豊の屋敷
10月のある日、龍陽は再び北都に来た。
まだ10月なのに北都はかなり肌寒い。
紫竜領よりもかなり北にあるからだろう。今月末には雪が降り始めるかもしれないらしい。
龍陽は寒いのは好きじゃないけど、明日からトモエと熊族領に向かって南下するので雪を見ることはなさそうだ。
~豊の屋敷~
紫竜本家から乗ってきた空飛ぶ馬車は豊の屋敷に着地し、龍陽たちが降りるともう屋敷の中だった。
雪対策のため、こういう造りになっているらしい。
「頼、ごくろうだった」
龍景が声をかけ、黒ヒョウの執事は馬車に乗って紫竜本家に帰っていった。
龍陽と龍景は人族のふりをしてトモエに同行する予定なのだ。
「豊さんおかえ・・・まあ!?司令官!」
屋敷の中からやって来た女の人はトモエを見て歓声をあげたので、解放軍なのだろう。
「・・・お邪魔するわ。客人も一緒なの。」
トモエがそう言いながらちらりと龍陽たちを見る。
「あらやだ。失礼いたしました。豊さんの侍女をしております牡丹と申します。」
女性は作り笑顔になって龍陽たちに挨拶した。
「客間の準備を3つ頼む。それから陽助を呼んでくれ。」
「はい。」
豊に指示されて牡丹は離れて行った。
「客間の準備が出きるまで応接室にどうぞ。」
豊に案内されて龍陽は屋敷の奥に向かうけど、人の家に入るのは初めてだ。
人族の祖父は病院の寮に住んでいたし、北の貴族に会いに北都に来た時に訪れた北才の屋敷は、居住スペースとは全く別の建物だった。
豊の屋敷は人用に造られているせいか天井が低く、龍陽の身長の2倍くらいの高さしかない。
廊下は病院の寮よりも狭い。そのせいか壺などの装飾品は何も置いてない。
壁にも絵画は何も飾られていない。
北才の屋敷には壺や絵画が廊下にずらりと飾られていたのに!?
それに屋敷内には全く人がいない。
~応接室~
豊に案内された応接室もなんとも質素だ。
花瓶に花はないし、壁には絵画の1つもない。
コンコン
「失礼します」
入ってきたのは男の人だ。豊よりも年上だろう。
「・・・え!?」
男はトモエではなく龍陽を見て驚いている。
「部下の陽助です。」
「え!?ヨウスケ!?母上の従兄弟の!?」
龍陽は驚いた。
母から聞いたことはあるけど、会ったことはなかった。
「あ!やっぱり!そっくりだと思った~」
陽助は笑顔になるけど、龍陽は嬉しくない。
悲しいことに龍陽の見た目は父に似たのだ。妹弟は母似なのに・・・
「・・・そちらは確か族長の補佐官殿ですよね?」
龍景のことも知っているらしい。
「ああ。お二人は明日、人のふりをして司令官とここを発つ。他のやつには二人の正体は秘密にしてくれ。」
豊の話を陽助は不思議そうに聞きながらも、黙って頷いた。
「私は北才に報告に行って参りますので、なにかありましたら陽助に。」
豊はそう言って出ていった。
「司令官、お久しぶりです。誘拐されたんですか?」
陽助は親しげにトモエに話しかける。
「違うわ。白鳥から逃げてきたの。」
トモエはこれまでの経緯を陽助にも共有しているけど、龍陽はまじまじと陽助を見ていた。
母によれば、陽助は母の母親の兄の子どもらしいけど、母とは全く似てない。
龍陽は母の母親、つまり祖母に一度だけ会ったことがある。
母の故郷の山に薬草とキノコを探しに行った時だったけど、その時は祖母だとは知らなかった。
祖母も分からなかっただろうけど、初対面の龍陽と妹の薬草とキノコ探しを手伝ってくれ、家族の話をしてくれた。
龍陽たちはまた会いたかったのに、祖母はそれから間もなく亡くなったらしい。
「ねえ、陽助おじさん?」
「はい、なんでしょう、若様?」
トモエの話が終わったので龍陽は話しかけた。
「おじさんは母上と会ったことあるの?」
「はい、2~3年前に水連町で初めてお会いしました。」
「水連町に住んでたの?」
「いいえ。芙蓉さんの夫が私を探していたそうで、商人づたいにそれを知って、私が水連町まで行ったんです。」
陽助の話で思い出した。
かつて母が倒れて血縁者の血が必要となり、父は母の父親に血縁者のことをきいていた。
「おじさんはキノコのおばあちゃんのお兄さんの息子なんだよね?」
「キノコ?はい。芙蓉さんの母の兄が私の父です。もっとも私は芙蓉さんの母とは会ったことないですけど。」
「なんで?おばあちゃんとお兄さんって仲悪かったの?」
龍陽は意外だ。
祖母は兄のことを慕っていたようだったのに!?
