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第4話 ロック部(下)

  ロック部の部室。


  暖かい日差しが室内に差し込み、窓は開け放たれていて、柔らかい風がそっと流れ込み、とても心身ともに心地よい雰囲気だった。


  床はきれいに磨き上げられており、一目見ただけでこの教室が隅々まで掃除されているのがわかった。


  4つの教室用の机が合わされて一つの大きなテーブルになっており、その上には黒いマットが一枚敷かれていた。


  小林陽は手でマットに触れてみた。伝わってきた触り心地は、普段よく使われているコンピューター用のマウスパッドのようなものだった。


  その後、小林陽と鈴木蒼はテーブルの上に置かれた一台のノートパソコンに目を向け、二人の視線は一斉に千島響合に注がれた。


  「説明してくれないか?」


  鈴木蒼が尋ねた。


  そして千島響合は、明らかに前もって言い訳を考えていた様子で、大きく笑って言った。


  「ロック部が様々な音楽資料を調べるために、パソコンがあるのは当然だろ?」


  小林陽は隣の床に置かれた漫画本や雑誌が入ったダンボール箱に視線を移し、指をさして呆れた様子で言った。


  「じゃあこれは?」


  千島響合は前もって用意していた返答で口を開いた。


  「音楽を弾いて疲れた後に、たまにこういうのを読んで気分をリフレッシュするのも、別に問題ないだろ?」


  「まったく、お前には呆れたよ。」


  鈴木蒼は額を手で覆った。


  幼なじみがこういう性格なのは百も承知だったが、それでもやっぱりどうしようもないと思ってしまうのだった。


  「だから朝学校に来るのがあんなに遅かったのか。」


  みんながそこまで強く反対していない様子を見た千島響合は、急いでポスターを取り出して話題を変え、笑いながら言った。


  「この話はもういいだろ、新規勧誘のポスターを出そうぜ。」


  「どれが勧誘宣伝に合ってるか、一緒に見てみよう。」


  小林陽と鈴木蒼は、千島響合が机の上に置いた、極限まで抽象的なポスターに目を向けた。


  鈴木蒼は自分の描いたポスターを取り出して机に置きながら、千島響合のポスターについて淡々と評価した。


  「相変わらず芸術的センスが溢れてるな。」


  はっきり言って、千島響合のこのポスターについて、小林陽も皮肉を込めて同意のふりをして言った。


  「うん、空間描写の勉強をかなりしてきたみたいだな。まさに現代のピカソといったところだ。」


  二人の評価を聞いた千島響合は、言葉の裏の皮肉に気づいていないらしく、頭をかいて照れくさそうに言った。


  「あらあら、たいしたことないよ。」


  「じゃあもう他のを見るまでもなく、この俺のを使おうぜ。」


  小林陽と鈴木蒼は、声を揃えて反対した。


  「だめだ。これはパスだ。お前のは使えない。」


  「えっ!」


  千島響合は不満そうに言った。


  「そんなのひどいだろ!お前たち、俺の勧誘ポスターがすごくいいって言ったじゃん!」


  鈴木蒼は嫌悪感のにじんだ表情を浮かべた。


  「本当にそう思ってるのか?」


  鈴木蒼のその言葉を聞いた千島響合は、頭の中で何かを閃いたらしく、せせら笑いながら言った。


  「まさか俺の描いたのがあまりに上手すぎて、二人とも嫉妬して俺のを使いたくないのか?」


  「あらあら、そういうことなら別にいいけど、直接言ってくれれば済む話なのに、こんなに面倒なことしなくてもよかったのに。」


  小林陽と鈴木蒼は顔を見合わせ、どちらも「こいつがそう思って満足するなら、別にいいだろ」という目つきになっていた。


  「よし、俺の番だ。」


  鈴木蒼はそう言って、自分のポスターを机の上に広げた。


  「蒼、相変わらず文学的だな。まさに現代の紫式部ってところだ。」


  千島響合は一目見ると、さっきと似たような台詞を吐いたが、すぐさま鈴木蒼に頭に手刀を食らわされ、痛がって叫んだ。


  「あいたた!わかった、わかったよ!」


  千島響合が大人しくなったのを確認して、鈴木蒼は小林陽に言った。


  「陽、どう思う?」


  はっきり言って、鈴木蒼のポスターは文学的な宣伝という観点から見れば、確かに勧誘ポスターとして十分に適していた。


  ただ、昨日ゲームセンターで一緒に遊んだ一件があっただけに、この鈴木蒼のポスターは、小林陽にとって少し意外なものだった。


  びっしりと書き込まれた大量の文字を見て、小林陽は少し考え、遠回しに正直な感想を言った。


  「これはね、勧誘宣伝には十分適してるよ。」


  「ただね、もう少しだけ簡潔にしたら、もっとよくなると思うんだ。」


  「例えばこれみたいに。」


  言い終わると、小林陽は自分で作ったポスターを取り出した。


  無難にまとまったロック部の宣伝ポスターで、簡素な文字と手描きのイラストだけで、部活勧誘の趣旨がはっきりと簡潔に伝わるように作られていた。


  鈴木蒼と千島響合の二人は顔を寄せて、じっくりとポスターを見入った。


  鈴木蒼が言った。


  「確かにこっちの方がいいな。陽、このポスターを使おう。」


  千島響合も手を挙げて言った。


  「賛成!蒼のポスターよりずっといいじゃん!」


  「あいたたー!」


  千島響合の頭に、またしても鈴木蒼の手刀が炸裂した。


  この二人を見て、小林陽も頷いて同意を示した。


  その後、背後の壁際に置いたギターケースにちらりと目をやり、続いて二人のポスターに視線を戻し、心の中でホッと安堵していた。


  「よかった、昨夜少し手間をかけておいて。じゃないと部活の開始が遅れて、めんどくさいことになってたところだ。」


  小林陽が同意したのを見た千島響合は、少し表情を引き締めて口を開いた。


  「さて、部活を始めようぜ。」


  そして声のトーンを変えて続けた。


  「だけどさ、4 人目がまだ揃ってないから、とりあえずゲームでもしたり、漫画や小説でも読んだりしようよ。」


  「ドシャン」という音と共に、千島響合は漫画や小説、雑誌、さらにはゲーム機まで入ったそのダンボール箱を机の上に運び上げた。


  鈴木蒼も頷き、箱の中から文庫本を一冊さっと取り出して読み始めた。


  千島響合は目の前にノートパソコンを置いて、すぐさまゲームを始めた。


  ただ一人残された小林陽はこの二人を見て、心の中でツッコミを入れた。


  「まったく、ホッとしてる場合じゃなかった。そもそもここ、元々ゲーム部になる予定だったのを忘れてたわ。」


  ......


  放課後の日差しが斜めにこの音楽室に差し込み、カタカタと小さなキーボードの音、そして時折ページをめくる音が響いていた。


  空気の中には、かすかに古びた匂いが漂っていた。


  脇の隅に置かれたギターケースが、ぽつんとそこに佇んでいた。


  「まあ、これも悪くないか。」


  全てを感じ取った小林陽は心の中でそうつぶやき、さっき目についた気に入っている最新刊の漫画を箱からさっと取り出して、読み始めた。


  ゆっくりと時間が流れ、三人はこの穏やかな時の流れに浸っていた。


  さて、小林陽のあのポスターはどうなったのか?


  この光景を見ればわかる通り、ロック部の新規勧誘ポスターが掲示板に貼られるのは、明日になってからということになった。


  


  


  


  


