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人の医者

「・・・ん?」


龍陽がスミレに、弟がげんこつを落とされた話をしている最中、近づいてきた匂いに気づいた。



こんな夜中になんでこんな場所に?



「誰でしょう?」

スミレも気づいたようだ。


裏庭に入ってきた人影を見て驚いているけど、匂いで誰かまでは分からないらしい。



「これは三輪(みわ)の匂いだよ。龍緑兄ちゃんの妻」


「え?龍リョク・・・!?あ!スイレン亭の奥様?そういえば今日は本家にお泊まりって。

え?でも妻が1人で?夫は?侍女は?」


スミレはまた驚いているけど、

確かになんで三輪は1人なんだろう?



「三輪もこっそり夜遊びかな?」


父や補佐官たちによれば、龍緑の妻に対する執着も相当らしく、たまに三輪が激怒して夫婦喧嘩をしてるらしい。


母のように、三輪も1人になりたいと言えば、侍女は離れるのかも。



「ん~でもここは困るなあ。」


龍陽はそう呟きながら三輪の方に向かった。



三輪の1人時間を邪魔したくないけど、龍緑はすぐに匂いを辿って追ってくるはずだ。

龍緑まで裏庭に来たら、龍陽の匂いに気付いて父にチクられる。


三輪には悪いけど、夜遊びは別の場所でやってほしい。



なのに、三輪は近づいていく龍陽には気付かず、ベンチに座ってしまった。



「三輪!龍陽だよ。こんばんは」


龍陽は声をかけながら三輪の正面で立ち止まった。


三輪は母と同じく目も鼻もよくないので、こうしないと驚かせてしまう。



「・・・三輪?」


どうしたのだろう?

三輪が龍陽を無視するはずはないのに、三輪は返事どころか龍陽を見もしない。


「何見てるの?」


龍陽はもう一歩三輪に近寄った。



三輪はだらしない姿勢でベンチに座り、(くう)を見ている?

いや、目の焦点が合ってない気がする。



「三輪?」


龍陽は三輪の顔の前で手を左右に振ってみたけど、三輪の視線は動かない。


まさか病気か?


三輪は普通じゃない!

けど、龍陽はもう三輪の身体には触れない。


龍陽はまだ成獣はしていないけど、身体の成長は終わったらしく、他の雄竜の妻に触れることは禁忌になった。

 緊急事態とはいえ、龍陽が三輪の身体に触れたら、龍緑兄ちゃんは龍陽を殺そうとするかもしれない。



「え~」


龍陽は困った。

こうなれば、龍緑か誰かに知らせるしかないけど、龍陽の夜遊びがバレることは確定だ。


いや、その前に龍陽が逃げよう。



「スミレ、僕は帰るよ。

誰かに三輪がいることを知らせてきて。」


龍陽はスミレのいる小屋に戻って話しかけた。



「え?はい。だ、大丈夫でしょうか?

後から私・・・奥様のお怒りを買ったり!?」


三輪のことを知らないスミレは怯えている。



「大丈夫。三輪は優しいし、体調が悪いみたいだ。龍緑兄ちゃんは発見したスミレにボーナス出すと思うよ。」


「は、はい。」


「じゃ、よろしくね。あ!僕がいたことは内緒だよ。」


龍陽は空になった2つのグラスとお盆を持ってそっと自室に戻った。



のに、



ゴン



「いだーー」



翌朝、龍陽は起きてくるなり、父のげんこつをくらった。



「な、何!?」


「何じゃねえ!お前!昨日の晩、三輪に何をした!?」


なんでか父にバレていた。



「何もしてないよ!裏庭で見かけて、声かけたのに返事してくれなくて。三輪の様子がおかしいから、近くにいた使用人に命じて知らせに行かせたんだよ!」


頭がじんじん痛い

龍陽は涙目になりながら父に説明した。



「すぐに俺に知らせに来いよ!黙って寝やがって!とっとと着替えてこい!」



まだ朝ごはんも食べてないのに!

龍陽は不満に思いながらも素早く身支度して父とともに医務室に向かった。



~シュグの医務室~


龍陽が父に続いて三輪の病室に入るなり、龍緑兄ちゃんが睨んできた。



「こいつは何もしてないとさ。三輪を見かけて、様子がおかしいから使用人に命じて知らせに行かせたらしい。」


父が説明すると、龍緑兄ちゃんは睨むのはやめてくれた。


龍陽が三輪に触れていないことは分かってるはずなのに、なんで睨むの?