「いえ、仲が悪いわけではなく、水連町と父の家があった水原町は遠いので、会いたくても会えなかったのですよ。お互いに小さな子どももいましたからね。」
「ミズハラ町ってそんなに遠くにあるの?」
龍陽の知らない町だ。
「紫竜の馬車ならあっという間ですが、あの当時の人の乗り物だと半月近くか、もっとかかったでしょうね。若様は芙蓉さんの母をご存知なのですか?」
陽助が尋ねてきたので、龍陽はかつて祖母と山で会った時のことを話した。
「・・・父が親代わりだったんですねえ。」
龍陽の話を聞いた陽助はなぜか涙を浮かべている。
「どうしたの?嫌な話した?」
「え?いえ、私が幼い時に父は亡くなったので、父のいい話をきけたのが嬉しくて。」
陽助はそう言って涙を拭う。
「そうなの?おばあちゃんと一緒?」
祖母も幼くして両親を亡くし、兄が親代わりだったと話していた。
「いえ、母がおりました。再婚して私と兄を育ててくれました。」
「え?おじさんにもお兄さんいるの?」
龍陽は初耳だ。
「残念ながらもう死にましたが。」
陽助は困った顔で教えてくれた。
「やっぱり母の血縁者はもうおじさんだけなんだね!?」
龍陽はがっかりしたのだが、
「いえ、私の娘がおりますよ。陽菜といいます。」
陽助が教えてくれた。
「そうなの!?」
「はい。まだ礼儀も知らない幼児なのでご挨拶もできませんが・・・」
「いいよ。会ってみたい!」
龍陽はワクワクしてきた。
母の血縁者が他にも居たなんて初耳だ。
「若様のご希望とあらば連れてきます。」
陽助はニコリと笑って部屋から出ていった。
「・・・若様、少しだけですよ。獣人の子どもに我らは近づきすぎてはいけません。触るのもダメです。」
龍景がうるさいことを言う。
「えー!?何もしないよ。」
「我らがそばにいるだけで獣人の子どもには負担なのです。」
「・・・分かったよ。」
龍陽は渋々頷いた。
コンコン
間もなく陽助が小さな女の子を連れて戻ってきたけど、女の子は陽助にしがみついて龍陽たちをチラチラ見ている。
「ほら、陽菜、ご挨拶は?」
陽助が促しても女の子はチラチラ見てくるだけだ。
こんなに小さな人族の子は初めてだけど、弟が幼い頃に姿はよく似ている。
弟もこの頃は母にくっついて離れず、父は大人しすぎると嘆いていたものだ。
「いいよ、挨拶なんて。この・・・ん?」
龍陽が喋りかけたところで、遠くから人の怒鳴り声が聞こえた。
「若様?どうされました?」
陽助には聞こえてないらしい。
「人の怒鳴り声が、なんか喧嘩してる?」
龍陽の指摘に陽助とトモエは険しい顔になる。
「侵入者かもしれません。豊さんも我らも方々から恨みを買ってますからね。」
「陽助、ひなちゃんはここでみてるわ。」
「助かります、司令官。陽菜、パパが戻るまでここに居てくれ。」
陽助は娘をトモエに渡すと、走って部屋から出ていった。
~厨房~
「春菜いる?」
同じ頃、牡丹は侍女仲間の春菜を探して厨房に来ていた。
客間の準備が終わり、司令官たちを呼びに行こうとしたところで、客人にお茶も出していないことに気づいたのだ。
