第二家
日の出とともにショウと柚子が起きてきた。
トモエは馬の世話をしに行き、ショウはテントを片付けている。
龍陽は柚子と小川に朝食用の水を汲みに来た。
柚子はバケツの一つに包丁やお皿を入れて来ていて、小川で洗うらしい。
「冷た!」
昨晩と同じく小川の水は冷たい。
龍陽はできるだけ手が水に濡れないようにしながらバケツ2杯に水を汲み、下流で皿洗いをしている柚子の元に向かった。
「先に帰ってていいわよ。」
柚子はまだお皿を洗いながら言うけど、龍陽は柚子の隣にしゃがんで小声で話しかけた。
「オラウータンの匂いがする。見られてるよ。」
「・・・え!?」
柚子は驚いているのでやはり気付いていなかったらしい。
これは雄のオラウータンの匂いだ。
背後の高い木に乗って龍陽たちを見下ろせる位置にいる。
「敵?」
柚子は小声で尋ねてきた。
「まだ分から・・・」
言いかけた龍陽はオラウータンから殺気を感じて柚子を抱き抱えて横に避けた。
ザン
龍陽たちが立っていた場所に1メートルを越える槍が突き刺さった。
オラウータンが投げ落としたようだ。
「熊族の手先か!?」
龍陽は困った。
槍からは熊の匂いもするので、熊族軍の斥候かもしれない。
熊族軍には熊以外の軍人も多いのだ。
このオラウータンを生かして帰すと、龍陽たちの居場所がバレる。
とはいえ、オラウータンを始末する!?
熊族軍に非はないけど・・・
ザン
オラウータンがまた槍を投げてきたので、龍陽は柚子を抱えたまま避けた。
オラウータンはかなりの殺気だ。
熊に報告に戻るのではなく龍陽たちを始末するつもりらしい。
「ぎゃ!」
頭上から悲鳴が聞こえ、オラウータンが落ちてきた!?
オラウータンは頭から血を流しているが、受け身を取ったのか地面に落ちてもすぐにふらふらと立ち上がった。
パン
龍陽が殺気に気付くと同時に、いつの間にか近くに来ていたショウがオラウータンを撃ち殺した。
「リュウ!無事か!?」
ショウよりも早く龍景が駆け寄ってきた。
「大丈夫。なんでオラウータンは落ちてきたの?」
龍陽は柚子を地面に下ろして解放してから、龍景に問いかけた。
「頭めがけて石を投げたんだ。気付くのが遅くなってすまない。」
龍景らしくない攻撃だけど、雷は出せないので仕方ないのかな?
「大丈夫だよ。それより熊の匂いするよね?」
「ああ。やはり熊族軍が気付いて探しに来ているな。約束の時間まで逃げるぞ。」
龍景に急かされて龍陽はショウ、柚子と急いで馬車に戻った。
トモエはすでに馬を馬車につないで待っており、龍陽たちは馬車に乗って出発した。
まだ朝の7時すぎだ。
龍算が来るまでは4時間近くある。
「熊族の斥候に見つかった。始末したがすぐに次の追跡部隊が来るぞ。トモエ、どうする?町に入るか?」
龍景は焦っている様子だ。
熊族軍との交戦を避けるために龍算に頼ったのに、熊の動きが早すぎる!!
