大人の仕事
~本家 リュウカの部屋~
「母上、美味しい?」
北都から戻った翌日、龍陽は母の部屋に来て、一緒にレモンのお菓子を食べていた。
父は仕事中なので邪魔される心配がない。妹と弟も来て、レモンケーキを食べている。
「ありがとう、美味しいわ。こんなに沢山もらってきたなんて・・・今度、北の貴族様たちにお礼しなくちゃね。」
「ね~母上は人族が取引先じゃないと困らない?」
龍陽はレモンのクッキーを食べながら尋ねてみた。
「え?大丈夫よ。夫はちゃんと考えてくれてるわ。巴衛と豊さんたちもいるしね。」
そう言って微笑む母から悪意は出なかったので、母は本当に困っていないらしい。
「父上は豊が嫌いだから人を取引先にしないんじゃないの?」
龍陽の質問に母は驚いた顔になる。
「それは違うわ。夫は豊さんのことは信頼してるのよ。でもそれだけじゃダメなの。」
母は豊と同じことを言う。
「じゃあ、どうすれば人は取引先になれるの?」
「ごめんね、私には分からないの。それは夫の一族が判断することだから。」
「僕が大人になったら教えてもらえるかな?そしたら母上にも教えてあげるね。」
「え?ふふ、ありがとう。でも大丈夫よ。龍陽が大人になる頃には人は取引先になってると思うわ。」
「え?そうなの!?」
母から悪意が出なかったので、龍陽は驚いた。
「ふふ。私がそう思ってるだけ。それがママの夢なの。」
母はそう言って笑う。
やはり母は人も取引先になってもらいたいのだ。
なのに父はなんで母の夢を叶えてあげないんだろう?
龍陽はモヤモヤするけど、これ以上母を質問責めにしても困らせるだけなので我慢した。
~族長補佐官執務室~
翌日、龍陽は父の補佐官の一人である龍景の執務室に来ていた。
族長補佐官たちには本家に専用の執務室が与えられている。
離婚騒動で何日も朝顔亭に籠っていた龍景は昨日ようやく出てきたらしい。
龍景の仕事はかなり溜まっており、父は仕事を片付けろとかなり厳しく命じたそうで、龍景は今日から本家に泊まり込む予定だそうだ。
龍景は妻と子どもたちも本家に連れてきて、龍景の妻は龍陽の母に会いにリュウカの部屋に来ている。
弟の龍風は龍景の妻に懐いているので、リュウカの部屋に行ったけど、龍陽は龍景に用があったのでこっちにやって来た。
コンコン
「どうぞ、若様」
「久しぶり、龍景兄ちゃん」
龍陽は笑顔を作って執務室に入った。
「すみません、急ぎのご用ですか?仕事が溜まっておりまして・・・」
龍景は青い顔をして書類が積まれた机に座っていた。
都合のいいことに他には誰もいない。
「ううん。仕事手伝いに来たの。」
「え?若様が?いえ、お気遣いなく。」
龍景は一瞬嬉しそうな顔になったが、すぐに真顔に戻った。
龍陽から求められる対価を警戒したのだろう。
「僕は無理難題は言わないでしょ?仕事片付いたら僕のおしゃべりに付き合ってくれたらいいの。」
「いや、怖いんですけど!?また族長には内緒ですか?」
龍景は手を動かしながらも返事してくれる。
昔に比べて器用になったもんだ。
「ううん。父上と龍算は知ってるのに、僕には詳しく教えてくれなかったの。でも内緒にしたい訳ではなさそうだった。」
「何をですか?」
「龍景兄ちゃんが閉じ籠ってた本当の理由」
龍景の手がピタリと止まった。
「なんでそんなことを?」
「僕もあと何年かで大人になるんだよ。他人事じゃないんだ。」
「・・・こっちの書類の山を半分手伝って下さい。そしたらお答えします。」
龍景は意外なほど素直に応じてくれた。
こんなにあっさりなら仕事を手伝うなんて言わなきゃ良かったかな!?