  一週間が過ぎた。


  学校の掲示板の前。


  ロック部の部活を終えた三人が、ぽかんとそこに立っていた。


  鈴木蒼はロック部の宣伝ポスターを見て、疑問そうに尋ねた。


  「で、一週間経っても誰一人問い合わせに来ないのは、一体どういうことなんだ?」


  そしてすぐに不安な声に変えて続けた。


  「今週中に4 人目の入部者を見つけなければ、本当に廃部になってしまうぞ!」


  千島響合は顎に手を当て、真面目ぶって推測を口にした。


  「俺はポスターのせいだと思うんだよな。やっぱり俺の描いたポスターを使うべきだったんだ。」


  「絶対に人を引きつけられるし、十数人、ひいては百人単位で入部者を集められるさ。」


  鈴木蒼は呆れた様子で千島響合を見た。一方、小林陽は掲示板の隣に並んだ他の部活の勧誘ポスターを見て、ツッコんだ。


  「そもそも俺たちの学校が、進学率が高い男子校ってのが問題なんじゃないのか?」


  掲示板に貼られた部活勧誘のポスターには、数学部、化学部、物理学部、天文部、陸上部、バスケ部、卓球部、将棋部などが並んでいた。


  どれも男子校生が好みそうな部活ばかりで、音楽系の部活は一つもなかった。


  もしロック部が廃部にならずに済めば、この学校で初めての音楽系部活になれるのだった。


  千島響合と鈴木蒼は、はっと悟ったような表情になった。


  千島響合は決意の声で言った。


  「このまま手をこまねいて待ってるわけにはいかない!俺たちは勧誘作戦を実行しなきゃならない!」


  鈴木蒼も同調して言った。


  「絶対に廃部にはさせない。」


  一方の小林陽は、さっき部室でゲームを思いっきり楽しんだときのことをちらっと思い出し、同じように頷いて大いに賛同した。


  


  


  


