陽助の報告
~紫竜本家 族長執務室~
狼族の工房から帰ってきて一週間後、龍陽は父の執務室に呼ばれた。
龍算と竜礼も来ている。
「若様~!龍応様の件、進展ありましたわ!」
竜礼が嬉しそうに報告を始めた。
「狼族長が龍応様のおもちゃが作られた工場を再調査しましたの。そうしましたら例の熊補佐官がおもちゃの返品をしていて、そのおもちゃの部品が工場で再利用されたようです~」
「え!?豊の推測どおりってこと?」
「概ねそうですね~ただ、熊が返品したおもちゃの部品が龍応様のおもちゃに再利用されたのかどうかはもう調べようがないそうです。狼族長は熊族長に協力依頼して、熊の補佐官が入手できそうな毒を調べるそうですわ~」
「まだ龍応が舐めた粉の正体は分からないってことだね。熊の補佐官は白鳥の商人の仲間だよね?
なんで龍応を狙ったの?」
龍陽は理解できない。
「龍応様狙いとは限りませんわ~
あれは龍栄様が特注で作らせた物ではありませんの。同じおもちゃがいくつも工場で作られていて、たまたまその一つがうちに納品されたのです~
龍栄様は特定のおもちゃを指定せずにまとめて購入されますので~」
「え!?そうなの!?」
龍陽は驚いた。
子どもの頃、龍陽たちのおもちゃは両親が選んで購入していたのだ。
母はよく龍陽たちに欲しいおもちゃを聞いてくれ、カタログやおもちゃの見本を持ってきて、一緒に選んだこともあった。
「そうですわ~若様たちが特別なのです。他の竜の子の母親はおもちゃ選びはしませんし、父竜も守番も忙しいのでおもちゃは取引先のお任せで購入して、その中から竜の子が気に入る物があればよしって考えです~」
「そうなの!?三輪とユリは?」
「お二人もおもちゃの指定は特にされませんね。龍緑も龍景もまとめて購入しておりますよ~」
「そ、そうなんだ!?」
龍陽たちの母独自のこだわりだったらしい。
「だが、熊の補佐官が犯人ならやはり毒の粉か?粉は薄めれば獣人でも死なないなら、龍応様も・・・」
「まあ、可能性はあるな。」
龍算の意見に父が同意する。
「じゃあ今度は熊族に調査に行くの?」
龍陽は父に尋ねたのだが、
「いや。熊族長からの依頼はないし、熊の補佐官が犯人だという証拠はまだ何もないからなあ。とりあえずは狼族長からの報告を待つ。
龍応は死にそうではないみたいだしな。」
父はこれ以上動くつもりはないらしい。
「龍応はどうしたら元気になるかなぁ?」
「解放軍の毒の解毒剤はありませんから、医師は自然な回復を待つことしかできないと言っております。大丈夫ですよ。龍応様も力の強い竜の子ですから。」
龍算の励ましに龍陽は頷くほかなかった。
「龍陽、明後日は人族との初取引だ。お前は1日俺の補佐につけ。」
「は、はい!」
父に言われて龍陽は力強く頷いた。
そうだ。
いよいよ母の願いが叶うのだ。
「明後日の取引は人族以外の主要取引先も来ます。象族と白鳥族は族長自ら来るそうです。」
「え!?なんで!?」
龍陽は思わず龍算に問いかけた。
象族も白鳥族も普段は族長代理が取引に来ている。
北の貴族も、おそらく取引には豊が北才の代理として来るはずだ。
「理由は聞いておりませんが、人族への牽制でしょうね。」
「ケンセイ?何かするつもりなの?」
「いえ、本家でトラブルを起こすバカはおりませんよ。」
「うふふ~案外、豊に会いに来るのかもしれませんよ。」
「え!?どういうこと?竜礼?」
「豊はうちとの人族製品の取引のために狼、熊、鹿族と協定を結んだらしいですわ。3種族とも族長自ら豊と協議したとか。」
「でも、人族の長は北才だよね?」
「はい。でも~動いているのは豊ですから。どの主要取引先の族長も豊に一目置いているのです~
うちとの縁談もありますしね~」
竜礼はなぜか嬉しそうだ。
「豊はうちの縁談を受ける気はないんだろう?」
龍算は相変わらず不愉快そうだ。
「ううん。竜礼以外なら豊は縁談に応じるんじゃないかな!?」
「ひどい!?若様!私以外に豊に嫁げる女はおりませんよう!」
竜礼から怒気が出た。
そんなに!?
