第十二話 白い子
白い子は、起きなかった。
月殻浜から運ばれた夜、澪は茶屋の奥の小部屋に寝かされた。星砂を混ぜた黒い床の上に灰色の寝具が敷かれ、窓には骨飾りと小さな灯籠が吊られた。ラウ婆は枕元に座り、鈴を鳴らした。
茶屋の娘は夜湯を薄くして湯気だけを部屋へ流し、鍛冶師は扉の蝶番を強く打ち直した。子供たちは廊下から覗き、白い尻尾が布団の端から少しだけ出ているのを見て、誰も笑わなかった。
澪の体に傷はなかった。
月殻蜃の霧で濡れた白い服は、マシロがすぐに元へ戻した。髪の内側には星砂のような光が残り、猫耳の内側も時々淡く灯った。尻尾は布団の中で力なく丸まり、先端の青白い光だけが弱く揺れている。眠っているように見える。けれど、普通の眠りではない。呼びかけても、撫でても、鈴を鳴らしても、澪は目を開けなかった。
メイは寝床の横にいた。
鎌の形で床に沈み、青白い刃をほとんど光らせず、ただ鎖だけを澪の手首へゆるく巻いている。強く縛るわけではない。離さないためでも、閉じ込めるためでもない。ただ、そこにいると分からせるように、冷たい金属の輪が白い手首に触れていた。
黒い猫は、窓枠に座った。
二本の尾を下げ、月殻浜から持ち帰った白い欠片を前足の間に置いている。小指の爪ほどの小さな欠片だった。澪のものなのか、月殻蜃から剥がれたものなのか、ラウ婆にも分からない。ただ、それを離すと澪がもっと遠くへ沈む気がして、猫はずっと守っていた。
「朱音先輩。結衣ちゃん。メイ。マシロ。帰る」
ラウ婆は、澪が何度も口にした言葉を繰り返した。
星祭郷の言葉ではない。意味を正しく分かっているわけでもない。けれど、澪がそれを大事にしていたことだけは、村の者にも分かっていた。だからラウ婆は毎朝それを言った。茶屋の娘も覚えた。子供たちも覚えた。うまく発音できない者もいたが、それでも白い子の枕元で同じ言葉を落としていった。
一年目、子供たちは毎日のように小部屋へ来た。
最初に猫耳を触ろうとしてメイに叩かれた子も、もう近づきすぎなかった。星飾りを置く子。灯籠胎の膜で作った小さな札を吊るす子。尻尾が布団から出ていると、そっと布を掛け直す子。澪は起きない。けれど子供たちは、いつか起きた時に退屈しないように、と言って小物を増やしていった。
茶屋の娘は、夜湯を毎日替えた。
濃すぎると眠りが深くなる気がして、薄くした。薄すぎると道が乾く気がして、星砂を少し足した。ラウ婆に何度も怒られながら、それでも毎日湯気を流した。澪は飲まない。口元へ運んでも、喉は動かない。だから湯気だけを部屋に満たす。夜湯の匂いは、やがて小部屋の匂いになった。
三年目、茶屋の娘は母になった。
小さな子を抱いて澪の部屋へ来る。赤子の額には薄い硝子角があり、その中で小さな星が頼りなく瞬いていた。赤子は澪の尻尾を見て手を伸ばした。メイの鎖がかすかに鳴る。娘は慌てて手を引っ込めさせ、笑った。
「だめ。ミオの尾、勝手に触らない」
赤子は意味も分からず笑う。
「この子、村を守ったの。水鏡湖も、空橋も、草原も、霧沼も」
娘は眠る澪を見る。
「だから、起きたら夜湯を出す。濃いやつ」
澪は目を開けない。
けれど、尻尾の先がほんの少しだけ揺れたように見えた。娘は息を止め、ラウ婆を呼びに行った。ラウ婆はゆっくり来て、尻尾を見て、澪の顔を見て、鈴を鳴らした。澪はその後、また動かなかった。
五年目、依頼板の場所が変わった。
