豊の妹
~北豊の屋敷~
北清との面談の後、北才は側近を集めて緊急会議を開いた。
やはり、北才は北要一族の処刑を決めたようで、北要一族亡き後の対応について話し合っていたら、会議が終わるころには朝日が昇っていた。
豊は北都に戻るなり北才の屋敷に来ていたので、一度自分の屋敷に戻ることにした。
「あ!おかえりなさい。豊さん」
出迎えたのは屋敷の管理を任せている牡丹だ。
解放軍のカエデの部下だったが、今は豊の世話を焼いてくれている。
豊は解放軍時代に獣人のみならず人からもかなりの恨みを買っているので、側に置く部下は解放軍の仲間でないと信用できない。
まあ、かつてその解放軍の部下にも裏切られて暗殺されかけたことはあったが・・・
「朝食にお茶漬けを用意してありますけど、寝室も整えてありますよ。」
「ありがと。眠くはないんだ、お茶漬けもらうよ。」
「では食堂にどうぞ。お荷物もらいます。」
牡丹は豊から荷物を受け取って片付けに行ってくれたので、豊は食堂に向かった。
「あれ?いつお帰りに?」
食堂では陽助家族がちょうど朝御飯を食べていた。
北才から与えられたこの屋敷は広すぎるので、豊は陽助家族にも一緒に住んでもらっているのだ。
「今だよ。北要のせいで徹夜さ。
やあ、陽菜ちゃん!偉いなあ、野菜も食べられて」
豊は陽助の隣で青菜のお粥を食べる幼女を見て思わず笑顔になった。
陽助の娘の陽菜だ。
陽助の妻の春菜が離乳食のお粥を食べさせているところだった。
「おつかれさんです。仕事の話は後で聞きます。」
「ああ。俺も食べる。
あ!春菜と陽菜ちゃんにはお土産があるんだ。牡丹からもらってくれ。」
「まあ!?ありがとうございます、隊長!」
春菜は喜んでいるが、
「いや、もう隊長じゃないから。」
豊はもう解放軍の隊長ではないのに、春菜は解放軍時代のくせが抜けず、時々こう呼ぶのだ。
「あらやだ。またやっちゃった。
ごめんなさい、北豊様」
「豊でいいよ。ここでは。」
北豊は仕事上の名前だ。家の中でまでこの名前で呼ばれるのは好きじゃない。
「う~」
「あ!ごめん、陽菜。はい、あーん。」
豊と会話して育児の手が止まった春菜は、陽菜に怒られて、また粥を口に運んでいる。
春菜は牡丹ほど器用よしではないけど、春菜よりも10歳以上年上で訳ありの陽助に嫁いでくれたので、文句なんて言えない。
豊は手早くお茶漬けを食べて、お風呂に入って着替えた。
そのまま仕事に戻りたかったが、疲れが押し寄せてきたので寝室で仮眠をとることにした。
アラフォーの身体ではもう若い頃のような無茶はできないのだ。
「豊さ~ん!おはようございます
2時間たちましたよ!」
陽助が起こしにきてくれたようだ。
「あ~うん」
豊は無理矢理目を開いて身体を起こした。
疲れは全然とれていない。
「大丈夫ですか?旅から帰ったばかりなのに。オッサンは無理しちゃダメですよ。」
「うるせえ。お前よりは若いよ。北要にかまけてられないんだ。芙蓉さんの依頼がまだ終わってない。」
「え?解決したんじゃないんですか!?」
陽助は驚いている。
「ああ。期限はないけど、龍希はそんなに待ってくれないだろうからな。」
「でしょうね~」
陽助は困った顔で笑っている。
陽介が40歳すぎてから、若い妻をもらって子どもを作ったのも龍希からの要望だった。
陽助は芙蓉さんの従兄弟にあたり、芙蓉さんが怪我をした時には血縁者の血液が望ましいのだが、血縁者は陽介と芙蓉さんの実父しかいなかった。
龍希は自ら陽助に子ども、それも娘を作れと迫り、子作りのためにとシリュウ香まで送ってきたので、陽助に拒否権はなかった。
「まあとりあえず、溜まった仕事を片付けて下さい。」
陽助に言われて、豊は自分の執務室に向かった。
半月以上家を開けていたわりには仕事は溜まっていない。
書類の山は豊の予想より少なかった。
陽助たちがうまくさばいてくれていたようだ。
「ん?なんだこれ?狼族から?」
書類の山の中に小さな箱があった。
プレゼントのように色紙で包装され、リボンがついている。
「ああ。妹君から出産祝いのお返しだそうです。」
陽助が教えてくれた。
「別にいいのに。あいつも大変だろうに。」
豊が包装を開けると、中に入っていたのは狼族の特産品だった。
豊の【妹】は一昨年に狼族に嫁ぎ、昨年末に子どもを産んだのだ。
「あの子も初めての子育てで大変でしょうね。人の子の姿で生まれたとは聞いてますけど、狼との混血獣人なんて初めてですし。狼族にも前例はないみたいですし。」
「まあな。たいしたもんだよ。まあ、竜の子3人育てた芙蓉さんに比べたら・・・あ!」
豊ははっとなった。
「・・・豊さん?どうしました?」
「あーー!!そうだ!手紙!いや、こいつだ!」
豊は妹からの返礼品を手にとった。
~紫竜本家 別荘~
9月の初め、龍陽は両親と紫竜領の別荘に来ていた。
豊がやってきたらしいけど、母が思い付き、父が豊に課した依頼の【正解】は父も龍陽も知らない。
母は正解は一つじゃないからと言って教えてくれなかったのだ。
豊が母に直接会うことは、嫉妬深い父は許さず、別室に待たされているらしい。
龍陽たちが別荘について間もなく、疾風が箱を持ってやって来た。
