いい夫
「え!?え!?」
芙蓉さんは困惑した顔で龍希と陽助を交互に見ている。
「あ~うちのやつと間違えた。」
龍希は意味不明な弁解をしている。
芙蓉さんを誤魔化せるわけがない。
「あ~すみません、芙蓉さん。俺が悪いんですよ。妻には・・・芙蓉さんとの関係とか紫竜のことを隠していたから・・・」
陽助は落ち込んだ顔でそういうが、陽助は悪くない。
春菜は豊の部下ではなかったし、紫竜のことを明かせるほど信頼もしていなかった。
戦闘員でもないので、紫竜のことを隠して、春菜は紫竜に関わらせないことが、春菜の安全のためとも思っていた。
ところが、龍陽が生け捕りにしてくれたトンビの誘拐犯によれば、トンビが春菜にバラしたらしい。
紫竜族長妻の縁者である陽助をそばに置いているから、豊まで暗殺の危険にさらされているのだと。
豊は覚悟の上で芙蓉さんの親族である陽助とその娘を守っているのだが、春菜が陽助を暗殺し、娘の陽菜をトンビに拐わせようとしたのはおそらく・・・
やっぱり豊に好意を寄せる女はろくなもんじゃない。
「ごめんなさい・・・やっぱり私のせいで・・・」
芙蓉さんが落ち込んでしまった!
「そんな言い方はしないで下さいよ。両親も兄も獣人に殺されて天涯孤独だと思っていた俺に、芙蓉さんという従姉妹がいて、しかも俺を探しだしてくれた。
解放軍ってことを知った上でも親戚だと言ってくれて、家族として気にかけてくれる。
これは俺にとっては本当に嬉しいことなんですよ。
妻のことは俺の問題です。芙蓉さんが責任を感じることは何もないんですよ。」
これは陽助の本音だろう。
芙蓉さんを逆恨みしたりしない。
陽助は戦闘員らしくなく、かなりのお人好しなのだ。
まあ、この人柄だから獣人からは最強の戦闘員と恐れられながら、解放軍の仲間からは信頼があつく、部下からは好かれていたのだ。
「そう・・・ですか?」
芙蓉さんはまだ浮かない顔だ。
「そうだよ。芙蓉が気にする必要ないさ。妻に殺されかけるなんて俺の一族でもたまにあるし。」
龍希はフォローのつもりなのかもしれないけど、紫竜でどんな事件があったのかものすごく気になる。
「獣人の妻が紫竜を!?」
陽助も気になったようで声に出ている。
「俺らは妻に嫌われる生き物だからなぁ。まあ殺意を向けられるレベルはそうそうないけど」
龍希は相変わらず平然と言っている。
自虐的に見えないのは、龍希の演技なのか?
それとも、自分が妻に嫌われる生き物だということは、紫竜にとっては悲しいことではないのだろうか?
「もう。話が逸れちゃったわ。」
芙蓉さんは紫竜の事件を知っているようで驚いてはいない。
「あ!そうだ、芙蓉さん!北李は元気にしておりましたよ。」
豊は話題を変えることにした。
「まあ!良かったわ。夫のガイルさんもお元気?」
芙蓉さんは笑顔になってくれた。
北李の夫のガイルのことも覚えているらしい。
「はい。今日の取引にも族長代理の一人として来てました。ガイル殿は大人しい性格なのに、顔の傷痕と狼族長の甥って立場のせいで他族からは怖れられているんですよ。」
「そうなのね。確かに身体は大きいから、私も初対面の時は怖かったわ。」
「あんなに大きな身体なのに、北李のしりに敷かれてますよ。あいつは気が強いので、絡んでくる狼たちを煽り散らしてるらしいです。」
「まあ!?それは見てみたいわ。」
芙蓉さんは今度は笑ってくれた。
「そうそう。豊さんにお願いがあるの。」
「はい!何でしょう!?」
豊は嬉しくてつい前のめりになった。
「息子の侍女に人から産まれた混血獣人の女の子がいるの。年齢的には初潮がきてるべきなのにまだで。お医者様に診察してもらいたいのよ。」
「分かりました。解放軍に混血獣人の診察ができる医者がおりますので連れてきます。
ただ、混血獣人の中には生まれつき子どもを作れない者もいるみたいですよ。」
「ありがとうお願いね。生まれつきなら仕方ないけど・・・病気がないかも調べてもらいたいわ。いい子なの。」
芙蓉さんはその混血獣人をかなり気に入っているようだ。
おそらく龍陽の言っていた侍女だろう。
「腕の確かな医者ですよ。ただ、解放軍が紫竜と繋がりがあることは知らないので、ちょっと説明の仕方を考えます。」
その医者は普段は解放軍の隠れ里で怪我人の手当てをしながら混血獣人たちと暮らしている。
混血獣人の中には人よりも嗅覚に優れた者もいるので、紫竜の匂いに気付いて騒ぐと面倒だ。
「・・・なら侍女の方を向かわせましょうか?」
「え?」
芙蓉さんが意外なことを言い出した。
「いえ、そんなご足労は・・・」
「いいわよね?あなた?」
「ん?ああ。お前の屋敷でいいか?」
龍希も快諾した。
「は、はい。一週間もあれば北都まで医者を連れて来られます。」
「んじゃ、一週間後に龍陽に侍女を連れていかせる。妻の希望だ。病気がないのか侍女を徹底的に調べろ。何日かかっても構わん。報酬は俺が出す。」
「ありがと、あなた。豊さんにもお医者様にも報酬ははずんであげてね。」
「もちろんさ。妻の頼みだからね。」
芙蓉さん夫婦の決断は早い。
侍女一人のためにここまで?
と思うが、龍希がやる気なのは芙蓉さんのためだろう。
芙蓉さんは龍陽のためかな?
~豊の馬車~
その日の夕方、豊と陽助は芙蓉さんとの面会を終えて紫竜領を出発した。
馬車の中には豊と陽助だけだ。
「は~龍希が口を滑らせた時には焦りましたよ。」
陽助は深いため息をついている。
「お前がフォローしてくれて助かったよ。芙蓉さんは自分を責めてたから。」
「芙蓉さんは関係ないですもん。豊さんもですよ。俺は誰も恨んじゃいません。」
陽助は豊の心中も察していたらしい。
「俺には責任があるよ。人選ミスだった。カエデ姉さんの推薦をうけるべきだったよ。」
「カエデさん推薦の女なんて緊張しちゃいますよ。いや、どんな女でも俺がこんなんじゃあ・・・」
「お前はいい夫だよ。俺がずっと見てた。」
豊の言葉に陽助は初めて涙を浮かべた。
春菜の埋葬の時も、娘の陽菜が母を探して毎日泣いていても、陽助は涙を見せなかった。
「豊さん、俺まで口説こうとしてます?」
陽助はすぐに涙を拭って笑い掛けてきた。
「おっさんを口説く趣味はねえ。人妻もな。」
「いや~さっきの顔はアウトです。豊さんに惚れてる女が見たら怖いですよ~」
「は?さっき?」
「芙蓉さんの前ではすごい笑顔ですもん。」
「そんなんじゃないよ。芙蓉さんに変な感情抱いたら龍希が黙ってないさ。」
豊は陽助から目をそらした。
「だから豊さんは龍希に嫌われてるじゃないですか。」
「うるせえ。あいつは芙蓉さんに近づく男はみんな嫌いだよ。」
「芙蓉さんは魅力的ですからねえ。そりゃ夫は心配になりますよ。」
「まあな。んなことより、医者を呼ばないとな。龍陽を迎える準備もいる。」
豊は話題を変えた。