龍陽は後悔しながらも、龍景から書類をもらって思わず舌打ちした。
倉庫の備品整理に、シリュウ石の補充や売買などなど・・・龍陽にも出来るけどめんどくさいものばかりだ。
龍陽はその日は本家内で出きる仕事を済ませ、翌日と翌々日はリュウレイ山にシリュウ石を採りに行った。
シリュウ香作りに欠かせないシリュウ石は、自給自足が原則らしいけど、年寄や幼い子がいる竜はリュウレイ山に行くのが難しいそうで、他竜から買い取るのだ。
龍陽はシリュウ香の製造数はまだ少ないので、シリュウ石の売買はいい小遣い稼ぎだ。
男は成人するまでにお金を貯めて、成人したら自分の巣を買って父の巣から出なければならない。
子どもに貯金させることも父竜の仕事だそうで、父は族長の仕事が忙しいけど、龍陽と弟を連れて月に4回はリュウレイ山に行ってくれる。
龍陽は今年から一人でリュウレイ山に行くことも許されたので、父とは別に行動したいのに、龍陽の雷の強さを見るとか言って父は変わらず龍陽を連れていくのだ。
今回は龍景の手伝いなので、龍陽は一人でリュウレイ山に来たけど、手伝いの場合は代金の1/3しかもらえないので、龍陽は自分の分のシリュウ石も採ることにした。
4日目の昼過ぎ、ようやく龍陽は龍景から与えられた仕事を終えた。
面倒な仕事ばかりだったけど、龍陽も大人になったら毎日こんな仕事に追われるのだろう。
龍陽は産まれた時に竜神から役割を与えられたので、成人と同時に族長後継候補になることが決まっている。
いずれは次期族長になるか、他の後継候補が族長になれば、その補佐官になるだろう。
「龍景兄ちゃん終わったよ」
龍陽が報告に行くと、龍景の書類の山は1/3まで減っていた。
「お疲れ様でした、若様」
龍景は書類を受け取ると、応接スペースに移動して、龍陽にお菓子を出してくれた。
仕事は残ってるけど、龍陽への対価はすぐにくれるつもりらしい。
この誠実さが龍景の長所だ。
「えーと、若様のご要望はなんでしたっけ?」
「なんで龍景兄ちゃんは何日も朝顔亭に引きこもってたの?
妻が本気で離婚を希望してる訳じゃないって分かってたんだよね?」
「あ~そうでした。
俺には妻の本心なんて分かりませんよ。」
龍景から予想外の返事だ。
「え?でも父上も龍算も妻は本気じゃないって言ってたよ。」
「族長たちがどうやって知ったのかは分かりませんけど、俺には妻の本心は分かりません。
だから離婚・・・なんて言われたら、頭が真っ白になって不安で・・・」
龍景は思い出したのか青い顔になっていく。
父が母の機嫌を損ねた時と全く同じだ。
これが妻が雄竜の弱点といわれる理由なんだろうけど、龍陽に妻はいないので分からない。
「な~んだ!?こんなことのために4日も仕事したなんて!?」
龍陽は拍子抜けだ。
龍景の方にも秘密があると思ってたのに!?
「・・・俺も若様におききしたいことがあるんです。龍算はどうやって妻の機嫌を直したんですか?
若様も一緒に北都に行ったんですよね!?」
今度は龍景から問いかけてきた。
「龍算から聞いてないの?」
「・・・解放軍の人族の助言でお菓子を妻に贈ったことは聞きましたけど、俺の妻が菓子で機嫌を直すはずがないんです。」
「僕も分かんないんだ。豊は女心は言葉で説明できないって言うし、それに妻の機嫌を直せるのは夫だけとも言ってたよ。
菓子は夫婦喧嘩を終わらせるためのもので、妻の機嫌は直せないって。」
「龍算と同じ話ですね。どういう意味ですか?」
「僕も分かんないから、龍景兄ちゃんに聞けば分かるかと期待したのに~」
「え?その場にいない俺に聞いて分かることあります?」
「えーとね。豊が意味深なこと言ってたんだよ。
妻の年齢的に出産のリスクが高いのは去年も今年も変わらないのに、なんで龍景は年齢を理由にしたんだろう?って。」
「・・・あ~若様の疑問はそっちでしたか。」
「え?そっちって何?」
「俺は子ども2人で満足してるんです。というか俺の稼ぎじゃ子ども2人育て上げて、妻と不自由ない老後を過ごすための貯金を作るのが精一杯なんで。
でも父の派閥の中にはもっと父の血をひく孫をって声もあって、3人目作るために若い妻に変えろって言われることも・・・」
龍景の失言の理由はこれ?
「ん?でも今の妻が3人目を望むなら、作ればいいんじゃないの?」
「妻は娘を産んでから体調を崩しがちなんです。育児の疲れもあるでしょうけど、でもそれを指摘すると、妻は『高齢出産なんてそんなもん』って言うから。
だから年齢的に3人目は難しいって返しただけなのに、なんで妻を怒らせたのかいまだに分からないんですよ。」
「あ~龍景兄ちゃん、それは地雷だよ。」
龍陽は龍景の失言の理由が分かってすっきりしたので、教えてあげることにした。
「は?なんですか?ジライ?」
「そう。人族の妻がもう歳だから~的なことを言ってもそれに同意したらダメなんだよ。」
「え?なんで?」
「それが人族の女心なんだって。
三輪の治療の時に、豊が言ってたんだ。」
「え?でも、じゃあどうしたらいいんですか?
妻はしょっちゅうもう歳だから~って言ってるんですけど!?」
「豊はね。
いつもありがとう。愛してるよ。
って答えるのが正解って言ってたよ。」
「はい!?それ何の返事にもなってなくないですか?」
龍景も父たちと同じく驚いている。
「父上が試したら、それから一週間近く母上の機嫌が滅茶苦茶良かったよ。」
「マジっすか!?族長の奥様が!?
それなら間違いないっす!
若様ありがとうございます!このお礼は必ず!」
龍景は大喜びだ。
大人になると仕事だけでなく妻の相手も大変なんだなあ。
龍陽は大人になるのが面倒になってきた。




