白鳥屋敷
翌日、龍陽は馬車で白鳥領の東に来ていた。
空飛ぶ馬車の窓から地上を見下ろすと、前方に大きな湖が見えてきた。
トモエが熊の宿に残したメッセージはこの辺りを示していたらしい。
トモエはここにいる?
それともトモエを拐ったタンチョウの手がかりがあるのかな?
「ん?」
龍陽の隣に座る龍景が眉をひそめて窓を見る。
「どうしたの?」
「地上から煙の臭いがします。」
龍景が答えた数秒後、龍陽も臭いに気づいた。
だけど、窓からでは地上はよく見えない。
「頼、高度を落とせ。何が燃えてる?」
龍景が御者台の執事に命じ、馬車の高度を落とさせた。
次第に煙の臭いが強くなる。
「あ!」
ついに見えた。
湖の中に浮かぶ白鳥の建物の一つが燃えている!
かなりの火の勢いで、建物全体が炎に包まれている。
「すごい燃え方ねぇ~解放軍かしら?」
竜礼は豊に問いかけるが、豊は窓から外を見つめるだけで答えない。
「若様、いかがされますか?」
「湖のほとりに降ろせる?」
「畏まりました。」
龍景は執事に命じて、馬車を湖のほとりに着地させた。
龍陽が馬車から降りて見ると、燃えている建物は二つになっていた。
どちらも白鳥の家だと思うけど、逃げ出す白鳥はいない。
火と煙の臭いに加えて獣人の血の匂いが漂ってくる。
火事ではなく放火かな!?
「龍景、何の匂いする?」
竜礼が尋ねるが、
「火と煙、獣人の死体が焼ける匂いしか分かりません。」
龍景の鼻でも同じらしい。
「ねえ、豊?あれは解放軍の仕業?」
竜礼は豊に問いかけるが、
「私は解放軍とは別の立場ですので。」
豊は答えない。
あの火事が解放軍の仕業としても、あそこにはもういないだろう。
でも人族は水の中には長く留まれない。
とはいえたぶんまだ近くにいるはずだ。
どこに?
「あそこかな?」
龍陽は燃えていない白鳥の建物を見た。
燃えている2つの建物とは少し距離があるので延焼する危険はなさそうだ。
ただ、あの建物も湖に浮いており、陸地とは繋がっていない。
龍陽は飛んで行くことにした。
「え!?若様!?お待ちください!」
後ろから龍景の焦った声が聞こえてきたけど、龍陽は聞こえないふりをしてスピードをあげた。
龍景は龍陽を連れ戻すつもりだろう。
龍陽たちはあくまでも豊の手伝いでトモエを独自に探すのはダメだと父から釘をさされている。
でも、おそらくもう豊はトモエを探す気がなくなっている。
この火事は解放軍がトモエを見つけた証?
それともまた解放軍にしか分からない暗号?
龍陽は何も分からないままでは帰れない。
母はトモエを心配してるのに!
「若様!?待ってください!ダメですよ!」
龍景はもう追いついてきている。
でももうすぐ建物に着きそう・・・
パン
建物の方から何かの音がすると同時に龍陽の胸に何か当たった。
「ん?何か飛んできた?」
龍陽は驚いた拍子に速度が落ち、
「追い付きましたよ!」
「わ!」
龍景に追い付かれて、上空で腕を掴まれた。
「若様!?獣人に介入しすぎですよ!」
龍景はやっぱり怒っている。
「何?燃えてる建物見に来ただけだよ?」
「とぼけないで下さい!人族探しに来たでしょう?まったく・・・」
パン
またあの音がして、龍陽の目を前を何かが飛んで行った。
「なんだ?」
龍景は怖い顔になって何かが飛んできた方向・・・白鳥の建物を見たので、龍陽は理解した。
おそらく攻撃されているのだ。
でも、なんで!?
「まあまあ龍景兄ちゃん!放火犯と間違われたのかもしれないよ。」
龍陽はそう言って掴まれている腕を振りほどくと、またスピードをあげて白鳥の建物に向かった。
「あ!?若様!?」
龍景が着いてくる。
「な、なんで!?」
白鳥の建物から獣人の声が聞こえてきた。
でも建物内にいるので姿は見えない。
ここからも獣人の血と火薬の匂いもする。
その時、建物から誰か出てきた。
人族の男だ。
龍陽は彼を知っている。
この匂いと顔を覚えている。
「おーい!ショウおじさん!」
龍陽が上空から呼ぶと、その人族は顔をあげて龍陽を見た。
「止めろ!撃つな!」
ショウは振り返って建物内の人族に命じている。
龍陽はその間にショウから少し離れた場所に着地した。
龍景もすぐに降りてきた。
「・・・紫竜の・・・族長息子と補佐官か!?
なんでここに?」
ショウは驚いた顔で近づいてきた。
「この火事は解放軍か!?
