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続・紫竜の花嫁 ~檸檬の章~  作者: 秋桜
第1章 母の種族
28/30

酒盛り

~白鳥の宿~

竜礼と龍景が龍陽の部屋から出ていったので、龍陽は一人で宿のお風呂に向かった。


白鳥の宿のお風呂は露天風呂になっており、湯はぬるめだ。

そういえば龍陽がもっと子どもの頃に、家族旅行で白鳥領に来たことがあった。


あの時は人族のユカタを着て家族5人で白鳥のお祭りに行ったのだ。


龍陽が大人になったら、もう母と一緒の旅行はできない。

それどころか母の部屋に入ることすら許されなく可能性が高い。成獣した男は、実母であっても触れてはいけないのだ。


それはとても寂しいことだけど、龍陽が大人になり、結婚して子どもを作ることは母の望みでもあるから・・・



「人の子どもは・・・大人になったら母親とどんな関係になるんだろ?」



龍陽は人ではないけど、ついついそんなことを考えてしまう。



龍陽が風呂から出て自分の部屋に戻っていると、豊の部屋から龍景の匂いがする。


龍陽は好奇心にかられて豊の部屋に向かった。



「・・・若様!?何かご用ですか?」


龍陽が豊の部屋をノックする前に、中から龍景が出てきた。


豊の部屋の中からはお酒の匂いがするので、意外なことに龍景は豊と飲んでいたらしい。



「僕も喉渇いたの」



龍陽がにっこり笑うと、龍景は部屋の中に招き入れてくれた。



「若様ともご一緒させて頂けるのですか?光栄です。」



豊は営業スマイルを浮かべて、龍陽のために椅子をひいて座らせてくれた。



「若様のお気に召すものはございますか?なければ執事に持ってこさせます。」


龍景はそう言うけど、テーブルには人族のお酒と狼族のお酒が10本ほど並んでいるので、龍陽は2人が飲んでいる人族製の白ワインを飲むことにした。


龍景が新しいワイングラスに注いで龍陽の前に置いてくれた。



「2人で何の話してたの?」


風呂上がりの龍陽はワインを一気に飲み干して自分でおかわりを注ぎながら尋ねてみた。



「これからは人族商品を豊のところから買うことになるので、その話を。」


龍景は解放軍を嫌っていると聞いていたけど、豊のところと取引はするつもりらしい。

龍景は妻子のために人族商品を必要としている。



「ご用命の物はなんでもご用意いたします。若様もぜひ。」


豊は龍陽にも営業スマイルを向けてきたので、


「僕の新しい侍女が人族の混血獣人なんだ。食べ物は人族の好みと同じらしいから、母上は化粧品のおさがりをあげてるけど、父上は使用人には過分すぎるって言っててさ。

僕から侍女に用意したいんだけど、できる?」


龍陽は相談してみた。



「畏まりました。侍女はおいくつくらいですか?アレルギーなどはございますか?」


豊は驚いていないので、侍女のスミレのことを知っているらしい。


「15~16歳くらいらしい。アレルギーって化粧のアレルギーがあるの?」


「化粧品の成分があわないことはございます。人の肌は弱いので赤く腫れたり、痒くなることがあるのですよ。

今度何種類か試供品をお渡ししますので、お試し下さい。」


女の化粧のことなのに豊はやたらと詳しい。

人族の女心にも詳しかったし。



「ねえ?豊ってほんとは妻がいる?」



龍陽は前から思っていたことを尋ねてみた。



「妻とはずっと昔に死別しました。それからは独り身ですよ。」


龍陽は初耳だけど、豊は嘘をついていない。



「でも女の人の匂いついてるよ。女心についてもやたらと詳しいし。」


「私の屋敷に侍女はおりますし、女の部下もおりますから。それに、人・・・いえ私は仕事柄妻ではない女性と親しくすることもございますので。」


「あ~貴族の男は人妻とも・・・って話!?」


龍陽は思い出してぞっとしたのだが、


「それは違います。私は人妻を襲ったりはしませんよ。」


否定した豊から悪意は出なかった。



「おい!若様に何の話をしたんだ!?」


龍景は豊を睨む。


「誤解です。以前、紫竜族長とのお話の中で、昔節操のない貴族の男がいた話をしただけですよ。」


「族長の若様にそんな話を聞かせるなよ!」


「いいんだよ、龍景兄ちゃん。豊も。僕はもう子どもじゃないんだよ!?使用人ならそこまで匂いつかないでしょ!?」


龍陽はむっとなった。

龍景は相変わらず過保護だし、豊は誤魔化しているけど、豊についた女の匂いの原因くらい龍陽にも分かるのだ。



「・・・私は若様を子ども扱いしてはおりませんよ。人の事情として詳しくお答えできないのです。」


豊は弁解するけど、わずかに悪意が出たので、龍陽を子ども扱いしているのだ。



「そんな匂いくらいじゃ竜礼は諦めねえぞ。うちの縁談受ける気がないなら、人の妻を作れ。」


龍景は意外なことを言うけど、豊は図星だったのか視線を反らして黙ってしまった。



「え?そういうこと!?父上のあれは冗談だよ。嫌がる豊に縁談を強制したりしないよ。」


「え!?そうなのですか?」


豊は本当に驚いている。



「・・・縁談相手の選定は取引先の族長に許している。人族も例外じゃない。」


龍景も同意する。



「早く言ってくださいよ・・・紫竜の冗談は人にはわからないんですから。」


豊はほっとしている。



「・・・豊はうちとの縁談のために今日まで妻がいないって言ってる取引先もいたけど、違うの?」


龍陽は不思議だ。


