竜縁の覚悟
~紫竜本家 リュウカの部屋~
12月の初め、北都から戻ってきた龍陽は、母の部屋に来ていた。
妹弟とスミレもいて、弟は早速お土産のポテトチップスを食べている。
妹は蜜柑やレモンの形をした入浴剤に興味津々で、竜縁や竜理に見せてくると言って、部屋を飛び出していった。
「そう。スミレに病気がなくてよかったわ。きっと人よりも身体の成長がゆっくりなのね。」
母はスミレの診察結果を聞いて嬉しそうだ。
「兄ちゃん、こっちも食べていい?」
「ママと竜琴の分は残しとけよ。」
「ふふ。良かったね、龍風」
龍陽たちのやり取りを母は嬉しそうに見ているけど、
「兄ちゃんだけずるいよ~僕も人の町でお菓子買いたい!」
龍風が文句を言い出した。
「はあ!?お前、ママの故郷にもついてこないくせに。」
今年、母方の祖父が亡くなったときに、龍風だけお別れにも来なかったことを龍陽は忘れていない。
「だってママの故郷のお菓子はパパが買ってくれるもん。」
「ふふ。そういえばしばらく旅行にも行ってないわね。パパに頼みましょうか。龍風だって自分でお菓子を買いたいわよね。」
母は相変わらず弟に甘いけど、龍陽は母と旅行には行きたい。
大人になったらもうできないのだから。
「いいね!行きたい!」
「やった~兄ちゃん!パパに言いにいこうよ!」
龍風に引っ張られて、龍陽は父の執務室に向かった。
~族長執務室~
「父上!」
「ん!?どうした?」
龍風はノックもせずに突撃して行ったけど、父は今日は機嫌がいいようで、怒りはしなかった。
ただ、龍算と竜礼が来ている。
「龍風待て。まだ龍算たちと話し中だ。」
龍陽は弟を引っ張った。
「大丈夫です。若様方、どうされました?」
龍算は譲ってくれた。
「ママが家族旅行したいって!伝えに来たの!」
弟は遠慮なく父に近寄って報告している。
「芙蓉が?あ~しばらく行ってないからな。だが、龍応が元気にならないことにはなぁ・・・」
父は悩んだ顔だ。
「えー!?僕らが旅行に行くことと関係なくない!?」
龍風は不満そうだ。
「ある。族長の俺が本家を離れるときには補佐官の一人を族長代理にするんだ。普通は筆頭補佐官の龍栄を代理にするけど、龍栄は今は動けないだろ?」
「補佐官なら他にもいるじゃん!誰でも同じだよ!」
「そうはいかないんだ。龍応の件は一族の重大事でもあるんだぞ!!」
「でも龍景たちは家族旅行に行ってたよ!!ユリから聞いたもん!」
「あれは龍景が人のふりして龍陽とトモエを送っていった仕事の対価として、休暇と旅行の許可をやったからだ。
それに補佐官一人と族長の俺じゃ事情が違うの。」
「えー!?なら僕も補佐官の子に産まれたかった~」
「はあ!?」
「まあまあ族長!」
怒り出した父を龍算が宥め始めた。
「龍風、落ち着けよ。龍応が元気になったら父上は家族旅行に連れていくって言ってるんだから。」
「いや、まだ連れていくとは言ってない・・・」
父は否定するけど、龍応の件さえ片付けば、父が母のお願いを拒否するわけはないのだ。
「ねえ、竜礼?龍応はまだ原因が分からないの?狼と熊で調べてるんでしょ?」
「まだどちらからもめぼしい情報は来てないのです」
「てか朱鳳に治療させればよくない?」
「あ!そうじゃん!」
龍風の提案に、龍陽ははっとなった。
主要取引先である朱鳳はどんな怪我や病でも治せるらしく、過去には母も世話になっている。
「最初にやったよ。でもな、奴らには治せなかったんだ。」
父はすでに試していたらしい。
「は!?なんで!?あいつらなんでも治せるんじゃないの?」
「いや、昔、三輪が記憶喪失になった時も朱鳳には治せなかった。やつらも万能じゃないんだ。」
「あの時には藍亀の呪いで三輪は治ったよね!?じゃあ・・・」
「藍亀には竜の子の不調の原因を調べることはできないんだ。こちらが原因を突き止めて、それが藍亀に解決できる内容なら協力するとは言われてるよ。」
父は藍亀とも協議済みだったらしい。
朱鳳が治せないってことは龍応の不調は毒が原因じゃないのか!?
