取引の条件
「ねえ、母上!?僕にも教えて!
母上が気にかけてるってバレたらなんでダメなの?母上が気にかけた方がその妹?は狼族の中で生きやすくならない?」
龍陽はたまらず尋ねた。
「妹さんがそれを望むなら、私は助けることはできるわ。でも彼女は望まなかった。
ならば、私のワガママで彼女の覚悟を邪魔しちゃいけないの。」
「でもその妹が元気かどうかは気になるから、豊に頼んだの?
え?でもならなんでそう言わなかったの?」
龍陽はまだ疑問だ。
「・・・私は妹さんの近況を知らせてもらいたかった訳じゃないの。
巴衛から、解放軍の人たちが北都に行った豊さんが元気にしてるか気にしてるって聞いてたから、私の依頼をきっかけに、豊さんが解放軍の人たちに会いに行ってその近況を伝えてくれれば、それでよしって思ってたのよ。
なのに、とっても嬉しいサプライズだわ。」
「え!?そっちでよかったんですか!?」
今度は豊が驚いている。
母と豊は以心伝心ではなかったらしい。
「妹さんのことも気にはなってたのよ。だから豊さんが取引先になったら、こっそり教えてもらおうとは思ってたの。」
母だけはずっと楽しそうだ。
「答えが複数あるってそういうことか!」
父は納得したらしい。
「カエデ、ショウ、陶矢に真矢、あの時の仲間は皆元気にしてましたよ。陽介は妻と子育てに忙しくしてます。」
「良かったわ。」
母はうれしそうだけど、豊の言う「あの時」とはなんだろう?
龍陽の知らない名前ばかりだし。
でも父はもう納得した顔なので、豊の言っていることが分かるらしい。
「あなた?これで人を正式な取引先にしてもらえるの?」
「ああ。ここからは俺の仕事だ。」
父は仕事モードの顔に戻った。
「じゃあ、豊さん。また」
母はスノードームを両手で大切そうに持って部屋を出ていった。
ここから先は父の仕事になるので、母は同席できないルールなのだ。
「もう座っていいぞ。」
母が居なくなったので、父は、豊が同じテーブルにつくことを許した。
「畏れいります。」
豊は営業スマイルになり、父の向かいの椅子に座った。
「取引の話は本来は族長とするんだが、お前が族長代理で取引担当ってことでいいんだよな?」
「はい。北の貴族より一任されて本日参りました。」
「取引の条件が2つある。
一つはシリュウ香の取引をすることだ。数は少なくてもいい。族長妻の種族として主要取引先になってもらう。妻の名誉のためだ。
うちのルールではシリュウ香を購入しない取引先は主要取引先にはなれない。」
父は驚くほど丁寧に説明している。
「族長のシリュウ香をお売りいただけるのですか?」
豊は驚いていない。
「ああ。俺の担当になるな。息子の龍陽にも手伝わせるし、取引量によっては龍緑にも補佐させる。」
「畏まりました。族長のシリュウ香の値段は把握しております。最初の年は500個お願いしてもよろしいでしょうか?」
「かまわんが、そんなに多くて大丈夫か?人族には需要がないんだろ?」
「はい。転売のために購入することになりますが、構いませんよね?」
「ああ。売った先のことには干渉しない。
じゃあ2つ目の条件だ。
豊、お前に竜冠を嫁がせる。」
「は?」
豊は目を丸くして驚いているけど、なんで?
「なんだ?竜冠じゃ不満か?」
父は怪訝な顔だ。
「え?いや、誰ですか?リュウカン殿って!?え?しかも嫁がせるって聞こえたんですけど、聞き間違いですよね?」
「間違ってない。取引実績がないのに、いきなり主要取引先になるんだ。女を嫁がせるのは当然だろ?
それに、お前にはまだ子どもがいないんだろう?竜冠は30前だから問題なく産卵できる。」
「・・・えーと、待ってください。ちょっと頭を整理します。
狼族から、紫竜の女性が取引先に嫁ぐ話は聞いております。
すでに人の妻が3人もおられますが、紫竜の女性との縁談も頂ける、それが取引の2つ目の条件ということですか?」
「そう言ってるだろ。」
父は呆れながらも豊の質問に付き合っている。
人族は頭がよいはずなのに、なんで豊はこんなに理解が遅いのだろう?
「まず、縁談はありがとうございます。大変光栄ですが、一つお尋ねしたいことがあります。」
「なんだ?」
「縁談相手は、こちら・・・北の貴族側で選任させて頂くことは可能でしょうか?」
「ダメだ!お前だ!」
父は拒否した。
「・・・他の主要取引先も、縁談相手は紫竜族長が指名されるのですか?」
「いいや。取引先の族長の推薦を許している。」
父は素直に答えた。
「・・・ならば、なぜ私だけご指名なのですか?」
父相手にここまで問いかけてくる豊の胆力はたいしたものだ。
たいていの獣人は父相手に怯えて質問すらできないのに。
「妻のいないお前が芙蓉に近づくのが嫌だからだ!」
「そんな公私混同で結婚させられてたまるか!」
叫んだ豊から怒気が出た。
「何が不満だ?今はもう産卵できる年齢の女は竜冠だけなんだ。
お前に嫁がせるために白鳥と離婚させたんだぞ!?」
「相手の不満じゃないです!
