豊の部下たち
~豊の屋敷~
1月のある日、柚子が朝起きて食堂に行くと、サクさんはもう起きて朝食を食べていた。
「おはようございます、サクさん。」
「おはよ、柚子。」
「どうしたんですか?その手!?」
サクさんは右手の人差し指と中指に包帯を巻いている。
昨日の夜にはなかったのに、まさか早朝に襲撃でもあったんだろうか!?
柚子は寝ていて気付かなかった!?
「あ~凶暴な犬に噛まれてね。」
サクさんは苦笑いだ。
「え!?犬!?」
豊さんの屋敷に野犬が侵入する訳はないから犬の獣人による襲撃!?
「悪かったわね。人の口に指突っ込むあんたが悪いのよ。はい、これは柚子のね。」
気まずそうな顔をした牡丹さんがキッチンから朝食を運びながらやって来たけど、言ってる意味が分からない。
「あ、ありがとうございます。あの、何があったんですか?」
「おはよ」
豊さんがあくびをしながらやって来た。
「おはようございます。」
「ん?サク?どうしたその指?」
豊もサクさんの怪我に驚いている。
「昨晩雌犬にやられました。」
「おいおい、牡丹。利き手はねぇだろ?」
なぜか豊さんは牡丹さんに呆れている。
「違います~こいつが指突っ込んできたんです!」
「お前がうるさいからだよ。」
サクさんと牡丹さんが口論を始めたので、どうやらサクさんを噛んだのは牡丹さんらしい。
なんで?昨晩何があったの!?
この二人が喧嘩?
「ったく。今度は左手にしとけよ。」
豊さんは呆れた顔でコーヒーを作り始めたので今の会話で分かったらしい。
「おはようございます、豊さん。どうぞ。」
かすみさんが朝食を運んできて豊さんの席に置いた。
「ありがと、今日はなんだか機嫌がいいんだね。」
豊さんはかすみさんにそう言うけど、柚子にはいつもどおりのかすみさんに見える。
「うふふ。豊さんは鋭いですね~」
かすみさんは否定せずニコニコと笑っている。
「そういう嗅覚には自信があるんだ。陽助のことは頼んだよ。あいつはちょっとトラウマになってるから。」
「お任せ下さい。あんな女のことなんてすぐに忘れさせてあげます。」
「頼もしいな。で、陽助はどこ行った?」
豊さんの言うとおり、普段は一番早起きの陽助さんだけ居ない。
それにかすみさんの言うあの女って誰?
こっちも何があったのだろう?
「まだ寝てます。ちょっと無理させすぎちゃいました。」
かすみさんはニコニコと笑いながら言うけど、柚子は察して気まずくなった。
『朝からそんな会話する!?しかも陽助さん本人の居ないところで!?
てか、なんで豊さんは分かったの!?』
柚子は気になるけど、言葉には出来ない。
「ああ、問題ないよ。あいつは歳の割に体力はあるから遠慮はいらない。」
豊さんは全く動じることなく返事している。
サクさんと牡丹さんも気にせず朝食を食べているけど、柚子は気まずくて食べる気にならない。
ショウさんのところに居た時にはこんなプライベートな会話を聞くことなんてなかった。
しかも本人は居ないところで。
いや、陽助さんの立場は聞いたけど、かすみさんが陽助さんの後妻役として来たことも聞いたけど・・・早くない?
「あ!そうだ、柚子?」
「は、ひゃい!」
急に豊さんに呼ばれて柚子は声が裏返った。
「どうした?」
「なんでもないです。なんですか?」
「今度、紫竜本家で新年会があるんだ。お前もついてくるか?」
「え!?私がですか?」
「ああ。どこの取引先も族長と取引担当者が行くらしい。俺と北才と、もう一枠空いてるんだ。」
「私でいいんですか?」
どう考えても柚子は場違いだ。
「お前が俺の後継者になる覚悟があるなら一緒に来い。来たら最後、紫竜一族はもちろん、熊、狼、白鳥、象・・・紫竜の取引先にお前の顔も認知される。もう二度と紫竜と関わりのない生活には戻れない。」
豊さんは一転して真剣な顔だ。
「いくら何でも早すぎません?」
牡丹さんは怪訝な顔だ。
「紫竜の新年会は不定期らしい。それに、柚子はもう龍陽に目をつけられてるんだ。今回連れていかないと、龍陽に見限られるかもしれないぞ?」
「え!?」
柚子はどきりとなった。
柚子が行かないと、紫竜に関わる覚悟がないと思われるってこと?