いや、朱鳳でも治せない毒?
「何それ?龍応も呪いうけたの!?」
「こら!龍風!お前、これ以上変なこと言うなよ!」
父が怒る。
「何が!?前に僕がイグアナの神の呪い受けた時も、朱鳳のやつらは治してくれなかったじゃん!」
「あれは朱鳳を怒らせたからだ!
それに龍応は神の怒りを買うことはやってない!お前と違ってな!」
「僕だってしてないもん!」
龍風も怒り出した。
かつて龍風はイグアナ族の神林で迷子になり、その際にそこの神様の怒りに触れて、呪いを受けたのだ。
龍風は元気がなくなり、さらには各地で地震が起きて朱鳳にも被害がでたらしい。
「・・・族長?」
「なんだ竜礼?」
「龍風様の話を否定できませんわ。朱鳳が治せず、藍亀にも原因が分からない。神なら竜の子を呪い弱らせることはできますもの。」
「は!?だが、龍応はイグアナの神林には行ってねえぞ?それに龍風は呪いが黒いモヤになってまとわりついてたろ?」
「はい。ですから別の神かもしれません。」
「え!?他にも神っているの?」
龍陽は初耳だ。
「居るらしいです~ただほとんどの神は私たち神獣にも、獣人にも干渉しませんので、私も詳しくは知りません。獣人に祭事をさせているイグアナの林の神が変わり神らしいです。」
「んなのどうやって調べるんだよ?」
父もお手上げらしい。
「とりあえずイグアナの神林守りを呼んでみますか?龍風様の呪いを解いた実績はありますので、何かしら分かるかもしれません。」
「・・・まあ他に手もないし、試してみるか。」
父はめんどくさそうに執事に指示を出す。
龍陽は龍風を連れて母の部屋に戻った。
家族旅行はしばらくお預けだ。
と、思っていたのだが、3日後、予想外の事態になった。
~大広間~
12月のある日、龍陽は妹弟と本家で一番大きな部屋に来ていた。
今日は朝から3人で新年会の準備を手伝っていたのに、昼前に急に呼ばれたのだ。
父が一族会議を招集したらしい。
紫竜一族にはたくさんのルールがあり、それはすべて一族会議で決められている。
かつては成獣した竜しか参加できなかったらしいけど、父より前の族長の時代に危機的な子不足となり人手が足りないので、成獣前でも族長と父竜が認めれば、竜の子も参加できることになったらしい。
どんどん、一族の竜が本家に集まってきた。
龍栄の娘の竜縁
龍光の息子の龍久
龍灯の娘の竜理
も今日は参加するようだ。
「揃ったな」
夕方、父がやってきて会議が始まった。
「龍応の不調の原因が分かった。狼族領の北にある霊山の神の呪いらしい。」
「ええ!?」
「は、はい!?」
「え?え?」
「神?なんで!?」
会場は大騒ぎになった。
龍陽は弟と顔を見合わせていた。
弟は目が点になるほど驚いている。
まさかの、弟の勘は的中していたらしい。
「落ち着け!竜染がこれから説明する!」
父の大声で会場は静かになった。
「族長命令で、龍応様をイグアナの神林守りに調べさせました。かつて龍風様の呪いを解いたイグアナです。
そうしたところ、イグアナのところの神とは違うが、神の呪いによく似ていると言い出しまして、改めて藍亀に依頼して神の呪いがないかを調べさせました。
すると、狼族領の北にある霊山の神の気配を感じると言うのです。ただ、藍亀に分かるのはそこまでで、神の呪いかまではまだ・・・」
「な、なぜそんな神が!?龍応様はそんな霊山に行ったこともありませんよね!?」
「はい、ございません。ですので・・・神に直接確認するしかありません。」
竜染がすごいことを言い出した。
