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アイツにもやってたよね。何考えてるの?

 藍里は火の番をしながら、一人で考えていた。

 神谷は優しい。頼めば助けてくれる。

 和泉は知識があって、この島で一番頼りになる。

 けれど、佐伯は違う。

 悪い人ではなさそうだったが、神谷ほど素直に手を貸してくれる感じはしない。

 文句は言うし、面倒なことは嫌いそうだった。

 和泉みたいな責任感もない。


 火が小さく弾ける。

 藍里は炎を見つめる。

 綾を生かすには、神谷だけでは足りない。

 和泉だけでも足りない。

 味方は多い方がいい。

 それなら――。

 藍里は洞窟の天井を見上げた。

 佐伯のことも、考えなければならなかった。


―――


 夕方になると、和泉たちが戻ってきた。

 佐伯は洞窟の前まで来るなり、砂浜へ倒れ込むように座り込む。

「あー……疲れた」

 その横に、魚が数匹転がった。

 藍里は思わず目を見開く。

「すごい」

「意外だったな」

 和泉が魚を下ろしながら言った。

「佐伯は川魚を捕るのが上手い」

「俺も知らなかった」

 佐伯は寝転がったまま、気だるそうに返す。

「才能あったわ」

 和泉は呆れたように息を吐いた。

「海にも仕掛けを作った」

「仕掛け?」

 藍里が聞き返す。

「漂流物を使った簡単な網だ。安定して獲れるかは分からんが、試す価値はある」

 和泉は魚を見下ろしながら、短く言った。

「捌けるなら先にやっておけ」

 それだけ言い残すと、海へ仕掛けた網の様子を見に行った。


―――


 藍里は魚を前に、手を止めていた。

 内臓を取った方がいいことくらいは分かる。

 けれど、尖った石を当てても皮が少し傷つくだけで、うまく切れない。

「難しいね」

 声をかけてきたのは、ちょうど水汲みから戻ってきた神谷だった。

 隣へしゃがみ込み、魚を覗き込んで苦笑する。

「包丁があればなあ」

「どうしよう……」

 藍里は石を握ったまま、魚を見下ろした。

 和泉が戻ってくるまで待つべきだろうか。

 そう考えた、そのときだった。

「あー、もう」

 少し離れた場所で寝転がっていた佐伯が、気だるそうに身体を起こした。

「貸して」

 藍里が魚を渡すと、佐伯は地面に転がった石の中から、平たく尖ったものを拾い上げた。

「そんなので捌けるの?」

 神谷が覗き込む。

「まあ、包丁があればもっと楽なんだけど」

 肩をすくめながら、佐伯は魚の腹へ石を滑らせた。

 器用な手つきだった。

 腹を開き、内臓を取り出していく動きに迷いがない。

 藍里は思わず見入る。

「佐伯くん、慣れてるね」

「居酒屋の厨房でバイトしてるし」

 答えはあっさりしていた。

「そうだったんだ」

 神谷が感心したように頷く。

 佐伯は苦笑した。

「まさかこんな形で役に立つとは思わなかったけど」

 そう言いながら、そのまま残りの魚も手早く捌いていく。

「はい、終わり」

 捌き終えた魚を藍里へ渡すと、佐伯はそのまま元いた場所へ戻って寝転がった。

「もう今日は働いた。焼くのはパス」

 藍里はその姿を横目で見ながら、魚に枝を刺し、火のそばへ並べていった。


―――


 食事を終えたあと、佐伯は少し離れた場所で寝転がっていた。

 昼から考えていたことを、もう先延ばしにはできない。

 そう思った藍里は立ち上がり、佐伯の方へ向かう。

 少し距離を空けて腰を下ろした。

「佐伯くん」

「んー?」

「魚、ありがとう」

 佐伯が片目だけ開く。

 茶色がかった髪の向こうから、目だけがこちらを見た。

 初めてまともに顔を見た気がした。

 こんな状況でなければ、きっと目を引く人なのだろう。

 気の抜けた態度とは不釣り合いなくらい、顔立ちは整っている。

「どういたしまして」

 佐伯はそう言って、今度は両目を開けた。

 その視線が妙に長くて、藍里は居心地の悪さを覚えた。

 すると佐伯が、ふっと口元を緩める。

「その顔さ」

 藍里の肩がわずかに強張った。

「神谷にもやってたよね」

 心臓が跳ねる。

 佐伯はゆっくりと身体を起こした。

「え?」

「頼りになるね、とか。ありがとう、とか。ああいうの」

 笑いを含んだ声だった。

「神谷、分かりやすく嬉しそうだったし」

 藍里は何も言えない。

 佐伯はじっと藍里を見つめたまま、口を開く。

「藍里ちゃんさ」

 一歩、距離が近づく。

「何考えてるの?」

 逃げたくなった。

 けれど、ここで目を逸らしたら終わる気がした。

 綾のためだと、自分に言い聞かせる。

 藍里は唇を噛んだ。

「……綾のこと」

「うん」

「見捨てないで」

 佐伯の眉がわずかに動く。

「私」

 藍里はまっすぐ佐伯を見返した。

「何でもするから」

 数秒、沈黙が落ちた。

 佐伯は藍里を見ている。

 その視線から、藍里は目を逸らさなかった。


 やがて佐伯は吹き出した。

「ははっ」

 楽しそうに笑いながら、藍里を見る。

「マジか」

 藍里は返す言葉を失った。

 佐伯は立ち上がり、軽く肩を回す。

「安心しなよ」

「……え?」

「そういうのしなくても、俺は魚捕るし、水も運ぶ」

 藍里は目を瞬いた。

 佐伯が振り返る。

「でも」

 その口元には、まだ笑みが残っていた。

「そっちがそのつもりなら、ちょっと面白いかもな」

 藍里は息を呑む。

「楽しませてよ」

 そう言って、佐伯は火の方へ戻っていった。


 一人残された藍里は、しばらくその場を動けなかった。

 佐伯の最後の言葉が、頭から離れない。

 あの男が何を考えているのか分からなかった。

 神谷には通じた。

 けれど、全員に通じるわけではないらしい。

 藍里は火を見つめる。

 誰に、どう使うか。

 それを間違えれば、この島で綾は守れない。

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