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九環配信の澪 〜誰も帰らない絶景を〜  作者: 妄幽
第五章

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第十話 ボスラッシュ

戦闘はダイジェストです。


毎回コメントありがとうございます!

正直3層かなり深く描きたかったのですが、激重になったので、かなりサクッと書いてます。


 星骨竜魚を鎮めた日から、澪の尻尾はしばらく落ち着かなかった。


 白くふわりとした尾は、澪の意志より少し早く動いた。茶屋で夜湯を飲んでいる時、熱い湯気に驚いて跳ねる。黒い猫が背後を通ると勝手に追う。村の子供たちに見つめられると、澪の足の後ろへ隠れようとする。本人が無表情でも、尻尾だけが感情を漏らすので、星祭郷の者たちはそれを面白がった。


「ミオ、尾、今日は機嫌いい」

「よくない」

「揺れてる」

「勝手」


 茶屋の娘にそう言われ、澪は湯呑みを両手で持ったまま尻尾を押さえようとした。届かない。尻尾はするりと逃げ、マシロの裾が仕方なさそうに腰回りを整える。襟元の星灯りは、以前より少し明るくなっていた。

猫耳の内側も、暗い場所ではときどき淡く光る。村の子供たちはそれを見るたび、角の星を隠す布を上げて、澪と見比べた。


 メイも変わった。


 青白い鎌の刃に、薄い水光が混じっている。黒緑の線の奥を、星砂のような小さな粒が流れる。振ると、ごくかすかに水鏡湖の鈴音が残った。メイは何かを誇るようには鳴かない。ただ、湖の気配を持つ敵に刃を向けた時、以前よりも少し早く通るようになった。


 澪はそれを、そういうものとして受け入れた。


 星祭郷の生活も、続いていく。


 朝と呼ばれる薄い夜には夜湯を飲む。依頼板を見る。赤くない紙なら、素材狩りや灯り畑の手伝いもする。灯籠胎の膜を集め、星砂を撒き、湖底星砂を茶屋に卸す。子供たちに尻尾を見られ、黒い猫に笑われている気がして、メイの鎖が床を軽く叩く。


 帰るためにいる。


 それは変わらない。


 けれど、星祭郷の道を覚え、店の匂いを覚え、村の者たちの足音を聞き分けるようになった。ラウ婆の鈴の音。茶屋の娘の歩幅。四本腕の鍛冶師が槌を置く音。角に布を巻いた子供たちが走る時の小さな星砂の音。


 そういうものが、澪の中に増えていった。


 二枚目の赤紙が起きたのは、星骨竜魚から四ヶ月ほど後だった。


 依頼板に吊られた紙は、赤い水膜ではなく、薄い白布のような紙だった。表面には、空にたなびく長い羽衣が描かれている。羽衣の端には小さな鈴と星灯りが並び、縫い目のような線がいくつも走っていた。


 夜縫いの羽衣が、空橋に落ちた。

 裂けたものを違う形に縫う。

 近づいた狩り手、腕を戻せず。

 鎮めた者に、空橋布、星鈴、奥門札の欠け。


「縫う?」

 澪が聞くと、ラウ婆は自分の袖をつまんだ。

「布は縫う。傷も縫う。道も、たまに縫う」

「嫌」

「そう。嫌な縫い方をする」


 空橋は、星祭郷の上を渡る透明な橋だった。足元には村の灯りが小さく見え、頭上には近すぎる星がある。橋の上に落ちた羽衣は、美しかった。夜空から剥がれた布のように薄く、端の星鈴が鳴るたび、橋の上の空気が白く縫われる。


 澪は何度も斬った。


 鎌で端を裂き、鎖で縫い目を引き千切る。だが、羽衣は裂けた部分をすぐに繋ぎ直した。しかも、間違って繋ぐ。澪の左腕の傷が塞がったと思ったら、指の感覚だけが遅れた。胸の傷が治ったと思ったら、呼吸のたびに痛みが戻った。マシロの袖が一瞬、澪の手首をきつく締めてしまい、すぐに解いた。


