熊の出迎え
熊の匂いが4つ近づいてきた。
ここは熊族領からはまだかなり距離があるのに、まさかトモエの言うとおり反熊族長勢力?
トモエが馬車から降りたので、龍陽と龍景も続いておりた。
御者台から降りたショウと柚子がトモエに駆け寄って前方を指差した。
熊の獣人が4人こちらに向かって歩いてきている。
「わ、若様!?あの服は熊族長補佐官と熊族軍です!」
龍景が小声で教えてくれたので、龍陽は慌ててコートのフードを深く被った。
ストールで匂いは誤魔化せても、龍陽たちの顔を知る補佐官だったらヤバイ!
熊族は長年の主要取引先なので、補佐官と顔を会わせる機会があるのだ。
トモエは数歩前に出て、ショウと柚子は龍陽たちの隣にやって来た。
トモエとショウは事情を知っているので、龍陽たちが熊に近づきすぎないようにしてくれたのだろう。
「解放軍の司令官だな?熊族長補佐官だ。熊族長の命で迎えにきた。」
トモエのそばまで歩いてきた熊族長補佐官は数歩手前で立ち止まって告げた。
熊族軍人3人は補佐官の2歩後ろに控えている。
龍陽はどれも知らない熊だけど、熊たちは龍陽や龍景の顔を知っている可能性がある。
「わざわざお迎えありがとうございます。失礼ながらいつもの補佐官殿ではないのですね?」
トモエは立ち止まったまま返事する。
「ああ。私がたまたま近くに居たのでな。熊族領まで護送する。」
龍陽は思わず龍景と目を見合わせた。
この補佐官熊から悪意が出た。
だけど、どうやってトモエに知らせよう?
豊の時のように指摘すると、熊は龍陽たちの正体に気付くかもしれない。
「ゔ、ゔん」
龍景がわざとらしい咳をした。
「・・・恐れ入ります。ですが、熊族長はどうして護送をご命じに?」
トモエは察してくれたのか、くれてないのか分からないけど、熊の補佐官に問いかける。
「白鳥の誘拐があったからな。これ以上うちの族長を待たせるな。」
また熊の補佐官から悪意が出た。
と、同時にトモエ、ショウ、柚子の雰囲気が変わった。
人には悪意を感じとる能力はないはずだけど、なんで!?
「おかしいですね。熊族長には白鳥の誘拐ではなかったと報告したはずですが・・・」
トモエの返事に熊たちの顔色が変わり、同時にトモエ、ショウ、柚子が銃を手にした。
熊軍人3人は剣を手にし、殺気を出したけど、
何が起きてる!?
龍陽は理解が追い付かない。
熊たちが熊族長の命で迎えにきた時には悪意は出ていなかったのに、なぜトモエたちに殺気を向けてるんだ?
「どこの回し者?」
トモエが補佐官熊に銃を向けて尋ねる。
「ふん。皆殺しだ。」
補佐官熊の言葉で熊軍人たちはトモエに向かって走り出した。
かなりの殺気だ。
ショウと柚子が走り出て熊軍人たちに向けて発砲した。
柚子の撃った弾ははずれたけど、ショウの弾は命中し、熊が倒れた。
もう1人の熊はトモエの目の前まで迫って来て剣を振り上げたけど、
パン
トモエは銃を命中させて2人目の熊を仕留めた。
キン
金属のぶつかる音を聞いて、龍陽が見ると、ショウはいつのまにか剣を手にして最後の熊に応戦している。
と、補佐官熊から殺気が出た。
こちらの熊はいつのまにか銃を手にしてショウの背中に向けている。
「あぶな・・・」
パン
龍陽が叫ぶと同時に補佐官熊は銃を落として地面に座り込んだ。
トモエの撃った弾が補佐官熊の腕に命中したのだ。
「がは!」
最後の熊軍人の方は、ショウの剣が胸を貫通して死んだ。
龍陽は呆然としていた。
人は獣人の中では弱い生き物だと思っていた。
母はどの妻よりも賢いけど、嗅覚も腕力も弱く、爪も牙もないのだ。
なのに、4対3の勝負で人が熊に勝つなんて・・・
「司令官、そいつは?」
ショウが熊補佐官を見ながらトモエに駆け寄る。
「生かしておくわ。熊族長の関係者ではありそうだから。」
「熊族長が裏切ったということですか?」
ショウと柚子は険しい顔だ。
「いいえ。熊族長に隠れて私を始末しに来たんでしょう。解放軍に恨みのある熊はたくさんいるから。」
「しかし、どうして我らの居場所が?」
ショウは納得してない顔だ。
「答える気はある?」
トモエは補佐官熊に銃を向けたまま問いかける。
「ふっ。北都から尾行されてることも気付かないとは」
補佐官熊は地面に座り込んだまま不敵な笑みを浮かべて答えたが、
「ゔ、ゔん」
龍景がまた咳払いした。
この熊はまた嘘をついたのだ。
「ショウ、殺さない程度にね。」
「はい、司令官」
ショウは銃を手にして熊に近づくと、銃で熊の顔を何発も殴った。
熊は呻き、鼻から血を出して地面に倒れた。
「素直に喋る気になったか?
熊の頑丈さは知ってる。片目を潰してやろうか?」
「ほんとだ。北都にはお前らの仲間がいるだろう。そいつの屋敷から出てきたじゃないか。」
今度は熊は嘘をついていないけど、尾行してきてないのに、なぜ知ってる?