  マクドナルド店内。


  小林陽はカウンターの受け取り口で大量のチキンとポテトを受け取り、鈴木蒼と千島響合が座るテーブルへと向かった。


  鈴木蒼に正面を向け、千島響合の隣に寄りかかるように座りながら口を開いた。


  「俺たち、こんなにたくさん食べきれるのか?」


  テーブルの上には、マクドナルド限定の夜間特売増量セットが、なんと3 皿も並んでいた。


  その言葉を聞いた千島響合は、さっとポテトを数本取ってケチャップをつけ、口に放り込みながら言った。


  「おい、人間の食量をなめるなよ!」


  鈴木蒼も続けてチキンを一口食べ、それから言った。


  「食べきれなくても、テイクアウトすればいいだけだろ。」


  小林陽はチキンにチリパウダーをつけて口に放り込んだ後、頷いて納得した様子で言った。


  「確かにそれはそうだ。」


  そして話題を変えて言った。


  「さて、そろそろ4 人目のメンバーをどうやって勧誘するか、話をしようぜ。」


  鈴木蒼は提案した。


  「学校内の生徒たちに、ロック部に入るメリットをしっかり宣伝して回ってみるのはどうだろう?」


  千島響合も続けて言った。


  「例えば入部すればゲームが上手くなるし、漫画も小説も読み放題だぜ、みたいな?」


  小林陽はコーラを一口飲み、千島響合を見てツッコんだ。


  「そもそも音楽の楽しさをしっかり味わえるっていうのが本筋なんじゃないのか?」


  千島響合はオレンジジュースを一口飲んで言った。


  「あらあら、確かにそれはそうなんだけどさ、俺たちのこのロック部ってさ......」


  三人が食事をしながらロック部の4 人目の入部者をどう見つけるか話し合っていたその時、突然後ろのテーブルから、少し大きめの男性の声が聞こえてきた。


  ぶつぶつと独り言をつぶやいているのだ。


  「よし、身分を確認する。」


  「うん、なかなか悪くない。」


  「この期間はしっかりリラックスしなきゃな。なにせ神様だってリラックスは必要だ。リラックスしないと疲れ切ってしまうからな。」


  「休暇は取ってないけど、まあ大丈夫だろう?」


  「よし、今から少しだけ記憶と、色んな変な知識を消去しておく。」


  「じゃないと楽しめないからな。」


  「それからこの世界の未来予知能力も遮断しておく。」


  「まさか身分が高校生だったとは。まったく、神様になってまで高校生をやらなきゃいけないのか?」


  三人の熱のこもった話し合いはぴたりと止まり、顔を見合わせた。


  それぞれの目には、強い好奇心がにじんでいた。


  千島響合が頭で後ろのテーブルを指し示す合図を送ると、二人は頷き、そろって身を乗り出して後ろを覗き込んだ。


  なびく金髪が店内の照明に照らされてキラキラと輝き、気品のある華やかな雰囲気を放っていた。


  彼のテーブルには、ペットボトルの水が一本置かれているだけで、他には何もなかった。


  だが三人が髪に目を留めたのは一瞬だけで、残りの視線は全て彼の制服に注がれていた。


  三人の顔には、驚きと予想外の表情が一斉に浮かんだ。


  その金髪の少年が着ているのは、なんと彼らの通う私立桜上男子高等学校の制服だった。


  三人と同じ学校の生徒で、しかもネクタイを見る限り、彼らと同じ新入生だったのだ。


  三人は再び自分の席に座り直し、顔を見合わせた。


  すると小林陽が思わず口を開いた。


  「あいつ、どう見ても中二病だろ。しかも俺たちと同じ学校の、同じ新入生だ。」


  小林陽の注目点は完全に「中二病」の部分にあった。


  だが、ロック部の部長である千島響合の注目点は、全く別のところにあった。


  この言葉を聞いた途端、千島響合は目をパッと輝かせて言った。


  「あれ?これってちょうど渡りに船じゃん!」


  「あいつをゲーム部に、いやいや、ロック部に入れようぜ!」


  「さっきまでどうやって部員を集めるか話し合ってたばっかりなのに、ここに新入生がピッタリいるじゃん!これはもうロック部に引き入れるしかないだろ!」


