誘拐未遂
~龍算の宿~
龍陽たちは龍算の待つ宿に行き、熊の補佐官たちに襲われたことを話した。
龍算はすぐに狼の町近くに駐屯する熊族軍に使いを出し、トモエが熊族軍に事情説明するのに立ち会うという。
苦労して連れてきた熊補佐官とトンビは竜礼が事情を聞いてくれるそうで、龍陽たちは明日までこの宿に滞在することになった。
龍陽は宿のお風呂に入って着替え、昼ご飯を食べると眠くなったので、布団に入って昼寝した・・・つもりだったのに、目を覚ましたら夜の11時だった。
部屋から出てみたけど、龍算、龍景、竜礼はもう自室にいるようだ。
龍陽は今度はトモエたちが泊まっている客間の方に来たけど、トモエとショウはそれぞれ客間内にいることが匂いで分かった。
トモエと熊の話合は無事に終わったようだ。
龍陽はお腹が空いたので竜礼の侍女に指示して夜食のおにぎりとスープを用意してもらい、宿のテラスで食べることにした。
庭が見れるようにテラスはガラス張りになっており、テーブルと椅子が用意してあるのでちょうどいい。
「・・・あれ?おーい!」
龍陽がテラスで食事を終える頃、廊下から柚子の匂いが近づいてきたので、龍陽は呼んでみた。
「・・・え!?リュウ?ここで何してるの?」
柚子は驚いた顔で近づいてきた。
「夕飯食べ損ねたから夜食」
「夜食?ねえ、ここは誰の宿?ホントに安全なの?」
柚子は相変わらず事情を知らないらしい。
「僕も詳しくは知らないよ。司令官が休んでるんだから大丈夫でしょ。」
「・・・そう、よね。ショウさんも心配するなって、護衛もしなくていいって言うし。」
柚子は不安そうな顔のままだ。
「柚子は疲れてないの?眠くならない?」
龍陽は心配になってきた。
人は弱いのだ。
「警戒してたつもりだったのに、さっきまで寝ちゃってた・・・」
柚子は恥ずかしそうに教えてくれた。
「あ!僕と同じだ。じゃあ柚子も夜食もらう?お腹すいてない?」
龍陽はほっとしたのだが、
「なんで見知らぬ宿でそんなに寛げるの?もしかしてここにいる協力者ってリュウの知り合い?」
柚子に勘ぐられた。
「ここは宿なんだから夜食の用意くらいあるよ。」
龍陽がそう言っている間に、離れた場所で控えていた竜礼の侍女が追加の夜食を持ってきてくれた。
やってきたワシの侍女に、柚子は警戒した顔になるけど、侍女は気にせず夜食を置くと下がっていった。
またここからは姿が見えない場所で控えるのだろう。
「ここのご飯は安全だよ。」
龍陽が追加のおにぎりを一つ食べると、柚子は恐る恐るおにぎりを手にとって食べ始めた。
「・・・ねえ?リュウっていくつ?」
「ぼく?16だよ。」
龍陽はこの質問には素直に答えることにした。
「私の一つ下なんだ。いつから解放軍に協力してるの?今回が初めてじゃないわよね?司令官の顔知ってるし。」
柚子は食べながら質問攻めにしてくる。
「今回が初めてではないよ。なんでそんなこときくの?」
「私だけ何も教えてもらえてないから。信用されてないんだなって・・・」
柚子は落ち込んでいる。
「情報を制限するのは柚子の安全のためでしょ。僕は解放軍のことを柚子以上に知らないよ。」
龍陽はそう言うほかない。
柚子に紫竜のことを知らせないのはトモエの決定なので、龍陽が勝手なことはできない。
「・・・私は司令官を守るためなら囮になって死ぬ覚悟くらいあるのに・・・」
「え!?柚子ってそのために連れてこられたの!?」
龍陽は驚いた。
こんな若い娘を!?
解放軍ってひどくない!?
