第二幕 第二場
おっぱい山の麓で一人佇む女の子の姿があった。それは幼いながらも町の酒場で働くグレーテルだった。グレーテルはおっぱい山の麓に広がる森の前で、おっぱい山を見上げている。
そこへ鵞鳥を連れて陽気に歌いながらやってくる少女が一人。それはお城で働く鵞鳥番のリーゼルだった。
「あら、こんなところに人がいるなんて珍しいわね」リーゼルがグレーテルに言った。「こんにちは。私はリーゼル。あなたのお名前は?」
「あ、あのこんにちは」グレーテルは慌てながらもお辞儀をする。「私はグレーテルです」
「グレーテル。素敵なお名前ね」リーゼルは微笑んだ。「どうしてこんなところにいるの?」
「あ、あの私、おっぱい山は二人の魔法使いが住む危ないところだって聞いたから……その、その……」グレーテルは言葉を詰まらせてうつむく。
リーゼルは察する。「なるほど、探検しにきたんだね」
「……はい」グレーテルはそう言うと、きまり悪そうな表情で顔をあげた。「ごめんなさい。私ここが危ない場所だって知っていたのに、遊びにきて本当にごめんなさい」
「ここが危ない場所?」リーゼルが笑った。「それはないわよグレーテル。私は小さい頃からここに来ているけど、一度たりとも危ない目に遭ったことなんてないわよ」
「えっ?」グレーテルが意外だという表情を浮かべた。「だっておっぱい山は危険な場所じゃないの」
「そんなことないわよ」リーゼルは鵞鳥に顔を向ける。「ねえ鵞鳥さん?」
鵞鳥は草をむさぼる事に夢中で、リーゼルの問いかけに答えない。
「ねえほら怖くないって言っているわ」リーゼルがグレーテルに微笑む。
「……いや、この子ら食事に夢中で何も言ってないけど」
「そんなことは置いといて、おっぱい山は別に危険なところじゃないのよね。いつの頃だったかしら……」
リーゼルは腕を組み思案げに唸る。
「あ、そうそう。この国のお妃様が亡くなられた頃から、おっぱい山は危険な場所だって噂されるようになったのよ」
「どうしてそんな噂が?」
「う〜ん、わかんないな。もしかしたら、誰かがこのおっぱい山に人がやってくるのを嫌がって、そんなデタラメな噂を流したかもしれないわね」
「もしそうだとしたら、それはいったい誰の仕業な——」
「やったー!」森から聞こえてきたその叫び声は、グレーテルの言葉をかき消した。
二人が驚いて森に目を向けると、一人の男が犬猫狐などといった、たくさんの動物達を連れてこちらにやってくる。男はちょびヒゲを生やした中年で、タキシードを着ていた。
「何?」グレーテルが警戒する。「いったいあれは何なのよ」
「私も初めて見るわ」リーゼルが言った。「誰なのかしらあの人?」
男が森を抜け二人のもとへとやってきた。
「これはこれはお嬢さん方。一つお尋ねしたい。ここはおっぱい王国ですか?」
「……ええ」グレーテルが警戒しながらうなずく。「そうです。ここはおっぱい王国です」
「やっぱりそうなのですね! 何たる僥倖!」
そう叫ぶと後ろを振り返り動物達に言う。
「やりましたよみなさん。迷いに迷ったあげく、ようやくおっぱい王国にたどり着きました。この奇跡、神に感謝しましょう!」
「あ、あの」リーゼルが呆気にとらわれながら言った。「あなたはいったい何者ですか?」
男がはっとした表情でこちらに向き直った。
「これはこれはとんだ失礼をしました。わたくしティーア劇団の座長を務めさせていただいています、クレープスと申します。このたびは、おっぱい王国の王女様の結婚祝いに呼んでいただきまして、こうして馳せ参じて参りました」
「……ああ、あなたが王女様の婚姻祝いに呼ばれた劇団なのですね」リーゼルはクレープスを見ると、後ろにいる動物達に目を向ける。「たしか有名な動物達の劇団だと——」
「これはこれはご存知いただきありがとうございます」
クレープスは頭を下げた。
「お言葉通り我々は動物達による劇団、ティーア劇団にてございます」
そう言うと後ろにいる動物達を手で指し示した。
後ろに集う動物達は深々と頭を下げた。
「有名な劇団さんたちがどうしてこんなところに?」グレーテルが訊いた。
「これは妙な質問をするお嬢さんだ」
クレープスがにっこりと笑う。その笑い顔はどこか不気味だ。
「たまたま道に迷ってしまって、ここにやってきただけですよ。間違ってもおっぱい山に登ったりはしてませんよ。なんでもおっぱい山には三大魔法使いのうちの二人が住み着いているというではありませんか。そんな怖い場所に近づきたくもありません」
そこでにやりと口元を歪める。
「だから私がここにいるのはたまたまですよ。たまたま道に迷ってここに来てしまっただけなのですよ」
動物達がくすくすと不気味な笑い声を漏らした。
「それではみなさん」
クレープスが振り返り動物達に言った。
「おっぱい王国の劇場に急ぎましょう。あれこれ準備が忙しいですからね。大変な事になりそうですよ」
そこで声を強めて繰り返す。
「ああ、大変な事になりそうだ。大変な事になりそうだ」
グレーテルとリーゼルの二人は、いぶかしげな表情でティーア劇団を見つめた。
クレープス率いるティーア劇団は二人の前から立ち去っていく。
「なんだったんだろあれ?」グレーテルが言った。
リーゼルは肩をすくめる。「さあ、よくわかんないわ」
二人は呆然としながら遠ざかるティーア劇団を見つめ続けた。