茶屋の横にあった黒い骨板は、星戻りの大風で半分割れた。新しい板は鍛冶小屋の前に立てられた。四本腕の鍛冶師が、星骨竜魚の残り骨を細く削って枠にした。澪が鎮めた赤紙の欠けも、板の裏側に埋め込まれている。水鏡湖の青、夜縫いの銀、忘れ火の青火、星霞の薄紫。板は夜になると静かに光った。
鍛冶師は、澪の部屋にも時々来た。
彼は口数が少ない。澪が起きていた頃も、ほとんど話さなかった。だが、メイを見る目だけは変わらなかった。青白い鎌の刃に混じる色が、年を追うごとにほんの少し深くなっている。戦っていないのに、澪の枕元にいるだけで、メイは何かを待っているようだった。
「まだ、鈍らぬな」
鍛冶師は低く言った。
メイは答えない。
「よい刃だ。怖い刃だ」
鎖が床を軽く叩く。
「怒るな。褒めておる」
鍛冶師は部屋の扉を直し、窓の骨飾りを替えて帰っていった。
七年目、最初に澪へ星飾りを置いた子供が、狩り手になった。
名はルルカという。小さかった頃は、角に布を巻いて澪の尻尾を遠くから見ていた。今は背が伸び、硝子角の中の星も強く光る。腰には短い刃を下げ、足音も軽い。初めて狩りに出る前、ルルカは澪の小部屋へ来た。
「ミオ」
返事はない。
「赤紙じゃない。小さいやつ。星喰いの子」
ルルカは少しだけ胸を張った。
「倒してくる。ミオが起きたら、話す」
メイの鎖が小さく鳴った。
ルルカはびくっとしたが、逃げなかった。三年眠る澪しか知らなかった子供が、七年眠る澪の前で狩り手になった。帰ってきた時、ルルカは腕に大きな傷を負っていた。傷は治るが、痕が残る。彼女はその痕を澪に見せた。
「倒した」
澪は起きない。
「だから、ミオも起きて」
答えはなかった。
黒い猫が、窓枠からルルカを見ていた。
猫は、この部屋の誰よりも変わらなかった。二本の尾も、金の目も、夜の目も、月殻浜から帰ってきた日と同じだった。村の者は猫にも名をつけようとした。ふたお、夜尾、ミオの猫。どれにも猫は返事をしない。澪が名をつけなかったからだと、いつしか皆が思うようになった。
猫は毎夜、白い欠片をくわえて澪の胸元へ置く。
欠片は澪へ沈まない。マシロの布の上で淡く光り、朝になるとまた猫がくわえて窓枠へ戻す。何度も試した。ラウ婆も、茶屋の娘も、鍛冶師も、星読み石も、夜湯器の芯も使った。だが欠片は戻らない。澪の意志のどこかへ続く扉が閉じている。
猫は諦めなかった。
十年目、ラウ婆の鈴にひびが入った。
星戻りの夜、鈴を鳴らした時だった。低い音が途中で割れ、細い不協和音になった。ラウ婆はしばらく鈴を見ていた。灰青の手は、以前より細くなっている。硝子角を流れる星砂も、流れが遅い。
「古くなった」
茶屋の娘が言う。
「替えましょう」
「これは替えぬ」
「でも」
「ミオが覚えておる音じゃ」
ラウ婆はひびの入った鈴を、そのまま杖につけ続けた。
澪の枕元で鳴らすと、音は少し濁る。それでもラウ婆は毎朝鳴らした。
「朱音先輩。結衣ちゃん。メイ。マシロ。帰る」
十年目の澪は、変わらない。
白い髪は伸びすぎない。マシロが整えるからだ。白い服は汚れない。尻尾も、耳も、眠る前と同じように見える。ただ、耳の内側の星灯りは少し落ち着き、ゆっくり呼吸するように光るようになった。尻尾は時々、夢を見るように揺れる。
澪の中にも、何かは残っていた。
深い、深い水の底。
澪は、白い小部屋を見ている。
布団がある。窓がある。夜湯の匂いがする。誰かが名前を呼ぶ。ミオ。ミオ。ミオ。別の声が、違う名を呼ぶ。朱音先輩。結衣ちゃん。メイ。マシロ。帰る。どれが自分の声なのか分からない。どれが外から来ている声なのかも分からない。