「危険はないんですか?」
今度はサクさんだ。
「さすがに紫竜本家内で襲っては来ないだろ。怖いのは新年会後さ。どこの取引先も龍陽を狙ってるらしいからな。」
「え!?柚子ちゃんは安全なのでは?母親と同じ種族との結婚はないんですよね?」
かすみさんは心配そうに柚子を見てきた。
「ああ、そう聞いている。でも龍陽が柚子を気に入ってると悟られたら、暗殺に来るやつもいるんじゃないか?女の嫉妬は怖いからな。」
「・・・行きます!」
柚子は、獣人の嫉妬に怯えて新年会に来なかったと思われるのは嫌だ。
それに・・・龍陽のいる紫竜本家がどんな場所なのか知りたい。
柚子はまだ紫竜という生き物のことをほとんど知らないのだから。
「よし。じゃあ午後からついてこい。急いでお前のドレスを用意しないとな。」
豊さんは嬉しそうだ。
「え?ドレスですか?」
「ああ。しっかりめかしこんでいかないとな。獣人の娘たちに見劣りなんてさせない。
そのへんは北才の侍女たちに任せる。」
「は、はい。」
「そういえば豊さんと紫竜の縁談ってどうなったんですか?北開は死んだんですよね?」
柚子も気になっていたことをサクさんがきいてくれた。
豊さんから北開が貴族の娘を襲い、おそらくそれが原因で神罰により殺されたことは聞いたけど、縁談の話はなかった。
「また延期だ。紫竜の方から北開が神罰を受けた原因が分かるか、神罰の影響が北才一族になくなったことを確認できるまでは、と言ってきた。
狼族と竜冠の縁談も同じく延期になったらしい。
紫竜にとっても霊山の神様は怖い存在みたいだな。」
豊さんはすごく嬉しそうだ。
「まあ、紫竜にも神様の考えなんて分からないですよね。」
「ヤバすぎるだろ!霊山で盗みを働いた狼は自業自得だが、霊山の欠片と知らずに譲り受けた奴らまで皆殺しなんて理不尽すぎる。」
豊さんはまた青い顔だけど、柚子も話を聞いただけで怖い。
「でも紫竜はなんでそんなヤバい神様のために欠片集めを?狼族との縁談は・・・関係ないですよね?」
「龍算たちは何も言ってなかったが、たぶん紫竜にも何らかの被害があったんだろう。
じゃなきゃ紫竜が首を突っ込むはずがない。」
豊さんは断言した。
「え?でも紫竜たちには欠片の匂いが分かるんでしょ?回避できるのでは?」
「いや、見たところ、欠片の匂いが分かるのは龍風だけだった。紫竜たちにも能力に差はあるらしい。
龍算は泳ぎが得意だったけど、龍希とその兄はそうでもなかったしな。」
柚子は初めて聞く話ばかりだ。
龍陽はかなり鼻がよかったのに、あの弟はそれ以上ってこと?
でも確かに、貴族娘の死体が見つかった時、欠片の匂いがすると言っていたのは龍風だけだったかも。
「ふあ・・・おはようございます」
あくびをしながら陽助さんが起きてきたけど、髪が濡れているので朝からお風呂に入っていたようだ。
「ああ、お疲れさん」
「へ?起きたばかりですよ。・・・って、どうした!?サク、その手の怪我は!?」
陽助さんもサクさんの怪我に驚いている。
「昨晩、牡丹にやられました。」
「え!?なんで!?喧嘩か!?怪我するレベルはダメだろ!」
「ふふ、陽助さん、それ以上は野暮ですよ。」
かすみさんが笑いながら陽助さんにお茶と朝食を運んできた。
「え!?野暮?」
陽助さんは首をひねっているけど、柚子にもかすみさんの言っていることが分からない。
「そうそう。サクの怪我より陽助さんたちの昨晩のこと聞きたーい」
牡丹さんの言葉に、陽助さんの顔が赤くなった。
「へ?え!?なんで知ってんの!?」
「豊さんがばらしました。」
「え!?かすみさんが言ったの!?」
「私は何も言ってませんわ~豊さんは人の情事に敏感なんですって~」
照れている陽助さんとは対照的に、かすみさんは楽しそうだ。
柚子だけまた会話の輪に入っていけない。
かすみさんは柚子よりも後から来たのに、もう柚子よりもここに馴染んでいる気がする。
牡丹さんもサクさんも、豊さんのことが嫌いと言う割に、豊さんと打ち解けている。
柚子はショウさんのところでもそうだった。
戦闘員は連携が大切なのに、ショウさんの部下たちとも馴染めなくて、でも柚子には1人で戦えるような技量もなかった。
ショウさんたちからは戦闘員部隊からハニートラップの部隊か、連絡係への転向を進められたけど、柚子は決心がつかなかった。
そんな時に偶然任務で龍陽たちと出会い、紫竜という生き物のことを知って、豊さんのところに来てみたけど、
豊さんは柚子は紫竜担当の後継者に向いてると言ってくれるけど、
柚子は自信が持てない。
龍陽に気に入られてるなんてからかわれてるけど、龍陽は優しそうだから、無能な柚子に気を遣ってくれてるだけかも。
だって柚子は気に入られるような働きは何もしていないのだ。
むしろ、毎回、龍陽に守られている。
邪魔な存在でしかないだろう。
「ちゃーん?柚子ちゃん?大丈夫?」
かすみさんに呼ばれて柚子は我に返った。
「は、はい!何でしょう?」
「大丈夫?ごめんね。気分が悪くなっちゃった?」
かすみさんだけでなく皆が柚子を心配そうに見ていた。
「え!?いえ、ちょっと考え事を・・・」
柚子は慌てて笑顔を作った。
「紫竜のこと?嫌なことはちゃんといいなさいよ。豊さんの後継者になんかならなくても、ここでの仕事はほかにもあるんだから。」
牡丹さんはまた心配している。
「嫌な訳ないだろ。柚子は最近、不安な顔してる時はその指輪触ってるんだ。
あの若様は人タラシだからなあ。」
豊さんがニヤニヤ笑いながら言ってきたので、柚子は慌てて指輪から手を離した。
そういうつもりはないのに、無意識にまた指輪を触っていた。
「・・・え!?柚子の方が惚れたとかないですよね!?」
「さあなあ。俺には若い娘の気持ちまでは分からん。」
牡丹さんと豊さんは楽しそうだ。
「も~ちゃんと否定して下さいよ!」
柚子は真っ赤になって叫んだ。