「町に潜伏するのは得策ではないですね。狼の町では人というだけで目だってしまう。」
「狼の町長を頼れないの?」
龍陽はトモエに尋ねた。
「残念ながら私にそんな権力はないのです。それに熊族軍の方が手を回しているかもしれません。」
「それはないな。人族に補佐官が拉致され熊軍人が殺されたなんて不祥事を、熊が狼に知らせるはずはない。」
龍景が否定した。
「・・・ならば狼の町中に居た方がいいかもしれませんね。熊族軍は派手な動きができなくなる。」
トモエは考えを改め、龍陽たちは馬車で龍算の指定した狼の町に向かうことになった。
ここから2時間ほどの場所らしい。
龍陽は朝ごはんを食べそこねたけど熊が追いかけて来ているなら、調理の時間も買い物も時間もないので仕方ない。
そう思っていたら、トモエがパンを出してくれた。
昨晩一緒に買っていたらしい。
トモエはパンは保存用に水分を抜いてあるのでかなり固く、飲み物と一緒じゃないと食べられないと言うけど、龍陽にとっては気にならない固さなので食べられた。
トモエはかなり食べにくいようで時間をかけて食べている。
龍陽が汲んだ水を水筒に入れるはずだったけど、オラウータンの槍を柚子を抱えて避けた際に水はこぼれてしまったのだ。
一時間ほどして龍景の指示で馬車を道の真ん中で止めた。
龍景は風の流れを確認して熊が追いかけてきていないか周囲の匂いを確認している。
空を飛べたら熊を探しやすいけど、さすがに柚子に怪しまれるし、熊に見られたら面倒なことになるので止めておいた。
龍景は熊の匂いを感じないと言うので、龍陽は近くの川に水を汲みに行った。
トモエたちも喉が渇いているみたいだし、馬たちにも休憩が必要らしい。
龍陽はバケツ3つに水を満たして馬車まで戻り、2つはショウが馬たちに飲ませ、もう一つはトモエと柚子が水筒に入れている。
夜明けから慌ただしく走ってきたのでしばしの休憩だ。
龍陽は一人で川に戻り、フードを脱いで川で手と顔を洗った。
水は相変わらず冷たいけど、日が登っているのでもう凍えるほどじゃない。
2晩もお風呂に入れないなんて初めてなので、龍陽は少し気持ち悪い。
厳しい母には絶対に内緒だな。
「ん?」
龍陽は柚子の匂いに気付いて振り向いた。
「リュウ、さっきはありがと。」
「え?さっき?何かあった?」
龍陽はなぜお礼を言われているのか分からない。
「オラウータンから助けてくれたでしょ?」
「ああ。別に。むしろごめんね。勝手に身体に触っちゃって」
龍陽は思い出した。
「なんで謝るの?気にするわけないでしょ?触られなきゃ死んでたもの。」
柚子は驚いている。
「え?いや、そう・・・か!?」
龍陽は困った。
人に限らず獣人は龍陽に触られるのを嫌う生き物じゃなかったっけ!?
「ねえ?リュウって母親が人だよね!?父親は?」
柚子が質問をしてきたけど、これはトモエと打合せ済みだ。
「父親は知らないんだ。」
龍陽は打合せどおり答えた。
「やっぱりそうなんだ。すごいね。見た目は人なのに、力強いし、鼻もいいし。」
「ま、まあね~」
龍陽は笑って誤魔化すしかない。
柚子には正体をバラせない。
「・・・ねえ?リュウは匂いで混血獣人かどうか分かるの?」
「え?どうかな。前に人の混血獣人は分からなかった。ケイ兄ちゃんは匂いで気付いてたけど。」
かつてスミレと初めて会った時、龍景は匂いからスミレが混血獣人だと気付いたけど、龍陽には分からなかった。
スミレは人だと思っていた。今でもスミレの匂いが人とどう違うのか分からない。妹も同意見だけど、弟には匂いの違いが分かるらしい。
「そっか・・・」
「なんで柚子はがっかりしてるの?」
「なんでもない。戻ろ。そろそろ出発よ。」
「あ、うん」
龍陽は不思議に思いながらも柚子とともに馬車に戻り、狼の町を目指した。
~首都~
龍陽たちが狼の町に着く頃、豊は部下の陽助とともに首都の貴族の屋敷に来ていた。
ここは第二家と呼ばれている貴族の住まいだ。
15年程前までは首都の貴族が一番数が多く、力も強かった。
東西南北の貴族は首都の貴族になんとか取り入り、縁談を結ぼうと躍起にやっていた。
だが、獣人との戦争が始まったことで首都は標的となり、長い戦争の中で一番の被害を受けた。
