豊の旅 後編
~水原町診療所~
カエデ姉さんたちと別れ、豊は水連町を出て、水原町にやってきた。
ここは水連町よりも北にある小さな町だ。
解放軍の真矢は、かつては水連町で活動していたが、そこで知り合った男と結婚し、今は夫とともに水原町に住んでいるらしい。
真矢も解放軍の戦闘員だったが、いい出会いがあったのだろう。
「こんにちは。」
豊は真矢の夫が営む診療所を尋ねた。
「はい。どうされま・・・え!?豊さん!?」
出迎えた若い女性には見覚えがある。
「やあ、真矢!久しぶり!」
「お!お久しぶりです!え!?どうしてここに!?」
真矢は大袈裟なほど驚いている。
「真矢?どうしたの?」
隣の部屋から白衣を着た若い男が出てきた。
おそらく真矢の夫だろうけど、真矢より5歳は若く見える。
というかまだ10代じゃないだろうか?
「あ!ごめん。水連町の知り合いなの。ちょっと抜けてもいい?」
「え?ああ。分かった。」
真矢の夫は快諾してくれ、真矢は豊を診療所の奥の部屋に案内してくれた。
「す、すみません。狭いところですが・・・」
「いや僕の方こそ突然すまないね。これ北都土産ね。」
豊は菓子箱を真矢に手渡して、すすめられた椅子に座った。
「え!?あ、ありがとうございます。どうされたんですか?」
真矢は戸惑いながらも豊の向かいに座った。
「仕事でかつての仲間に会いに回っててね。水連町でカエデ姉さんに真矢のことを聞いたんだ。」
「そ、そうでしたか!?え?解放軍の仕事ですか?」
「いや、北都の方の仕事。真矢は紫竜の芙蓉さんとは顔見知り?」
「え?いえ会ったことはないはずですけど、昔、紫竜に捕まっていた時に2人の女性に会ったことがあって・・・もしかしたらどちらかが芙蓉さんだったかもしれないです。」
「紫竜関係の人間とはそれっきりかい?」
「はい。私は・・・私の兄を殺したのはたぶん紫竜だから関わりたくなくて・・・紅葉に任せました。」
「ああ。」
豊は真矢の兄も知っている。
兄はかつて解放軍の北部隊を率いる隊長だったが、何年も前に隊員たちと行方不明になったのだ。
その後、兄たちを探していた真矢は紫竜に捕えられたので、おそらく兄たちは紫竜に始末されたのだろう。
だが、龍希には確認しないというのが司令官の方針だ。
豊もそう思う。紫竜が兄の仇だと判明しても、真矢の苦しみが増すだけだ。
豊は紫竜に殺された仲間たちのことを忘れてはいないし、必要な犠牲だったと割りきることもできない。する気もない。
だけど、紫竜には紫竜なりの理由があったのだろう。紫竜のルールを知らないままに行動をおこし、仲間たちが犠牲になった責任は豊にもある。
だから、豊が紫竜との共存に動くことは、これ以上の仲間の犠牲を減らすことにも繋がると思っている。
それが亡くなった仲間たちの死を無駄にしない豊なりの責任の取り方だ。
真矢の話からすると、芙蓉さんが真矢からの手紙を期待して、龍希に依頼をさせたとは思えない。
豊は話題を変えることにした。
「紅葉よりも若い旦那だね!?」
豊が笑いかけると真矢は困った顔で目をそらす。
「5歳以上も下なんですよ。夫は結太さんと同じく病院で薬師の勉強をしていて、仲がいいので、私が紅葉を結太さんに接触させるために動いていた時に、夫との接点も増えて・・・なぜかこんなことに。」
「ん?じゃあ夫は解放軍のことは知らないのか?」
「いえ知ってます。夫は以前、病院の寮が襲撃された時にも結太さんと居たから巻き込まれて、その時に私が襲撃者に応戦してるのを見てたんです。」
「へえ!?・・・ん?もしかして陽助が気にかけてた水原町の子か?」
豊は思い出した。
真矢の言う病院寮の襲撃事件の時、水原町の子どもが1人巻き込まれていた。