「なあに牡丹?」
春菜は夕飯の準備をしていた。
「客にお茶出した?」
「え?出してない。私の仕事?」
「たぶん、私。あ~またやっちゃった!?」
牡丹は慌ててヤカンに水を入れて火にかけた。
侍女の仕事はいまだに慣れない。普通の客なんて久しぶりだからすっかり忘れていた。
「客?司令官じゃないの?」
春菜は客人たちを見ていないらしい。
「司令官と男2人。協力者らしいよ。見た目は人そっくりだけど、混血獣人らしいわ。つまみ食いすんなよって豊さんに釘刺された。」
牡丹は面白くないけど、豊の命令は絶対だ。
「ふーん。」
春菜は興味がないようだ。
司令官と会えるなんて、牡丹からすればビッグイベントなのに!?
「司令官は相変わらず麗しいわ~思わず大声でちゃった。」
「ふーん。」
「協力者の1人は若い男の子でね~まだ10代だろうな~ちょうど大人と子どもの境目みたいな。
きっと初物よ~私の視線に気付いて気まずそうに目を反らしたとことか超かわいくて~」
牡丹は思い出してヨダレが出てきた。
女慣れした豊の相手も悪くないけど、牡丹の好みは女に慣れていない若い男なのだ。
「こんなおばさんが初体験じゃ可哀相」
「は!?まだ20代ですけど!」
突然毒を吐いた春菜を、牡丹は思わず睨んだ。
「ほぼ30でしょ?若い男からしたら10も上じゃない。」
「あのくらいの子は私みたいな経験豊富なお姉さんが好きなのよ。忘れられない一夜をあげられるのに~」
「混血獣人なんでしょ?」
「見た目は人と同じだったもの~気にならないわ。向こうだって気にしないでしょ!?」
「豊さんが釘をさしたってことはワケアリでしょ?」
「分かってるわよ~春菜は真面目すぎ。妄想くらいいいでしょ!?」
牡丹はむくれた。
「欲求不満なら陽助さんの相手したら?」
「それ妻が言うセリフ?」
牡丹は吹き出した。
「仕事だもん。陽助さんも私も。」
春菜は相変わらずそっけない。
牡丹は詳しいことは知らないけど、陽助は親戚の関係で40歳すぎてから子どもが必要になったらしく、手っ取り早く作るために、豊は陽助の妻を探していた。
そこに志願したのが春菜だけど、春菜は陽助に惚れた訳でも、子どもに興味がある訳でもなく、豊のそばに行きたいがために志願したようだ。
春菜は牡丹と同じく東部隊所属なので、豊の部下ではなかったけど、豊に憧れを抱いていることは側で見てて分かった。
「無理無理~さすがにおじさんすぎ。5年前の刀陽さんなら抱かれたかったけど~」
5年ほど前まで陽助は解放軍の戦闘員で、刀陽というあだ名がつくほど刀を持ったら負けなしのヒーローだった。
牡丹は何度も助けられたことがあり、あの当時は憧れていたけど、戦闘員を引退し40歳をとうにすぎた陽助にはもう男としての魅力は感じない。
豊と違って女慣れしてもなさそうだし。
「・・・」
春菜は無言で睨んできた。
「もうこわ~」
リリリ
牡丹が言いかけたところで屋敷の天井付近に吊るされたベルが鳴る。
異常事態を知らせるベルだ。
「あ~もう!また~?」
牡丹はうんざりしながら厨房を出た。




