好きと嫌い
~龍陽の部屋~
その日の晩、龍陽が風呂上がりに涼んでいると、侍女のスミレがジュースを持ってきてくれた。
「若様、どうぞ。」
「ありがと、スミレ。ねえ、ききたいことがあるんだ。」
龍陽はそう言って、スミレを向かいの椅子に座らせた。
「なんでございましょう?」
「嫌いと、好きになれないの違いって何?」
「え!?」
スミレは困った顔だ。
「今日、女が言ってたんだ。
相手のことが嫌いと、好きになれないは別だって。でも、僕にはよく分からない。」
「・・・ん~?嫌いという気持ちは分かります。
好きになれない?は分からないです。好きでもない、嫌いでもない?ってことですか?」
「う~ん、結婚するのが嫌って言うのは、相手が嫌いだからだよね?
相手のことが好きになれないから結婚は嫌ってあり?」
「・・・」
スミレは首をかしげている。
龍陽はうまく説明できない。
「若様はご結婚なさるのですか?」
「え?まだだよ。相手もまだ決まってないんだ。たぶん主要取引先の族長娘になるらしいけど。」
「若様はその族長娘が嫌い?いえ、族長娘の方が若様を嫌っているのですか?」
どうやらスミレは龍陽の結婚話だと思ったらしい。
誤解を解きたいけど、詳しい話は明かせない。
「まだ分からないよ。決まってないもん。
でも僕の一族に嫁ぎたがる娘はいないらしいから、嫌なんだろうね。
僕も嫌だなあ。僕のこと嫌いな相手との結婚なんてさ。」
「私の侍女見習い仲間は、結婚は好きな相手とするものだと言ってました。
でも若様は好きなお相手とは結婚できないのですか?」
スミレは意外なことを言う。
「そうなの?僕の一族は政略結婚だよ。でも僕たち男は結婚したら妻を好きになって執着する生き物なんだって。」
「では若様は結婚したら好きになれるのですね。結婚しても好きになれない?のは、獣人の妻のことですか?」
「あ~うん、獣人の話。やっぱり僕には獣人の気持ちを理解するのは無理なのかなあ?」
龍陽は落ち込んだ。
母と龍陽は違う生き物であることが、龍陽には悲しいのだ。
「すみません。私は混血獣人だから、獣人の気持ちが分からないことがあって・・・」
なぜかスミレが落ち込んでいる。
「スミレは悪くないよ。なあ、知ってる?
狼族に嫁いだ人の娘が子どもを産んだらしいよ。」
龍陽は話題を変えることにした。
「そうなのですか!?人族は異種族婚を嫌うのでは?」
スミレは驚いている。
「うん。でも色んな人族がいるからね。母上たちは異種族である父上と結婚したし。狼族に嫁いだ娘も、自分から結婚を希望したらしいよ。」
一体どんな娘なのだろう?
父と母は詳しく教えてくれなかった。
「そうなのですね。」
スミレはあまり興味がないのか愛想笑いだ。
「スミレが将来結婚したくなったら言ってね。叶えてあげるから。」
使用人の結婚には主の許可がいるけど、龍陽はスミレが結婚したいなら許すつもりだ。
「え!?いえ、私は特に。まだ子どもを産める身体かも分かりませんし・・・」
スミレはまた困っている。
「あーそうだ!母上が気にしてたよ。人族の医者にスミレを診察させたいって言ってた。」
龍陽は思い出した。
トモエの件が終わったら、豊に医者を連れてきてもらわないと。
「・・・奥様と若様は、私が子どもを産むことをご希望ですか?」
スミレはまた意外なことを言う。
「違うよ。それはスミレが決めていいんだよ。スミレの身体に病気がないかを調べたいだけだよ。病気なら治さないとね。」
「私が決める?使用人の妊娠出産は主の指示で行うものではないのですか?」
「僕はそんな指示はしないよ。スミレが結婚して子どもを作りたい相手が出来たら、僕は反対しないよ。」
龍陽の説明が下手なのかスミレは困った顔だ。
「まあ将来の話だよ。」
「将来?・・・私に好きな相手ができて結婚したくなったら、ですか?
