第五幕 第十九場
劇場の観客席がしんと静まり返り、マルタを冷たい視線で突き刺していると、突然馬のいななく声が劇場ホールに轟いた。すると一階観客席奥から白馬のファラダが舞台へと走ってくる。その背中に乗っているのは、巨乳姫マンスロートに扮した鵞鳥番のリーゼルだ。
ファラダが舞台ににあがるとリーゼルは舞台へと降り立ち、マルタをにらみつける。
「ちょっとあんた何してんのよ。これじゃあシュヴァンツ王国の悪事を暴き、それを両国の和平のために不問に処すと言って、その見返りに二人の姫様の中からお妃をローラント王子様に選んでもらうという計画が、あんたの勘違いのせいで台無しじゃないのよ馬鹿」
マルタはリーゼルから視線をそらす。
「そ、それはその……誰だって勘違いするわよあんなの。文句があるならこいつに言いなさいよ」
そう言って気絶しているクレープスを指差す。
リーゼルはクレープスを一瞥すると、両舞台袖で不安げな表情をしている巨乳姫マンスロートと貧乳姫マレーンとの間に、何度も視線を走らせる。
「ああ、どうしよう。どうすればいいの?」
観客達がざわめきはじめ、険しい表情へと移り変わる。
リーゼルは両手を伸ばし、マンスロートとマレーンの二人に親指を立ててみせた。
「大丈夫安心して。私がなんとかしてあげるから。私のアドリブ力にまかせてください」
リーゼルは観客席に向き直ると、つけていた金髪のカツラを脱ぎ捨て、栗色の地毛を見せつけて叫ぶ。
「みなさん聞いてください! 見ての通り私はマンスロート姫様ではありません」
観客達が信じられないといった様子でリーゼルを見つめ、どよめき始めた。
「私はこのおっぱい王国のお城で働く鵞鳥番のリーゼルという者です。ここに集まったおっぱい王国のみなさん、そしてシュヴァンツ王国のみなさん、どうか私の話を聞いてください」
観客達が徐々に静まり返り、やがてしんと静まりかえる。場の空気を呼んだマルタは気絶しているクレープスを引きずるようにして舞台袖に下がり、そしてそれにならうようにしてハンスルとプフリームの二人も大砲を舞台袖へと引っ込める。ファラダは舞台を降りた。
リーゼルは神妙な顔つきで語り始める。
「このおっぱい王国には二人の王女がいます。姉のマンスロート姫様に妹君のマレーン姫様。二人はともに尊敬し合い互いに愛し合う仲の良い姉妹です。それゆえに悲劇は起こりました。姉の結婚相手であるマンスロート王子様にマレーン姫様は一目惚れしてしまうのです。しかしそれは許されぬ恋。マレーン姫様はその思いを胸の奥底にしまいこんで、自分の気持ちを押し殺してしまいました。すべては姉のために」
リーゼルは左手を伸ばし左舞台袖を指し示すと、そこに顔を向け手招きする。すると左舞台袖から黒いドレスを着た貧乳姫マレーンが登場し、観客に向かって一礼をする。
「マレーン姫様とマンスロート姫様は大の仲良し姉妹。お互いの事なら何でも知っているほどに。そのためマンスロート姫様はマレーン姫様が抱く恋心を知ってしまった。事情を察したマンスロート姫様は姿を隠してしまったのです。すべては自分を失踪したものとし、代わりにマレーン姫様をローラント王子様と結婚させるため。しかし事を荒らげたくない王様は、私をマンスロート姫様の身代わりとして変装させました。だがそれも今日この時までです」
リーゼルは右手を伸ばし右舞台袖を指し示すと、そこに顔を向け手招きする。すると右舞台袖から白いドレスを着た巨乳姫マンスロートが登場し、観客に向かって一礼する。
劇場の舞台の上に、シュヴァンツ王国第二王子ローラントの嫁候補が出揃った。
「さあローラント王子様!」
リーゼルは力のあらん限り叫んだ。
「あなたのお妃様を舞台に上がり、選んでください。何があっても怨みはしません。そう約束させております。だからご自身の心に嘘偽りなく選んでください。そしてここにいるみなさまも、ローラント王子様のご判断を尊重してください。そして二人の新たな門出に祝福をしてくださいませ、お願いします」
すると劇場一階の扉が開かれホールに光が射す。扉を開けたのはキュルトヘンだった。
「わかりました。そういうことなら選びましょう。僕の愛する人を!」
そう言ってキュルトヘンが扉を押さえる戸口に姿を現したのはローラントだった。
ローラントが舞台へと歩を進めると、劇場は異様なまでの緊張感に包まれた。
ローラントは姫様側から見て舞台の右側からのぼってくる。そこはマンスロートが立つ側だった。マンスロートは緊張でつばを飲み頬を赤く染めた。
だがしかし、ローラントはマンスロートを通り過ぎてマレーンへと歩を進める。
マンスロートはさみしげな笑みを浮かべ、マレーンは緊張で硬直する。
ローラントの歩を進める足が、不意に舞台中央で止まった。
「ローラント王子様?」
リーゼルは目の前に立つローラントに言った。
「早く選んで——」
「言ったでしょリーゼル。あなたの帰りを待つと」
ローラントはそう言うとリーゼルを抱き寄せ、その唇に自分の唇を重ね合わせた。ローラントとリーゼルは長い間キスを交わす。
マンスロートとマレーンはあんぐりと口を開け、観客達は唖然とし舞台を見つめている。
キスを終えたとき、リーゼルの表情はうっとりとしており、婉然と微笑んでいた。
「みんな聞いてくれ」
ローラントは観客席に向き直った。
「僕は初めて見た時からこの人に、リーゼルに一目惚れだった。だがしかし、僕も一国の王子であるゆえに、好きな人と結婚は許されない。すべては国のための政略結婚しか選択肢はなかった。だがしかし、ここにいる人々の心遣いで愛する人と結婚できる。こんなに嬉しいことはない」
皆は唖然としたままで微動だにしない。
「さあ僕の愛するリーゼルよ。一緒にシュヴァンツ王国に行こうではないか。よいな?」
リーゼルは幸せそうな笑みを浮かべる。
「……はい。喜んで。私の愛するローラント様」
ローラントは舞台横にいたファラダに向かって言った。
「白馬のファラダよ。僕たちをシュヴァンツ王国まで乗せていってくれないか?」
「いいですとも」
ファラダは舞台に上がり、二人のもとに歩み寄る。
「お安い御用ですぜ」
「いいのファラダ」
リーゼルが言った。
「あなたおっぱい王国の王族専用の馬じゃないの?」
「さあね。俺は馬鹿だからよ、人間達の小難しい話はわかんねえ。俺はただ人をのせて運ぶ、ただそれだけさ。さあ乗ったローラント兄貴にリーゼルのお嬢ちゃん。祝福するぜ」
ローラントはファラダの背中に乗ると、リーゼルを自分の前へと引き上げる。
「僕の愛する人リーゼルよ。今夜は寝かさないぞ。シュヴァンツ王国王子の名に恥じぬアレを見せてあげるからね」
ローラントは後ろからリーゼルの胸に手を回しその美乳を揉みしだく。
リーゼルは恍惚とした表情を浮かべる。
「もう、ローラント様ったら気が早いですわ」
ローラントは観客席に顔を向けた。
「というわけで俺達幸せになります。みんなありがとう」
ファラダはいななくと、二人を連れてホールから駆け出して行ってしまった。
劇場に残された人々は凍り付いたかのように、長い間誰も動こうとしなかった。




