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離婚騒動 後編

豊は部屋の外に出ていき、20分ほどで帰ってきた。



「ねえ、何をユリに渡すの?」


「子鳥の形をしたお菓子ですよ。多めにお渡ししますので、族長の奥様にも是非。」


豊の返答に、龍陽はますます困惑した。



「え?お菓子でユリの機嫌を直すの?ユリは甘いものは好きじゃないよ。」


「よくご存知で。お菓子が一番早く準備出来るからです。」


「大事なのは鳥ってこと?」



「はい。あいつがガラにもないことするからややこしいことになってるんで、目を覚ましてもらいます。」



「北豊!言葉に気を付けろ。朝顔亭の奥様だぞ!」


北才がまた釘を刺す。



「失礼しました。」


「ユリとはどんな関係なの?」


「旧知の仲とだけ。奥様が明かしていない話を私が勝手に話すわけにはいきませんので。」


「じゃあユリの話はいいから、鳥のお菓子を渡したらなんで解決するのか教えてよ。」



「離婚騒動って言っても、要は龍景殿が騒いで、妻の機嫌を損ね続けてるだけなのでしょう。

妻には離婚するつもりがないから離婚にはならない。」



「え?でも龍景の失言でユリは離婚するって・・・」


「妻が本気で離婚したいと言ったら、龍景がどんな抵抗をしても紫竜一族には関係ないのでしょう?」


「え?じゃあ、僕らは何しに来たの?」



「このままだと妻がキレて本気で離婚すると言い出したら困るから、補佐官殿は妻の機嫌を直してもらいたいのでしょう?」


「でも豊にはユリの機嫌は直せないんだよね?」


「はい。」


豊は笑顔で肯定する。



「え?え?」


「はは。これ以上はうまく言葉に出来ません。女心なんて、男には説明できないんですよ。

若様も大人になったら、沢山女と喧嘩して女心を学んでください。」



豊はそれ以上は教えてくれなかった。

いや豊の言葉に嘘はなかったので、豊はこれ以上の説明が出来ないのだろう。




「待ってる間、僕も豊に聞きたいことがあるんだけど、いい?」


「もちろんです。若様」


「なんで人は取引先にならないの?」



「え?ご存知ないですか?

昔、同族が族長の信頼を裏切ることを多々やらかしましてね。我らは信頼回復のために必死なのですよ。」



「そうなの?父上が拒否してるの?」


父が人族嫌いなのは過去のことだと龍陽は思っていた。



「父上は豊のことは信頼してると思うよ。」


「それはありがたいことです。でも私一人ではダメなのですよ。」


「なんで?」


「人は簡単に死にますから。」


豊はさらりと答えたけど、龍陽は祖父の死を思い出して胸が苦しくなった。



「はは。まあ、私は簡単には死にませんよ。族長の奥様が繋いでくれた人と紫竜の縁を、しっかり繋ぎ続けることが私の仕事ですから。」



「・・・父上が豊を嫌いな理由は分かったかも。」



「え!?」


豊は困った顔になっているけど、父から嫌われながらも信頼を得たのはすごい。



「僕が族長になったら人族を取引先にするからそれまで生きててね。」


「ありがとうございます。頼もしい限りです。」


豊は笑顔を向けてきたけど、これは営業スマイルだ。



まあまだ龍陽は子どもだから、真に受けてくれないのは仕方ない。



「ねえ、僕も手土産欲しいな。レモンのお菓子はない?」


「レモンですか?お任せください。北の貴族が責任をもってお選びします。」


「は、はい!すぐに。」


豊と会話していたのに、北才の反応は早かった。


というか北才が豊の主なんだよね?

上司と部下というよりは相棒って感じだ。



鳥の形をしたお菓子とともに、袋いっぱいのレモンのお菓子をもらって龍陽は北都を後にした。




~朝顔亭 リュウカの部屋~


「奥様、おやつをお持ちしました。」



7月の終わり、ユリの元にフクロウ侍女がお盆を持ってやって来た。



「ありがと、シューセ。でも飲み物だけでいいわ。」



妊娠中や授乳中はお腹がすいておやつを食べていたけど、娘は5月に離乳した。

 健康には気を付けていたつもりだけど、ユリの体重は妊娠前に戻っていないのだ。

もう間食はしたくない。



「まあご覧になるだけでも。

龍算様から頂戴した人族のお菓子だそうです。

取引で北都に行かれたと。」


シューセはそう言って、お茶とともに饅頭ののったお皿をユリの前に置いた。


龍算は夫と仲のよい補佐官で、序列が高いので、わざわざおくってくれたお菓子を無下にはできない。

食べてお礼と感想を伝えないと・・・




「ママ~」


息子の龍結(りゅうゆう)がやってきた。


「ちょうどよかったわ。おやつにお饅頭食べない?」


「たべる!」


息子は喜んでユリの隣の椅子に座ったのでユリは饅頭のお皿を息子の前に動かした。



「わ~なにこれ?

