馬車の旅
それから豊は兵士を訊問し、龍陽は最後まで立ち会ったけど兵士はもう嘘をつかなかった。
だけど、役に立つ情報はこれ以上は出てこなかった。
訊問が終わると、兵士は他の貴族兵たちに連れていかれ、龍陽は豊たちと屋敷に入り、トモエの待つ応接室に戻った。
「すみません。お手間をおかけしたのに大した情報は出てこずで・・・」
豊は龍陽たちに謝ると、トモエに外の出来事の報告を始めたので、龍陽は冷めたお茶を飲んだ。
かなり前にひなちゃんの母親らしき女性が持ってきてくれたお茶なので、すっかり冷めているし、母と普段飲んでいるお茶とは味が違う。
と思っていたら、陽助が赤ワインを持ってきてくれたので、龍陽は赤ワインの飲むことにした。
母はまだ子どもだからと、龍陽にお酒を飲ませてくれないけど、父の一族的には10歳を超えたらお酒はオーケーなので、龍陽は母に隠れて飲んでいる。
「母上には内緒にしてね。お酒をのんでること。」
龍陽の言葉に陽助は笑顔で頷いてくれ、おかわりをついでくれた。
「人の子はお酒ダメなの?」
龍陽は陽助に尋ねてみた。
「あ~そういう母親は多いですね。でも、親に隠れて酒を呑んでますよ。男の子はそんなもんです。」
陽助はそう言ってまたおかわりをくれる。
龍陽は陽助のことは嫌いじゃないなと思った。
母と全く似てないのに、なんとなく陽助の笑顔を見ると落ち着く気がする。
人に対してこんな気持ちを抱くのは龍陽が母の子だからかな?
~北都~
翌日、龍陽はトモエと龍景とともに人の馬車に乗って北都を出発した。
これから何日もかけて熊族領に向かうらしい。
朱鳳のストールのおかけで龍陽の匂いは誤魔化せるけど、言動に気を付けないと人ではないとバレてしまう。
龍陽が普段着ている服は人族製だけど、高級すぎるそうで、今朝、豊が用意してくれた服とコートに着替えた。
朱鳳のストールは身体に巻き付けて、その上から服を着ている。
ストールのおかげで温かいけど、この服はペラペラしていて薄いし、肌触りも悪い。
同じく着替えた龍景も着心地が悪そうだ。
「若様、補佐官殿?」
「なあに?トモエ?」
「次の町で馬車を変えます。私の部下たちが用意している馬車です。
1人はショウ、お2人とも面識があります。
もう1人はショウの部下ですが、紫竜のことは何も知りません。
この部下の前でも人のふりをしてくださいませんか?」
「いいよ。トモエが指揮官だからね。」
「それからお二人のことは協力関係にある混血獣人と説明しますので、ご容赦を。」
「いいけど、人じゃなくて混血獣人のふりをすればいいの?」
龍陽の知る人そっくりの混血獣人はスミレだけだけど、そのふりをするのは難しい。
「人のふりをしてもらえればよいです。人とは違うと怪しまれた時に備えて、人そっくりの混血獣人と説明するだけですから。」
「分かった。」
龍陽が答えると、龍景も頷いた。
それから半日近くして、もう日が沈むころ、閉門ギリギリに馬車は町に入った。
町門には【盛丘町】と書いてあり、トモエが「もりおかまち」と読むのだと教えてくれた。
今日は1日南下してきたはずだけど、日暮れ前の町はかなり寒い。
まだ開いていた店にトモエが1人で入り、夕飯を買ってきてくれた。
ご飯と鶏肉のいい匂いがする。
馬車は大通りから外れて街灯の少ない路地に入り、一軒家の前で止まった。
トモエに続いて龍陽と龍景が馬車から降りると、馬車は来た道を戻って行った。
今夜はこの一軒家に泊まるのかな?
中は静かだけど、匂いから人が2人、隣の馬屋には馬もいるようだ。
コン、コン・・・コンコンコン
トモエが不思議なリズムでドアをノックすると、
カチャリ
中から音がした。
トモエは扉を開くと建物の中に入るので、龍陽たちもついていく。
「司令官、お待ちしてました。」
リビングらしき部屋で出迎えたのはショウだ。
その隣には若い人の娘がいる。
龍陽と同い年くらいかな?
結太の妻の紅葉よりも若く見える。
「今回の協力者たちよ。互いに自己紹介しなさい。」
トモエの口調が変わった。
「俺はショウだ。」
「柚子といいます。」
「・・・ケイと呼べ。」
龍景が先に名乗ったけど、偽名!?
龍陽は焦った。そう言われれば、本名はまずいかも。
とはいえ、急に偽名なんて思い付かない。
「なに?1人だけだんまり?」
柚子が龍陽を睨んできた。
「あ・・・僕は・・・」
龍景にならって龍陽はヨウとでも名乗る?
