おもちゃ工房
~狼族本家~
11月のある日、龍陽は龍算、竜礼とともに狼族本家にやって来た。
案内された応接室には狼族長と雌狼の補佐官が待っていた。
「お待ちしておりました。」
「早速、狼族長から詳しくご説明頂きたい。」
「はい。私の甥夫婦が経営するおもちゃ工房で先月後半より作業員の体調不良が相次いでおりまして、感染症と毒の双方を疑い、後者の方は北の貴族に調査を依頼しました。
そうしましたら、工房内のおもちゃの粉から解放軍の毒が検出されたのです。それも粉の形で。
桔梗亭のおもちゃとこの工房は無関係ですが、工房内に毒を持ち込める者は限られますので、この度、ご依頼した次第です。」
「早速、工房に案内してもらおう。関係者は揃っているのだろう?」
「はい。ご案内します。」
なんと狼族長自ら案内するらしく、本家から徒歩10分の場所にある工房に向かった。
~おもちゃ工房~
「お待ちしておりました。工房責任者のガイルと申します。」
出迎えたのは、顔に傷がある雄狼だ。
彼が狼族長の甥らしい。
ガイルに工房作業員たちがいる作業部屋に案内してもらい、毒の粉について尋ねたが、誰も心当たりはないと言い、嘘をついている狼は居なかった。
だけど、毒の粉が見つかった状況は分かった。
ここの工房では先月はスノードームを作っており、ドームの中に雪に見立てた白い粉を入れるのだが、大中小の3つの大きさの粉を混ぜているらしい。
その内、一番小さな粉を保管している容器の中に毒の粉が混ぜられていたそうだ。
しかし、毒の粉は容器の中の粉の1割ほどの量で、毒に触った狼作業員たちは体調不良になったものの、誰も飲み込んでいないので死者はいないらしい。
「となると外部犯か?」
「いいえ、未開封の粉の袋には毒は入っておりませんでした。開封した粉の袋からも毒は見つかっていませんので、工房内で袋から粉を出し、容器に移した後に毒が混入されたようなのです。」
龍算の説を狼族長が否定した。
「ならば、作業員が毒と気付かずに混入したってことか?しかし、ならば誰が毒を作業員に渡したのだ!?」
「作業員たちの話に嘘がないならそうなります。」
「他に工房内に入った者はいないのか?」
「おります。ガイルの妻です。」
「では妻にも話を聞こう。」
「妻は別室で待っております。連れて参ります。」
ガイルは不安そうな顔で出ていき、
5分ほどで、ガイルは20歳前後くらいの若い女の人を連れて戻ってきた。
「北李と申します。」
北李は、豊とも北才とも似ていないけど、そういえば豊も北李も北才の母の養子になったので、書類上兄妹だと言っていたっけ?
彼女が人族で初めて異種族である狼と政略結婚した女性らしいけど、心配そうなガイルをよそに、北李は営業スマイルを浮かべて龍陽たちを真っ直ぐに見ている。
「毒の見つかった工房に入ったことはあるのか?」
龍算が早速質問を始めた。
「はい。先月の中頃、私は工房で人形の仕上げをしておりました。その時に、例の毒が見つかった粉の容器が床に落ちたので、掃除と新しい粉の補充をするところも見ておりました。」
「粉の容器には触ってないのか?」
「申し訳ございません。それははっきり覚えていないのです。」
答えた北李から悪意は出なかった。
「工房に毒の粉を持ち込んだか?」
「いいえ。」
「工房から見つかった毒に心当たりはあるか?」
「心当たりと言いますか・・・」
北李は初めて困った顔になり、狼族長を見た。
「紫竜族長補佐官からの質問です。包み隠さず答えなさい。」
狼族長が促す。
「私が嫁いできたことを嫌う者は多く、暗殺未遂は何度もありますの。ですから、私を狙って持ち込まれた毒が粉の容器に入ってしまった可能性はあるかと・・・」
北李は意外なことを言い出したけど、悪意は出ていないので本当らしい。
「これまでも工房内で暗殺未遂があったのか?」
「いいえ。私が工房に来るようになったのは最近のことですし、工房内で何かを口にすることはありませんので、これまでありません。」
北李からはやはり悪意は感じないけど、
「え!?」
夫のガイルが声をあげた。
「なんだ?」
龍算が問いかける。
「あ、いえ・・・」
「ガイル、答えなさい。」
狼族長がガイルの頭を叩いた。
「あ、いえ、その・・・北李、作業してる時、たまに指を舐めてない?」
「え!?うそ?」
北李は驚いている。
「どういうことだ?何か食べてたのか?」
「いいえ。何も。食べ物も飲み物も持ち込んでいませんわ。」
否定した北李から悪意は出ていないが、ガイルからも悪意が出ていない。
どういうこと?
