白鳥の影
~紫竜本家~
「白鳥が拐った?」
龍景の報告に、龍陽の父は驚いている。
「・・・というのが豊の見解です。」
龍景は昨日、トモエの泊まっていた宿を豊が調べた経緯を説明した。
「なるほどな。人族にしか分からない暗号か。
白鳥族は捜索に協力するのか?」
豊はトモエの残した暗号?の詳細は説明しなかったけど、父は納得したらしい。
それだけ豊は父に信頼されているのだ。
「いえ、豊は、白鳥族も誘拐に関与している可能性もあるので、公式に協力要請することは避けたいそうです。」
「ならどうするんだ?」
「何か別の口実で白鳥領を訪ねるか、秘密裏に潜入することも検討していると・・・」
「・・・仮に白鳥族が関与しているとしたら、龍空の離婚と無関係と思うか?」
「現時点で関与を示すものは何もありませんが、豊の言う東の湖は、龍空の妻の実家近くにあります。」
龍景は一晩で調べたらしい。
「・・・竜礼と竜波を呼んでこい」
父は執事の疾風に命じ、20分後、呼ばれた2人がやって来た。
「族長、お呼びですか?」
「ああ。龍景、説明してやれ。こいつらと豊が白鳥領に行く口実を考えてくれ。」
父の命で、龍景は再度同じ説明をし、竜礼と竜波は考え込んでいる。
女たちも巻き込んでトモエの捜索に協力するなんて、父がここまで母のために動いているなんて意外だ。
「豊が解放軍と繋がりがあることを白鳥族も掴んでいる可能性がありますから、豊が行くと知らせるだけでも誘拐犯を警戒させそうですね!?」
竜波が問いかける。
「そうねえ~
でも~若様たちが白鳥領に行く口実も必要となると、豊の素性を伏せるのは難しいですわね~
あ!いいこと思いつきました!」
「なんだ竜礼?」
「来週、私は取引で白鳥族本家に行くのです~その勉強のため若様と、若様の付き添いとして龍景が着いてくる。私は取引の後、その東の湖とやらを見に寄り道する。とかいかがです?」
「・・・悪くはないが、豊はどうするんだ?」
「豊には非公式に白鳥領に来てもらいましょ~現地で偶然出会って、若様が奥様の同族を気に入ったことにでもして同行させるとか。」
「いや、さすがにどこの誰かも分からない人族を若様が同行させるのは不自然ですよ。」
龍景は反対のようだ。
「・・・じゃあ、僕が最初から豊を同行するのは?執事見習いってことにして。」
龍陽はいいことを思い付いた。
「あら~さすがは若様!」
竜礼は賛成らしい。
「まあ、いいだろう。」
父も同意してくれ、龍陽は来週、白鳥族本家に行くことになった。
~廊下~
同じ頃、スミレは鶴の侍女の指示で、本家の倉庫にタオルをとりに行っていた。
若様の侍女になってからは、若様の住まいがある族長居住スペース内での仕事ばかりだったけど、倉庫は離れた場所にある。
廊下を歩いていると、すれ違う使用人たちはジロジロとスミレを見てきた。
族長付の侍女は珍しいからだろう。
本来なら侍女の中から厳選されて、それでもあの鶴の侍女の教育に耐えられなくなって辞めていった侍女や侍女見習いは多いと聞いている。
鶴の侍女は仕事だけでなく、言葉遣いや仕草、字の下手さにまで口を出してくるけど、かなり厳しいけど、理不尽なことは言ってこないし、スミレが教えられたことをすぐにできなくても、怒鳴りも殴りもせず、何度も教えてくれる。
字のキレイな書き方はなんと若様の母親、族長の妻がスミレに教えてくれている。
若様の母親は教え方も優しいし、上手くできると頭を撫でて褒めてくれる。
それもとびきり優しい笑顔で。
若様の母親からはいつもいい匂いがして、スミレは大好きだ。
若様が母親を大好きな理由がよく分かる。
「あ!スミレだ!」
後ろから声をかけられた。
この声は覚えている。
「久しぶり、テン」
スミレは歩きながら顔だけ振り向いて、ワニの侍女見習いに返事した。
「わ~すごい!それが族長付侍女の制服!?」
木箱を抱えたテンは早歩きでスミレに追い付いてきた。
テンには何も言ってないけど、スミレが若様の侍女になったことは知っているらしい。
「うん。」
スミレは少し誇らしい。
「大出世だね~羨ましい。身体もおっきくなったよね!?」
「太ったってこと!?」
スミレは気にしているのに。
若様の侍女になってから、スミレは使用人食堂は使わなくなった。
族長付き侍女専用の食堂があるのだけど、そこでは猿のコックが侍女ごとの食事を用意してくれており、スミレには若様たちと同じ人族向けの食事が用意されている。
これがとても美味しいのだ。
若様たちの食事を作る際に残った野菜くずや肉の切れ端でも食材自体が良いものなので、美味しいのは当然だけど、人族向けの味付けがスミレにはとてもあっていた。
もう使用人食堂の食事には戻れない。
あの頃は生肉とか香りの強い草とか、スミレの身体的に食べられない物以外ならなんでもいいと思っていた。
自分の身体にあった食事があんなに美味しいなんて知らなかった。
そのせいで1月ほどで体重は5キロも増えたのだ。
健康診断ではいつも太りすぎはよくないと言われていたけど、他の侍女たちも若様の母親も、
