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祖父との別れ

~水連町~


「ぐす、おじいちゃん」



龍陽(りゅうよう)はやっと理解した。

もう祖父とは二度と会えないことを。




去年は守番続きで大人たちは忙しく、龍陽はほとんど祖父に会いに行くことが出来なかった。


龍陽はまだ子どもなので大人と一緒でないと紫竜領の外には出られないのだ。



今年に入ってようやく守番が終わって龍緑(りゅうりょく)兄ちゃんにも余裕ができたようだったので、水連町が春になったら、祖父に会いに行こう。


龍陽がそう考えていた矢先、知らされたのは祖父の訃報だった。


母と竜琴(りゅうきん)は泣いていたけど、龍陽は涙が出なかった。

たぶん、祖父の死を受け入れられていなかった。



祖父は人族の風習に従って火葬され、町の共同墓地に埋葬されたそうだ。

何年も前に亡くなった祖母と同じらしい。


7月になり、父は母の墓参りを認め、龍陽と竜琴もついてきた。

 弟の龍風(りゅうふう)は祖父のことは覚えているものの、思い入れはないようで、興味がないからとついて来なかった。



この墓には龍陽もかつて来たことがある。

何年も前に祖母の死を知り、竜琴と墓参りに来たのだ。


あの頃、ぼろぼろだった建物は建て替えられてましになっており、母は建物に入ってお線香をあげ、それから外の墓石にも手をあわせて長く動かなかった。


龍陽と竜琴も母と同じ仕草をしたけど、すぐに飽きてしまった。

こんな石を見て、母はなんで泣いてるんだろう?




「ごめんね、お待たせ。」


母はようやく泣き腫らした顔のまま立ち上がった。

普段は過干渉な父は、今日は珍しく静かに母に寄り添っている。



龍陽たちは馬車に乗って水連町の中に入った。

これから病院の寮に向かうらしい。


祖父が住んでいた場所だ。

ここにも龍陽は行ったことがある。



~水連町病院寮~


「お待ちしておりました。」


出迎えたのは母よりも年上の女性で、顔の半分を包帯で覆っている。

龍陽は彼女のことも知っている。


名はカグラといって、母の友人の部下だ。



「この時間は人払いをしたので、中には数名の職員だけです。」


カグラはそう言って龍陽たちを祖父の部屋に案内してくれた。

 案内なんてなくても、龍陽は祖父の部屋の場所を覚えているのに。




「荷物はまとめてありますけど、とうぞごゆっくり」


カグラは祖父の部屋に案内すると、すぐに出ていってしまったけど、それよりも



「・・・」



祖父のいない部屋を見て、龍陽は初めて寂しくなった。


ついこの間まで、ここに来ると祖父が笑顔で出迎えてくれ、母の作る薬と同じ匂いがするこの部屋でお茶とお菓子を出してくれた。


家具は少ないので、祖父はいつもあの椅子に腰掛け、龍陽は小さなソファーに座っていた。

祖父はいつも嬉しそうに龍陽の話を聞いてくれた。



だけどもう祖父はいない。

この部屋には祖父と薬の匂いは残っているけど、家具以外の祖父の荷物は小さな風呂敷一つにまとめられ、机の上に置かれている。


祖父は荷物が少ない人だと思っていたけど、たったこれだけ?