解放軍の陽助はこの子を守るために参戦して、色々面倒なことになった。
「そうです。結婚した時には陽助さんからお祝いが届いて夫は喜んでいました。
今も豊さんのところに?」
「ああ。陽介には用心棒をしてもらってるよ。
にしても、真矢の夫は強い女が好きなのか?」
豊は陽助から話題を変えたい。
陽助のことは、真矢にはあまり知られたくないのだ。
「ま、まあ。そういうことなんだと思います。夫は薬師になって水原町に戻ってくることを熱望されていたので、縁談には困らなかったはずなのに・・・どうしても私を連れて帰りたいって言うから。」
真矢は平静を装っているけど、耳が赤くなっている。
こちらの夫婦も仲良くやっているようだ。
結婚だけが女の幸せとはいわないけど、若い娘が幸せそうにしている姿には感動してしまう。
紅葉も真矢も親を亡くしたり、親に売られたりして苦労してきたことを知っているから尚更だ。
「いや~真矢から惚気話が聞ける日が来るとはね。遥々会いに来たかいがあったよ。」
「もう!からかわないで下さい!それより豊さんのお仕事ですよ。私は何をお手伝いしたらいいんですか?」
「ショウか陶矢の居場所知ってる?」
ほかに芙蓉さんと接点のある解放軍の仲間はこの2人くらいだ。
「北の殿町です。ネコ亭という宿屋を訪ねて下さい。」
「ありがと、真矢。またな。」
「はい。豊さん道中お気をつけて。」
豊は真矢と別れて北の殿町に向かった。
~北の殿町~
豊が北の殿町のネコ亭を訪ねると、受付には解放軍で見たことのある女が居た。
女も豊に気づいたようで、店主の部屋に案内してくれた。
「おお!?豊、久しぶりだな。」
店主の部屋にいたのは陶矢の方だった。
真矢はショウの部下だったので少し意外だ。
「久しぶり。真矢から聞いてね。」
「ん?真矢からか!?何があった!?」
豊は陶矢には龍希からの依頼とこれまでの旅路を全て説明した。
「なんだそりゃ!?俺のとこに来ても分からんぞ!?」
陶矢は呆れた顔だ。
「そうか?陶矢はあの時以来、芙蓉さんには会ってないだろ?」
「会ってないが、俺もショウも芙蓉とはほぼ接点がない。司令官や豊とは違ってな。
豊たちが紫竜の取引先になるかどうかって問題に、俺らを巻き込むとは思えないぞ。」
「やっぱりそうか。」
豊もそんな気がしていたけど、陶矢が断言するならやはりそうなんだろう。
「俺も八方塞がりなんだ。陶矢の知恵を貸してくれよ。」
「いやわかんねぇよ。龍希の考えることなんて尚更な。」
「いや、司令官は芙蓉さんも一枚噛んでるだろうって言ってた。龍希だって芙蓉さんが喜ぶかどうかは芙蓉さんの反応を見て決めるだろうから。」
「・・・てことは、龍希の依頼って体はとっているが、実際には芙蓉から豊への依頼ってことか?」
「まあ、そうとも言えるかな。」
「なら解放軍は関係ないんじゃないか?
お前が解放軍辞めて北の貴族のもとで働いてることを芙蓉も知ってるんだろう?」
陶矢は意外なことを言い出した。
「いや、そりゃ紫竜の取引先になるには解放軍より北才のとこが都合がいいからそうしてるけど、北才の部下として芙蓉さんが喜ぶことなんて・・・何もないぞ?」
「だが、取引先になるのは解放軍じゃなくて北才だろ?取引先にふさわしいかどうかの試験なら、お前は北才の部下としてできることをやらなきゃいけないんじゃないか?」
「・・・」
豊ははっとなった。
陶矢の言うとおりかもしれない。
芙蓉さんが解放軍の活動を期待するなら、豊ではなく司令官に頼めばいいのだ。
「いや、でも、北才の部下として俺にできて、龍希には出来ないことってなんだ?」
豊は今度こそ頭を抱えた。
「芙蓉が喜ぶ物ってことは芙蓉には欲しい物があるってことだろ?
