昇進
その日の晩、スミレはそっと自分の部屋から出て、ユリが先日まで泊まっていた客間に来た。
深夜でも廊下や厨房には使用人たちがいるけど、スミレは侍女見習いの制服を着て、ゴミ袋を運んでいるので、誰も気にかけない。
スミレも仕事中だと思ったのだろう。
~客間~
ユリたちの居なくなった客間は灯りもなくしんとしている。
部屋は荒らされたままだ。
スミレは暗い客間のカーテンを開けた。
外からの月明かりで窓回りはかろうじて見える。
スミレは窓から一番近い壁の絵画に手をかけた。
「よかった。見つかってなかった。」
独り言を呟いて、絵画の裏に隠していた物をポケットに入れ、絵画は壁に戻した。
カーテンを開けたまま、スミレは客間の扉に向かい、扉を開けようとしたのだが、
「あれ?開かない?」
スミレが入ってきたときに扉は閉めたけど、鍵はかけてない。
というかスミレは客間の鍵を持ってない。
外から閉じ込められた!?
想定外だ。
これを奪いに来ると思っていたのに、スミレを閉じ込めて何をするつもり?
「あんたは人族の間者?それとも象?」
「ひ!」
知らない女の声に驚いて、スミレは思わず声が出た。
声は扉の向こうではなく客間の奥から聞こえてきた。
でも真っ暗なので姿は見えない。
いつから客間に!?
「あんたが白鳥の間者?」
スミレは声が震えないようにしながら問い返した。
「質問に答えろ。死にたくないならな。」
「これは族長の若様のところに持って行くの。誰よりも高い報酬をくれるはずよ。」
嘘はバレそうなので、スミレは真実だけ答えることにした。
「命より金か?」
「若様は私がこれを届けるのを待ってるの。私が死体で見つかれば、残った匂いからあんたは突き止められるわよ?」
スミレは言いながら扉から離れて背中を近くの壁にくっつけた。
外にも扉を抑えている白鳥の間者がいるはずなのだ。急に扉を開けられたら危ない。
客間の中の女は喋らなくなった。
音はしないけど、殺気が近づいてくる。
スミレは殺気を頼りに相手の攻撃をかわそうとしたけど、
「ぎゃ!」
その前に女の悲鳴が聞こえ、どさりと倒れる音がした。
「大丈夫?スミレ?」
優しい若様の声だ。
「はい。ありがとうございます。」
若様の姿も女の姿も暗くてスミレには見えないけど、人から産まれた竜の子は夜目がきくようだ。
ガラリ
客間の扉が開き、ヒョウの執事が顔を覗かせた。
「若様!ご無事ですか?」
「うん。そっちも捕まえた?」
若様はそう言いながら扉に向かって歩いてきたので、スミレは廊下からの明かりで姿が見えた。
赤いストールを頭から被った若様はカモの侍女を脇に抱えている。
あのストールが若様の匂いが分からなくなるという不思議なストールらしい。
「はい。見習いですね。」
廊下に倒れているのはカッコウの侍女見習いだ。
スミレは何度か一緒に仕事したことがあるけど、白鳥の間者だったとは!?
「こいつらは龍算おじさんのとこに連れていけばいい?」
「いえ、族長が執務室でお待ちです。」
「え!?嘘!?父上はもう寝てるでしょ!?」
若様は驚いている。
「成獣前のご子息に徹夜させて、寝る父ではないですよ。」
ヒョウの執事は笑うけど、スミレが聞く族長の噂からは想像できない。
「スミレ、族長のところまでついてきてくれる?」
「はい、若様」
スミレは若様と執事についていった。
~族長執務室~
スミレが若様たちに続いて執務室に入ると、寝巻き姿の族長と、昼間とは違う着物を着た龍算がいた。
「ほんとに捕まえてくるとはな。」
族長は嬉しそうに若様を見ている。
「たぶん白鳥の間者だと思う。自白する前に気絶させたけど。」
「いい。ここからは大人の仕事だ。」
族長がそう言うと、若様が抱えていたカモの侍女を龍算のワシの執事が受け取り、龍算はワシとヒョウの執事を従えて、部屋から出て行った。
おそらくあの2匹はこれから紫竜の拷問にかけられるのだろう。
「ご苦労だったな、龍陽。部屋に戻るぞ。芙蓉が待ってる。」
フヨウは族長の妻で若様の母親の名前だ。
ユリと同じくらいの歳で、優しそうで、おっぱいの大きな女性の人族だった。
去年、スミレが原因不明の熱で何日も寝込んだ時に、フクロウの医者とともにスミレを看病してくれた時には驚いた。
族長妻が侍女見習いの看病なんてありえないのに、ユリと若様が族長妻に頼んでくれたらしい。
「え?母上はもう寝てるんじゃないの?」
「起きてるよ。お前が部屋を抜け出したことに気付いて俺に頼んできたんだ。
母親をなめるなよ。」
「あ~だから父上はそんな姿で待ってたんだね。」
若様は納得したらしい。
「戻る前にスミレに休みとボーナスあげてよ。」
「え!?」
若様のふいの言葉にスミレは驚いた。
スミレは若様のために働いたのだ。
族長からボーナスをもらおうなんて考えてない。
「ああ。ご苦労。お前は何がほしい?口止め料込みでなんでも用意してやる。」
族長は快諾した。
「え!?えっと」
不意をつかれたスミレは思い浮かばない。
「何がほしい?お菓子?お金?それとも休み?どこか遊びに行ってもいいよ。」
若様はそう言うけど、スミレは欲しいものも行きたい場所もない。
1人では。
「別に後日でもいいぞ。」
これ以上、族長を待たせてはいけないようだ。
「わ、私は特に欲しいものは・・・侍女に昇進する評価にして頂きたかっただけなのです。」
スミレはつい言葉に出してしまい、すぐに後悔した。
お金といえば良かった。一番無難な回答だったのに。
若様に変なやつと思われただろうか?
「え?侍女に?いいよね?父上・・・じゃない族長?」
「ん?ああ。働きとしては申し分ない。疾風に言っとく。じゃあ今からお前の侍女な。」
なんと若様も族長も快諾した。
「え?侍女になるには何年もの実績と特別な試験が必要なのでは?」
混乱したスミレは族長たちに問いかけてしまった。
「ん~特別な働きをした使用人は別だ。
お前は元々、龍陽が侍女にするって拾ってきたしな。」
「ペットみたいに言わないでよ。でも僕はまだ子どもなのに、専属の侍女持っていいの?」
「お前が成獣するまでは俺の雇う侍女をお前につかせてる扱いにはなるな。
だから給料は俺からだし、俺とお前の命令が対立したら俺の命令が優先だ。」
「分かった。スミレ、僕はまだ大人になってないけど、今から僕の侍女でもいい?」
「は、はい!」
スミレは返事しながらもまだ受け入れられない。
若様の侍女になることは、実現できるかも分からないスミレの人生の目標だったのに!?
「じゃあ明日はお休みね。こっちで準備しとくからゆっくり身体休めてね。」
若様はそう言って笑いかけてくれたので、スミレは嬉しさで笑顔になった。
夢じゃない?
夢なら覚めないでほしい。
スミレは自分の部屋に戻っても、お昼になるまで何時間も眠れなかった。