「違う」

 澪は血の混じった息で言った。

「そこ、違う」


 メイは最初、羽衣を滑った。布を裂く手応えはあるのに、ほどけない。何度も斬るうちに、青白い刃の水光の奥に、細い銀の線が混じった。斬る場所が変わる。布ではなく、縫い目だけを断つようになる。


「そこ」


 澪は鎌で縫い目を裂き、大剣で空橋ごと羽衣を叩き落とした。


 空橋の一部が大きく沈み、透明な破片が星の雨のように落ちる。夜縫いの羽衣は落ちながら何度も自分を縫い直したが、最後にはメイの鎖に縫い目を固定され、青白い刃で中心を断たれた。


 澪の視界に、本人にしか見えない文字が浮かぶ。


《レベルが153→159》

《スキルオーブを獲得しました》

《縫製 NEW Lv1》

 澪は空橋の上でしばらく黙った。


「……また」

 マシロの袖が、少しだけきれいに揺れた。


「いる?」

 白い服は答えない。

「いるの」


 その日から、マシロの小さな破れが戻るのが少し丁寧になった。澪は納得していない顔をしたが、星祭郷の子供たちからもらった星布の小袋を直す時だけ、少し便利だった。


 次の赤紙まで、また時間が空いた。


 その間にも澪は狩った。黒い石原に現れる星喰い。灯り畑の下に潜る小さな骨虫。水鏡湖の端で生まれる薄い竜魚の欠片。赤紙ほどではないが、第九環の魔物はどれも油断できない。記憶に触れるものも、体の手順を乱すものもいた。澪は戦い、眠り、夜湯を飲み、村の道を覚え直した。


 レベルは、少しずつ上がった。

 三枚目の赤紙が起きた時、澪はレベルが161になっていた。


 依頼板の赤紙には、細い四足の獣が描かれていた。黒い体。背中を流れる青白い火。角の中に星が沈み、蹄の跡に古い景色が残っている。


 忘れ火の麒麟が、星灯りの草原を走る。

 足跡を追う者、来た道を焼かれる。

 火を踏んだ者、昨日の手を失う。

 鎮めた者に、忘れ火の角片、青火砂、奥門札の欠け。


 星灯りの草原は、水鏡湖とは違う美しさだった。


 黒い草の穂先に小さな星が実り、風が吹くたび、星が地面へ落ちてまた根を張る。遠くには星祭郷の灯りが浮かび、空には薄い青火の筋が流れていた。そこを、忘れ火の麒麟が走った。


 速い。

 だが、ただ速いだけではない。


 蹄が触れた場所に、青白い火の足跡が残る。その火を追うと、直前の動きが焼ける。澪は鎌を振ったはずなのに、振り始めを忘れた。踏み込んだはずなのに、どちらの足から出したのか分からなくなった。肩を裂かれても治る。だが、傷の戻りが一瞬遅れ、手首が鎌の重さを見失う。


 麒麟は美しかった。


 黒瑪瑙のような体に、星火が流れている。細い角は硝子より透明で、中を青白い火がゆっくり上がっていく。追えば追うほど、澪の中の道が焼ける。村へ戻る道。茶屋へ行く道。七瀬家を思い出す道。


 澪は何度も止まった。


「朱音先輩。結衣ちゃん。メイ。マシロ。帰る」


 口に出して戻す。


 尻尾は焦げた青火を振り払い、マシロが白い服の煤を吸う。メイの刃には、戦うほど淡い火の筋が混じった。青白い刃の水光と、銀の縫い目と、その奥に細い星火。麒麟が走るたび、刃がその足跡を覚える。


 最後は、草原の星が一斉に落ちた夜だった。


 澪は鎌で足跡の火を裂き、大剣で草原の一角を沈めた。黒い草と星火が空へ舞い上がる。その中を走り抜けた麒麟の胸に、メイの鎖が絡む。澪は尻尾を大きく揺らしながら踏み込み、鎌で角の根元を断った。