生き残った首都の貴族は3家のみ。いずれもまだ30~40代の貴族だ。
首都にいた貴族筋はほぼ壊滅し、今の貴族は田舎に避難していた跡取りか、傍系の男子の生き残りだ。
停戦後には獣人と取引を始めたが、首都の貴族にはもうかつてほどの力はない。
獣人たちには首都の貴族という権威は通用せず、南の貴族や東の貴族と同格に扱われているようだ。
首都の貴族兵が警護する廊下をとおり、首都の貴族がいる応接室に通された。
真新しい建物なので終戦後に建てられたのだろうが、装飾品は悪くない。
ここの管理者はなかなかのセンスだ。
10分程待っていると、4人ほどが応接室に入ってきた。
一人は貴族の側近だ。服装で分かる。
一番年上の40歳前後の男が首都の貴族本人だろう。
後の2人は10代後半から20くらいの男女だ。服装的に貴族の息子と娘だろう。
「北の貴族の使者か?」
若い男の方が問いかけてきた。
「はい。謁見の機会を頂きありがとうございます。北才の側近をしております北豊と申します。後ろは部下のヨウスケです。」
豊は挨拶しながら頭を下げた。
「こちらは忙しいのだ。用件を聞こう。」
若い男たちは名乗りもしない。
「北才が紫竜との取引のために貴家にもご協力をお願いしたところ、熊族との取引のために用意できない品があるとのご回答を賜りました。
熊族への違約金はこちらが負担しますので、熊族との取引を中止してこちらに品を回して頂きたい。」
「はあ!?そんな指図を受けるいわれはない!」
若い男は立ち上がって怒り出したが、首都の貴族と娘はやや驚いた顔になっている。
「指図ではなくお願いに参った次第です。」
豊は若い男ではなく首都の貴族に向けて話しかけた。
「くだらん!熊族との取引を反古になどできるか!?今度は我一族を滅ぼすつもりか!?」
「これ。」
叫ぶ若い男を若い女が制した。
話し方からして女が姉かな?
「面白い冗談を仰る。紫竜の取引のためとして違約金を払えば熊は文句を言うはずありませんのに。」
豊は営業スマイルを浮かべて答えたが、内心では舌打ちしていた。
この若い男はたぶん本気で言っている。
ここまで紫竜に疎いとは。
「お前に熊族の何が分かる?」
若い男は案の定、豊の言葉を信じていない。
「紫竜に喧嘩を売るバカではありませんし、北の貴族との対立よりも取引拡大を狙っておりますね。」
「喧嘩だと!?用意しきれない取引を紫竜から受けたそちらの落ち度だろ?」
「落ち度?またご冗談を!?北の貴族は紫竜との取引を独占せずに他の貴族たちにもチャンスを与えているのですよ。」
豊は面倒だと思いながらも説明してやった。
「与えるだと!?何様のつもりだ?」
若い男はやたらと噛みついてくる。
「これはこちらのセリフです。私は北の貴族の使者ですよ。あなたこそどんな立場の方ですか?」
営業スマイルを止めた豊の視線を受けて、若い男はわずかに顔をしかめた。
「もう、少し落ち着きなさい。」
若い女が男に声をかけると、男は椅子に座った。
「北豊様、弟が失礼いたしました。北の貴族様のご要望はよく分かりましたので、熊族の件は検討のお時間を下さいませ。」
今度は若い女が話しかけてきた。
「お返事はいつ頂けますか?紫竜との取引は来月から、もう時間がないのです。」
豊は若い女ではなく首都の貴族を見ながら尋ねた。
「熊族とも話をする必要がございますので・・・」
若い女が答える。
「左様ですか。では私はこれで失礼致します。」
豊は首都の貴族に告げて席を立った。
「なんですか?あの芝居?」
豊が首都の貴族の屋敷を出て自分の馬車に乗ったところで陽助が問いかけてきた。
「三文芝居さ。熊族との取引を解約する代わりにあの女を嫁がせようって魂胆だろう。」
豊は笑うしかない。
「え?あの若い女を?豊さんに?」
「ああ。二十歳くらいかな?貴族の女の中じゃ行き遅れだ。北才の言うとおり、今はもう首都の貴族は縁談にも困ってるんだな。」
「・・・父親の首都の貴族は黙りでしたね。」
陽助はしかめ面だ。
「ああ。使者ごときと話す気はないってことだろうな。あんなんだから首都の貴族は時代に取り残されてんだ。」
「でも、どうします?もう時間が・・・」
「熊族に行くぞ。熊族長に直談判だ!」
豊は第二家を見限った。