「三輪はまだ元気になってない?」


龍陽はベッドに横たわる三輪の顔を覗き込むと、三輪は寝ているようだ。



「シュグ、三輪はどうしたんだ?」


父がフクロウの医者に尋ねる。


「分かりません。ここに運び込まれた時には、お休みになっていて、かなり深く寝ておられるようです。」


フクロウの医者は途方にくれている。



「龍陽、昨晩のことを詳しく教えろ。」


「え?いや、さっきので全部だよ。匂いで三輪が裏庭にいることが分かったから、座ってる三輪に話しかけに行ったのに、返事もしてくれないし、目の焦点もあってないから、使用人に命じて知らせに行かせたんだよ。

僕は三輪に何もしてないよ。」



「・・・知らせに来た使用人と同じ話ですね。

族長!シュグは役にたちません。お願いします!」


龍緑は泣きそうな顔で父に懇願する。



「・・・仕方ねえなぁ。」


父は嫌そうな顔をして、執事に命じた。




~別荘~

その翌日、龍陽は父に連れられて別荘に来た。


人の医者が来るらしい。


本家に人の医者は居らず、普段は母が治療するのだが、母はまだリュウカの部屋にこもったままだ。

三輪の不調を知らせれば、さらに悲しむだろう。



母が無理な時には、父は治療のために薬師だった祖父を呼んだこともあったけど、祖父は亡くなってしまった。



でも、母と祖父から薬師の知識を継いだ結太は水連町で薬師をしている。

父は祖父の代わりに結太を呼んだのかな?



龍陽は結太との再会を期待して部屋に入ったけど、中に居たのは中年の男女の人族だった。



「北の貴族の代理で参りました。北豊(ほくほう)です。」


男の方が頭を下げて挨拶するけど、龍陽はこの男に会ったことがある。



「よお、(ゆたか)。やっと女の医者を連れてきたのか。」


父も男の正体に気付いていたようだ。



「すみませんねえ。女の医者はいなかったんですよ。急ごしらえともいきませんし、彼女は知識は確かですが、まだ経験が浅いので、奥様を診察しても分からなかったら男の医者に代わります。」



女の医者はさっそく三輪の診察を始めた。

三輪は昨日の午後に目を覚ましたそうで、今日は起きているけど、元気がない。


龍緑は、女といえども妻に触られることが嫌みたいだけど、何も言わずに見守っている。



医者はシュグから話を聞き、龍陽には三輪を発見した時のことをきいてきたので、龍陽はまた同じ話をした。



「う~ん、睡眠薬の類いではなさそうですが、奥様はアモード花アレルギーもおありとのことですし、血液をお調べしてもよいですか?」


女の医者は龍緑と三輪に尋ねた。


「血液?何をするんだ?妻を出血させるのか?」


「注射器で血を少々抜き取らせて頂きます。命にかかわることはありません。」


「妻の治療に必要なことなら・・・」


龍緑は嫌そうだけど、反対しなかった。



「お願いします、お医者様」


三輪も同意したので、女の医者は三輪から血を抜き取り、長細いガラスの容器に入れてなにやら調べている。



血液検査には30分近くかかり、三輪は疲れたのか寝てしまったので、龍緑が抱き抱えて別の部屋に連れて行った。



「睡眠薬の類いもアモード花も検出されませんでした。」


医者がようやく報告する。


「なら何が原因だ?」


「奥様はここ数日睡眠不足だったようですし、お子様が3人もおられるとのことですので、過労かもしれません。」



「カロウとは何だ?なんの病気だ?」



龍緑が尋ねるが、龍陽も初めてきく言葉だ。



「身体に疲れが溜まって体調を崩すことです。治療法はゆっくりお休み頂くことですね。奥様はくまがひどかった。

ただ、まだはっきりとは分かりませんので、2~3日奥様のご様子を診させて頂きたいです。」



「龍緑が三輪をこき使いすぎってことか?」


「はあ!?族長!聞き捨てならないんですけど!」


龍緑は本気で怒っている。



「まあまあ。複数の子どもがいる30代の女性は過労になりやすいんですよ。」


豊が仲裁し始めた。二人からは距離をとったままで。



「芙蓉にも子どもは3人いるけど、そんなのなかったぞ。」


「お子さんの手のかかり具合にもよりますよ。

あと、龍緑殿の奥様は結構子育てを自分でしたがったり、自分のことを後回しにされたりしてませんか?」


「た、確かに妻は食事も風呂も子どもの後でいいって後回しにしたりするな。子守の侍女を増やそうかと言っても嫌がるし。」


豊の指摘に龍緑は心当たりがあるらしい。



「いや、でも、子どもたちは昔ほどは手がかからなくなってきたぞ?」


「少し心に余裕ができたら、逆に溜まってた疲れを自覚してってのは人ではよくあります。

年齢を重ねると疲れはとれにくいし、体力は落ちていきますからね。」


「そ、そういえば、最近妻がよく言ってたな。歳のせいで疲れやすいって。

あれは休みたいって俺に頼んできてたのか!?なのに俺は気付かずに!?」


龍緑はショックを受けているけど、



「いや、それ地雷なんで正面から受け止めたらだめです。」



豊が否定する。



「は?ジライってなんだ?」


「人の女性に年齢のことを言うと怒りを買います。」


「え?いや妻が自分で言ってるぞ?」


「ええ、でもそれを人に・・・いや夫に肯定されると妻は怒りますよ。

そうだね。とかごめん。という返事はダメです。」


「は?じゃあどうしたらいいんだよ!?」


龍緑は途方にくれている。



「いつもありがとう。愛してるよ。とか言って奥様が1人で休める時間を作ってください。子どもたちをどこかに連れ出すとかしてね。

決して妻の言葉に同意してはいけません。」


豊から悪意は出てないので嘘は言ってないみたいだけど、龍陽はよく分からない。

父と龍緑も怪訝な顔をしている。


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