  「まったく、苦労せずに願ったものが手に入るなんて最高だぜ!」


  すると鈴木蒼が口を開いた。


  「そんなのまずいだろ?何の前触れもなく人を引き入れようとするなんて。それに、あいつはもう入りたい部活があるか、すでに入部してる可能性だってあるだろ?」


  小林陽も続けて言った。


  「だけど、あの中二病っぷりなら、バンドとかに興味持つかもしれないじゃん。」


  言葉の終わりで、彼ははっと我に返った。


  「あっ、さっき中二病とか言っちゃって、ちょっと失礼だったかも。」


  「なあ、響合?」


  小林陽が言い終わって隣を見ようと振り向いた途端、そこに響合の姿はなかった。


  小林陽は怪訝な表情を浮かべて鈴木蒼を見ると、彼は小林陽の後ろのテーブルを見つめ、口元をわずかに引きつらせていた。


  そこで小林陽も同じように後ろを向いて見ると、なんと響合はもうあの同校の生徒のテーブルまで行ってしまっていたのだ。


  しかも肩を組んで、すでに楽しそうに話し込んでいるではないか。


  小林陽は心の中で真っ先にツッコんだ。


  「さっきの言葉、撤回する。一番失礼なのはお前だろ!」


  あの二人が延々と盛り上がって話しているのを見ると、どうやらすぐには終わりそうにない。


  小林陽は仕方なくコーラを一口飲み、鈴木蒼に言った。


  「響合って、普段からこんな感じなのか?まったくコミュ力がMAXに振られてるな。」


  鈴木蒼もついでにオレンジジュースを一口飲んで言った。


  「すぐに慣れる。こいつはいつも、こんな風に突拍子もないことをやらかすんだ。」


  小林陽は好奇心を掻き立てられて言った。


  「どういうことだ?」


  少し懐かしそうな表情になった鈴木蒼は、自然に口を開いた。


  「こいつ、小さい頃からさ...」


  ......


  二組がそれぞれ談笑している間に、時間はゆっくりと流れていった。


  小林陽の机の上のコーラは次第に半分ほど減り、コップの表面に結んだ細かい水滴が、ゆっくりと伝い落ちていた。


  ようやく響合とあの同級生の会話が終わったようで、響合はその少年を連れてこちらに戻ってきた。


  小林陽と鈴木蒼は、にこやかな響合と、その隣に立つ金髪の少年を見つめた。


  響合は金髪の少年を指し示し、小林陽と鈴木蒼に満面の笑みで言った。


  「夜限くんが、ロック部に入部することを同意してくれたぜ!」


  夜限が何か言いたそうに口を開けた瞬間、響合はすかさず話を続けた。


  「さあ、みんなで新しい部員を盛大に歓迎しようぜ!」


  小林陽と鈴木蒼はためらいながら顔を見合わせ、続いて拍手を送りながら口々に言った。


  「ようこそ!ようこそ!」


  響合は力強く頷き、夜限を小林陽の隣に座らせると、自分は鈴木蒼の隣にさっと座った。


  席に着くと、響合はさっそく紹介を始めた。


  「お前の隣にいる、ツッコミが大好きそうな奴が小林陽。ギター担当だ。」


  この言葉を聞いた小林陽は思わず突っ込んだ。


  「勝手にそんな紹介するなよ!自分で自己紹介するだろ!」


  「それにお願いだ、俺がいつツッコミ役になったんだ?全然ツッコんでないだろ!」


  そしてはっと我に返り、つぶやいた。


  「って、この言葉もツッコミになってるじゃん......」


  響合はそれを完全に無視して紹介を続けた。


  「俺の隣にいる、いじめられやすそうな奴が鈴木蒼。ベース担当だ。」


  すると鈴木蒼は隣に座る響合に肘を突き入れて叫んだ。


  「お前、俺がいついじめられやすくなったんだよ!」


  腹を押さえて痛がる響合だったが、それでも言葉を続けた。


  「俺は千島響合。さっき君にも話した通りだな。」


  そしてにっこり笑いながら続けた。


  「だけどここで改めて正式に自己紹介させてもらうぜ。」


  「俺はロック部の部長であり、史上最高のドラマー、前代未聞のゲームキング、比類なき天才少年、シューティングゲームで全国一位を取り続ける男、ゲーム史にそびえる最高峰の山、最も長く深い河なんだ!」


