紅葉
~睡蓮亭 リュウカの部屋~
「三輪、大丈夫かい?」
龍緑は心配で仕方ない。
過労で体調を崩した妻は今日戻ってきたばかりなのに、数日母から離されていた子どもたちは妻にべったりで、夜になっても離れない。
双子の息子だけでなく、最近は1人で寝るようになっていた娘すら
今夜はママと寝る!
とリュウカの部屋に押し掛けてきたのだ。
龍緑はせめて娘だけでも、娘の部屋に戻して寝かしつけたいのに、娘は恐ろしい顔で睨んで動かない。
「いいの。竜琳、龍星、龍月、ごめんね。さみしい思いをさせたわね。」
妻はそう言って娘を右側、龍星を左側に寝かせ、龍月は妻の頭側に自分で寝転がり、妻の髪の匂いを嗅いでいる。
双子の息子たちも鱗が生え代わったのだから、もう母離れしてもいいのに!
龍緑は不満だけど、双子の息子が同時に癇癪を起こすと、妻も龍緑も徹夜コースになるので、今夜は我慢だ。
部屋の灯りを消しても交代で妻に話しかけて騒がしかった子どもたちだけど、一時間もしないうちに全員が寝てくれた。
3人とも幸せそうな寝顔だ。
龍緑は妻を連れ出して部屋の外に出た。
寝室でゆっくり寝てもらおうかと思ったけど、妻は喉が渇いたというので、2人でテラスに移動して、妻の侍女が飲み物を持ってくるのを待った。
ここは妻のお気に入りの場所だ。
テラスの壁はガラス張りにして空と庭の花を見れるようにしている。
妻の侍女は冷えた麦茶を妻のそばの机に置くと、下がっていった。
「三輪、大丈夫かい?ごめんな、子どもたちは言うこと聞かなくて。」
「大丈夫よ。沢山寝たからもう元気!
謝るのは私の方よ。あなたにも子どもたちにも迷惑かけてごめんなさい。」
「謝ることなんてないよ。三輪が子育てしてくれるから俺も子どもたちも幸せだよ。
悪いのは俺さ。妻に無理をさせすぎた。」
「あなたが謝ることじゃないわ。自分の子どもを育てるのは当然だもの。」
妻から悪意は出ていないので、龍緑に怒っているわけではないみたいだけど、また妻は無理をしかねない。
「やっぱり子守の侍女を増やさないか?族長も龍景のとこにもいるんだよ。」
「ん~族長のところのカカさんは特別よ。私は今のままで十分よ。掃除も洗濯もあなたの侍女がしてくれて、私の身の回りのことはクーラがしてくれてるし。子どもたちも自分のことは自分でできるようになったもの。」
妻はやはり子守の侍女は嫌らしい。
「も~そんな顔しないで。ちょっと疲れが溜まってただけなの。今度は倒れないように気を付けるから。
もう私も若くないのね~いやだわ、歳をとるって。」
「で・・・」
出たジライ!?
龍緑は戦慄した。
豊によれば、ここで龍緑が反応を間違うと妻の怒りを買うらしい。
「で?」
妻は不思議そうに龍緑を見てきた。
うっかり声が漏れてしまったようだ。
「あ!いや!?」
豊に教わった言葉を言うべきか!?
いや、でも妻に同意するでもなく、フォローするでもなく、あんな言葉で危険を回避できるのか?
龍緑はまだ半信半疑だ。
「・・・ごめんね。呆れてるわよね!?」
妻が落ち込んでしまった!?
「そ、そんな訳ないよ。い、いつもありがとう。愛してるよ。」
「へ?」
妻は一瞬驚いた顔になったと思ったら、顔を真っ赤にして両手で顔を隠してしまった。
あれ!?
怒らせた!?
龍緑はヒヤリとなったけど、妻から怒気は感じない。
「み、三輪!?」
「や、やだ!不意打ちだったから。も~いきなりどうしたの!?」
妻は戸惑っているけど、これはとてつもなく機嫌がいい時の声だ。
龍緑は安堵した。
ジライの危機は去ったらしい。
「も、もうやだ!あつい!」
妻は顔から手を離してパタパタと手を振って顔に風を当てているけど、頬は真っ赤なままだ。
この顔も知っている。
妻が龍緑に対してとても機嫌がいい時の顔だ。
ジライを回避するだけでなく、妻の機嫌をこんなによくしてくれるとは!!
龍緑の中で豊への信頼度が爆上がりした瞬間だった。
~水連町~
7月のある日、龍陽は水連町に来ていた。
結太と会うのは水連町の病院寮以来だ。
あの時は結太はまだ成人前で、病院で薬師の勉強をしていたのに、大人になって自分の店を持って、結婚までしたなんて、人族の成長は早い。
「若様、あそこです。」
町に入って歩くこと30分、お供の龍算が一つの建物を指差した。
町にくる時は龍緑か龍景がお供だったのに、龍緑は妻の三輪が過労になったばかりだし、龍景は子どもが2人になって忙しいらしく、龍算しか居なかったらしい。
「ちょっと早かったかな?」
「大丈夫です。店の中には人族2人しか居ません。」
龍算はこの距離でも結太の店の中の匂いまで分かるらしい。
龍陽には無理だ。一族の中で鼻はよくない方なのだ。
~白桃診療所~
「こんにちわ~」
龍陽が店の扉を開けると、結太が待っていた。
「龍陽!久しぶりだな!また背が伸びたな!」
「結太兄ちゃん!会いたかったよ~」
龍陽が駆け寄ると、結太は龍陽の頭・・・にはもう手が届かず、肩をポンポンと叩いてくれた。
「わざわざ来てくれてありがとうな。」
「ううん。結太兄ちゃんのお店見てみたかったの!」
「店じゃなくて診療所な。小さいけど、良かったら見ていってくれよ。」
「うん!あ、そうだ!母上から結婚祝い。遅くなってごめんねって。」
龍陽がそう言うと、龍算が持っていた紙袋を結太に渡した。
「奥様に気を遣わせちゃったなあ。今、大変な時なのに・・・ありがとう。とても喜んでたって伝えてくれ。」
結太は申し訳なさそうな顔で紙袋を受け取るので
「全然嬉しそうな顔じゃないよ?」
龍陽は不思議で仕方ない。
「いや、お祝いを頂くのは嬉しいし、ありがたいよ。
でも奥様はお父様を亡くされたばかりだろ?
気を遣わせて悪かったな~って思いが勝つんだよ。」
「そ、そう?そんなことが気になるの?」
「気になるの。人はそういう生き物なんだよ。」
結太は困ったように笑う。
結太はこの町で龍陽が人じゃないと知っているレアな人間だ。
「それより、僕の妻を紹介してもいいかな?」
「あ!うん。奥さんが嫌じゃなれば・・・」
「嫌なわけないよ。お~い、紅葉」
結太が奥に向かって叫ぶと、若い女性が部屋にやってきた。
「初めてまして。紫竜族長の若様、補佐官様。紅葉と申します。」
結太の妻は笑顔で挨拶してくれたけど、
「僕のこと知ってるの?」
龍陽は驚いた。
「はい。私は解放軍の出身ですので。紫竜のことも、夫の立場も理解しているつもりです。
昔、ユリさんにもお世話になったことがあるのです。
何も知らない娘じゃ結太の妻は務まりませんわ。」
「はは。ありがとね。」
紅葉は得意気に笑い、結太は苦笑いだ。




