神の遣い
「龍風!?」
「どこだ!?」
翌日の夜、本家は騒ぎになっていた。
龍風が居ないのだ。
弟は今朝、リュウレイ山にシリュウ石を取りに行き、普段なら日暮れ前に帰ってくるのに、夕食の時間を過ぎても帰って来ていない。
龍陽は妹と手分けして本家を探しているけど、弟の匂いはしない。
「あ!」
一台の馬車が本家に向かって降り来てきた。
弟は寄り道でもしていたのだろう。
「なんだよ、全く」
龍陽はほっとして馬車まで弟を迎えに行ったのだが、
なんと降りてきたのは龍流と竜維だ。
龍流は今朝、馬車で龍風をリュウレイ山に送って行ったはずなのに、龍風は居ない。
「龍流!?龍風はどこだ?」
父がやって来て2人に問いかける。
「そ、それが・・・今朝、龍風様に竜縁様が心配だから別荘に寄ってほしいと頼まれて、竜縁様のいる別荘に。馬車から降りたところで後頭部を殴られ、ついさっき竜維に起こされるまで気絶を・・・」
龍流が驚くべきことを言い出した。
「はあ!?ど、どういうことだ!?竜縁は!?」
「それが昨晩から別荘で竜縁を見張っていたのですが、龍風様たちの馬車が来たので一緒に外に出まして、そこから私も記憶がないのです。
気付いたら別荘の床で気絶しておりました。
別荘のどこを探してもお2人の姿はなく、龍流の馬車も無くなっていて、夜の見回りに来た使用人を捕まえてなんとかここに・・・」
竜維は真っ青な顔で報告する。
「う、嘘だろ!?2人でどこに行ったんだ!?」
父も真っ青な顔だ。
「まさか2人で霊山に・・・!?」
「いや、それはない。昨日、龍風から悪意は出ていなかった。あいつが行くはずないし、竜縁が行こうとしても止められるはずだ。」
父はそう言うけど、
「でも、他に2人が行くところってどこ?」
妹の問いに父も龍陽も答えられない。
「族長!」
執事の疾風がやって来た。
「どうした!?」
「奥様も龍風様の行き先に心当たりはないそうです。」
「やっぱそうだよな。どこ行ったんだ!?あいつ!!」
父はガリガリと頭を掻きむしっている。
「ねえ、疾風?母上は他に何か言ってなかった?
龍風がいつもと違ったとかさ!?」
弟のことは母が一番分かっている。
「いえ、普段通りだったと仰っております。
出発の直前まで、家族旅行の行き先のお話を楽しそうにされていたと。」
「え!?いや旅行はしばらく・・・」
龍陽ははっとなって父を見た。
父はさっきよりも顔が白くなっている。
「え!?なに?旅行?」
妹はわかっていない。
「昨日、父上が龍風に言ったんだ。龍応が元気になるまで家族旅行はお預けって・・・」
「え!?そうなの?龍風はそんなこと言ってなかったよ?
むしろ冬の旅行ならどこがいいかなって母上と話してたけど!?」
「あ、あいつ・・・」
龍陽は信じられない。
まさか家族旅行のために竜縁と危険な霊山に行ったのか!?
いやまさか!?
「ありえねえ。あいつは、芙蓉を心配させるようなことはしないはずだ・・・」
父の言うとおりだ。
龍風は母を悲しませたり、心配させるような悪さはしないはずだ。
「ぞ、族長?いかがされますか?一族を集めて探しますか?」
「俺は龍栄と狼族領に行く。族長代理は龍海だ。すぐに呼んでこい。
龍陽、竜琴!俺と龍風が戻るまで芙蓉のそばにいろ!」
父はそう言うと疾風を連れて馬車に乗り、龍栄の屋敷の方向に向かって行った。
「うそ?違うよね!?兄ちゃん?
龍風は黙って竜縁と行ったりしないよね!?」
妹は泣きそうな顔で問いかけてきたけど、龍陽は答えられなかった。
~狼族領北の霊山~
「さっぶう」
竜縁と紫竜領を抜け出した龍風は狼の霊山?という場所の近くまで来ていた。
竜縁は藍亀が龍応の診察をした場面に居たので、会議までに霊山の場所を調べていたらしい。
「やっぱりダメね。一角獣たちはこれ以上進もうとしない。」
竜縁の言うとおりだ。
一角獣たちは突然地面に着地し、地面に座り込んでこれ以上動こうとしない。
こんなことは初めてだ。
「ここから歩き?」
龍風は少し後悔していた。
狼族領の冬は予想以上に寒く、ずっと吹雪いている。
「龍風、これあげる。」
竜縁が深紅のハンカチを渡してきた。
「何これ!?朱鳳くさいんだけど!?」
「私の婚約者が羽で作ったの。懐に入れたら温かいよ。」
「ほんとだ。」
龍風は驚いた。
母のストールより小さいのに、コートの下は驚くほど温かくなった。
雄の朱鳳臭いけど、今は暖かさの方が大事だ。
「いいの?きっとここから神の領域なんだよ。龍風はここで待ってていいのよ!?」
竜縁はまだ龍風を置いていこうとする。
「いいの。神が襲ってきたら竜縁頼んだよ。僕はちゃんと帰らないと母上が心配するから。」
龍風はそう言って目の前の山を登ることにした。
意外なことに道はちゃんとある。
狼たちが捧げ物をするために作っているらしい。
「神の遣いはこの道の先かな?」
「分からない。狼たちは捧げ物を山頂近くの洞窟に置いたらすぐに帰るらしいの。ここの神の遣いは姿を見せないけど、半年後に狼たちが次の捧げ物を持ってきたら、洞窟の中は空っぽになってるらしいわ。」
「なにそれ?なんで狼から隠れるの?」
「しっ!龍風、不敬なこと言わないの。ここは神の領域だよ。」
竜縁は見たこともないほど緊張している。
「聞かれてるってこと?