でもちょっと女っぽい名前な気もする・・・
「り、リュウだよ。」
「ケイとリュウだな。熊族領までよろしくな。2人の部屋に案内する。明日は夜明けとともに出発だ。」
ショウも部下の前だからか他人行儀だ。
ショウは奥の部屋2つに案内してくれ、すぐにリビングに戻って行った。
部屋は紫竜本家で普段使ってるトイレほどの広さしかない。
家具は小さめのベッド一つと粗末な棚が一つだけ。
本家の使用人の部屋より粗末だ。
床にカーペットはなく、窓には薄いカーテン一枚だし。
解放軍の家ってどこもこんな感じなのかな?
龍陽はそんなことを考えながらベッドに座って、トモエが買ってくれた夕飯を食べた。
大きな笹の葉に鶏肉の混ぜご飯おにぎりが3つ包まれている。
小さく切られた人参とゴボウもあるみたいだ。冷めてるけど味が濃くて美味しい。
龍陽はほっとしていた。
龍陽は成長するにつれて人とは味覚も変わってきたけど、人の食事をまだ美味しいと感じられる。
父は母と同じく人の食事を食べているけど、父は特に美味しいとも不味いとも感じないらしい。
龍陽は食事を終えると、廊下に出てトイレに行き、手を洗って部屋に戻った。
この家にお風呂はないらしい。
一晩くらいはいいけど、これから何日も?
母は一晩でもお風呂をサボると怒るのに、解放軍の人は考えが違うのだろうか?
トモエにきいてみたいけど、夜間に女性の部屋を訪ねるのは止めておいた。
隣の部屋の龍景もついてきそうだし。
早く大人になりたいな。
そうすれば、もうお供もいらず1人で人の町にも来れるのに。
でも大人になったらもう二度と母とは暮らせない。
母のリュウカの部屋に入ることすら叶わない。
もう親離れしなきゃいけない年齢だけど、龍陽はまだ母が恋しいのだ。
翌朝、龍陽は日の出前に起きて、トモエたちと馬車に乗った。
御者台にはショウと柚子が座っている。
日の出前なのでなんとも肌寒い。
馬車の中にはクッションもブランケットもなく、トモエもコートを着たままだ。
今日も南に進むらしいから、明日はもう少し暖かいかな?
「おい、トモエ?熊族領まで何日かかるんだ?」
龍景が尋ねる。
「最低10日はかかります。白鳥に襲撃される危険があるので町中はできるだけ避けますので。」
トモエは困った顔で答えるけど、龍陽はむしろ楽しみだ。
こんなに人の世界に居られることなんて早々ない。
「いいじゃん、龍景兄ちゃん。白鳥が襲って来ないと、僕らは手ぶらで帰ることになるもん。」
「わ、若様!?」
龍景は嫌そうな顔で焦っている。
「今はリュウだよ。ねえ、トモエ?白鳥をおびき出せたりしないかな?」
「熊族には私が向かっていることを知らせました。そちらに白鳥の間者がいれば可能性はあります。」
「え?熊も関わってるの?」
龍陽は初耳だ。
「熊族長が荷担するとは思いませんが、熊の商人が関わっている可能性はあります。
毒の粉は驚くべき早さで広がっていますので。」
「熊の商人が広めているってこと?」
「まだ可能性の話ですが、毒の粉が金になることは確かです。それに熊族には何年も前から反族長勢力が悪さをしているのですよ。」
「反族長勢力?解放軍とは違うんだよね?」
龍陽はこれも初耳だ。
「はい。私たち解放軍は熊族長と対立していません。熊族はもう何年も前に人の奴隷を手放しましたので。
反族長勢力の正体はまだほとんど掴めていないのですが・・・」
トモエは途中で口をつぐんで龍景を見た。
「龍景兄ちゃんは知ってるの?」
龍陽はピンときた。
「私は熊族の担当ではないので詳しくは知りませんが・・・トモエ、若様にご説明しろ。
その反族長勢力が関与している可能性がわずかでもあるならな。」
意外なことに龍景は許すらしい。
「若様は策士という熊をご存知ですか?」
「知らない。変な名前だね。」
「策士は名前ではなく役職のようなものですが、この熊はもう死んでいます。しかし生前に今の熊族長や・・・紫竜、芙蓉相手にまで悪さをしていて、策士の部下たちや遺児がこの反熊族長勢力だと思われます。」
「え!?母上にまで?」
「はい。かつて芙蓉の父親を誘拐したワシはご存知ですよね?あれは策士の部下でした。」
「あーー!?おじいちゃんの誘拐!?」
龍陽は覚えている。
何年も前に母の故郷で祖父が正体不明のワシに誘拐され、母はショックで寝込んでしまい、龍陽は象族領まで探しに行ったのだ。
「なんでそんな熊の部下たちを生かしてるのさ!?」
龍陽は龍景を睨んだ。
母に悪さをし、祖父の誘拐までした熊たちなんて皆殺しにすればいいのに!
「奥様の父親を拐ったワシはすでに族長たちが始末されました。反熊族長勢力が策士の残党だという証拠はありませんし、我が一族に対して何かしている証拠もありません。」
龍景はまた形式的なことを言う。
「じゃあ熊の・・・」
龍陽が言いかけたところで当然馬車が止まった。