 忘れ火の麒麟は、青い火になって消えた。


《レベルが161→166》

《スキルオーブを獲得しました》

《火起こし NEW Lv1》


 澪は、落ちていた角片を拾いながら言った。


「……火、出せる?」


 手のひらに小さな火がついた。


 星祭郷の青火ではない。普通の、小さな火だった。すぐ消える。澪は数秒見てから、無表情で手を下ろした。


「便利?」

 ラウ婆が聞いた。

「たぶん」

「茶を沸かせる」

「戦闘では」

「茶を沸かせる」

「そう」


 その夜、茶屋の娘は澪に火起こしを頼んだ。


 澪は少し不満そうに火をつけた。


 四枚目の赤紙が起きたのは、星祭郷に来て三年目の星戻りの頃だった。


 星戻りは、村の大事な日だった。空の星が一晩だけ低く降り、屋根の骨飾りや硝子角に触れて、古い灯りを新しい灯りへ替える。村中の灯籠が淡く光り、黒い石道には星砂が薄く積もる。茶屋の前には夜湯の大釜が置かれ、子供たちは角の布を外して走った。


 澪も、その日には少し手伝った。


 マシロの裾で星砂を払う。メイの鎖で高い骨飾りを引き寄せる。尻尾に星砂がつき、子供に笑われる。澪は無表情で尻尾を払ったが、白い尾は星砂をまとって少しだけ光っていた。


 星祭郷で三年。


 澪はもう、村の外から来た珍しい客だけではなかった。危険な赤紙を取る白い狩り手。夜湯を濃くして飲む白い子。尾を触らせないが、子供の落とした星飾りは拾う。メイを怒らせると床が鳴る。マシロは汚れを嫌う。黒い猫はだいたい近くにいる。


 そういうものとして、村に馴染んでいた。

 四枚目の赤紙には、水母のような生き物が描かれていた。


 星霞水母が、霧沼を覆う。

 触れた場所の手順を薄くする。

 吸えば、治りを忘れる。

 鎮めた者に、霞核、星読み石、奥門札の欠け。


 霧沼は、村の東にある低い湿地だった。


 水面には黒い葦が生え、葦の先には小さな星がついている。霧は薄紫で、息を吸うと甘い。だが甘さの奥で、体の使い方がぼやける。星霞水母は、その霧の中を泳いでいた。透明な傘の中に霞の核が浮かび、細い触手が地面にも空にも垂れている。


 澪は進化してからも、苦戦しなくなったわけではない。


 星霞水母の霧は、記憶というより手順を薄めた。呼吸の仕方、傷の閉じ方、鎌から大剣へ変える呼吸、尻尾で体勢を取る感覚。薄く、薄く、全部をぼかす。致命傷を受けるたび、傷は塞がる。けれど、塞がるまでの道が霞む。


 それでも、三年で澪もメイも変わっていた。


 水鏡湖の水光。夜縫いの銀線。忘れ火の青火。それらがメイの刃の奥で重なっている。最初は霞を裂けなかった鎌が、戦ううちに霧の流れを切るようになった。大剣が振られるたび、霧沼の水面が大きく沈み、紫の霞が星砂ごと吹き飛ぶ。


 最後は、澪が霧の中で目を閉じた。


 見えないなら、メイの鎖の音を聞けばいい。マシロの布が触れる場所を覚えればいい。尻尾が湿った風を受ける向きで、霧の流れが分かる。


 星霞水母の核は、霧の奥ではなく、澪の足元の水面に映っていた。

 澪は鎌で自分の影ごと水面を裂いた。

 星霞水母は霧になってほどけ、霧沼の星が一斉に光った。


《レベルが167→171》

《スキルオーブを獲得しました》

《星読み NEW Lv1》


 澪は濡れた髪をマシロに拭われながら、少しだけ首を傾けた。


「星読み」


 空を見る。

 星祭郷の星は、相変わらず多すぎる。だが、その中のいくつかが、ほんの少しだけ道に見えた。正確な意味までは分からない。けれど、どちらに魔力が流れているか、どの灯りが近く消えそうか、少しだけ読める。