「違いますよ。私は紫竜との縁談は想定しておりません。人特有の事情ゆえです。」


そう言った豊から悪意は出なかったので、龍陽はこの話題に興味がなくなった。



「・・・そういえばききたいことがあったんだ。あんな饅頭でどうやって妻の機嫌を直したんだ?」


龍景が豊に問いかける。

この間の龍景の夫婦喧嘩のことだろう。



「え?饅頭は関係ないですね。たぶん奥様はあれを見て、私からだと気付いて喧嘩を終わらせようと思っただけですよ。」


「どういうことだ?妻はお前からの饅頭だと気付いてむしろ怒ってたんだ。余計なこと知らせるなって。」


龍景は思い出して青い顔だ。



「そりゃ怒りますよ。人の女はそういう生き物です。まして喧嘩の内容があれでは・・・」


豊はなぜか笑いを噛み殺している。



「どういうことだよ!?分かるように言え。」


「怒らないで下さいよ、補佐官殿。人の女は、夫婦喧嘩の内容を知らない間に話題にされることを嫌うんです。私や奥様の息子といった奥様の知り合い相手ならなおさらです。

私に知られたとわかって、奥様はたぶん恥ずかしくなって喧嘩を終わらせようと思ったのですよ。」


「恥ずかしくなる?妻は怒ってたぞ!?」


「夫に対しては怒りますよ。でもそれで喧嘩を続けたらまた私や息子に伝わる。それは嫌だから喧嘩を終わらせたんですよ。今回の喧嘩は内容的にも他人には知られたくないでしょうし。」


「喧嘩の内容?俺の失言なのにか?」


「妻が知られたくないのは、夫の愛情を試そうとしたことですよ。そんなガラじゃないのに。」


豊はまた愉快そうに笑っている。



「俺を試す?でも妻は次の子どもが欲しかった訳じゃないんだろ?」


龍景はいまだによく分かってないらしい。



「そうなんでしょうね。紫竜にも、年取った妻とは離婚して若い妻を迎えるって考えはあるのでしょう?」


「そういうやつもいるが、俺に離婚予定はない。」


「だから、そう奥様に答えていたら奥様は満足したのに。」


豊はまた呆れている。



「悪かったな。そんなの何度も言ってるのに、俺は信用されてないんだよな・・・」


龍景は落ち込んだ。



「龍景殿は信頼してるんですか?妻が一度でも離婚しないって言ったらその言葉を信じて不安になることはないんですか?」



「・・・」


豊の指摘に龍景は黙り込んだ。

図星のようだ。



「独り身の私が大層なことは言えませんけど、人同士の結婚でもよくあるすれ違いですよ。言葉を重ねて、行動で示して信頼関係を維持するしかないんだと思います。」



豊の言うことは龍陽の母の教えとよく似ている。


母も父を信頼できるまで時間がかかった、父から信頼してもらうにも時間がかかったと言っていた。

結婚はゴールではなくスタートらしい。


龍陽は物心ついた時から母が大好きで信頼しているけど、親子と夫婦の関係は違うのだろう。



「大人は大変だね。」


龍陽はそう言って龍景のグラスにワインを注いだ。


「わわ!?若様、畏れ入ります。」


龍景は恐縮している。



「ねえ、豊?人の男はいつ大人になるの?」


「人それぞれですね。親元を離れて就職した時、実家の仕事を継いだ時、結婚した時・・・その人の立場によって変わります。」


「ふーん。じゃあ豊はいつ大人になったの?」


「私は亡妻と結婚した時ですね。・・・父親がそう決めました。」


豊の営業スマイルが一瞬だけ崩れた。

豊は父親の話が嫌いらしい。


龍陽の母は父親を嫌っていなかったのに、人によって違うんだなあ。



「貴族の子どもは皆そうなの?」


「そうですね。貴族は子孫を残すことも重要な仕事なので、結婚して初めて一人前です。」


「でも豊は今は子どもを作らないことが貴族としての仕事なんだよね?

子どもを作らない結婚もダメなの?」


「・・・」


豊は真顔になって黙り込んでしまった。



「おい!」


「龍景兄ちゃん、いいんだよ。人族の事情に踏み込みすぎちゃいけないんでしょ?」


豊を睨む龍景を、龍陽は慌てて宥めた。



「・・・すみません、若様。うまく説明できる言葉が見つからず黙ってしまいました。

なんと言いますか・・・いや正直に言いますよ。

子どもを作らない結婚でいいなら、私は紫竜との縁談を受けてもいいんです。」



「え!?」


「は!?」


龍陽は龍景と顔を見合わせた。


予想外すぎる返事だ。

だけど、豊から悪意は出ていない。



「待て!待て!お前、うちの族長相手に縁談を拒否したんだろ?」


「紫竜族長からのご指名で、人による推薦は受け付けないと言われたからです。

北の貴族からの推薦をお許しいただけるなら、私も候補者の一人にはなっております。

もしも私が推薦されたら、お相手は誰になりますか?」


「族長が決めることだ。」


龍景はそう言うけど、


「相手が竜礼以外なら豊は受けるってこと?」


龍陽は豊の意図を察した。



「私はお相手について意見を述べられる立場ではありませんよ。」


豊はそう言うけど、顔は嬉しそうだ。



まさかこんな話になるなんて!?

龍陽に決定権はないけど、父はおそらく豊に縁談を受けさせたいのだ。

 竜礼以外ならいいというなら、たぶん他の女を選ぶんじゃないかと思う。



「・・・北の貴族からの推薦を早くしろよ。うちの族長を待たせるな。」


龍景はそっけないけど、明日本家に帰るなり父に報告することだろう。


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