スミレの診察
北都滞在3日目、龍陽は龍算、竜礼とともに朝から豊の屋敷に来ていた。
スミレの検査結果を聞くためだ。
応接室には、豊と医者が待っていた。
「身体に異常や病は見当たりませんでした。身体はほぼ人と同じですが、嗅覚と聴覚は人よりも優れておりますね。
これは私の私見ですが、スミレさんの父親は熊かもしれません。熊との混血獣人は嗅覚や聴覚を引き継ぐ傾向にあります。
それから肝心の初潮が来ない問題ですが、臓器は欠けていませんので肉体的には問題ありません。
ただ肉体に問題はなくとも生まれながらに子をなせない身体の混血獣人はおりますので・・・現時点ではなんともいえません。
20歳ころを過ぎても初潮が来なければ生来のものだと思います。」
医者でも原因は分からないらしい。
「20歳まで後何年?」
「人でいえば15~17歳ころの肉体ですので、最大5年待っていただければと・・・」
「長いなぁ。これ以上は調べられないの?」
「はい。私ができることはすべて致しました。北都や他の町の大病院でしたら別の検査があるかもしれませんが、どこも混血獣人の症例はほぼないと思います。熊や象族では研究が進んでいるとの噂もございますが・・・」
「分かった。ご苦労様。これ族長夫婦からの報酬ね。」
龍陽は父から預かった現金袋を医者に渡した。
「申し訳ございません。お役にたてず。」
豊と医者は揃って頭を下げる。
「いいよ。医者でもできないことはあるって、母上の口癖だし。やれることをやってくれたなら十分だよ。
帰る前に、陽助おじさんや陽菜ちゃんに挨拶したいな。」
「ご案内します。」
龍陽は陽助たちと別れの挨拶をして、紫竜本家に向けて出発した。
~北才の屋敷~
龍陽たちを見送り、豊は北才に報告に来ていた。
北開と北才の息子の北研もいる。
「は~連日不祥事続きで、何度死を覚悟したか分からん。」
北才はげっそりした顔だ。
豊も緊張がとけて疲労感がすごい。一度座ったらもう立ち上がれないかもしれないので立ったままでいる。
「若様の侍女は病院で調べさせなくてもよろしいですか?」
北研が尋ねるが、
「北都に混血獣人を調べられる医者はいなかった。他の貴族にまで協力要請するかは若様のご要望がないとできない。侍女の検査はわが一族だけの秘密だ。」
北才は釘を刺した。
「首都の貴族の娘はいかがされますか?
昨日、紫竜の補佐官殿と訊問しても価値ある情報は出てこなかったのですよね?」
今度は北開だ。
「ああ。ペンダントを預けてきた白鳥の商人は首都の貴族の取引相手の一つらしいが、娘は毒の粉のことは何も知らなかった。だが、単に北豊に直談判に来たなんておかしいと思わないか?
不満があるなら首都の貴族自身から連絡してくるべき問題だ。」
「え!?首都の貴族から抗議が来ていたのではないのですか?」
北開と北研は驚いている。
「来ていない。娘を使者にして送るとの連絡もない。」
「娘が使者というのもおかしいな。第二家には息子が2人いて、片方は俺との協議の場にいたからたぶん跡取りだ。使者にするなら息子のどちらかだろう。」
豊も北才に同感だ。
「え?まさか娘の独断ですか?」
「それはないだろう。嫁入り前の娘が父や兄弟に隠れてここまで来れるはずがない。」
「そのあたりのことは引き続き娘に聞いた方が良さそうですな。」
北開も北研も反対しなかった。
「北要の残党は?」
「ペンダント窃盗に協力した兵士の名前は吐いたので、その兵士は捕獲しました。それ以外にも情報がでてきそうです。」
「北要のことは引き続き北研に任せる。」
「畏まりました。」
「後は紫竜の縁談ですが・・・」
「申し訳ない。会議は明日に・・・」
豊はひどい頭痛と耳鳴りがしてきた。
紫竜と何日もいたせいだ。
取引で本家に行った後も疲労感がすごくて帰路で熱をだしたけど、今回はその何倍だ。
これからまた熱が出るだろう。
というか寒気がしてきた。
「ああ。北豊はもう帰っていい。明日も休め。」
北才は話が早い。
「いや、父上もひどい顔色ですよ。」
北研はそう言うけど、豊にはもう北才を気遣う余裕もなかった。
~豊の屋敷~
「ん・・・」
柚子は物音に気付いて目を覚ました。
「あ!起きた!?大丈夫?」
顔を覗き込んできたのは牡丹さんだ。
「え?なにがですか?」
「覚えてない?紫竜たちが帰った後、熱だして廊下に倒れてたのよ」
「え!?」
柚子は驚いた。
龍陽たちを見送って、応接室の掃除をしようと箒や雑巾を取りに行って・・・そこから記憶がない。
「す、すみません!」
「いいから寝てな。まだ顔赤いわ。お水飲める?」
柚子は喉がカラカラなので上半身を起こして水を飲んだ。
冷えた水が驚くほどおいしい。
まだ熱が高いのだ。
「私はどのくらい?」
「今は翌日の夕方だよ。」
「ええ!?」
「豊さんも熱だして寝込んでる。陽助さんと陽菜ちゃんもまだ熱が下がってないの。
恐ろしいわね、紫竜って」
「・・・私、何もされてないですよ!?
