北都の戦争
~北都~
8月の終わり、豊は何の答えも見つからないまま北都に戻ってきた。
龍希からの依頼に期限はないけど、時間をかけないと解決できない課題ではないはずなのだ。
ショウのシンプルな意見が正しい気がしてきた。
これが芙蓉さんから豊への依頼なら、そんな無理難題なはずがない。
司令官では分からない人物の近況を知りたい
そういう類いの依頼ならおかしくない。
でも誰だ!?
解放軍以外の共通の知り合い?
ワニの混血獣人が居たが、彼女の行方を豊は知らない。
名前はテンだったか!?
探せなくはないが、龍希がワニ族に探させた方が早そうだ。
水連町の関係者なら結太から知らせることができる。
だが、北都の知り合いといえば・・・先代北の貴族と北才くらいだ。
「・・・ん?」
豊が都門をくぐるとすぐに見知った男が近寄ってきた。
豊の側近の陽助だ。
豊は今は北豊とばれないように変装しているのに、なんだ?
陽助はハンドサインを送りながら豊の横を通りすぎたので、豊はそのまま往来を進み、尾行されていないことを確認して路地に入った。
待つこと5分、陽助が路地の反対側から近づいてきた。
「おかえりなさいませ。」
「何かあったのか?」
「ありました。すぐに馬車に乗って下さい。」
ここでは話せないらしい。
豊は陽助が持ってきた上着を羽織り、近くに停められていた北才の馬車に乗って北才の屋敷に向かった。
「まさか戦争か?」
馬車の窓から見える景色は、豊の出発前とは明らかに違う。
建物が壊され、火事の後も見える。
そういえば都門の警備兵も増えていた。
「はい。北の貴族の北要と戦争になりました。まあ、2日で全面降伏しましたが。」
「はあ!?なんで!?」
豊は驚いた。
北都は北才を含む複数の北の貴族が共同統治している。
貴族同士仲良くはないが、戦争するほどの諍いもないし、下手に貴族同士で争うと、周辺の獣人の種族に攻め込まれる危険もあるので、均衡を保っていたのに!?
北才は慎重派なのに、なぜ戦争を?
「詳しくは北才殿より。正直、俺たち下っ端には何がなんだか!?」
陽助には豊の代理を頼んでいたので、下っ端ではないが、ごまかしているのではなく、陽助も分かっていないのだろう。
~北才の屋敷~
北才の屋敷は攻め込まれていないようだが、兵士は明らかに多く、殺気だっている。
豊の馬車も普段と違って止められたが、豊が窓から顔を出すと、兵士はすぐに通してくれた。
豊は馬車を降り、陽助とともに北才の執務室に向かった。
~北才の執務室~
「帰ったか、北豊。」
北才は普段通りの格好だが、顔は険しい。
「北要と戦争したのか?」
「ああ。7日・・・いや8日前に私の娘が外出先で誘拐されかけてな。護衛が犯人を生け捕りにしたんだが、誘拐犯は北要の依頼だと言い出したんだ。」
「んなバカな!?」
豊は驚きと呆れでつっこんだ。
北の貴族がそんなお粗末な誘拐をしかけるわけがない。
「ああ。私も信用できない弁解だと思ったよ。たが、誘拐犯は前金としてもらったと金のネックレスを持っていてな。かなり高価な物だったので、北要のところから盗まれた可能性もあると思って北要に連絡したんだ。
そうしたら、北要は誘拐を依頼したと言い出したんだ。」
「んなバカな!!??」
豊はさらに大きな声が出た。
「んなバカな!だよ。
俺だって自分の耳を疑ったさ。だが、北要は依頼者は自分だ、北の貴族として責任をとると言い出したんだ。」
北才はふざけているわけではないらしい。
「なんでそれで戦争になったんだ?」
「北要はな、責任を取る方法として、北要の娘を北豊に嫁がせると言い出したんだ。」
「バカだろ?」
豊は呆れた。
「ああ。当然断ったよ。とはいえ金銭賠償で終わらせられる話でもないから、北豊が戻ったら相談するつもりだったんだ。
ところが、4日前に北要が挙兵して・・・」
北才は渋い顔だ。
「狂ったのか?」
豊はそうとしか思えない。
北要のことはよく知らないが、20年以上北の貴族として統治してきた人物だし、北才の先代、先々代とも大きなトラブルはなかったはずなのに、なぜ?