手を伸ばそうとする。
でも手がない。
歩こうとする。
でも足がない。
帰る、と思おうとすると、その言葉だけが月色の殻の内側で丸くなり、眠ってしまう。澪はそれを見ている。届きそうで、届かない。
時々、鎖の音がした。
それだけは、遠くない。
十一年目、茶屋の娘の子が、澪の部屋を掃除する係になった。
名はノア。地上の誰かと同じ音だが、星祭郷では別の意味を持つらしい。ノアは生まれた時から澪が眠っているのを知っている。だから、澪が起きていた姿を知らない。話に聞くだけだ。水鏡湖を沈めた。空橋を割った。草原の麒麟を追った。霧沼で目を閉じて水母を斬った。白い尾がかわいいと言うと怒る。
ノアは、信じていなかったわけではない。
ただ、眠っている澪しか知らないので、動いている姿を想像できなかった。
「ミオ、本当に戦ったの?」
ノアは小さな布で窓枠を拭きながら聞いた。
澪は答えない。
「メイは怖いけど」
鎖が床を軽く叩いた。
「ごめん」
ノアはすぐ謝る。
「でも、ミオはずっと寝てる。起きたら、どういう声なの」
その時、澪の尻尾が少しだけ動いた。
ノアは目を丸くした。
「動いた」
その日、ノアは茶屋中に言って回った。ミオの尾が動いた。絶対に動いた。寝返りではない。尻尾が返事した。ラウ婆は笑わなかった。ただ、澪の部屋へ行き、鈴を鳴らした。
澪は起きなかった。
それでもノアは、それから毎日話しかけるようになった。
十五年目、星祭郷の西の崖に、新しい骨橋が架かった。
月殻浜へ続く階段は、普段は消えている。だが、その周辺の霧が年々濃くなっていた。月殻蜃は倒されていない。五枚目の赤紙は、依頼板の奥に封じられている。表には出していない。それでも、月色の気配は時々村の西へ滲み、夜湯の湯気に知らない部屋を映すことがあった。
村の狩り手たちは、西へ近づく者を減らした。
ルルカは狩り手のまとめ役になっていた。小さい頃に澪へ星飾りを置いた子供は、もう若い者たちへ指示を出す側になっている。腕の傷痕も増えた。彼女は月殻浜へ向かう霧を見るたび、澪の小部屋へ寄った。
「ミオ」
彼女は昔より低い声で言う。
「まだ、あれはいる。たぶん待ってる」
返事はない。
「私たちだけでは、近づけない」
メイの鎖が鳴る。
「分かってる。だから、起きてほしい」
澪は起きない。
黒い猫だけが、窓枠で夜の目を細めていた。
十八年目、ラウ婆は歩くのが遅くなった。
それでも、澪の枕元へ来ることだけはやめなかった。茶屋の娘はもう娘と呼ぶには落ち着いた顔になり、ノアは背が伸び、夜湯の湯加減を任されるようになった。子供だった者が大人になり、大人だった者が老い、いくつかの店は看板を替えた。依頼板の黒骨も、何度か補強された。
澪の小部屋だけは、ほとんど変わらない。
変わらないように、皆が手を入れていた。布団は替えられた。窓の骨飾りも新しくなった。灯籠も何度も交換された。それでも配置は同じ。夜湯の匂いも同じ。澪が目を覚ました時、知らない部屋だと思わないように。
ラウ婆は、その日も鈴を鳴らした。
ひび割れた鈴は、もう綺麗な音を出さない。けれど、澪の耳はかすかに動いた。
ラウ婆は目を見開く。
「ミオ」
猫耳の内側が、淡く光った。
だが、それだけだった。
澪は目を開けない。
ラウ婆は鈴を握ったまま、長く息を吐いた。
「まだ、遠いか」
二十年目の星戻りは、いつもと違った。