  「それにさ——」


  響合が意気揚々と戯言を並べ立てようとしたその時、鈴木蒼は響合の頭に手刀を食らわせて話を遮った。


  「おい、お前、全く事実に合わないことをほざくな!」


  小林陽も続けて突っ込んだ。


  「なんで自己紹介の接頭辞がこんなに多いんだよ?全部同じ人間なのか?本当なのは部長ってとこだけだろ!」


  「ははは。」


  ひとしきりの笑い声が響き、新入部員の夜限くんが口を開いた。


  「なんだかすごく面白そうだね。じゃあ、ロック部に入部させてもらうよ。よろしくお願いします。」


  この言葉を聞いた瞬間、小林陽と鈴木蒼はぱちりと顔を見合わせ、すぐさま千島響合の方に視線を向けた。


  心の中の思いが表情にありありと浮かんでおり、まるで「お前、夜限くんを連れてきたとき、もう入部に同意してくれたって言っただろ?なんで今さらこんなセリフを言ってるんだ?」と問いただしたい様子だった。


  だが先に、さっき叩かれた頭を撫でながら響合が声を上げた。


  「そりゃあ最高だ!やっぱりお前は入ってくれると思ったぜ!この雰囲気なら間違いないって、俺が言った通りだろ!」


  そして横にいる小林陽と鈴木蒼をチラリと睨み、「ははは」と笑って話をごまかそうとしていた。


  だが、この裏の事情を知らない夜限は、そのまま話を続けた。


  「うん、さっき君たちの話を聞いてたら、ちょうどキーボード担当が足りないみたいだね。俺はだいたい何でも少しはこなせるから、キーボード担当をやってあげよう。」


  そして初対面の挨拶を思い出したように、続けた。


  「ああ、そうだ。はじめまして、長久夜限ながひさ やぎりだ。」


  「神様なんだけど、普通の人間として接してくれればそれでいいよ。」


  「それと、響合部長、誘ってくれてありがとう。」


  ところが響合はその長いセリフの大半をすっ飛ばし、キーワードだけを見事にキャッチすると、隣の鈴木蒼に興奮した様子で叫んだ。


  「蒼、聞いたか?部長だ、部長だぜ!」


  この言葉を聞いた小林陽はツッコんだ。


  「お前、注目点はそこなのか?」


  鈴木蒼は響合の言葉を完全に無視し、長久夜限に向かって頭を下げた。


  「ご迷惑をおかけしてすみません。」


  長久夜限は首を振って笑った。


  「そんなことないよ。むしろ響合くんには感謝してるんだ。」


  この言葉を聞いて、小林陽は好奇心を覗かせて尋ねた。


  「じゃあ、本当にロック部に入ってくれるの?」


  「うん、きっと今までとは全然違う体験ができそうな気がするんだ。」


  「そうか。」


  小林陽が少し考え込んでいると、鈴木蒼が口を開いた。


  「じゃあ、場所を変えて長久夜限くんの歓迎会をしようじゃないか?」


  「カラオケに行こうぜ!」


  鈴木蒼の提案を聞いた途端、響合は満面の興奮で即決し、机の上を指さして言った。


  「ちょうどテイクアウトを考えなくて済むじゃん!みんなで食べ切っちゃおうぜ!」


  「おいで夜限、好きに食えよ!俺がおごる!」


  小林陽は、三人で食べかけの膨大な量のチキン、ハンバーガー、ポテトが並んだ机を見た。


  たとえ数枚のチキンにまだ手が付けられていないとはいえ、言わずにはいられなかった。


  「俺が思う『おごる』ってのは、カウンターで金を出して長久くんのために新しくセットを頼むことだと思うんだけど?」


  鈴木蒼はまたしても響合の頭に手刀を食らわせて叫んだ。


  「お前、よくも人に食べ残しを出そうとするな!」


  そしてすぐに長久夜限に向き直って、柔らかい口調で言った。


  「すみません、こいつがバカなもので。何が食べたいか言ってくれたら、俺が頼んでくるよ。」


  と、そこでカリカリと咀嚼する音が聞こえてきた。


  みんなが一斉に視線を向けると、なんと長久夜限がいつの間にか、手の付いていなかったあの数枚のチキンを口に放り込んでいたのだ。


