龍陽の町歩き
コンコン
「豊さーん?」
竜礼が帰ってすぐ陽助がやって来たけど、なぜか扉を少しだけ開けて覗き込んでくる。
「なんだ?入れよ。」
「・・・あ!よかった~事後じゃない。」
陽助はほっとした顔で入ってきたので、豊は呆れた。
「なんの妄想してんだ?」
「いやいや。深夜に男女が寝室にって・・・誰でもそう思うでしょ?
牡丹が俺を起こしに来たんですよ。豊さんが夜這いされるって。」
「んなわけあるか。応接室に案内するって言ったのに聞かねえから、ここで仕事の話をしてたんだ。」
「いや、こんな深夜におかしいでしょ?緊急事態でもなさそうですし。」
「紫竜に俺らの常識なんて通用しねえよ。」
「そうですか?まあ、襲われてないなら良かったです。」
「襲わねえよ。あいつは。」
「・・・なんか彼女のことを嫌ってるけど、信頼はしてる感じなんですか?」
陽助は不思議そうだ。
「婚前交渉は紫竜では厳罰ものらしい。」
「へ~なんでですか?」
「知らん。それより明日は留守番頼んだ。俺は龍陽たちと出かけてくる。」
「分かりました。どちらまで?」
「北都の案内だ。柚子も連れていく。」
「え?なんで柚子を?まだ町に詳しくないですよ?」
「お前は鈍すぎだよ。」
豊はまた呆れた。
~北都~
「寒い」
龍陽は後悔していた。
今日の北都は昨日よりも更に寒く、今にも雪が降りそうだ。
町歩きは止めて豊の屋敷の中で時間を潰そう。
龍陽はそんなことを思いながら豊の屋敷を訪ねた。
「おはようございます、若様」
出迎えてくれたのは柚子だけど、昨日よりもお洒落だ。
黄色のワンピースを着て、頭を綺麗に結い、化粧もしっかりしている。
「どうしたの?すごくお洒落だね」
「本日、豊さんと一緒に町をご案内します。」
「・・・うん。よろしく」
龍陽はやっぱり町歩きをすることにした。
こんなにお洒落した女の子の努力を無駄にするわけにはいかない。
スミレを医者に預けて、龍陽は竜礼、豊、柚子と馬車で町に出かけた。
御者台には豊の部下が乗っている。
「若様、お目当ての店とか、見たいものはございますか?」
「母上たちにお土産買うから、アクセサリーとお菓子売ってるとこに行きたい。」
「畏まりました。」
豊は御者台に指示してまずは宝飾店に連れて行ってくれた。
~宝飾店~
「本日は貸切にしましたので、ごゆっくり」
豊はそう言い、店員たちが次々と宝飾品を目の前に並べるけど、龍陽は困った。
「竜礼、どれがいいと思う?」
「ん~族長の奥様がお持ちの物に比べると・・・
あ!竜琴ちゃんは・・・これとか好みそうですね~でもちっちゃい。もっと大きいのない?」
やはりアクセサリーは女じゃないと分からない。
父も母への贈り物は侍女に選ばせてるし。
「なんかどれも微妙だなあ」
30分近くかけて一通り見たけど、母や妹の持つ物に比べると宝石は小さいし、質もよくない。
でもここは北都で一番の高級店らしい。
「申し訳ありません、若様」
豊は苦笑いだ。
「もういいや。お菓子買いに行こ。」
「はい。ご案内します」
龍陽たちは店を出て馬車に戻り、今度は焼き菓子のお店に向かった。
ここも豊がすぐに貸切にし、店員が試食のお菓子をどんどん持ってきてくれるので、さっきの店より楽しい。
「あ!これは龍風が好きそうだな。」
龍陽はお肉味のポテトチップスを買うことにした。
「若様~こちらは竜琴ちゃんが好きそうですよ~」
竜礼が差し出したお菓子はパリパリのチョコの中にイチゴのドライフルーツが入っている。
「うん、これも買う。味違いも全部ね。」
「若様は兄妹思いですね。」
豊が紅茶のおかわりを注ぎながら話しかけてきた。
「あいつらお土産お土産煩いからね。おかわりありがと。」
「いえ、お菓子のお店は他にもございますよ。ここにはない和菓子とか。」
「あ!じゃあ次はそこにしよ。母上は和菓子の方が好きだからね。
・・・柚子はお菓子は好きじゃないの?」
龍陽は気になって問いかけた。
柚子は試食を勧められても断っている。
「え!?いえ、私は仕事中なので。」
「なんだ食べてないのか?構わないよ。むしろ、美味しいお菓子があったら若様にオススメしろよ。」
豊は柚子の様子に気付いていなかったらしい。
「わ、私にはお菓子の味なんて分からないです。」
「え?どういうこと!?」
龍陽は驚いた。
味が分からないなんて、柚子は何かの病気?
「あ~すみません、若様。柚子の謙遜ですよ。味覚に自信がないから若様にオススメなんてできないって意味です。」
豊が教えてくれた。
「そうなの?そんなに気負わなくていいのに。」
「そ、そんな訳には・・・」
柚子は相変わらず龍陽から視線を反らせて答えている。それどころか俯いたままだ。
やっぱり嫌われた!?
「・・・あ!そうだ!若様、次は入浴剤のお店はいかがです?母上もお好きですよね?」
豊が話題を変えたけど、悪くない提案だ。
次に来た入浴剤のお店は龍陽の想像とは違っていた。
袋に入った粉末じゃなくて、塊で売っている。
それもカラフルで、花とか星とか形も様々だ。
「すご!これ全部が入浴剤!?」
「はい。芙蓉さんたちがお好きと伺ったので、北都では力を入れてるんです。」
豊は今日初めて本物の笑顔だ。
「香りや色をお試しいただけますよ。」
店員はそう言って、色々な商品を並べるけど、龍陽には宝石と同様に母の好みは分からない。
てかどうやって選べばいいの?