空の星が低く降りてくる夜。星祭郷の屋根が光り、硝子角に古い灯りが戻るはずの夜。村の者たちは、朝から灯籠を磨き、骨飾りを整え、夜湯の大釜を出していた。ノアは茶屋の前で湯気を見ていた。ルルカは狩り手たちを村の外へ散らし、ラウ婆は澪の部屋で鈴を鳴らした。
その時、空の星が一つ消えた。
誰も最初は気づかなかった。
二つ目が消えた時、骨飾りが一斉に鳴った。
三つ目が消えた時、村の灯籠の火が青から白へ変わった。
星祭郷の空を、巨大な影が横切っていた。
鯨だった。
ただし、白鯨ではない。肉のある巨体でも、黒樹龍のような重い生命でもない。夜空そのものに星の骨格を浮かべた、透明な鯨だった。体は空に溶け、輪郭だけが星環で描かれている。泳ぐたびに、空の星が腹の中へ吸い込まれ、尾の先から淡い光になってこぼれた。
村の誰かが、震えた声で言った。
「星鯨」
その名は、古い話にだけ残っていた。
赤紙ではない。
依頼板に吊るされるものではない。
星祭郷の空が薄くなりすぎた時、星を食べに来るもの。村の灯りも、道の星砂も、家々の硝子角に宿る小さな星も、すべてを夜へ戻すもの。倒す相手ではなく、過ぎ去るのを祈る相手だと、ラウ婆は昔そう言った。
けれど、その夜の星鯨は過ぎ去らなかった。
村の上で、ゆっくり腹を下ろした。
星鯨が鳴いた。
音は聞こえない。
それなのに、村中の灯りが震えた。子供たちが耳を押さえ、硝子角の星が一瞬暗くなる。夜湯の大釜から湯気が消え、依頼板に埋め込まれていた赤紙の欠けが一斉に光った。水鏡湖の青。夜縫いの銀。忘れ火の青火。星霞の薄紫。そして、奥に封じていた五枚目の月色。
月色の欠けが、割れた。
茶屋の奥で、黒い猫が跳ね起きる。
白い欠片が、強く光っていた。
猫は欠片をくわえ、澪の胸元へ飛び乗った。いつものように置くだけではない。二本の尾を大きく広げ、欠片をマシロの白い布へ押しつける。欠片は今まで拒むように浮いていた。けれど星鯨の鳴き声が村を揺らした瞬間、白い布の上に沈んだ。
マシロが強く光る。
メイの鎖が、二十年で一番大きな音を立てた。
ラウ婆は息を呑み、杖を突いて立ち上がる。鈴を鳴らす。ひび割れた鈴が、最後の力で音を出した。
「朱音先輩」
ラウ婆が叫ぶ。
「結衣ちゃん。メイ。マシロ。帰る」
ノアが部屋へ駆け込んでくる。
茶屋の者も、ルルカも、狩り手も、子供たちも、廊下に集まった。二十年の間に何度も聞いた言葉。意味をすべて知る者は少ない。それでも、白い子を繋ぐ言葉だと皆が知っている。
「朱音先輩」
ノアが言う。
「結衣ちゃん。メイ。マシロ。帰る」
ルルカも続けた。
「「「朱音先輩。結衣ちゃん。メイ。マシロ。帰る」」」
村の者たちの声が重なる。
澪の意識の底で、ずっと眠っていた言葉が揺れた。
白い小部屋。
月色の殻。
遠い鈴。
鎖の音。
布の感触。
猫の鳴き声。
誰かが何度も呼んでいる。知らない声もある。知っている気がする声もある。ラウ婆。茶屋の娘。ノア。ルルカ。知らない。知っている。分からない。でも、その奥にもっと古い声がある。
朱音先輩。
結衣ちゃん。
メイ。
マシロ。
帰る。
帰る、という言葉が、月色の殻の内側で初めて目を開けた。
星鯨が、もう一度鳴いた。
村の灯りがいくつも消える。依頼板が割れ、遠くで骨橋が崩れる音がした。茶屋の窓が震え、夜湯の大釜が倒れる。子供が泣く。狩り手が外へ走る。ルルカが叫ぶ。
その騒ぎの中で、澪の尻尾が動いた。
最初は小さく。