「違うわ。私がいたら司令官とショウさんは娘を連れた夫婦のふりができるから。
もっと若い隊員との時だと妻のふりをすることもあるの。」
「あ、あ~なるほど。」
龍陽は午前中に熊をやり過ごすために柚子にキスされたことを思い出してまた熱くなってきた。
龍陽はなんだか気まずくなって、夜食を食べ終えた柚子を客間まで送り、自分の客間に戻った。
翌朝、龍陽が龍景に呼ばれて龍算の部屋に行くと、竜礼もいた。
「若様、お身体は大丈夫ですか?お疲れは残ってませんか?」
龍算まで過保護だ。
「大丈夫だよ。熊の件は片ついた?」
「はい。トモエの話に嘘がないことを伝えましたら、熊族軍は撤退しました。」
「良かった。あの熊の補佐官は何者?なんでトモエたちを襲ったの?」
「竜礼が昨日聞き出しました。あの熊補佐官は毒の粉を扱う白鳥の商人と繋がっており、白鳥の仲間が北都で豊の屋敷襲撃に失敗したことを聞き、トモエを迎えに来たふりをして殺そうとしたらしいです。」
「トモエの予想どおりだね。その熊補佐官って反熊族長の組織とも関わりあるの?」
「いえ、この熊の仲間は白鳥の商人とトンビだけだそうです。」
「あ!トンビって落ちてきたあいつ?」
「いいえ。このトンビは熊族軍です。狼町捜索中に熊の血の匂いがする馬車を見つけて攻撃したそうです。」
龍算の報告に龍陽はがっかりした。
「なんだ。じゃあ、豊の屋敷から逃げたトンビは行方不明のまま?」
「いいえ~そのトンビについて、熊から面白い話が出てきました~」
竜礼はそう言ってニヤリと笑った。
~北都~
10月の終わり、豊は陽助と北都にある屋敷に帰ってきた。
首都の貴族に代わる取引の協力者を得るために、熊族、鹿族、狼族を周り、なんとか来月からの紫竜の取引に間に合いそうだ。
「ふ~」
道中のトラブルはなかったが、熊、鹿、狼とも族長自らが協議の場に出てきたので、豊はずっと気が抜けなかった。
同行した陽助も疲れていた。
コンコン
「ん?誰だ?」
豊はもう寝たいのに、誰だ?
こんな真夜中に?
「失礼します、豊さん」
やって来たのは部下の牡丹だ。
「なんだい?今夜は呼んでないよ。」
「どうしてもご相談したいことがあるんです。」
牡丹は真面目な顔だ。
豊の不在中に何かあったのか?
「入れよ。なんだ?」
ただならぬ牡丹の雰囲気に豊はすぐに聞くことにした。
「春菜のことです。陽助さんに何というか、あんまり春菜に求めすぎないように、豊さんから言ってもらえませんか?」
「はあ!?」
意外すぎる相談に豊は呆れた。
「え?陽助ってそんな元気だったか?」
確かに陽助には芙蓉さんの唯一の血族として、もっと子どもを作ってもらう必要があるけど、陽助は妻の春菜に無理強いしているようには見えなかった。
「違います!そっちはいいんですよ!春菜は仕事だと割りきってるんで!
だけど、それ以上の・・・精神的なもの?を求められることが春菜はキツイみたいで。」
「精神的なもの?なんだそれ?」
豊は牡丹の言いたいことが分からない。
「なんというか、陽助さんから男として好きになってもらいたい的なことを求められることですよ。」
「え?そりゃ仕方ないだろ?夫婦だし。」
豊は呆れた。
陽助は春菜のことを子を産むための妻役と割りきってはいない。
ちゃんと妻として大切にしているのだ。
それの何が悪いのだ?
「夫婦役です!春菜は陽助さんのことを何とも思ってないので、そういう情的なものを求められるのは嫌なんですよ。」
牡丹は容赦ない。
「別に俺は春菜に情と切り離して妻役に徹することなんて求めてない。
陽助は春菜のことを本当の妻として大切にしてるんだ。春菜の方にも情が沸くことを期待するくらいいいだろ?」
「もー!豊さんだって分かってるくせに!
春菜が本当に好きなのは誰なのかって!
陽助さんも分かってる。そのくせ・・・」
「牡丹、騒ぐな。春菜は俺に何も求めてないぞ。俺も答える気はない。」
大声を出す牡丹を遮って、豊は反論したのだが、
「分かってますよ!豊さんにそういうことを求める女は、豊さんはそばに置かないから。春菜だって豊さんからの情なんて求めてないです!