「ガイル、北李は何を舐めてたの?」
狼族長が問いかける。
「あ、いえ。妻の言うとおり、食べ物は何も。なのに、妻は作業中に何度も指を舐めてるから記憶に残ってて・・・」
「ヤダ!どこ見てるのよ!」
北李は顔を赤くして文句を言うけど、怒気は出ていない。
「何の作業してた時?」
龍陽は気になってガイルに尋ねた。
「え!?は、はい。確か人形のドレスを仕上げをしていた時です。」
「人形?そんなものなかったぞ?」
龍算がつっこんだけど、
「スノードームの中に入れる小さな人形です。今日は作っておりませんが、先月は大きな注文があり、連日作っておりました。妻は我らよりも手先が器用なので、人形の仕上げを頼んでおりました。」
「もしかしてこの人形?」
龍陽は母から預かったスノードームを取り出した。
「え!?はい。そうです。え?なぜ若様がお持ちで?」
狼たちと北李は驚いている。
「とある伝でね。」
豊が母に贈ったことは内緒だ。
「指を舐めるのは癖かしら?でもそれを知る相手なら、暗殺のために工房に毒を持ち込んだ可能性はあるわね~工房関係者にいないの?人族の妻を暗殺しそうな相手は?」
竜礼が初めて喋った。
「いえ、あの工房は人族との取引拡大により出来たもので、作っている物のほとんどは人族向けですので、そんな・・・」
ガイルが否定するけど、
「そう?工房の取引先は、あなたに娘を売り込んだり、色目使ってくる女もいるじゃない?」
今度は北李が反論した。
「え!?いや、あんなの本気にしないでよ!僕をからかってるだけだって!」
「何言ってるの?散々、私のことをお飾りの妻だってバカにして、早々に私が妊娠した時のやつらの顔ときたら。
嫌みを言ってきてた女たちには、妻としての魅力が足りないんじゃないのって言ってやったわよ。」
「これ!紫竜の若様方の前ですよ!」
夫婦喧嘩を始めた2人を狼族長が制止する。
「あ!すみません!」
「失礼いたしました。」
2人は揃って龍陽たちに謝るけど、
「人って異種族嫌いじゃないの?」
龍陽はつい北李に尋ねてしまった。
「はい。私も夫と出会う前は異種族に嫁ぐくらいなら死んだ方がましと思っておりました。夫は特別なのです!顔やお腹に大怪我を負ってまで私を守ってくれたのですよ。
あの時に、私は政略結婚でもなんでもいいから夫を捕まえようと思いましたの。」
北李は本物の笑顔で答えている。
言うまでもなくうそはついていないけど、龍陽の知る女の人のイメージとあまりに違う。
母によれば求婚は父からだったそうだ。
三輪と龍緑の結婚は人の妻を増やしたい紫竜一族から持ちかけたもの、龍景とユリなんて、当時、父が龍景の巣に預けていたユリに龍景が手をつけたことで結婚に至っている。
いずれも人の妻側から望んだ結婚ではなかったはずだ。
「・・・え?政略結婚って北の貴族の命令だったんじゃないの?」
「ふふ。北の貴族は当初消極的でしたね。嫁いで早々に自殺しては困るとか言って。私が夫に惚れたことをなかなか信じてくれなかったの・・・」
「ほ、北李。話が脱線してるよ!」
ガイルが恥ずかしそうに止めに入った。
「あ!そうだ。工房関係者に、白鳥かトンビって居なかった?」
龍陽は本題を思い出した。
「え?白鳥はおりません。トンビも・・・」
「私も存じ上げません。」
北李夫婦に心当たりはないらしい。
「ん~手詰まりねえ。・・・あ!そうだわ。白鳥から金のペンダントとか仕入れてない?」
竜礼が北李夫婦に問いかける。
「え?いえ白鳥からは買っておりません。」
ガイルが答えた。
「白鳥からは?ならどこから仕入れたの?」
「先月、狼族本家に出張してきた熊族長補佐官が妻にプレゼントだと言ってくれた金のペンダントがあります。」
「それ、見せてくれない。」
「は、はい。すぐに持って参ります。」
ガイルは走って出ていった。
「ねえ、熊の補佐官ってまさか!?」
龍陽には心当たりがある。
先月、トモエたちを殺そうとした熊の補佐官だ。
たしか仕事で北都近くにいたと言っていたけど、まさか!?
「・・・竜礼様?せん越ながら熊の補佐官のプレゼントに何か?」
狼族長が問いかけてきた。
「ふふ。熊族から聞いてないの?先月、この辺りで熊族長の命令に背いて失踪した補佐官がいるらしいのよ。」
竜礼はうまく誤魔化してくれた。
「・・・初耳です。まさか我が本家に来た補佐官が!?」
「そこまでは知らないわ。」
「シーヨ」
「確認して参ります。」
狼族長に命じられて、狼補佐官は部屋を出ていった。
シーヨという名前だったらしい。
龍陽はどこかで聞いたことのある名前だけど、誰だか思い出せなかった。
「お待たせいたしました。」
10分ほどして、ガイルが小箱を持ってきた。
竜礼が受け取って箱を開けると、小さな金のペンダントが入っている。
ペンダントトップも金でできており、これは立体的なひし形だ。
「熊の補佐官はなぜ奥様に?」
「北の貴族が紫竜の主要取引先になった祝いにと言っていました。
でも北の貴族やゆた・・・兄の北豊にならまだしも、私にわざわざこんな高価な物を渡してくる理由が分からなくて、箱にいれたままにしています。」
北李は困った顔で答えるけど、悪意は出ていない。
「ちょっとそこの机借りるわよ。」
竜礼はそう言ってペンダントを箱から出し、机の上でペンダントトップを触っている。
パカッ
ひし形のペンダントトップが割れて白い粉が出てきた。
「え!?」
北李夫婦と狼族長は驚いている。
「な、なんですか!?なんで粉が!?」
「んふふ~狼族長?北の貴族に依頼して粉を調べてはいかが?」
「は、はい!ただちに!」
狼族長はすぐに動いた。