次に、はっきりと。
白い尾の先に青白い光が戻る。猫耳の内側が星のように灯る。マシロの白い布が、二十年分の眠りを払うように襟元を整えた。メイの鎖が手首からほどけ、柄の形を作る。
澪の指が動いた。
ラウ婆は鈴を握りしめる。
黒い猫は枕元で、金の目と夜の目を大きく開いた。
澪が、目を開けた。
白い瞳が、天井を見る。
星祭郷の茶屋の天井。二十年前と同じ形に保たれた天井。けれど骨飾りは少し違う。灯籠も違う。匂いも、少しだけ違う。知らない足音がたくさんある。
澪は瞬きをした。
「……ここ」
声は、かすれていた。
部屋の中の誰も、すぐには答えられなかった。
ノアが泣き出す。ルルカが口元を押さえる。茶屋の娘は膝をつき、ラウ婆は鈴を鳴らそうとして、音が出ないことに気づいた。
黒い猫が、澪の胸元へ前足を置く。
澪は猫を見る。
「……猫」
二本の尾が、震えた。
「まだ、いた」
猫は鳴いた。
メイが澪の手元で鎌になる。青白い刃には、水光、銀線、青火、霞、そして月色の薄い傷跡が沈んでいる。二十年、戦っていないのに、刃は鈍っていない。澪は柄を握る。手が覚えている。
マシロの袖が、澪の口元を拭った。
澪はゆっくり体を起こそうとした。
体は動く。筋肉は弱っていない。眠っていたはずなのに、立てる。けれど頭の中が白い。二十年は澪の中にない。眠る前の月殻浜が、ついさっきのことのようでもあり、遠い夢のようでもある。
ラウ婆を見た。
小さくなっていた。
澪の知るラウ婆より、ずっと細い。硝子角の星砂の流れも遅い。杖の鈴には、深いひびが入っている。
「ラウ婆」
澪は言った。
ラウ婆の目が濡れた。
「ミオ」
澪は茶屋の娘を見る。
知っている。けれど、少し違う。顔に年がある。その隣に立つノアを見て、澪は首を傾けた。
「……だれ」
ノアは泣きながら笑った。
「ノア。ずっと、掃除してた」
「掃除」
「ミオの部屋」
「そう」
澪はまだ分かっていない顔をしている。
ルルカが一歩前へ出た。澪が知っている小さな子供ではない。狩り手のまとめ役になった女が、震える声で言う。
「ミオ。私、ルルカ」
「ルルカ」
「昔、星飾り置いた」
「……小さい子」
「もう小さくない」
澪は少し黙った。
「大きい」
ルルカは泣いた。
星鯨が、三度目に鳴いた。
茶屋の壁が軋み、窓の外で空の星がさらに消える。村が悲鳴を上げている。澪はゆっくり窓の方を見た。空に、透明な鯨がいる。星環の骨格。夜を泳ぐ尾。腹の中へ吸い込まれていく星々。
澪の目が細くなる。
「なに」
「星鯨」
ラウ婆が言った。
「星を食う。村が、消える」
澪は、まだ少しぼんやりしていた。
けれど、村が消える、という言葉は届いた。
茶屋。夜湯。ラウ婆。ノア。ルルカ。黒い猫。小部屋。二十年分の声。自分が覚えていない時間。けれど、向こうが覚えている時間。
澪は布団から足を下ろした。
尻尾がふわりと揺れる。白い尾の後ろに、薄い二本目の影が重なった。猫耳の内側が淡く光る。マシロは白い服を戦える形へ整え、メイは鎌の刃を青白く伸ばす。
澪は立った。
ほんの少しふらついた。
黒い猫が足元に並ぶ。
ラウ婆が言う。
「ミオ、まだ」
「起きた」
「起きたばかりじゃ」
「うん」
「戦えるのか」
「分からない」
澪は空の星鯨を見る。
喉の奥に、二十年眠っていた言葉が戻ってくる。
「でも、邪魔」
メイが鳴った。
星祭郷の夜が、激しく揺れている。
白い子が、二十年ぶりに茶屋の外へ出た。
おはよう。澪