私は、北の貴族側の事情で結婚もしないし、子どもも作る予定はないんですよ。
しかるべき縁談相手をこちらに選ばせてくださいよ!」
「なんだその事情って?お前も族長筋になったなら、結婚も子作りも義務じゃないのか?」
「子作り義務があるのは北の貴族である北才です!私は下手に結婚して子どもを作ると北才の政敵になるので、作る予定はないのです。
これは人の世界の重要事項なので尊重頂きたいです!」
「・・・そうなのか?なら子どもの産めない女にするか。」
「・・・誰ですか?」
豊は一層嫌そうな顔になった。
なんで?
「お前と結婚したがる物好きなんて2人もいると思うか?」
なぜか父は楽しそうだ。
なんで?
誰のこと?
「・・・族長のご心配は妻のいない人の男が奥様に近付くことですよね?」
豊は急に営業スマイルに戻して問いかけてきた。
「ああ。妻がいても雄を近付けるのは嫌だがな。妻が望むからお前は仕方なくだ。」
「俺は奥様に邪な感情はないですし、奥様だって俺を異性としては見てないですよね?」
そう言った豊から悪意は出なかった。
「俺は妻を疑ってるわけじゃない。俺の本能的に嫌なものは嫌なんだ!」
父は譲らない。
紫竜一族としては縁談相手は北才の血筋なら誰でもいいはずなので、父のワガママでしかないのだ。
「本能ですか?ならば、ご存知のとおり、人の男・・・貴族の男は例外なく一夫多妻です。
妻がいることは他の女性に手を出す障害になりません。」
「え?」
父はポカンとした顔になった。
「私の実父は首都の貴族でしたが、実母は別の男に嫁いでおりました。
それを父が権力をかさに、人妻だった母を襲って俺を妊娠させたのですよ。
当然、父には当時他に4人の妻がおりました。」
「・・・」
豊から悪意は出ないので本当の話らしいけど、龍陽はショックで声が出ない。
龍陽は一夫一妻の生き物だ。
妻がいるのに、他の雌と子作りする?
妻がいるのに、他の雄の妻を襲う?
龍陽には人の生態が理解できない。
「・・・やっぱりお前には竜礼を嫁がせる。」
「なんでだよ!?」
「なんで!?」
豊と龍陽は同時につっこんだ。
父は何を言い出した!?
しかも、なんで竜礼!?
母の担当だからか?
「人族の男なんざ信用ならねえ。あいつに監視させるのが一番だ。」
「何の監視!?というか、取引先になっても芙蓉さんと会うわけじゃな・・・」
怒って怒鳴る豊は急にはっとした顔になって黙った。
「・・・芙蓉さんが直接私に頼みたいことがあるんですか?
だから、今日面会できて、芙蓉さんはまたって・・・」
「そういうことだ。
トモエはお前と面会した後、また芙蓉に会いに来たんだ。
面会後、トモエの希望で、俺の執事に熊族領の町まで送らせた。
だが、トモエはそれから姿を消したらしい。熊族長は今も探している。」
「し、司令官が!?」
豊はショックを受けた。
トモエこと司令官とは先月会ったばかりなのに!?
司令官が簡単に誘拐されるわけがない。
「芙蓉さんは司令官を探してほしいんですよね!?それは取引先にならないとできないことなのですか?」
「・・・龍陽、説明してやれ。」
ようやく龍陽の役目がきた。
この説明のために龍陽は朝から同席していたのだ。
「母上の頼みで、龍景と一緒にトモエが失踪した宿を調べに行ったんだ。
トモエの部屋にはタンチョウの匂いが残っていたけど、宿の熊によればタンチョウの客はいなかったらしい。
タンチョウ族に問い合わせたいけど、家族でもないトモエが母上と面会していたことは内緒だから、僕らがトモエを探している口実が必要になる。」
「・・・なるほど。取引協議のために紫竜本家を訪ねた私の部下人族が行方不明になり、北の貴族から捜索の協力を依頼したというのはいかがですか?」
豊は今度は理解が早い。
「それでいい。熊族長は捜索の依頼まではしなかったからな。妻の種族の問題に俺は介入できない。
だが、取引先の族長から協力依頼がある場合は別だ。」
「近日中に北才より正式にご依頼させて頂きます。」
「その依頼書を持ってお前がまた来い。うちからは今日この後、人族・・・お前のところの北の貴族を主要取引先にしたことを公表する。」
「はい。」
豊は急いで別荘を出ていった。




