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俺もこういうの、嫌いじゃない

 神谷と二人で洞窟へ戻る。

 神谷は水の入った容器を佐伯へ渡していた。

 藍里はすぐに洞窟の奥へ目を向ける。

 綾は横になっていた。

 呼吸は落ち着いている。

 その隣には和泉が座っていた。

「綾の体調、どうですか」

 藍里が声をかけると、和泉は顔を上げた。

「さっき目を覚ました。食事を取って、今はまた寝てる」

「……ありがとうございます。見ててもらって」

 そこで終わらせず、もう少しだけ言葉を続けられないかと思った。

 けれど口を開きかけた瞬間、和泉の視線が一度だけこちらに向く。

 余計な言葉はいらない――そう言われた気がした。

 藍里が黙ると、和泉はそれ以上何も言わずに立ち上がる。

「狼煙を見てくる」

 そう言って、洞窟の外へ歩いていった。


―――


 藍里は綾を起こさないよう、少し離れた場所に腰を下ろした。

 静かな寝息を立てる横顔を見つめる。

 ――少し前まで、あんなに笑っていたのに。

 無人島に来る前の、何でもない日常を思い出す。

 それだけで、胸の奥が少しだけ締めつけられた。


「ねぇ」

 すぐそばで声がして、藍里は顔を上げた。

 佐伯だった。

 いつの間に来たのか、隣に腰を下ろしている。

「神谷との水汲みどうだった?」

 小声で探るように聞いてくる。

「別に、何もないよ」

「ふーん」

 即答すると、佐伯は楽しそうに笑った。

「嘘つき」

「……何が」

 藍里は視線を逸らさない。

 佐伯は顎を上げる。

「神谷にやったやつ、俺にもやってみてよ」

 藍里は黙って佐伯を見た。

 面白がるように細められた目が、こちらを試すように見返してくる。

 この男がどこまで本気で、どこから遊びなのか、まだ分からない。

 けれど、神谷だけでは足りないことは分かっていた。

 この男にも味方でいてもらわなければならない。


 藍里は小さく息を吐くと、立ち上がった。

 そして佐伯の肩が触れそうな距離まで近づき、その隣に座り直す。

「……これでいい?」

「それだけ?」

 佐伯が首を傾げる。

 藍里は一瞬だけ迷ってから、佐伯の服の裾を掴んだ。

「お、レベルアップしてる」

 飄々とした声だった。

 藍里はそのまま、少しだけ上目で佐伯を見る。

「これ以上は必要?」

 佐伯の動きが止まる。

 一拍おいてから、嬉しそうに口角を上げた。

「……いいね」

 低い声でそう言う。

「神谷、引っかかるわ」

「何それ」

「分かりやすい」

 佐伯はそのまま耳元へ少しだけ顔を寄せた。

 吐息が触れそうな距離だった。

「でもさ」

「俺もこういうの、嫌いじゃない」

 一瞬、身体が強張る。

 佐伯はそれに気づいたように、一歩引いた。

「じゃ、楽しませてもらったし」

 肩を回しながら立ち上がる。

「約束通り、魚捕ってくるわ」

 洞窟の外へ向かいながら、ひらひらと手を振る。

「神谷に見られる前に退散ね」

 そう言って、佐伯はそのまま洞窟の外へ出ていった。


 藍里はしばらく、その背中を見送っていた。

 服の裾を掴んだ指先に、まだ感触が残っている気がした。

 それが妙に重くて、藍里はそっと手を握り込んだ。

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