でも龍希では用意が出来ない物・・・だが、金と龍希の権力使えば用意出来ない物なんてほぼない。となれば、龍希の権力が及ばないものか、若しくは龍希が権力を使って手に入れたらダメになるもの?とかか?」
陶矢はなんだかんだ言いながら一緒に考えてくれる。
「いや、龍希が権力を使って手に入れたらダメな物ってなんだよ!?」
「紫竜には紫竜のルールがあるんだろ?
獣人の世界に介入しすぎてはいけないとか、妻の実家問題には手を出さないとか・・・そういう龍希が介入できない問題じゃないのか?」
「な、なるほど!?だけど、芙蓉さん自身にも族長妻としての権力はあるぞ?」
豊はもどかしい。
つかめそうで掴めない。
「ん~なら芙蓉が紫竜族長の妻だから、自分では手に入れられない物とかか?」
「いや、ますますなんだそれは?だよ!」
豊はさすがにイライラしてきた。
陶矢に相談したのは間違いか?
「だから俺には分からんよ。大抵の物は龍希に頼めば手に入るんだろ?
だけど、芙蓉にも龍希にもできないからお前に頼んでる。
2人にできないのは紫竜のルールかなんかが原因だろ!?お前こそ、そういうルールに心当たりはないのか?」
「紫竜のルールは一通り勉強したよ。確かに龍希も芙蓉さんもしがらみの多い立場だけど・・・」
豊には心当たりがない。
コンコン
「ん?」
誰か来た?
だが、陶矢も首をかしげているので、陶矢が呼んだわけではないらしい。
「よお。」
部屋に入ってきたのはショウだ。
「え!?ショウ!?」
「ど、どうしてここに!?」
豊と陶矢は同時に驚いた。
「真矢から連絡もらったんだ。豊が俺と陶矢に会いたがってるってな。」
ショウは種明かししながら椅子に座る。
「久しぶりだな。2人とも。また何か事件か?」
ショウが尋ねてきたので、豊は陶矢にしたのと同じ説明をした。
「ふ~ん。俺は陶矢とは違う意見だな。豊が北の貴族か解放軍かなんて芙蓉は気にしてないだろ!?
それに、俺も芙蓉とたいした付き合いはないけど、
私が欲しい物を察してよ!
みたいなめんどくさい女ではなくないか?」
「そりゃそうだ。」
「だな。」
豊と陶矢は同時に同意した。
「だろ?難しく考えすぎじゃないか!?カエデや真矢たちは元気ですよって豊が手紙に書いて送ればよくないか?
それで芙蓉が喜ばないってことはないと思うぞ。」
ショウはなんともシンプルな意見だ。
「いや、解放軍の近況なら司令官から知らせられる。わざわざ俺に頼む必要はないんだよ。
さすがにこんな簡単すぎる話ではないはずだ。」
豊は譲れない。
「ん~なら司令官では近況が分からない相手か?でも豊なら分かる。それは誰だ?」
「は?いや、俺には解放軍以外に芙蓉さんとの共通の知り合いなんていないぞ?」
豊は心当たりがない。
「ここ2年くらいの間は?新しく知り合った人間とかいないのか?」
陶矢もショウの意見に乗っかって尋ねてきた。
「この2年?いや、芙蓉さんの治療をしていた医者くらいだ。別に必要なら俺はいつでも連れて行けるし、芙蓉さんが医者たちの近況を知りたがるとは思えない。」
豊はまだ答えにたどり着けない。
「ま、ゆっくり思い出せよ。司令官にできることは正解じゃないなら、俺らにできることはないぜ。」
「・・・そう、だな。」