なら話が早いや。
おーい!霊山の神様!うちの龍応に何かしてます?
僕たちバカなんで分からなくて、直接聞きに来ました~」
龍風はできるだけ大きな声で山に向かって叫んだ。
「り、龍風!?何してるの!?」
「え?神様へのあいさつだよ。突然訪ねた時は最初に用事を伝えるんだよ。ママの教え。
・・・お!」
突然、吹雪が止んだ。
龍風たちの周りだけ。
同時に空気の匂いが変わった。
ほのかに花のような匂いがする。
龍風は背筋に寒気が走った。
現れたのだ。
龍風たちの想像を越える何かが
「かえせ」
背後から女の声がしたので、龍風は竜縁と振り返った。
「え!?」
「きゃあ!?」
2人は同時に叫び、竜縁が抱きついてきたけど、龍風も竜縁の腰に片腕を回してくっついた。
「まさかこれが神の遣い!?」
振り向いた先にいるのは一匹の雌狼の子どもだ。
いや、子どもだったものだ。
半分腐った狼の死体が立っている。
いや、わずかに地面から浮いている!?
「霊山の神様の遣いですか?初めまして、紫竜族の龍風と言います。こっちは竜縁です。
突然、お訪ねしてすみません。我が一族の龍応がこちらの神様の怒りを買いましたでしょうか?
おそれながら我らでは理由が分からず、教えをこいに参りました。」
龍風は丁寧に言い直した。
直感で分かる。
ここの神は父の何倍もヤバい。
いや比べるのがおかしい。
父たちが顔色を変えていた理由が今初めて分かった。
ここの神はヤバい。
闘ってかなうとかそんなレベルの相手じゃない。
「かえせ」
狼の死体からまた女の声がする。
「竜縁、返せって聞こえた?それとも帰れ?」
「返せって聞こえる。でも何を?龍応はここに来たこともないのよ!?」
「な、何をお返しすればよろしいのでしょうか?もう少し詳しく教えてください。
僕らバカなんで。神様が想像できないくらいバカなんで!」
龍風はすがるような気持ちで問いかけた。
あまりにもヒントがなさすぎるが、たぶん龍応か誰かが神の物を持っていったと思われているのだ。
狼の死体がゆっくりと龍風たちに近づいてくる。
腐っているのに、狼の匂いも死体の匂いもしない。
花のような匂いが強くなる。
「え!?何!?ちょっ・・・」
狼の死体はもう目の前に迫ってきたけど、龍風は動けない。
ドン
狼の死体が龍風の身体にぶつかった瞬間、龍風の目の前の景色が変わった!?
雪山は一転して緑の草木が溢れる景色になった。
道の向こうには白い服を着た狼たちがいるけど、いつのまに来た!?
というかここはどこだ!?
「セセ!」
狼の一人が叫び、木々の間から一人の狼の子が現れて集団に戻っていく。
「あ!あの狼!?」
竜縁も気づいたようだ。
セセと呼ばれた狼の子はさっきの死体だ。
まさか龍風たちは狼の子の記憶を見ている!?
ふっと周囲が暗くなり、次の瞬間にはどこかの町中に来ていた。
さっきのセセという狼の子は龍風たちの目の前にいるのに、龍風たちには気付いていない。
「取ってきたよ!」
セセがそう言って駆け寄って行った先には一匹の雄白鳥がいる。
「見せろ。」
白鳥が手を差し出すと、セセは一輪の花を差し出した。
宝石でできた花のようだ。生花ではない。
5枚の花弁はすべて色が違い、キラキラと光っている。
緑色の茎と2つの葉っぱも水晶のような見た目だ。
「本当に霊山の花か?」
「そうだよ。夏の捧げ物を持っていった時に森で摘んだの。ねえ、お金!」
セセはそう言って両手を白鳥に差し出した。
「ほらよ。このことは他言無用だ。」
白鳥は金の入った小袋を地面に投げた。
セセはそれを拾うと一目散に逃げて行き・・・
「は!?」
龍風は気付くとまた霊山に戻って来ていた。
龍風にぶつかった狼の死体はどこにもいない。
「え!?今のがヒント!?」
「たぶん。返せって、あの花のこと!?
でも龍応は関係ない。あの白鳥が盗みの黒幕だよね!?でも、父様は白鳥の担当じゃないし、あんな花知らないよ。」
竜縁にも心当たりはないらしい。
「も、もう少しヒント下さい!あの白鳥も知らないです!うちの龍応とどんな関係が!?」
龍風はまた叫んだけど、神の遣いはもうここにはいない。
花のような匂いがなくなり、雪がまた吹き付けてきた。
「ええ!?」
龍風は途方に暮れた。