むしろ若様はまた助けてくれました。」
「人でも獣人でもない生き物は、近くにいるだけでダメージうけちゃうらしいわよ。」
「そ、そうなんですか!?」
柚子は信じられないけど、緊張していたし、疲れていたのは確かだ。
「嫌なら辞めなよ。仕事ならほかにいくらでもあるし、柚子は元々ショウさんの部下なんだから。
紫竜のことを知ってるのは幹部と、その部下のごく一部だけ。私やサクみたいに知っててもできるだけ関わりたくないって部下もいるわ。」
「嫌なことなんてないです。私は・・・戦闘員にはなれないから、豊さんはこんな私でも必要としてくれて、私にしかできない仕事だって言ってくれて・・・」
「豊さんは口が上手いから、真に受けすぎないのよ。豊さんの役に立とうと無理して死んでいった女はたくさんいるんだから。」
牡丹さんは見たこともないほど怖い顔だ。
牡丹さんは豊さんの腹心ではなかったのだろうか?
この屋敷で牡丹さんと陽助さんだけが豊さんの私室に入れると聞いている。
「・・・」
「あ!ごめん。やだわ~私もまだ体調悪いのよね。」
牡丹さんはいつもの作り笑顔に戻ったけど、確かに普段よりも顔色が悪い。
「ここの警護は・・・!?」
「大丈夫よ~豊さんが手配してた応援部隊が来てるから。柚子は安心して寝てなさい。今は回復が仕事よ。」
「豊さんは嫌にならないんですか?こんな仕事・・・」
「嫌になるどころか残りの人生かけるらしいわよ。生まれは貴族らしいから、むしろ性に合ってるのかもね。」
「そうなんですか!?」
柚子は初耳だ。
「知らない?北才の従兄弟らしいわよ。元貴族らしく女の扱いはひどいの。間違っても豊さんには惚れちゃダメよ。」
「・・・私は娘にしか見えないって、笑われてます。変な目で見てこないですよ。」
「あ~ダメダメ。安心しちゃ。豊さんは部下に手は出さないのよ。淡い恋心とか憧れを利用していいように使って、女が本気になってきたら距離とるの。
だからここで仕事したいなら豊さんに情はもたないことね。」
「さすがにないです。おじさんですもん。」
これは柚子の本音だ。
尊敬はしてるけど、好きになる相手じゃない。
20歳も上の男なんて。
「ならいいわ~私は大嫌いなの。だから女で唯一信頼されてそばに置かれてるの。ヤバい男でしょ?」
牡丹さんは機嫌が直っている。
この女も十分ヤバい。
牽制ではなく本気で言っている。
「あら?そんな指輪持ってたっけ?」
「え!?」
柚子は無意識に中指の指輪を触っていたようだ。
「し、仕事を頑張ったごほうびに・・・」
「あ~分かる!私もよくお酒買ったりするの~いいわね。柚子っぽい色だわ。」
牡丹さんは柚子が買ったものだと勘違いしてくれたみたいだ。
「似合ってますか?私にこんな可愛い花の指輪なんて、変じゃないですか?」
「似合ってるわよ~何の花かしら?」
「たぶんミモザだと思います。」
「へ~なんかお酒みたいな名前ね~」
牡丹は興味なさそうだ。
柚子はそっと指輪をはめた手を布団の下に隠した。