へんかたち」


「ん~これは、何かしら?」


ユリは饅頭を手にとってくるくる回して見た。



「これは・・・鳥?くちばしあるし。でも羽はないわね。何の鳥だろ?」


「龍算様からはヒヨコまんじゅうとお聞きしております。」


シューセの返事にユリははっとなった。



龍算の取引が何なのかは分からないけど、これを用意したのはきっと豊だ。

今は北都にいるはずだし。



「・・・ねえ。もしかして龍算様の取引って私たちのこと?」


「え?申し訳ございません。龍算様のお仕事のことは私には・・・」


シューセは困った顔だ。

息子が反応しないのでシューセは本当に知らないのだろう。



「ママ?どうしたの?」


息子は不思議そうだ。


「なんでもないわ。龍算様からのお土産ですって。今度本家でお会いしたらお礼を言いましょうね。」


ユリはそう言ってまんじゅうを息子に手渡した。



「いただきま~す。ママは食べないの?」


「うん。ママはお茶飲むからいいの。美味しい?」


「おいしいよ。ヒヨコってあんこのこと?」


「え?ふふ、違うわ。ヒヨコは鳥の雛のことよ。

お饅頭の形がヒヨコなの。」


「え?これ鳥なの?」


息子は不思議そうにお皿に残ったもう一つのまんじゅうを見ている。



「そうよ。まだ羽もないの。地面を駆け回ってご飯を探して、大きくなった鳥だけ空を飛べるようになるの。」



「ふーん。」


息子は興味なさそうだ。

この子は物心つく前には転変して、自由に空を飛べるのだから、ピンと来ないのだろう。



だけど、かつてのユリには空を飛ぶどころか外に出る自由すらなかった。


そんなユリを助け出してくれたのは司令官率いる解放軍で、豊は見習い隊員として手伝っていた。


ユリと一緒に助け出された女たちは、解放軍の後方支援をしたり、町に戻って商人との結婚を望んだけど、ユリはどちらも選べなかった。


もう男の相手はこりごりだったし、後方支援では生き別れた息子を満足に探せない。


せっかく自由になれたのに、ユリは生き別れた息子を探したいのに、ユリにはその力がなかった。


悔しくて泣いてしまったユリを見て、豊は笑ったのだ。



「ヒヨッコだなあ。お姉さんたちは檻から出ただけで自由にはなってないよ。

やりたいことがあるなら自分が出来る役割を探しなよ。俺たちだって地べた這いずり回って仇討ちの相手を探してんだぜ。」



豊は若く見えたけど、ずっと後にユリより一つ歳上なのだと知った。

豊は初対面から生意気で、ユリを歳上扱いしていたけど、あの時の豊の言葉は今もユリの心に残っている。



結局、ユリは身の程にあわない危険な仕事を引き受けるようになり、何度も死にかけたけど、そのおかげ?で息子の結太を見つけることができたのだ。


そんな豊が偶然ヒヨコの饅頭を用意したなんてありえない。

これまで豊からの贈り物なんてなかった。娘が産まれた時に北の貴族からの出産祝いがあっただけだったのに。


きっと夫に過保護な龍算が豊に相談にいったに違いない。



『はず~』



ユリは恥ずかしさで悶絶しそうだ。


ユリたちのくだらない夫婦喧嘩を聞いて、豊は爆笑したに違いない。



というか豊だけかな?

もしかして司令官も知ってる?

芙蓉や三輪さんにまで相談されてたりする!?



何日も意地になっていたユリは猛烈に恥ずかしくなってきた。


分かっていたのに。夫の一族はなんでも共有するのだ。

妻との喧嘩も、夜の行為も何もかも。


夫は何日も外出しないから油断してたけど、執事や使用人は毎日出入りしているから関係なかった。



「ママ?」


ユリは顔に出ていたのだろうか?

息子が不思議そうに覗き込んできた。



「龍結、お出かけしたくない?

ソフトクリーム食べに行きたくない?」


「ソフトクリーム!?たべたい!」


息子は食いぎみに返事した。

ユリの妊娠が分かってから一度も旅行していないので、息子は目を輝かせている。



「じゃあパパにお願いしてくるわ。龍結はおやつ食べてここで待っててね。」


「はーい!ソフトクリーム♪」


息子は上機嫌で送り出してくれた。




~朝顔亭執務室~


「龍景」


ユリが扉をノックして夫の執務室に入ると、夫は驚いた顔で立ち上がった。



大喧嘩をしてから会話どころかろくに顔を合わせてもいなかった。

ユリの顔色を伺う夫の顔を見ると、ユリはますますイライラするからだ。


あの喧嘩以降、夫が一度も外出していないのも気にくわない。

守番が終わってからはほぼ毎日仕事で出掛けていたのに、今は外出したすきにユリが出ていくとでも思っているのだろう。



夫はユリの気持ちを全く分かってない。

それどころかまだ信頼してくれてもいない。



今も怯えた顔でユリを見てくるので、きっとまたユリから離婚を突きつけられるとでも思っているのだろう。



「も~ごめんて。もう怒ってないから。

家族旅行連れてってよ。龍結はソフトクリーム食べたいって。私は美味しいチーズ食べたい。」



「へ?え?旅行!?」


「そう。」


「え?いいの?」


「行きたいの。ダメ?」


「いいけど、機嫌直ったの?なんで?」


夫は戸惑った顔になっている。



「龍算様に感謝なさい。」


豊のおかげと認めるのは悔しいし、嫉妬深い夫が勘違いしても困る。



「え?龍算?なんで?」


「龍算様に聞いてらっしゃい。お菓子のお礼持って行ってね。」


「え?え?」


夫はまだ何か喋ろうとしていたけど、ユリは執務室の扉を閉めてリュウカの部屋に戻った。


これで妻の役目としては十分だろう。

ユリは人間だから、今はまだこれ以上夫に優しくする気にはならない。



ドタドタ



間もなく夫が慌てて出掛けていく音が聞こえた。


これでようやく夫婦喧嘩は終わりだ。


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