「これは、使う」

 澪が言うと、ラウ婆が頷いた。

「ようやく、まともな赤玉か」

「洗濯も、使う」

「使っておるな」

「使ってる」

「尾がよく汚れる」

「……尾は関係ない」


 尻尾が不満そうに揺れた。

 星祭郷で三年が過ぎた。

 赤紙は、残り二枚。

 澪は、強くなっていた。


 レベルも、スキルも、メイも、マシロも、戦い方も。鎌は以前より深く通る。大剣は以前より重く、振るたびに空と地面を歪ませる。尻尾は体勢を取る助けになり、戦闘中には白い尾の後ろに薄い二本目の影が重なることが増えた。猫耳の内側は暗い場所で淡く光り、子供たちはもうそれを珍しがるより、星戻りの時に澪の近くへ集まるようになっていた。


 それでも、帰ることはできない。


 奥門札の欠けは集まってきた。だが、まだ足りない。村の奥へ続く門は、星祭郷のさらに奥、黒い石の階段の先にある。そこへ進むには、赤紙をすべて鎮める必要があるとラウ婆は言った。


 澪は焦らなかった。


 焦っても、赤紙は起きない時は起きない。星祭郷の災厄は、澪の都合で現れない。待つ間に狩りをして、素材を集め、夜湯を飲み、子供の星飾りを拾い、黒い猫と道を歩く。


 そして、五枚目の赤紙が起きた。

 その日の朝、依頼板の前に人が集まっていた。


 鍛冶師も、茶屋の娘も、素材屋の者も、子供たちも、いつものように遠巻きではなく、板から距離を取っていた。ラウ婆は依頼板の前に立ち、杖を強く握っている。鈴が鳴っていない。ラウ婆の鈴が黙っているのを、澪は初めて見た。


 板の中央に、五枚目の赤紙が吊るされていた。

 赤いというより、月の色をした紙だった。


 薄い殻のように半透明で、見る角度によって中に違う景色が映る。七瀬家によく似た部屋。星祭郷の茶屋。水鏡湖。知らない白い廊下。どれも一瞬だけ見えて、すぐに消える。紙の中央には、大きな貝に似た生き物が描かれていた。殻は月色で、内側から霧があふれている。


 澪は読もうとした。

 文字が、読めない。

 読めないのではなく、読もうとすると別の言葉に変わる。帰り道。寝床。終わり。休む場所。そういう意味が、勝手に混ざる。


「ラウ婆」

「読むな」


 ラウ婆の声は、いつもより低かった。


「それは、目で読む紙ではない」

「クエスト?」

「クエストではある」

「赤紙」

「赤紙ではある」

「倒す」

「……それは、鎮める紙ではない」


 澪は赤紙を見た。


 月色の殻の奥に、七瀬家の食卓が一瞬映った。結衣の卵焼き。朱音の声。温かい部屋。けれど、すぐに星祭郷の茶屋へ変わる。夜湯の湯気。ラウ婆の鈴。黒い猫の尾。


 澪の尻尾が、ぴたりと止まった。


「じゃあ、なに」

 澪が聞く。


 ラウ婆は、しばらく答えなかった。


 村の者たちは誰も喋らない。星祭郷の朝の音が、遠くに退いている。骨飾りも鳴らない。茶屋の煙も、まっすぐ上がって止まっているように見えた。


 ラウ婆はようやく口を開いた。


「帰ってこない紙じゃ」


 黒い猫が、澪の足元で低く鳴いた。

 五枚目の赤紙が、月のように薄く光っている。

 澪はそれを見つめたまま、しばらく動かなかった。

3次存在進化した澪はボスをパンパン倒しました。

もちろん普通の探索者では3次進化したごときでは太刀打ちできません。


※優秀な方は三次進化した際に名前が仰々しくなります。


澪ちゃんは家事がどんどん上達していきますねぇ。

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