でも、相手が私を嫌いだったら結婚は・・・できないですよね!?」
「え?まあ、そうだね。」
「私は混血獣人ですから、相手は私のことが嫌いですよね。私はやっぱり結婚できない?」
スミレはそう言って落ち込んでしまった。
「スミレが混血獣人でも僕は好きだよ。」
龍陽が慰めるとスミレはぱっと笑顔になった。
「ありがとうございます!若様!
私も若様が好きです」
「え?そう?ありがと」
龍陽は予想外の返事に驚いたけど、悪い気はしない。龍陽のことを好きと言ってくれる獣人は母しか居なかったのに・・・
「・・・そうだ。人族のことは人族に相談したらいいんだよ。スミレ、明日人族町に行くからついて来てよ。」
龍陽はなんだか恥ずかしくなってきて、話題を変えることにした。
~水連町~
翌日、龍陽はスミレと龍景とともに結太夫婦に会いに来ていた。
また龍算がついてくるかと思いきや、龍景も結太に用があるらしい。
今回は急な訪問なので、結太の診療所が終わる夕方の時間にあわせてやって来た。
ちょうど、妻の紅葉が診療所の看板を片付けている。
「紅葉さん、こんばんは」
「あ!若様、お待ちしておりました!
補佐官様は以前とは別の方なのですね。」
紅葉は診療所の中に案内してくれ、結太が奥から出てきた。
「龍陽どうし・・・あれ!?ご無沙汰してます!」
結太は龍景に気付いて一礼した。
「ああ。先日の夫婦喧嘩の時には世話になったな。これは礼だ。」
龍景は持ってきた紙袋を結太に差し出した。
「え!?いえ、僕は何も・・・」
「妻に手紙をくれただろう。妻は・・・なんでかあれを読んで、俺がお前にも相談したことに気づいたようで・・・詫びをしてこいと言われたんだ。」
龍景は青い顔だ。
「ええ!?僕は手紙にそんなことは一言も・・・」
結太は驚いている。
「分かってる。妻は察しが良すぎるんだ。だが、お前に詫びを渡したらもう怒らないというから受け取ってくれ。」
「は、はい。母がすみません!」
結太も青い顔になって龍景から紙袋を受け取った。
「若様、先にすみません。
もうお邪魔は致しませんので・・・」
龍景は一歩後ろに下がった。
「・・・あれ?その女の子は・・・もしかして連れ?」
結太はスミレを見て驚いている。
「そう。僕の侍女のスミレ。
結太兄ちゃんと、妻の紅葉さんだよ。」
龍陽が紹介すると、後ろに控えていたスミレは無言で一礼した。
「侍女!?え?スミレさんは人間?」
「ううん。混血獣人だよ。」
「混血・・・そ、そうなんだ!
今日はどうしたんだ?」
結太は急に表情が強ばり、スミレから視線を外して問いかけてきた。
母もスミレが混血獣人と知った時にはこんな反応をしていた。
異種族嫌いの人族にとっては、人から産まれた混血獣人は好ましい存在ではないようだ。
「結太兄ちゃんに教えてほしいことがあって。
人族・・・人間の男にとって、嫌いと好きになれないってどう違うの?」
「は?」
龍陽の問いかけに結太は困った顔になる。
「え?えーと、何の相談?もう少し詳しく教えて」
「んーとね・・・」
龍陽は困った。
豊と雌竜の縁談はまだ未公表なので、結太相手でも明かせない。
「・・・若様?私からご説明してもよろしいですか?」
「うん、龍景兄ちゃんお願い。」
龍景が助け船を出してくれた。
「うちが北都の人族を取引先にしたことはもう聞いたか?
