俸より、そちらの方がずっと分かりやすい。


 澪はスマートフォンを開き、朱音へ短く送った。


『帰る。図面ある』


 返信はすぐだった。


『契約は?』


『してない』


『よし』


『鳥、倒したい』


『帰ってから聞くって言ったよね?』


『うん』


 澪はスマートフォンを伏せ、窓の外を見た。夕方の街は、九環の白さとはまるで違う色をしていた。ガラスに映る自分の顔は、少しだけ疲れている。だが、目は眠くなかった。


 最初は鳥。

 鐘骸鳥。推定ではなく、次は鑑定で確かめる。

 倒せば、朱音の声がもっと届くかもしれない。

 スキルオーブも落ちる。何が出るかは分からない。役に立たないものかもしれない。それでも、九環ボスを倒す理由は十分にある。


 澪はリュックの中の模型に触れた。


 空骨鎖鎌はまだ完成していない。

 契約もまだ終わっていない。

 けれど、次に斬るものは、少しずつ見えてきた。

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