それよりなんで若様を攻撃した?」
龍景が怖い顔でショウに近づくので、龍陽は龍景の腕を掴んで制止した。
「龍景兄ちゃん、ストップ
僕は攻撃されてないよ。殺気も感じなかったし。」
「いいえ、あれは人族の武器です。どういうつもりだ?」
「紫竜を狙ったわけじゃない。部下が白鳥の仲間だと勘違いしたんだ。」
ショウは険しい顔で答えるけど、嘘はついていない。
だけど、龍景はすんなり引き下がりそうもない。
面倒なことになった。
「龍景兄ちゃん、あんなの攻撃に入んないよ。」
龍陽は解放軍や人族と揉め事になると困るのだ。
「いや、勘違いで済ませられる問題ではありません。若様の服に穴が・・・」
「え!?」
龍陽は言われて気づいた。
さっき何かが当たったところは服が焦げて穴が空いている。
こんなの父に見られたら面倒くさい。
「・・・ショウ、何事?」
その時、聞きなれた女の声がした。
「あ!トモエ!?」
なんと建物からトモエが出てきたのだ。
「司令官!すみません・・・部下が」
ショウがトモエに駆け寄って行って報告し始めたので、龍陽は龍景に近づいて耳打ちした。
「ここは内緒にしてよ。父上や龍海が知ったら、解放軍だけじゃなくユリまでとばっちりうけるかもよ。」
「・・・」
龍景は渋い顔だ。
ユリはもう解放軍を辞めているけど、解放軍が龍陽を攻撃したと騒ぎになれば、龍景とユリの離婚を言い出すやつもいるだろう。
「いや、しかし・・・隠しきれることかどうかは・・・」
「じゃあトモエと取引しようよ。」
「取引?なんのですか?」
龍景は不思議そうだ。
「豊の反応見たでしょ?何か僕らに隠し事してるんだよ。きっと。」
「・・・」
龍景は悩んだ顔になる。
豊の態度の変化に気付いていたようだ。
「若様、補佐官殿。」
トモエが近づいて来た。ショウが一歩後ろに続く。
「部下が勘違いで攻撃したそうで申し訳ございません。私の責任です。」
トモエから悪意は感じない。
「父上たちには内緒にしとくよ。その代わり何があったのか教えて。母上も心配してるんだ。」
「・・・分かりました。お話しします。ただ、ショウたち部下はこの場から離れてもよいですか?
白鳥族が来ると面倒なことになるのです。」
「いいよ。僕らは解放軍の保護はしないから。」
龍陽が答えると、ショウは建物に入って行った。
「トモエはタンチョウに誘拐されたの?」
「え?いいえ。タンチョウは仲間です。白鳥に見つかって逃げてきたところに私が遭遇して一緒に逃げたのです。白鳥に追われていたので誰にも連絡できずで・・・」
トモエは意外なことを言い出した。
「なんで白鳥に追われてるの?」
「これです」
トモエが取り出して見せてくれたのは
金のネックレス
だ。円形のペンダントトップがついている。
「金のネックレス?盗んだの?」
「中を見てください。」
トモエはそう言って丸いペンダントトップをペンダントから外すと、なにやら触っている。
パカリ
ペンダントトップが真ん中で二つに割れた。
中には白い粉が入っている。
「これは!?」
龍陽と龍景は顔を見合わせた。
龍空の白鳥元妻のペンダントの仕掛けに似ている。
粉が入っているのも同じだ。
「もしやご存知ですか?白鳥族は最近、解放軍の毒を粉末化してペンダントに忍ばせて売買しているのです。
各地でこのペンダントを用いた暗殺が起きています。」
「え!?解放軍の毒!?これが!?」
龍陽は驚いた。
解放軍の毒は液体しか知らない。
「トモエはなんでここにいるんだ?」
龍景が問いかける。
「ここはこのペンダントに毒の粉を忍ばせて販売していた商家の1つです。
最近までここの娘が紫竜に嫁いでいたので誰も手が出せませんでしたが、離婚したそうで。
私は追跡してきた白鳥を始末して部下と合流し、毒の粉ごと燃やしたところです。」
トモエの話に龍陽は驚きを隠せない。
「白鳥族はどこまで知ってるの?」
「まだ調べられていませんが、一商家でできることではないので、白鳥族本家にも関係者はいると思っています。ただ、白鳥族長は今回は解放軍に協力しました。」
トモエの返答を聞いて、龍陽は怒りで歯軋りした。
何年か前、龍陽の母は解放軍の毒の解毒剤を開発する助けになればとの思いで毒の開発資料を持ち出してきて、取引先の種族に広く提供したのだ。
だけど、まだどこの種族も解毒剤は開発できていない。
白鳥族は解毒剤の開発どころか毒を粉にして暗殺に使っているなんて、母の思いを踏みにじる行為だ。
「・・・白鳥族本家に戻ろう。」
「わ、若様!?ダメです!独断でできることではありません。族長の許可が要ります!」
龍景が慌てて止めるが、
「龍景兄ちゃんは白鳥の毒の粉を知ってたでしょ?」
龍景はトモエの話に驚いていなかった。
「我らもこの粉のことはまだほとんど分かっていません。ただ・・・北才の研究者たちでも液体の毒を粉にする製法は見当もつかないそうなので、白鳥だけでできるとは思えません。
粉末化しているのは別の種族か・・・白鳥に協力者がいると思っています。私の推測ですが。」
「僕にも協力できることある?母上の思いを踏みにじるなんて許せない。」
「・・・ではこの話を紫竜族長にお伝え願えますか?もしも族長よりご用命がありましたら、解放軍はできる限りの協力を致します。
それと、誘拐ではないから心配かけて悪かったと芙蓉にも伝えてもらえませんか?」
トモエに穏やかに話しかけられて、龍陽は冷静になってきた。
龍陽が勝手に動くと、母やトモエたちにまで迷惑をかけるかもしれない。
母を悲しませるのも嫌だ。
「わかった。父上と母上に伝えるよ。」