  これを見た小林陽は思わず叫んだ。


  「いつ食べたんだ?そんなに速いのか!」


  心の中ではさらに驚きが込み上げていた。


  「俺のすぐ隣に座ってるんだぞ?全然気づかなかったのに!」


  一方の響合は慌てて言った。


  「冗談だったんだ、本当にこれを食べろって言ったんじゃないんだ!」


  両手を合わせて頭を机にぺたりとつけ、土下座の体勢で叫んだ。


  「本当に申し訳ありません!すみません!」


  鈴木蒼は冷静に言った。


  「もうだいぶ冷めてるし、美味しくないだろう。新しく頼み直そう。」


  長久夜限は口の中のチキンをさっさと飲み込み、水を一口飲んでから口を開いた。


  「このファストフードのチキン、久しぶりに食べたけど、なかなか美味しいじゃん。」


  そして響合の方を向いて言った。


  「謝らなくていいよ?食べられるものなら何でも大丈夫だから。」


  さらに鈴木蒼に向かって続ける。


  「それに俺が口に入れたものは、本来の美味しさを取り戻すんだ。だから冷めてても、出来立てでも違いはないよ。」


  「だって俺は神様だもん~」


  最後に隣に座る小林陽の方を向いて言った。


  「あと陽、俺のことは名前で呼んでいいよ?だってもう友達同士だろ?」


  そして再びみんなの方を向いて続ける。


  「俺は今、普通の人間だし、でも普通じゃない部分もある。」


  「でも、一つだけ絶対に確かなことがある。俺たちは友達だってこと!」


  「俺に対しては、何を言っても何をしても、気にする必要なんて全然ないんだ」


  「いい?」


  長久夜限の言葉を聞いて、みんなは次々と頷いた。


  それぞれの胸に様々な思いが去来していたが、ただ一つ、全員が完全に同意する考えがあった。


  ——この子、中二病だけど、めちゃくちゃ心優しい奴だな。


  みんなが自分の言葉を受け入れてくれたのを確認した夜限は、机の上に最後まで残っていた、手つかずのハンバーガーを指さして言った。


  「じゃあこれ、俺がもらってもいい?」


  自分が頼んだ、一度も手を付けていないハンバーガーだとわかっていた小林陽は、すぐに返事をした。


  「もちろん、どうぞ。」


  鈴木蒼が続けて言う。


  「家に持って帰るなら、電子レンジで少し温めた方がいいよ。」


  そして何かを思い出したように補足する。


  「たとえ神様だとしても、食べ物の美味しさは感じるだろう?」


  小林陽は怪訝そうに鈴木蒼を見たが、すぐにその意図を理解して続けた。


  「そうだよ。温かい食べ物の方が、体も美味しいって認めてくれるんだ。」


  それを聞いた夜限は、にっこり笑って答えた。


  「わかったわかった、じゃあそうするよ。だって温かいハンバーガーなんて、ほとんど食べたことないんだ。」


  「まあ、そもそもファストフード自体、あんまり食べたことないんだけどね。」


  それを聞いた鈴木蒼と小林陽は、なんとなく微笑み合った。


  その様子を見た響合が、いきなり話を遮って大きな声で言った。


  「よし、みんなこっちを向いて!」


  そしてスマホを取り出してカメラを起動し、高く掲げて言う。


  「夜限の入部を祝って、そして俺たちロック部が廃部を免れたことを記念して、集合写真を撮ろうぜ!」


  写真撮影は苦手だな、と小林陽は思ったが、すぐ隣にいた長久夜限が、さりげなく彼をカメラの方に引き寄せた。


  四人は肩を寄せ合い、一つに固まる。


  「チーズ!!!」


  シャッター音が響き、一瞬の光景が写真に切り取られた。


  ロック部の、不思議でにぎやかな日常が、ここに幕を開けたのだった!

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