でも、好きでもない男から好意を寄せられるのはキツイんですよ!豊さん、陽助さんに言ってください!」
「大きなお世話すぎるだろ。そんな夫婦の問題に介入しないよ。春菜が離婚したいっていうなら別だけどな。」
「夫婦役です!こんな時だけ便利にその言葉を使わないでよ!」
「夫婦としてふるまって子どもまでいるんだ。情をわかすなって方が無理だろ。
は~やっぱり春菜には荷が重かったか?」
豊はうんざりしてきた。
疲れてもう寝たいのに、なんとくだらない相談だろうか。
「そんな言い方やめてくださいよ!春菜は仕事を放り出す気はないんです!
豊さんの役にたちたいから毎日頑張ってるんですよ!豊さんはもっと春菜を気にかけてくださいよ!
春菜から豊さんには言えないんですよ!」
牡丹はなぜか必死だ。
「だから大きなお世・・・」
バアン
突然、頭上から大きな音がした。
「なんだ!?何か落ちた!?」
「サクと外を見てきます!」
牡丹は戦闘員の顔になって走って部屋を出ていった。
「敵襲か?」
豊は銃を持って陽助たちの部屋に向かった。
この屋敷で絶対に守るべきは陽助の娘の陽菜なのだ。
陽菜になにかあったら芙蓉さんまで悲しませてしまう。
~陽助の寝室~
「陽助、春菜!陽菜は無事か!?」
豊はノックもせず2人の寝室の扉を開けて問いかけたのだが、
「な・・・」
寝室の床には陽助が座り込み、そのそばには春菜が倒れている。
陽助は肩を落として放心しているかのようだ。
壁際にはベビーベットがあるけど、なんと空だ。
陽菜の姿がない。
「お、おい!陽助!どうした!?しっかりしろ!陽菜はどこだ!?」
豊は陽助の肩を揺すって問いかける。
「・・・ゆ、豊さん?お、おれ・・・」
陽助は呆然としながら自分の両手を見ている。
「何があった?陽菜は!?どこに行った?」
「陽菜はたぶん春菜の部屋です。最初からここにはいません。」
陽助の返事に豊はほっとした。
「春菜はなんで倒れてんだ?夫婦で何があった?」
豊はそう言って春菜を起こそうとしたのだが、
「・・・」
春菜はもう息たえていた。
首には両手で締められた跡があり、口からは泡を吹いている。
「陽助!?」
豊は信じられない。
まさか陽助が!?
いや、そんなバカな!?
バタバタ
何人も走ってくる音だ。
牡丹とサク以外に誰が!?
「豊さん!陽菜ちゃんが!」
叫びながら走って入ってきたのは牡丹だ。外を見に行ったはずの牡丹はなぜか寝ている陽菜を抱えている。
けど、それよりも、牡丹に続いて入って来たのは
なんと龍陽と竜礼だ。
なんで紫竜の2人がここに?
「え!?」
「はーい。豊、お邪魔してます~」
竜礼は相変わらずだ。
「こ、こんな夜分に何事ですか?」
「陽菜ちゃんを誘拐しに来たトンビを捕まえに来たの。」
龍陽が驚くべきことを言い出した。
「は!?誘拐!?陽菜は春菜の部屋に・・・」
「トンビの仲間の熊補佐官を捕まえてね。その熊がトンビと人族の女が陽菜ちゃんを誘拐して陽助おじさんを暗殺する計画を吐いたんだ。」
「じ、人族の女?」
豊は信じられない思いで春菜の死体を見た。
いや、まさか。
「そ、そんな・・・」
陽助は絞り出すような声だ。
「あら?その人族かしら?殺しちゃったの?」
竜礼が春菜の死体に気づいた。
「は、春菜!?うそ!?」
牡丹が絶叫して春菜に駆け寄ったので、
「う、うわあああん!」
陽菜が目を覚まして泣き始めた。
「ひ、陽菜、おいで。」
陽助が牡丹から娘を受けとり、あやし始めた。
春菜の死体には背を向けながら。
「陽助、春菜に殺されかけたのか?」
豊は信じられない思いで問いかけた。
「さ、殺気を出されて咄嗟に・・・すみません」
陽助はまた絞り出すような声で答えてくれた。
陽助は熟練の戦闘員だ。
殺気を間違えるわけがないし、春菜相手なら殺さず制圧できたろうに。
よほど危険が迫っていたのか、それとも妻に殺されそうになったショックで力加減を誤ったのか・・・
まさかまた直属の部下から裏切り者が出るなんて。
しかも龍陽たちが居なければ陽菜を連れ去られるところだった。
豊はショックで床に座り込んでしまった。