「分からん。戦争・・・というほどでもなかったな。こちらにも死傷者は出たが、2日で北要の息子がクーデターを起こして北要夫婦を殺し、全面降伏してきた。
息子も北要の愚行の原因は分からないらしい。」
「北要の息子はどうするんだ?」
「それを相談したくてお前を待っていたんだ。先代・・・母上に相談に行くぞ。」
「俺には荷が重すぎる相談だぞ!?」
豊は辞退したいのに、北才は許さず、先代北の貴族である北清の待つ部屋に連れていかれた。
~北清の部屋~
「母上、失礼いたします。」
北才に続いて豊が部屋に入ると、北清はベットに座って待っていた。
一年前までは北清が北の貴族だったが、病に倒れて息子の北才が後を継いだ。
北清は頭はしっかりしているものの、病の後遺症で1人で立ち上がることもできないらしい。
「いらっしゃい。ごめんなさいね、北の貴族にお越し頂くなんて。」
「とんでもない。お身体は大丈夫ですか?」
北才は本当に母の北清を気遣っている。
北才は北清の唯一の息子で母子仲は良いのだ。
「おう・・・いえ、北豊もおかえりなさい。」
北清は豊に微笑みかけてきたので、豊は一礼してベット近くに寄った。
「すみません、私まで。」
「ふふ、何を言うの?息子たちが来てくれて嬉しいわ。」
豊は北才の側近になった際に、北清の養子となり、名を北豊と改めた。
そこまでする必要はないとも思ったが、紫竜は族長筋であることを重んじる側面がある。
豊の母は北清の姉だが、父は首都の貴族なので、貴族のルールでは豊は北の貴族一族ではない。
そこで、北都で活動するには北清の養子になった方が有利だと、北清と北才に説得されて、豊は応じることにした。
北清とはそれだけの関係なのだが、北清と豊の母は姉妹仲がよかったせいか、北清は豊のことも実の息子のように気にかけてくれる。
「母上、早速ですが、ご相談が・・・」
北才は北要との戦争の経緯を説明し始めた。
「・・・獣人との戦争になる前は小競り合いがあったけど、久しぶりねえ。」
北清はあまり驚いていない。
「北要の息子はどうするべきでしょうか?」
「愚問ねえ。一族皆殺しに決まってるでしょう。」
北清は迷わず答えた。
「え?いや、しかし、それでは・・・」
北才は嫌そうだ。
「それでは?なに?」
「貴族がまた一つ減ることになりますよね?」
「そうよ。チャンスじゃない。何を怖じ気づいてるの?あなたの代で北都を統一するのよ!?」
北清はそう言って呆れているが、豊は苦笑いした。
このばあ様の野心はたいしたものだ。
だが、息子の北才にはそこまでの意気地がない。
それが北才が為政者として嫌われている最大の原因だ。
北の貴族の勢力図はこの数年で大きく変わった
紫竜のせいだ。
北才の一族は紫竜からの依頼金で大きく潤い、もう他の北の貴族たちの資産を合わせても、北才一族の資産には敵わない。
獣人からの依頼も絶えずあり、一部の種族からは、北の貴族=北才とのイメージが定着しており、他に北の貴族がいることすら知られていないこともある。
北才が本気で北都統一を目指せば、おそらく他の北の貴族を滅ぼすことは可能だ。
それもさほど大きな被害を出さずに。
龍希はことあるごとに獣人の世界には介入しすぎないと言うが、紫竜の影響力は計り知れないのだ。
「しかし、誘拐未遂でそこまでは・・・息子は早々に降伏してきましたし。」
北才は案の定渋る。
「なら生かすの?北才の娘を誘拐しても、その一族は助かるなんて前例をつくったら、あなたの家族は誘拐の危険に何度でも晒されるわよ?
他の貴族になめられたら終わりよ。」
北清はさすがだ。
豊の言いたいことを全て言ってくれた。
豊は為政者になるつもりはないし、その知識もないけど、解放軍として生きるか死ぬかの環境におり、獣人の族長たちと戦ってきた経験から、北清と同意見だ。
獣人の種族には族長は1人だけ。
なのに、人の世界にだけ族長が複数おり、権力も財産も分散されている。
これが獣人との戦争で人がことごとく大敗した原因の一つだと豊は思っている。
「で、ですが、獣人との戦争で北の貴族はかなり減り、北都は何年も落ち着かなかった。
そんな中で仲間割れでまた貴族が一つ消えるとなれば、他の貴族たちも黙っていないかと・・・」
「文句があるなら戦争すればいいわ。まあ、誰も北要の仇討ちなんてしないでしょうけど。
もうすぐ人の中で唯一、紫竜の取引先になるのよ?
その前に北都を統一してもいいくらいよ。しっかりしなさい!」
北清は北才を叱責している。
「北豊はどう思う?」
北才がすがるような目で見てきた。
「北才殿が北要の息子に情けをかけたいなら、終身刑でもいいと思いますけど、遺恨を残すだけですよ。」
「いや、お前も北要一族を滅ぼす前提なのか!?」
「それ以外にあります?
北要一族を生かすメリットは何もない。」
「おかしいと思わないのか?北要がこんな暴挙に出るなんて!?
獣人の策略かもしれない!」
北才は怒り出した。
「獣人に北要一族を自滅させるメリットがありますかね?
北要は案外、北才殿の慈悲深さを利用して、誘拐の責任を口実に娘を俺に嫁がせて北才殿を暗殺してとって代わろうくらいの考えだったのかもしれませんよ?」
「いや、冗談はよせよ!」
北才はそう言うが、
「あら、北豊の推測はいい感じよ。北豊には縁談がひっきりなしに来てるけど、娘の親たちの策略はそんなものだと思うわ。
北要を唆したのは案外、獣人じゃなくて他の北の貴族かもしれないわよ。
我が一族の財産と権力を狙う賎しいハイエナは叩き潰しなさい!」
北清は豊に同意した。
「・・・母上のご意見は分かりました。結論を出したらご報告に参ります。」
北才はそう言うものの、おそらく北要一族の処分は決めたはずだ。
「さてと。肝心の紫竜の依頼は片付いたの?」
北清が豊に問いかけてきた。
「いえ、まだです。解放軍とは関係のない、でも族長の奥様が気にかける人物にお心あたりはないですか?」
豊の問いかけに北才母子は顔を見合わせた。
「誰だそれは?それが依頼に関係するのか?」
「おそらく。芙蓉さんはその人物の近況を知らせて欲しいのかと・・・」
「奥様の望みは形のある物だろう?」
「ええ。でも俺は面会できないので、手紙で知らせることになります。」
「・・・私じゃないわよね?さすがに」
北清は苦笑いする。
確かに北清も芙蓉さんと面識があるけど、昨年までは北の貴族として紫竜からの依頼にも対応しており、世代交代も芙蓉さんに知らせているので、たぶん違う。
「たぶん違います。」
「よねえ。お会いしたのは一度限りだし。」
北清たちに相談してもやはり答えは分からなかった。




