手がかり
9月のある日、豊は北の貴族から依頼書を持って紫竜本家に来た。
別荘には何度も訪れたことがあったが、本家は初めてだ。
取引先になったことで、ようやく本家訪問が許されたのだ。
紫竜の馬車を降りると、入口の前で龍希の補佐官である龍景が待っており、本家の中の応接室に通された。
「持ってきたか?」
しばらくして族長の龍希と、息子の龍陽がやって来た。
「はい、こちらに。」
豊は北の貴族の依頼書を龍希に渡した。
「よし。この件の担当は龍景と龍陽だ。龍景、説明してやれ。」
「はい、族長。タンチョウ族にはすでに熊族から問合せをしたそうだ。
だが、タンチョウ族はトモエのいた宿に行ったタンチョウに心当たりはないとさ。
宿のある熊の町にはタンチョウの商人たちは居たらしいが、タンチョウ族が調べた限りだと誰も宿には行っていないし、人族と会ったタンチョウも居なかったらしい。」
熊族もタンチョウ族も司令官の捜索に驚くほど協力的なのは、紫竜のおかげ?
それとも司令官が熊族長に気に入られてるから?
「では司令官を拐ったのは正体不明のタンチョウということですか?」
「おそらくな。」
龍景も豊と同じ意見のようだ。
「2年前のジュウゴの残党でしょうか?」
「いや、匂いが違った。」
今度は龍景に否定された。
ジュウゴの残党タンチョウだと思ったのに、手がかりがなくなった。
「解放軍の人族は?」
「側近でも司令官と連絡がとれないそうです。所在もわからないと・・・」
豊は解放軍のカエデ姉さんに問い合わせたが、解放軍も司令官を探しているらしい。
かつては何ヵ月も司令官と連絡がとれないことがあったが、今は司令官は身を隠すような危険な仕事はしていない。
「なんか手がかりはないのか!?
妻はずっと心配してんだ!また自分で探しに行くとか言い出したら困るんだよ!」
龍希は青い顔だ。
芙蓉さんは司令官をかなり心配しているらしい。
「とりあえず、司令官が居なくなった宿を調べます。何か・・・解放軍にしか分からない手がかりを残しているかもしれません。」
「よし。なら人族から熊族に要請しろ。熊族長は協力的なはずだ。龍陽たちも同行させる。」
「ありがとうございます。」
また解放軍、北の貴族、紫竜が協力することになるとは。
だけど、前回と違うのは龍希自身は紫竜本家から動かないことだが、まあ族長ならばそれが普通だ。
前回は芙蓉さん自ら出てきたから、夫の龍希も一緒だったのだろう。
前回も危険な作戦だったが、今回はあの司令官を拐うほどの相手だ。
豊だって、芙蓉さんを巻き込んで危険な目には遇わせたくない。
~熊の宿~
それから4日後、豊は龍景、龍陽とともに司令官が失踪した熊族の宿に来ていた。
あの後、北才から熊族長に依頼すると、熊族は快諾してくれたが、一つだけ条件をつけられた。
豊による宿の捜索に熊族長補佐官も立ち会うことだ。
司令官は熊族長からの依頼で仕事を手伝っていたこともあり、熊族も探しているからだろうけど・・・
「お待ちしておりました。紫竜の若様、補佐官殿。そちらは北の貴族の使者ですね。」
挨拶したのは雄熊の補佐官だ。
「俺たちは単なる立会だ。」
龍景はそっけない。
北の貴族からの要請で紫竜は手伝っているだけとの立場を守るのだろう。
豊は異存ない。
芙蓉さんと司令官の関係は熊族に知られるわけにはいかないのだ。
「この度は、ご協力感謝します。北の貴族の側近の北豊と申します。」
豊は熊の補佐官に一礼して挨拶した。
「そう畏まらなくて結構。主要取引先同士、仲良く致しましょう。」
熊の補佐官は営業スマイルを浮かべて豊に手を差し出してきたので、豊は握手した。
早速来た。
豊は詳細は知らないが、龍空の白鳥妻は離婚され、白鳥族は紫竜の主要取引先トップの地位から陥落したそうだ。
今は熊族が主要取引先のトップに返り咲いたらしいが、そのタイミングで北の貴族が主要取引先に仲間入り・・・熊族は警戒しているに違いない。
シリュウ香の取引量は熊族には敵わないが、人の妻は3人でかつ族長妻、対して熊の妻は2人でどちらも序列は低く、熊の産んだ竜の子はいないらしい。
主要取引先のトップの選定基準は、取引量だけではなく、夫の序列や妻の貢献度も関連するらしい。
狼族も早速、北才に探りを入れに来ていた。
「熊族にそう言って頂けるとは光栄です。
では早速、部屋を調べさせて下さい。」
豊は会話を切り上げて、本来の目的に取りかかることにした。
「部屋は失踪当時のままだ。違うのは窓が当時は開いていたことだな。」
熊の補佐官は部屋で唯一の窓を指差した。
「なるほど」
豊は部屋を一目見て違和感を抱いていた。
部屋にはシングルベッドと棚、椅子とテーブルしかない。
ベッドは使用された形跡がなく、棚には女性物の上着がかけられたままだ。
そして、テーブルの上には未開封のオレンジジュースの瓶が置かれている。
「このオレンジジュースは宿で売られている物ですか?」
豊は熊の補佐官に尋ねた。
「いや、人族が持ち込んだ物だろう。」
「でも人の商品ではありませんね。どこが売っている物かご存知ですか?」
「・・・」
熊の補佐官は不思議そうにしながらもオレンジジュースの瓶を手にとって調べている。
「この瓶の品質とガラスの模様的に・・・白鳥族の商品だろう。おそらく。」
さすがは商業大国の族長補佐官だ。
「ならば、司令官は白鳥領にいますね。」
豊は断言した。
「なぜ分かる!?」
熊も紫竜たちも驚いている。
「司令官はジュースを飲みません。これは万一のことが起きた時に部下に知らせるメッセージですよ。」
「いや、ならば司令官は白鳥に拐われると分かっていてジュースを?」
「おそらく。それにあっちの上着もたぶん何かのメッセージですね。」
豊はそう言って棚に近づいた。
「この上着も?どこの種族の品か調べたらよいのか?」
「いえ、こちらには手をふれないでください。」
豊は熊を遮って上着をよく見た。
「この上着から司令官の匂いはしますか?」
「ああ。司令官が着ていたもので間違いないだろう。」
今度は龍景が答えてくれた。
「・・・白鳥領の、東にある湖。そこを探しましょう。」
豊は希望が見えてきた。
さすがは司令官だ。ちゃんと手がかりを残してくれた。
「なぜ分かる!?」
熊と紫竜たちはまた驚いているが、
「今度は教えられません。秘密の暗号ですので。」
豊は営業スマイルを浮かべて拒否した。