スミレは痩せすぎだからもっと食べなさい
と言ってくるので、スミレは従っている。
「太ってはないよ。身体が大きくなってる。もしかしてスミレも大人の身体になったの?」
テンは独特な言い方だけど、からかってきたわけではないらしい。
それよりも、
「え?もしかしてテンは大人になったの!?」
スミレはこちらが気になる。
「ふふん。つい先週ね。これで私も大人の仲間入りだよ。」
テンは誇らしげだ。
見た目は変わってないのに。
「いいな。」
スミレは羨ましい。
「え?スミレはまだなの?侍女になったのに?」
テンは驚いている。
「まだよ。悪かったわね!?」
「別に悪くは・・・あれ?」
テンは何かに気付いたのか、天井近くに視線を向けて立ち止まった。
「何?」
スミレも立ち止まってテンの視線の先を見た。
「なんか今、あの辺光らなかった?」
テンは壁にかかった絵画を指差した。
「は?絵は光らない・・・」
スミレは言いかけて気づいた。
確かに絵の中の花弁の一つだけ色が違う。
「テン、あの絵をとれる?」
「お安いご用」
テンは荷物を床に下ろすと、背伸びして絵画を壁から外してくれた。
使用人は掃除以外で装飾品に触ってはいけないのだけど、絵画に汚れや異変があるなら執事や目上の侍女に知らせなければならない。
たまに装飾品を壊したのに、黙っている使用人がいるのだ。
テンが絵画を床に置いてくれた。
赤い薔薇の花のうち、一枚だけ花弁の色が違う。いや、何かが花弁の上に貼り付けられている。
「何これ?」
スミレは人差し指の爪でその部分を引っ掻いた。
貼り付けられていた何かは簡単に取れ、その下には他の花弁と同じ色の花弁が現れた。
「何それ?」
テンも不自然そうに剥がれた破片を見ている。
破片の厚みはそんなにない。
三角形の花弁に似た形をしていて、絵の赤色よりも濃い色だ。
「分かんない。絵を戻してくれる?」
「はーい。」
テンはまた絵画を壁に掛けてくれた。
「ありがと。後でお礼するから、この破片のことは内緒ね。」
「え?うん。わかった。」
テンは不思議そうにしながらも、木箱を抱えて仕事に戻っていった。
スミレはその破片をポケットに入れて、族長居住スペースに急いだ。
あそこの扉はいつも族長の執事の誰かが警護しているのだ。
これがあのペンダントと関係あるのか自信はないけど、この形は見覚えがある。
~族長執務室~
コンコン
「失礼します。」
白鳥領行きが決まった後、龍陽は父と別れて弟とシリュウ香作りをしていたけど、夕方になって父の執務室に呼ばれたのでやって来た。
中には、龍景、竜波と、なんと侍女のスミレがいる。
「え?スミレどうした?」
「若様の侍女はまたまたお手柄ですわ!」
上機嫌の竜波はそうに言って、金のペンダントを取り出した。
「え?これって龍空の元妻のペンダント?」
「そうです。妻が落とした時にペンダントに填まっていたはずの中身が行方不明になっていましたが、若様の侍女が見つけましたの。」
「え?そうなの!?」
龍陽は驚いてスミレを見た。
「見つけたのはワニの侍女見習いです。私は見覚えがある形でしたので執事にお届けしました・・・」
スミレはワニの侍女見習いとともにペンダントの中身を見つけた経緯を説明してくれた。
「絵画に隠されていた!?ってことは何も知らない使用人がペンダントの中身だけ抜き取った訳じゃなかったってこと!?」
龍陽はまた驚いていた。
白鳥元妻のペンダントは、白鳥侍女がわざと脱衣場に落とし、白鳥の間者がペンダントの中身だけをすり替えて、白鳥侍女に戻す計画だったらしいけど、白鳥の間者がペンダントを拾う前に、別の誰かがペンダントの中身だけを持ち去ったと推理していたのだ。
「そのようです。宝石と勘違いして何も知らない使用人が持ち去ったなら、絵画に隠す必要はありませんから。」
龍景が同意する。
「匂いは残ってないの?」
「残念ながら、ペンダントの中身も絵画もこの侍女とワニの侍女見習いの匂いしかしませんでした。
絵画のある場所からして隠したのは高身長の獣人ですが、これだけでは本家の使用人の中から特定できません。」
龍景はすでに調べたらしい。
「ワニの侍女見習いは無関係?」
こいつがペンダントの中身を拾った張本人で、スミレを巻き込んだのではなかろうか?
「竜波と確認しましたが、無関係のようです。」
こちらも確認済みらしいけど、
「でも偶然、絵画に貼られた破片に気付くとかある?」
龍陽は疑わしい。
「若様、テンは目がいいのです。それにテンは去年、装飾品の壺にヒビが入っているのを見つけてボーナスをもらったこともあったので。」
スミレがワニを庇う。
「そうなの?ならいいや。その赤いペンダントの中身は何なの?」
「調べた限りルビーでできたペンダントトップです。中に何か入るような細工もなさそうです。」
竜波が答えるけど、
「でもただのルビーなら絵に隠す必要ないよね?」
「若様の言うとおりです。こちらは私が引き続き調べます。」
竜波はペンダントをしまった。