「イグアナの神林守りのように霊山にも神の意思を伝える獣人がいるのですか?」
「いるらしいです・・・霊山のどこかに。」
「ど、どこかに?」
「はい。イグアナと違い、霊山の神の遣いは姿も所在も不明だそうです。」
竜染はどんどん声が小さくなる。
「そ、そんなのどうやって!?一族で霊山の大捜索でもしますか?」
「いや・・・それがなあ。」
父は困った顔で龍陽たちを見てきた。
「父上?何?」
「霊山の神は、獣人の侵入を嫌うそうだ。ただ、狼の巫女たちが捧げ物を持ち込むことは許されているらしい。
狼族に伝わる伝承だと、霊山の神は子ども・・・まだ一度も異性と交わったことのない肉体を持つ存在には寛容らしい・・・」
「は、はあ!?まさか竜の子を!?」
「いや、さすがに子どもに危険なことはさせられねえ。神の怒りなんて予想もできないからな。
父竜の許しがなきゃ・・・」
「じ、冗談ではありません!」
「娘にそんなことさせませんよ!」
龍光と龍灯は怒って拒否した。
「族長、私一人で行きます!」
なんと竜縁が手をあげた。
「いや、お前もダメだ。龍栄がそこまではさせないとさ。」
「父は私が黙らせますのでご安心を。龍応は唯一の父の跡取り息子です。」
「ええ!?竜縁危ないよ!」
竜琴も反対するけど、竜縁は覚悟を決めた顔だ。
「竜縁、龍応もお前もどっちも大切なんだ。自分を犠牲にしようなんて考えるな。そんなことをさせるために会議を開いた訳じゃない。
俺たちにもできないことはある。」
「族長は万策尽きたので龍応を見捨てることをこの会議で決めるつもりですか?」
竜縁の問いに父は黙った。
他の竜たちもだ。
図星なのだろう。
龍久と竜理は困った顔で自分達の父竜を見ている。
龍陽は妹と顔を見合わせていた。
龍応を見殺しにはしたくない。
でも神は龍陽たちの想像を越えた存在だ。
怖い。
「竜縁が行くなら僕も行く。」
「え!?」
なんと龍風が手をあげた。
「お前もダメだ。」
父は即拒否した。
「なんで!?」
「危険だからだ。」
「僕は一度神に呪われたけど生きてるよ。龍応もだよ。神は殺す気はないんでしょ?」
「んなこと分からないだろ!?お前の時は俺と芙蓉が神林まで行って呪いを解く方法を見つけたから助かったんだ!」
父は本気で怒っている。
怖い。
「自分の息子が神に呪われたら助けるのに、龍応は見殺しにするの?差別じゃん?」
弟は激怒した父に反論している。
龍陽も同じことを思ったけど、怖くて反論なんてできない。
「龍応助けるために俺が霊山まで行けば済むなら同じように助けるさ!だが、お前は違う!
俺の子として生まれた以上は親の決定が絶対だ!」
「なら成獣してから行けばいいの?竜縁、僕が成獣するまで待っててよ。」
「はあ!?」
「族長!落ち着いて!」
補佐官たちが父を抑え始めた。
「龍風を巻き込むつもりはないの。」
竜縁は困った顔だ。
「竜縁が死んだら誰が呪いの情報を持ち帰るのさ?一人で行くのはバカでしょ!?龍応助けたいなら待ってなよ。」
「・・・」
龍陽は妹と顔を見合わせた。
まさか竜縁は一人で行くつもりだった!?
龍風はそれを察して止めているのだろうか?
父から怒気が消えたので、父も気付いたらしい。
父たち大人は、霊山には近づくなと念押ししてきて今日の会議は終わった。
補佐官たちは龍風を褒めているけど、龍陽は変な感じだ。
弟らしくない。
竜縁と仲はよいけど、弟はお節介を焼くタイプではないのに。
その翌日、なんと龍風と竜縁は姿を消した。