「柚子、出番だぞ。人の女性が好きな入浴剤を若様にご紹介しろよ。」
豊はそう言って柚子の背中を押して龍陽の方に連れてきた。
「え!?私ですか!?」
「ああ。人の女はお前だけだ。」
「え!?いや、店員さん・・・」
柚子はちらりと壁際に控える女の店員を見た。
「俺が今日一日、若様たちの接待を担当してるんだ。お前は部下として補佐しろ。若様の妹君は柚子と年齢も近いから、お前の好みとも近いんじゃないか?」
「え!?いや・・・私なんかじゃ・・・」
「いいですよね?若様?」
豊が龍陽に尋ねてきた。
「僕はいいけど、柚子が嫌がるなら強制しないでよ。」
「柚子は謙遜しているのですよ。若様を嫌っている訳ではないのでご安心下さい。
ほら、紫竜領は雪こそ降らないけど寒いのは同じらしいぞ。
お前ならどんな入浴剤がいい?」
豊は柚子の背中をぐいぐい押して、龍陽の前にある商品が並べられたテーブル前まで柚子を連れてきた。
「え?え?豊さんが選んで下さいよ。」
「俺が選んだ物を奥様たちが気に入ったら、俺が夫から嫉妬されるだろ?
女のお前なら安全なんだ。
大丈夫。お前のセンスが悪くても芙蓉さんは気分を害したりしないから。」
「・・・も~」
柚子は抵抗を諦めて、商品の匂いを嗅いだり、店員を呼んで質問し始めた。
店員の勧めでガラスの容器の中で入浴剤を溶かしたお湯に手を入れたりしている。
「・・・これは匂いもいいし、お湯から出した後の手がスベスベになっていい感じ?です。」
柚子は自信なさげに龍陽に教えてくれた。
「そうなの?人のそういう感覚は僕には分からないから助かるよ。柚子はどの匂いが一番好き?
形はどれがいいかな?」
「え?そう・・・なんですか?
私は・・・お花よりも蜜柑とか柚子の匂いが好きですけど、普通の女の人は花の方が好きかも。」
「僕の母上も柚子が好きだよ。花の入浴剤は珍しくもないから、こっちにしようかな。」
龍陽は蜜柑、レモン、柚子などの柑橘類の入浴剤を買うことにした。
「よくやった、柚子」
豊は馴れ馴れしく柚子の頭を撫でている。
「私、役に立ってます?気を遣わせてません?」
柚子は不安そうだ。
なんで?
「たってるよ。若様は若い人の女の好みを学ぶ機会はないんだから、お前はどんどん喋れ。」
「それなら、貴族の娘とか・・・もっと女らしい女の方が・・・」
「俺は信頼した部下しか若様に紹介しない。お前は選ばれたんだから胸張れ。」
「そ、そんな・・・」
柚子は豊から視線を反らして俯いたけど、耳が真っ赤だ。
母が照れている時も耳が赤くなってるけど、まさか柚子は豊に好意があったりしないよね!?
「若様~どうされました?」
「え?なんでもないよ」
竜礼に隣から問いかけられて、龍陽は慌てて目をそらした。
「そうですか~?ねえ、若様?
そろそろお昼ごはんにしませんか?」
「うん、そうしよ!」
「じゃあ豊、よろしくね~」
「畏まりました。もう店の手配はできております。
ご案内しますよ。」
「うわ!さむ!」
店から出た龍陽は驚いた。
昼過ぎなのに、外は雪が降っている。
「降りだしましたね。どうぞ馬車に。」
豊が御者台から大きな傘を持ってきて、龍陽たちが馬車に乗る間にさしてくれたけど、雪よりも冷気がヤバイ。
「さむ~竜礼、大丈夫?」
龍陽は馬車の中で心配になった。
竜礼はワニの母だ。
一族の中でも寒さに弱い。
「私は大丈夫ですわ。豊にカイロをもらいましたの~」
「何それ?」
龍陽は初耳だ。
「北才の科学者が最近発明したのです。まだ試作品ですが、若様もどうぞ。」
豊がそう言って鞄から取り出したのは、小さな巾着袋?
「中に鉄の粉や炭が入ってまして、手で揉むと温かくなります。」
「え?なんで?炭を燃やすの?」
龍陽は疑問に思いながらも巾着袋を揉むと、火はないのに温かくなってきた。
「いえ、火を使わずに熱を作るそうです。僕も詳しい仕組みは分かりません。ただ、危険はないはずです。」
「へ~人の発明品は面白いよね。でも温石の方が温かくない?」
「はい。温石にはかないませんが、あれは火がないと使えませんし、小さい石はすぐに冷めますから持ち運び用に開発しています。」
「ふーん。柚子は使い心地どう?」
龍陽は向かいに座る柚子に尋ねてみた。
「え?いえ、私は・・・」
「すみません、若様。二つしかないのです。」
豊が弁解する。
「ならこれは柚子にあげるよ。後で感想聞かせてね。」
龍陽はそう言って柚子の手にカイロを押し付けた。
「え?感想!?」
柚子はまた困った顔になって豊を見ている。
「匂いとか触り心地とか熱さとかな。良かったな、柚子。若様は紳士だろ?お前は緊張しすぎ。」
豊はまた馴れ馴れしく柚子の頭を撫でている。




