意識して変える。守ってあげたくなるように
日が沈みかけていた。
火の明かりが少しずつ存在感を増し、砂浜へ伸びる影を濃くしていく。
その火を囲むように、全員が集まっていた。
和泉は抱えていたものを静かに地面へ置く。
乾いた音を立てて広がったのは、どこにでも生えていそうな草ばかりだった。
藍里は思わず瞬きをする。
どれも同じ草にしか見えない。
「これ、食べられるんですか?」
神谷が不思議そうに尋ねた。
和泉は短く頷き、一つを指先で示す。
「タンポポ」
続いて、少し葉の形が違う草へ指を移した。
「こっちはノビル」
さらに別の束を見る。
「ヨモギ。スベリヒユ」
知っている名前もあれば、初めて聞くものもある。
「全部食える」
佐伯が露骨に顔をしかめた。
「雑草じゃん」
和泉は表情一つ変えない。
「雑草でも食えるものはある」
火が、ぱちりと音を立てる。
「ただし、似た草もある」
その一言だけで、場の空気が少し張り詰めた。
「自分で採ったものは、食う前に必ず俺に見せろ」
誰も返事をしなかった。
食べ物を間違える。
この島では、それだけで命取りになる。
そのことだけは、全員が理解していた。
重くなった空気をほぐすように、神谷がわざと明るい声を出した。
「和泉さん、詳しいですね」
和泉は火を見たまま、短く答える。
「元自衛官だからな」
「え、マジで?」
佐伯が目を丸くした。
「だから頼りになるわけだ」
納得したように頷く。
神谷も苦笑を浮かべた。
「それは心強いですね」
和泉は肩をすくめる。
「昔の話だ」
それだけ言って、話を終わらせるように視線を落とした。
藍里は黙ったまま、その横顔を見つめる。
元自衛官。
その言葉だけが、頭の中に残った。
この島で生き残る方法を、一番知っているのは、たぶん和泉だ。
しばらくして、和泉が口を開いた。
「明日から役割を分ける」
その一言に、全員の視線が和泉へ向く。
「水汲み、食料探し、火と狼煙の番だ」
和泉は淡々と続ける。
「毎日必要になるのは水だ。誰かが必ず行かなければならない」
神谷が頷いた。
「そうですね」
少し考えるように視線を動かしてから、藍里を見る。
「藍里ちゃんは残った方がいいと思う」
藍里は顔を上げた。
神谷の視線が、洞窟の奥で眠る綾へ向く。
「綾ちゃんもいるし」
その声は、どこまでも穏やかだった。
「火と狼煙、お願いしてもいいかな」
藍里は少しだけ俯く。
「……うん」
正直、助かった。
綾を置いて遠くへ行くのは怖い。
けれど、それを口にはしなかった。
和泉は頷いた。
「なら俺と佐伯で食料を探す。神谷は水を頼む」
「分かりました」
神谷は迷いなく答えた。
すると、佐伯が大げさにため息をついた。
「うわー」
頭の後ろで手を組み、空を仰ぐ。
「魚とか捕まえる方が絶対しんどいだろ」
「じゃあ水を運ぶか」
和泉が淡々と言い返す。
「いや」
佐伯は即答した。
「それもキツそう」
神谷が思わず吹き出す。
和泉も呆れたように息を吐いた。
「なら決まりだな」
「まあ、そうするしかないか」
佐伯は肩をすくめる。
口調は軽い。
けれど、不満を隠しきれてはいなかった。
―――
翌朝。
藍里が目を覚ましたときには、和泉と佐伯の姿はもうなかった。
食料を探しに行くと言っていた二人は、夜明けとともに出発したらしい。
洞窟の外では、神谷が出かける支度をしていた。
水を運ぶための容器をまとめている。
横になったままの綾が、小さく声をかけた。
「神谷さん」
神谷が振り返る。
「ん?」
「今日も……お願いします」
綾は申し訳なさそうに眉を下げていた。
神谷は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに笑った。
「任せといてよ。綾ちゃんはちゃんと休んでて」
綾は小さく頷いた。
藍里はそのやり取りを、黙って見ていた。
神谷が洞窟を出ていく。
藍里もその背を追い、外まで見送った。
朝の光はまだ柔らかい。
神谷が歩き出そうとしたところで、藍里は声をかけた。
「神谷くん」
「ん?」
神谷が振り返る。
藍里は少しだけ視線を上げた。
表情も。
声の調子も。
意識して変える。
守ってあげたくなるように。
頼っているように。
感謝しているように。
「気をつけてね」
神谷は一瞬だけ言葉を失った。
けれど、すぐに照れたように笑う。
「うん」
少しだけ頬を緩めたまま、神谷は続けた。
「行ってくるね」
そう言って山の方へ向かっていく。
藍里はその背中を見送った。
綾のためだ。
そう心の中で言い聞かせる。
洞窟へ戻る。
火の様子を確かめ、枝を足す。
そのあいだ、綾は黙ったまま藍里を見ていた。
「……お姉ちゃん」
何か言いかけて、綾は言葉を止める。
藍里は笑った。
「綾は何も心配しなくて大丈夫だよ」
「でも――」
「大丈夫」
藍里は繰り返した。
「私が何とかしてみせるから」
綾は口を閉じた。
それでも、不安そうな表情は消えない。
その顔を見ているうちに、迷いは消えた。
藍里は火を見つめる。
神谷だけじゃ足りない。
味方は多い方がいい。