「縁談は竜礼で決まりか?」
父が問いかける。
「豊なら私が嫁ぎます~それ以外の人族なら竜染に任せますわ。」
「いや、そんな決め方聞いたことねえよ。相手なんて誰でもいいだろ?」
「いやで~す。豊と結婚できないなら私は独身でいます~」
父相手でも竜礼は譲らない。
「なんでそんなに豊にこだわるの?豊は竜礼に興味ないよね?」
「若様は辛らつ~私だって昔は人族の男に興味はなかったですよ。運命の出会いはどこにあるのか分かりませんわ~」
「うんめい?」
龍陽にはよくわからない。
興味のなかった相手に急に惚れるとかある!?
不意に龍陽は前月会った柚子の顔を思い出して、あわてて首を横にふった。
「何してんだ?龍陽?」
「な、なんでもないよ!父上!」
龍陽のこれはそういう感情じゃないのだ。
絶対!
たぶん・・・
父に勘ぐられるのだけは勘弁だ。
母にもまだ何も言ってないのに!
「竜礼、若様がお困りだ。この話は終わり。」
龍算が助け船?を出してくれて、この話は終わった。
~紫竜本家~
11月のある日、豊は陽助を連れて紫竜本家の取引の部屋に向かっていた。
紫竜から注文をうけた品は別室で竜礼と竜冠の検品を受けて受理された。
シリュウ香取引のために本家の奥に入れるのは各取引先2人までと決まっているそうで、龍希のヒョウの執事の案内で、豊と陽助は警護の部下たちと別れて取引の部屋に向かっていた。
初めて紫竜本家に来た陽助は圧倒されている。
獣人の種族の本家とはレベルが違うのだ。
大きさも、広さも、装飾品の豪華さも何もかも。
「こちらが人族の控室です。呼びに来るまでお待ち下さい。」
ヒョウの執事は下がって行き、豊は陽助と控え室に入った。
「すげえ。北才様の執務室より広い。」
陽助は控え室の広さにも驚いている。
「今日は主要取引先だけみたいだな。」
豊はようやく一息ついて椅子に座った。
朝、余裕を持って紫竜本家に到着したつもりだったが、象と白鳥はすでに来ていた。
それもどちらも族長が来ており、族長自ら豊たちに挨拶に来たので驚いた。
その後に来た熊と狼は族長代理だったのに、どういう風の吹きまわしだ?
どちらの族長からも敵意は感じなかったが、友好的なわけでもない。
特に象族と解放軍は因縁があるし。
今の紫竜の獣人の主要取引先は、
熊族
狼族
人
白鳥族
象族
の5者のみらしい。
シリュウ香取引は30を超える種族と行っているはずだけど、主要取引先は様々な特権を与えられるので厳選されているそうだ。
しかも、主要取引先内でもランクがある。
シリュウ香の取引量は熊族と象族が突出しているが、象族の妻はおらず、過去に象が族長長男の暗殺未遂をやらかした件で象の順位は低いらしい。
白鳥族も最近の不祥事で順位を落としたそうだが、白鳥妻がまだ一人いるので象よりは上らしい。
人は5者の中ではシリュウ香の取引量は一番少ないが、芙蓉さんたち三人の妻の功績で主要取引先のちょうど真ん中の順位に据えられたらしい。
正直、シリュウ香の転売と紫竜に納品する人の製品の利益で、3年以内には熊と象を超えるシリュウ香購入は可能になるはずだ。
だけど、シリュウ香取引を増やして主要取引先のトップを目指すことは豊の目的じゃない。
人が取引先になることで、
紫竜に嫁いだ芙蓉さんを孤立させないこと、
いつでも芙蓉さんの力になれること、
それが解放軍を離れてでも、大嫌いな貴族の世界に戻ってでも、豊が叶えたい夢だ。
~紫竜領 別荘~
「あ~気が重いっす」
陽助は取引の時よりも青い顔だ。
龍希・龍陽とのシリュウ香取引は2時間前に何の問題もなく終わった。
陽助は久々に対面した龍希に緊張していたけど、これからもっと気が重い仕事が待っている。
「お待たせしました。」
別荘の応接室で待っていた豊と陽助のもとに芙蓉さんがやって来た。