「お父さんはここに住んでたのね。」


初めて来た母はまた涙を流しながら部屋を見て回っている。


龍陽はいつものソファーに腰かけたけど、向かいの椅子にはもう祖父はいない。



当たり前だ。

祖父はもう死んだのだから。



だけど、龍陽はたぶん分かってなかった。

この部屋を見て、やっと祖父にはもう会えないのだと理解した。


そしたら初めて涙が出てきた。



「龍陽」


父が小声で呼ぶので、龍陽が父を見ると、父は怖い顔だ。


龍陽まで泣き出したことに怒っているのだろう。

 父からすれば、母方の祖父が死んでも興味を持たない弟の方が、父の息子としてのあるべき姿くらいに思っているに違いない。



だけど、龍陽はそんな父の意向なんて気にならない。

龍陽は母の子でもあるのだ。母は祖父の死を知って悲しみ、泣いている。

これが人のあるべき姿で、人でない龍陽もやっと同じ気持ちになれた。


龍陽はそれが嬉しい。

龍陽は母とは違う生き物だけど、母から受け継いだものもあるのだ。




「ごめんね、帰りましょう。」


母はまた謝ると、風呂敷を抱えようとしたので、父が風呂敷と取って執事に持たせた。


父は母の肩を抱いて歩幅を合わせながらゆっくりと部屋を出ていき、竜琴が続く。


龍陽は最後に振り返って部屋を見た。


やっぱり祖父はいない。

そしてもう龍陽がここに来ることはないのだ。



「バイバイ、おじいちゃん」



龍陽は小声で呟くと、父母の後を追った。




~紫竜本家~


龍陽たちが家に戻ってきたのは日が暮れた後だった。

夕飯の準備がされていたけど、母は首を横にふってリュウカの部屋に入っていった。

シュンが祖父の風呂敷を持ってついて行ったけど、すぐに手ぶらで出てきて、扉を閉めた。




「母上は?」


留守番していた龍風は、夕飯に母がいないことに気付いて探しに行こうとし、父に止められた。



「芙蓉は疲れてんだ。お前はとっと食べろ。」


「えー!?疲れててもご飯は食べるじゃん!?」


「芙蓉は食べないの。お前とは違うんだ。」


「ぶ~」


弟は不満そうに父に舌を突き出しながらも自分の席に戻って食べ始めた。


龍陽が同じことをしたら父のげんこつが落ちそうだ。

したことないけど。



父は弟には甘いんだよな~



龍陽はそんなことを考えながらも食事を終えた。

祖父の死は悲しいけど、お腹は空いていたので、おかわりもした。


母は祖父の死を聞いてから食事量が減ったのに、やっぱり龍陽は母とは違う生き物なのだ。



「いだーー」


弟の大声が聞こえて、龍陽は我に返った。

何事かと見ると、弟は扉の前で頭を押さえてうずくまっている。

そのすぐそばには怖い顔の父が立っているので、弟は父のげんこつをくらったようだ。



「どうした?」


龍陽はとなりに座る妹に尋ねた。


「え?聞いてなかったの?

龍風ったら母上に果物持ってくって聞かないから、父上のげんこつが落ちたの。」



「今日は芙蓉は1人にして欲しいって言ってんだ!

お前ももう10歳すぎたんだぞ!!親離れしろや!」


父の怒声は怖い。



「果物持ってくだけじゃん!

母上はお腹すいてるよ!」


弟は怯えることなく父に言い返している。

 あいつは小さい頃は大人しくて母にベッタリだと言われていたのに、8歳すぎたころからだんだんワガママというか、父に反抗するようになってきた。


去年からは龍陽と一緒に父からシリュウ香作りを習うようになったけど、龍風はたびたび抜け出して母のところに行こうとし、父はついに龍風にげんこつを落とすようになったのだ。


もう龍陽よりも弟の方がくらったげんこつの数は多い。



「も~父上、母上に聞こえちゃうよ。龍風、今日はダメなの。母上は1人でゆっくり休ませてあげよ。ねえねとお風呂入りに行こうね。」


竜琴が促すと、龍風はまだ不満そうにしながらも、果物を置いて竜琴と一緒にお風呂に入りに行った。



「・・・」


父は不満そうな顔をしながらも、今日は何も言わなかった。

龍風を母から引き離すことが優先と思ったのだろう。



「ごちそうさま。僕もお風呂入ってくる。」


龍陽はそう言って妹弟とは別のお風呂に向かった。

もう妹弟といえども同じ風呂に入りたいとは思わない。



これも母とは違うところだ。

母は自分の子どもでも、血の繋がりのない同族でも同じ風呂に入ることに抵抗はないらしい。

というか人族では大きなお風呂に何十人と一緒に入るセントウ?という場所まであるらしい。


龍陽はもう無理だ。

子どもの頃は母と一緒にお風呂に入るのがあたりまえだったけど、いまはもう同じ風呂に入りたいとは思わない。

父が絶対許さないけど、弟のように父の目を盗んで母と風呂に入りたいとも思わない。



父も母以外とは一緒に入浴するのは無理らしい。

父も子どものころには、父の父と一緒にお風呂に入っていたらしいけど、鱗の生え代わり以降は無理になったんだそうだ。



龍陽が風呂を終えて自室に戻ると、侍女のニニがやってきた。



「若様、お風呂上がりのジュースは何になさいます?」


「ん~」


龍陽はなんでもいいけど・・・そういえば今日はあの子が夜勤の日だ。



「レモネードちょうだい。喉かわいたから2杯ね。あと、おやつも欲しいな。」


「畏まりました。」



ニニは10分ほどでお盆にレモネードが入ったグラスを2つと、クッキーの袋をのせて戻ってきた。



「ありがと。もういいよ。」


「はい、失礼します。」


ニニはすぐに下がっていったので、龍陽はお盆を持って窓から部屋を抜け出した。



月に一度、あの子は本家の庭で1人夜勤をしている。

夜勤と言っても、小屋の中から温室を見張るだけだと笑っていたけど。



コンコン



龍陽がいつものように小屋の窓をノックすると、スミレが窓の鍵を開けてくれた。



「こんばんわ、若様」


「今夜も一緒におやつ食べよ。」


龍陽がお盆を小屋の床に置くと、スミレはさらに笑顔になった。



侍女見習いのスミレはジュースもお菓子もたまにしか食べられないらしい。



「今夜も僕のお喋りに付き合ってよ。あと夜遊びしてることは内緒ね。これ口止め料」


「はい、若様」


スミレは嬉しそうにクッキーを食べ始めたので、龍陽は祖父の墓参りの話をした。



スミレは見た目は人と同じだけど、象族に作られた混血獣人らしい。


人である母の記憶はなく、父はなんの種族かすら分からないそうだ。

スミレは龍陽と会うまで象族にいたので、人の暮らしも風習も何も知らない。

今日も龍陽の話を不思議そうに聞いている。



龍陽にはそれが心地いい。

人のことは母が、紫竜のことは父と雌竜(おんなたち)が教えてくれる。

でも龍陽の話を静かに聞いてはくれない。 

妹は龍陽よりもお喋りだし、弟は話すより遊びたがるのだ。

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