「・・・北都の仲間を襲ったトンビと知り合い?」
トモエの問いかけに熊は黙った。
おそらく図星らしい。
「ショウ、気絶させろ!」
トモエの命令にショウは懐から瓶?を取り出すと、熊の顔に瓶の中の液体を振りかけた。
熊は首を横に振っていたが、すぐに目を閉じて動かなくなった。
でも死んではいない。呼吸音が聞こえる。
「柚子、先に馬車に戻ってろ。」
「・・・はい。」
ショウに言われて、柚子は怪訝な顔をしながらも馬車に向かって走って行った。
龍景がトモエたちの方に向かって歩き出したので、龍陽も後を追う。
「こいつが熊族長の命令で迎えにきた補佐官だって話には嘘はなかったな。だが、命令に背いてお前らを殺そうとした。
トンビの仲間ならいい情報が出てきそうだな。」
龍景はご機嫌だけど、
「迎えの話も補佐官なのも事実ですか!?
面倒なことになりましたね。端から見ると、私たちは迎えにきた熊軍人を殺し、熊の補佐官を拉致したことになる。」
トモエは険しい顔になっている。
「・・・おい、ここは場所的にどのあたりだ?近くにどこの領地がある?」
龍景は意外な質問をし始めた。
「え?ここは・・・まだ狼族領が近いですね。」
トモエは不思議そうに答えている。
龍景は懐から手帳を出してなにやら確認し始めた。
これは龍景の仕事用手帳だ。
「よし、狼族の町に向かえ。ちょうどうちの補佐官が取引で来ているはずだ。熊族長に口添えしてやる。」
「え!?」
龍陽だけでなくトモエとショウも驚いている。
「どういうことですか?お二人のことは熊に秘密では?」
「ああ。だから別の補佐官に頼むんだ。」
「・・・あの熊族長なら勘繰りませんか?」
トモエは悩んでいるようだ。
「俺たちのことはばれねえよ。人族は主要取引先になったからな。たまたま狼族領で頼ってきたなら連絡の仲介くらいはしてやる。」
龍景はそう言うけど、いくら主要取引先でも普通はここまでしない。
でも、この騒動で熊族とトモエたちが仲違いすると面倒なことになるので、龍陽は黙っていた。
「私たちは北の貴族の部下ではありません。それでもいいのですか?」
「くどいな。俺が補佐官に話をつけるから問題ない。それよりも熊が探しにきてお前らと交戦する方が面倒だ。」
「分かりました。ショウ、狼族の町に向かうわよ。」
「はい。」
トモエはショウに命じ、ショウは熊を担いで馬車に向かうので、龍陽もついていった。
馬車で待っていた柚子も行き先に驚いていたけど、理由はきかずに御者台に乗って馬車を出発させた。
「うちの補佐官は狼族領のどこにいるの?」
龍陽は馬車の中で龍景に尋ねた。
「狼族本家です。なので町から手紙を送ります。」
「え?本家まで会いに行く方が早くない?」
「北の貴族の部下でもない人族がいきなり面会を求めたらさすがに狼たちに不審がられます。それに狼族長や補佐官は俺たちの顔を知ってますし・・・」
「あ!そっか・・・でも手紙がそんな早く届くかな?」
「これを使わせます。」
龍景はそう言って薄紫の便箋を取り出した。
「トモエ、町についたらこれに手紙を書け。」
龍景はトモエに便箋を手渡した。
「これは?」
トモエは不思議そうに便箋を見ている。
「これをワシの郵便配達に渡せば、狼族領にいるうちの補佐官に届くんだ。他言するなよ。」
「わかりました。」
トモエはあっさり応じてくれた。
幸い、狼の町までは何事もなく着き、トモエは龍景と打合せしながら手紙を書いてワシに渡した。
もう夕暮れだ。
狼の町に来るために北上してきたので、風が冷たい。
だけど、気絶している熊がいるので狼の宿にも泊まりにくいらしい。
トモエとショウは熊がいるのでノジュクすると言ってるけど、ノジュクってなんだろう?
龍景はノジュクを知っているらしく、顔色を変えて反対している。
「・・・ねえ、ノジュクって何?」
龍陽は、馬車のそばで待っている柚子に尋ねてみた。
「は?野宿を知らないの?宿には泊まらずに外とか馬車で夜を明かすのよ。狼たちが熊の血に気付いたら面倒だからね。」
柚子は呆れた顔で教えてくれたけど、龍陽は驚いた。
外で夜を明かすなんて初めてだ。
夜遊びよりすごくない!?
「・・・どんな環境で育ってきたのよ!?」
柚子は怪訝な顔になって龍陽を見てきたので、
「いや、人の言葉ではそう言うんだね!?知らなかった!」
龍陽は慌てて誤魔化した。
「ふーん。」
柚子はそれ以上は詮索して来なかったので、龍陽は龍景のもとに向かった。
「ケイ兄ちゃん!」
「わか・・・いや、リュウ、どうした?」
龍景は柚子を気にして声を小さくした。
「野宿が嫌なら、僕が外で熊を見張ってるよ。」
「は!?いや、わか・・・リュウに野宿なんてさせられませんよ!?」
龍景はどうやら龍陽を心配していたらしい。
「いいじゃん一晩くらい。いい経験だよ。」
「いや、でも・・・」
「狼たちが熊の血に気付いて騒ぐ方がめんどくさいよ。」
「う~族ちょ・・・いや、お父上には内緒ですよ。」
「もちろん。」
龍陽が笑顔で応じると、龍景は折れてくれた。