龍希も一緒だ。
紫竜の妻には簡単には面会できない。
妻の方から望んで夫竜が許した場合か、妻の家族との面会か・・・今回は後者だ。
陽助は、芙蓉さんの父の死後、唯一の芙蓉さんの血族ということで、芙蓉さんの家族(実家)として扱われることになった。
陽助と芙蓉さんの血縁関係を公表こそしていないが、熊、狼だけでなく、白鳥と象も把握していることは今日の族長たちの反応で分かった。
「すみません、芙蓉さん。お時間頂きまして・・・」
陽助が切り出した。
妻の名前を呼ぶのは非礼だが、芙蓉さんは親しい人間から「奥様」と呼ばれるのを嫌うので、非公式の場では豊も陽助も名前で呼んでいる。
「いいえ。久々にお会いできて嬉しいわ。奥様と陽菜ちゃんもお元気?」
芙蓉さんは何も知らないので仕方ないが、陽助だけでなく豊も胃が痛い。
「実はそのことでご報告に来た次第です。先月末に、北都で娘が誘拐されかけまして、娘は無事でしたが、妻は亡くなりました。」
「え!?」
芙蓉さんは驚いた後、悲しげな顔になったので、豊は胸が痛い。
こんな話を耳に入れたくなかった。
だけど、内緒にはできない。
陽助は手紙で結婚も子どもの誕生も知らせ、芙蓉さんからは結婚祝いや出産祝いのおくるみが届いていた。
おくるみなんて芙蓉さん直々の刺繍入りだったのだ。
家族として陽助を気にかけてくれる芙蓉さんに妻の死を隠しておくのは無理だ。
「すみません、俺が不甲斐ないばかりに・・・」
「いいえ、陽助さんのせいでは・・・お悔やみ申し上げます。そんな時なのに取引や報告に来てくださるなんて申し訳ないわ。」
芙蓉さんは相変わらず優しい。
陽助への気遣いもすごい。
「娘の無事だけでもご報告したかったんです。芙蓉さんが俺のことも陽菜のことも家族として扱ってくださることに感謝してるんですよ。」
「まあ!?血の繋がった家族ですもの。私と関わるともう人の世界で静かな暮らしはできなくなるのに・・・そんなこと気にしないって陽助さんが言ってくれたことが私はとても嬉しかったの。」
芙蓉さんはそう言って涙ぐんでいる。
芙蓉さんは龍希に嫁いだ後に実母と兄を亡くしたが死に目にも会えず、行方不明だった実父が見つかった後も長らく面会できなかったらしい。
人の妻はほかに2人いるけど、住まいは違うし、自由に会えるわけでもないはずだ。
芙蓉さんはどれほどの孤独と戦ってきたのだろうか?
「ごめんなさい。何も知らなくて、初取引のお祝いを用意してしまったわ。」
「いいんです。ありがとうございます。」
芙蓉さんはわざわざお祝いまで用意してくれていたらしい。
「芙蓉、見舞いの品なら俺が用意してるよ。」
龍希が意外すぎることを言い出した。
「え!?あなたが!?」
芙蓉さんも驚いている。
「ああ。芙蓉ならそう言うと思ってさ。」
龍希は得意げだけど、
「まさかシリュウ香じゃないわよね!?」
芙蓉さんは疑うような目を向けた。
悪いが豊も同じ目をしている。
龍希の関心事は、芙蓉さんのケガや病気に備えて陽助の子を増やすことでしかないはずだ。
「いや、シリュウ香は見舞いにはならないだろ?酒だよ。こいつは飲めるらしいから。」
「え!?普通!!」
豊は思わず声が出た。
「なんだ!?普通で悪いか?人族の見舞いに酒は定番なんだろ?」
「よくご存知で!?」
「当たり前だ。何年妻といると思ってんだ。」
龍希は不満顔だけど、どうやって調べたんだろう。
「意外だわ。てっきり陽助さんに再婚プレッシャーをかけるのかと・・・」
15年以上龍希と連れ添っている芙蓉さんにとっても予想外のことらしい。
「いや子どもはもっと必要だけど、流石にな~
妻に殺されかけるなんてなぁ。」
「え!?」
芙蓉さんはまた驚いているけど、豊は龍希を睨んだ。
そのことは内緒にしてくれるって言ったじゃん!!