「これが豊が持ってきた品か?」
「はい。」
父は不思議そうに疾風の持ってきた箱を見ているが、龍陽も驚いていた。
箱はピンクの色紙で包装されて、赤いリボンがついているけど、龍陽の両手の手のひらに乗りそうなほどの小ささだ。
「私が開けてもいいの?」
「ああ」
父が同意したので、母はリボンをほどき、丁寧に色紙をはがして箱を開けた。
中に入っていたのは・・・
「え!?何これ!?」
龍陽は思わず声が出た。
箱に入っていたのは、
美しい宝石でも、繊細なレースのドレスでも、意匠を凝らした装飾品でもなく、
狼族製のおもちゃ
だった。
「これはスノードーム?」
母にとっても予想外だったようで、驚いて、おもちゃを手にして見ている。
そうだ。
スノードームという名前だった。
昔、龍示が持っていた。
透明で半円のドームの中には水が満たされ、おもちゃを手で振ると、ドームの中でキラキラと光る白い紙吹雪が雪のように見えることからスノードームと言うらしい。
「これは桜かしら?」
母に言われて、龍陽もスノードームを覗き込んだ。
スノードームの中にはピンクの花が咲いた木のような物がドームの台座に固定されている。
母の好きな桜の木のようにも見える。
その木の下には人形が2つ。
人の女性と、狼の獣人のように見える。
二つの人形は並んで手を繋いでいる。
「・・・そう。あの子は元気にしてるのね。」
そう呟いた母の方を見ると、母は目にうっすらと涙を浮かべている。
「母上どうしたの!?」
「ふ、芙蓉!?悲しいのか!?」
龍陽と父は同時に問いかけたけど、母は首を横にふった。
「違うわ。嬉しいの。やだわ。歳を取ると涙もろくて・・・」
母から悪意は出ていないので、本当らしいけど、
「え!?これが正解なの!?」
龍陽は訳が分からない。
母が欲しかったのは、狼の子どものおもちゃ!?
「・・・疾風、豊を呼んでこい。」
父が驚くべきことを言う。
「え!?いいの!?」
父に限らず、男たちは妻に別の男が近づくのを嫌がるのだ。
父は、身体が大きくなった龍陽たちですら母に近づけるのを嫌がるのに!?
「ああ。あいつが当てずっぽうで持ってきたとは思わないが、説明はさせないとな。
俺にはこれが何か分からない。」
「え!?なら僕らだけ聞きにいけば・・・」
「ふふ。いいのよ、龍陽。私も豊さんに会いたいからわざわざ来てもらったの。」
母は愉快そうに笑うけど、父は渋い顔になっている。
嫉妬深い父の前で、母が別の男に会いたがるなんて!?
しかも父はその願いを叶えたの!?
豊は母の血縁者でもないのに!?
龍陽は理解が追い付かない。
「失礼します。」
間もなく、疾風に連れられて豊がやってきた。
「お久しぶりです、豊さん」
「芙蓉さん!お久しぶりです。お気に召しましたか?」
母と豊は親しげに挨拶している。
母の名前を呼んでるし、母も豊も作り笑顔ではなく本物の笑顔だ!?
父は豊を睨んでいるが、文句は言わない。
「まだクリアじゃねえぞ。説明してもらおうか。これは何だ?」
父が問いかける。
「私の妹が作ったスノードームです。」
「は?お前に妹なんて居たのか?」
父は怪訝な顔で問いかけるが、母はニコニコして黙っている。
「実の妹ではないです。ともに北清の養子になったので、まあ、書類上の兄妹ですね。
一昨年に狼族に嫁ぎ、昨年子どもを産みました。」
「・・・ああ、あの時のガキか!?」
なんと父は、豊の妹?を知っているらしい。
龍陽は初耳だけど、北才の親族が狼族に嫁いだことは知っている。
人は異種族婚を嫌う生き物なので、北の貴族と狼族の縁談は大きなニュースになったのだ。
「で、なんでこれを芙蓉に?」
父もまだ分かっていないらしい。
「妹は狼族の夫と元気にやってますよとお知らせしようと思いまして。」
豊は笑顔のまま答え、母も笑顔で頷いた。
「え?芙蓉が望んだ物ってそれ!?
そんなの俺に言ってくれれば狼族に問い合わせるのに!?」
父は驚いているけど、龍陽も同意見だ。
「それではダメなんですよね!?」
「ふふ。さすがは豊さん。狼族は何も知らないの?」
「はい。これは妹が私に送ってきた物ですので。」
「芙蓉!?2人で会話しないで!俺にも分かるように教えてくれよ。」
ついに父の我慢が限界を迎えたらしく、豊の前なのに、素が出ている。
「豊さんに説明してもらうんでしょう?」
「失礼しました、紫竜族長。
狼族にも誰にも知られる訳にはいかないのですよ。芙蓉さん・・・いえ紫竜族長夫人が妹を気にかけて下さっていることは。」
「なんでだ?」
「妹は芙蓉さんを頼らなかった。
自分で北の貴族の一員として狼族に嫁ぐと申し出て、北才母子に自分の存在価値を認めさせたんです。
狼族に対してもそうです。
でも、芙蓉さんが妹を気にかけた瞬間に、妹の覚悟も努力も評価されなくなる。
狼族も、誰もが紫竜族長妻のお気に入りだから、妹はうまくやれているのだと思い込んでしまうから。」
豊の丁寧な説明で龍陽にはようやく分かった。
でも母はそんなこと一言も言ってないのに、なんで豊には分かったのだろう?
「・・・芙蓉、豊の持ってきた物は正解なのか?」
「はい。」
母は迷いなく答えた。