若様は族長とともに人族の取引担当になられるから、人族の勉強をされているのだ。
その中で、人族の男と獣人との政略結婚の例がないことに疑問を持たれてな。知り合いの人族の男に理由を聞いたら、政略結婚の相手の獣人を嫌いではないが、好きになれないから縁談は無理だと答えたんだ。」
「おお・・・」
龍陽は感動した。
ふだんは頼りない龍景だけど、なんと見事な誤魔化し方だろう。
「良く分かりました。ありがとうございます。
政略結婚って相手のことが好きじゃなくてもしなきゃいけないものだと思うんです。
でも、人同士の結婚なら、夫婦としてやっていく間に、相手を好きになることはあるんじゃないかと思うんですよね。
人の言葉では情がわくとか言いますし。
でも、獣人を奥さんにって、僕は無理ですし、政略結婚と割りきれと言われても・・・人でない妻はたぶん死ぬまで好きになれないです。」
結太はしかめ面で答えてくれた。
「それは獣人の妻が嫌い、だから結婚したくないとは違うの?」
龍陽はこれが疑問だ。
「別に相手のことが嫌いというわけではないんじゃないかな?
人なら嫌いではない女性と一緒にいることで、女性のことを好きになるってことはありえそうだけど、獣人相手じゃ無理だ。」
「う~ん?」
龍陽にはやっぱり分からない。
「ごめん、説明が下手だなあ。」
結太は困った顔で隣の紅葉を見た。
「え?私も同じ説明しかできないわよ。
でも、うーんと・・・例えばですけど、若様が会ったこともないご令嬢と明日結婚しろと言われたら、その令嬢は嫌いだから結婚は嫌となりますか?」
「え?どんな相手か分からないと好きも嫌いもないよ。」
「それは人間の男も同じです。では結婚した以上、妻のことを好きになりたいとか、妻にも自分を好きになってもらいたいって感情も同じですか?」
「・・・うん。その感情は理解できるよ。」
龍陽は紅葉の例え話は分かりやすい。
「政略結婚でも、人の男は妻を好きになれるなら、なりたいのですよ。人の妻ならその期待ができる。
でも、獣人の妻相手では、例えその獣人がどんなにいい妻でも、人の男は妻としては好きになれないから苦しいのかなと・・・想像しかできませんけど。」
「苦しいのかあ・・・でも狼族には人の妻が嫁いだんだよね?その妻も狼の夫のことは好きじゃないのかな?」
龍陽は豊の妹の話を思い出した。
「ごめんなさい、私はその妻とは面識がないので分からないです。でも貴族の女性と聞いてますので政略結婚ですね。」
紅葉も結太も嫌そうな顔になった。
「・・・若様、狼族に言えば、その人の妻との面会は手配できますが・・・」
「ありがと、龍景兄ちゃん。でもそこまではいいや。
結太兄ちゃんと、紅葉さんもありがとう。」
龍陽はお礼を言って、結太の診療所を出た。
~族長補佐官の馬車~
龍景とともに水連町を出て、馬車に乗ったので、龍陽はやっと自由に喋れる。
「やっぱり、うちと人族の男の縁談は無理?」
「いえ、こちらは嫁がせた女を好きになることは求めませんし、人族側が子どもを望まないなら、子作りも求めません。
縁談の目的は取引先に女を監視として送り込むことですから。」
龍景は気にしていないようだ。
「そっかあ。豊も縁談が無理とは言ってなかったんだよね。たぶん誰かを推薦してくるんだろうなあ。
あ!そうだ!龍算はなんで怒ってたの?龍算は豊のことを気にいってなかった?」
「あ~困ったもんですよ。
竜礼はどうやら本当に豊を気に入ってるみたいなので、龍算はお節介というか、過保護になりすぎです。」
龍景は呆れている。
「どういうこと?竜礼は気にいってるならむしろよくない?」
「いや、俺はいいと思いますよ。族長もどうでもいいと言ってました。
まあ、女の筆頭である竜礼を人族に嫁がせたらほかの主要取引先とのバランスがって声もありますけど、人族は賢いので竜礼レベルでないと監視できないというのが父の意見です。
龍算は・・・竜礼を獣人の男にとられるのが嫌なだけです。
若様が気にされることではないですよ。」
「そう?」
龍陽にはやっぱり分からない。




