第五幕 第十八場
おっぱい王国にある劇場の舞台の屋根裏では、バニーガール姿のマルタが息をひそめて舞台を見下ろしている。そんなマルタのいる暗がりの屋根裏にやってくる怪しい二つの人影。
マルタが手に持っていたナイフを構え、ささやくようにして言った。
「誰?」
「あれれ、マルタじゃねえか」
そう言ったのは仕立て屋のハンスルだった。
「お前こんなところにいたんだ」
「無事だったんだねマルタ」
それは靴屋のプフリームだった。
「よくあの動物達から逃げられたよね。感心するよ」
マルタは警戒する。
「いったいどうして、あんた達がここにいるのさ?」
「それがさ聞いてくれる」
ハンスルが言った。
「あの巨乳姫の従者の命令でね、しかたなくここに来たんだよ。なんでもティーア劇団が王様達を暗殺しようとしているとかなんとかでさ」
「まったくとんでもないことに巻き込まれたよね」
プフリームが言った。
「巨乳姫様の従者がどうして?」
マルタはわけがわからないといった様子だった。
「たしかあの子供、名前はなんていったけ……」
「キュルトヘンですよ、マルタさん」
そう言って三人のもとにやってきたのは、酒場で働く女の子グレーテルだった。
「グレーテル?」
マルタは心底驚いた様子だった。
「どうしてあなたまでもがここに?」
「もうマルタさんったら、昨晩から帰ってこないから心配しましたよ」
「グレーテル無事だったんだね」プフリームが言った。
「どうやらキュルトヘンは間に合ったようだな」ハンスルが言った。
「無事?」
マルタは怪訝な表情になる。
「キュルトヘンが間に合う? どういうことさ?」
「お前酒場で働いているのに知らなかったのか」
ハンスルが言った。
「なんでも酒場は巨乳派と呼ばれるヤツらの密会所に使われていて、その情報が貧乳派とかいうヤツらにバレて襲撃にあってたんだぜ」
マルタが血相を変える。
「グレーテル怪我してない? 大丈夫だったの?」
「キュルト君が助けに来てくれたから、私は大丈夫ですよ」
グレーテルはそこで言葉を切ると顔を曇らす。
「……でもねマルタさん、お店が荒らされちゃって今は酷い状態なの」
「そんなのどうだっていいわよ。あなたが無事でよかったわ。ごめんねグレーテル。私たち巨乳派のせいであなたに迷惑かけて」
「なんだって!」
ハンスルが大声をあげた。
「マルタ、お前は巨乳なだけに巨乳派だったのか」
マルタは人差し指を口にあて静かにするように示す。
「馬鹿。声がでかいわよ」
「こいつは驚いた」
プフリームが言った。
「まさかマルタが巨乳派の人間だったとは」
「マルタさんそれは本当なの?」
グレーテルが訊いた。
「このおっぱい王国を、自分たちの勝手な思想で危険に陥れようとするヤツらの仲間なのね。信じられないわ」
「そう言われるのは心外だね。私たちは何もこの国を危険にさらそうとしているわけじゃないのよ。その証拠に、私はシュヴァンツ王国の陰謀を食い止めようと、ここでティーア劇団がおかしなマネをしないか見張っている」
「マルタさん。その言葉信じいいの?」
マルタはうなずく。
「もちろんよ」
「だったらこの国のためにも、私たちに協力してください」
グレーテルはそう言うと、ハンスルとプフリームに顔を向ける。
「二人もお願いします。これはキュルト君の作戦です。シュヴァンツ王国の陰謀を阻止するための重大な任務です。心して聞いてください」
グレーテルが三人に作戦の内容を伝えるなか、舞台では着々と演劇が進行し、物語は終わりに近づいていく。それをホールの三階観客席でうかない顔をして見つめるのは、シュヴァンツ王国第二王子ローラントだった。
不機嫌そうなローラントに気を使って、王様が隣に腰掛け声をかける。
「すまぬローラント王子よ。どうやらうちの娘が長い間不在で、君には迷惑を掛けてしまった」
「本当ですよね。鵞鳥番のリーゼルは本物のマンスロート姫様をお連れするのに、どれだけ時間がかかっているのやら。もう劇が終盤に差し掛かっているというのにこれではまずい」
王様が目を見開く。
「な、何を言っているのだ……ローラント王子」その声は震えていた。
「隠さなくても結構ですよ、フリーダー様。すべてお見通しですから」
王様がどう答えていいのかわからず狼狽するなか、三階客席に二人の人物がやってくる。それは従者のキュルトヘンに魔女ホレだった。
キュルトヘンはローラントの側に歩み寄ると言った。
「ローラント王子様。姫様方が劇場にご到着しました。お手数ですが僕と一緒に来ていただけますでしょうか」
「キュルトヘン」王様が言った。「お前はこんな時にいったい何を——」
ローラントが手で王様を押しとどめる。
「わかりました。行きましょう」
そう言うとローラントはキュルトヘンとともに観客席から出て行く。
唖然とする王様の隣に、ホレが腰掛ける。
「ひさしぶりねあなた」
「カーテルリースヘン!」
王様は目を丸くした。
「ど、どうしてお前がここにいるのだ?」
「あなたを守るためよ」
ホレは微笑むとほおづえをつく。
「わずかだけど魔力は回復している。少し心配だけど、これなら大砲だろうが鉄砲だろうが、撃ち落としてみせるわ」
王様は困惑する。
「カーテルリースヘン。何を言っておるのだ?」
「フリーダー」
ホレは王様の手を取った。
「あなたの預かり知らぬところで、陰謀はこの国を蝕んでいたわ。でも大丈夫、これですべて丸く収まるから。だから私の話を聞いてちょうだい」
ホレが王様に事情を説明する間にも、舞台の上では演劇がクライマックスへと進んでいく。
銃を肩に担ぐ動物達が舞台の上でお芝居を続けるなか、ついに荷車に乗せられた大砲と点火棒を持った動物達が舞台に登場した。
「ん、あそこに敵がいるぞ!」
犬が三階観客席を指差した。
「銃を構えろ。大砲の用意だ」
数匹の動物達が銃を構え、残りの動物達が大砲の準備をし、照準を三階観客席にあわせた。
三階観客席にいたホレが両腕を伸ばし身構える。
「いつでもかかってきなさい」
「巨乳派のやつらめ!」兎が言った。「目にもの見せてやる」
「そうだそうだ」他の動物達が声をそろえて言った。「貧乳派の恐ろしさを教えてやれ!」
銃を構える動物達が引き金を引こうとしたその時、天井からマルタが舞台へと降り立った。そしてすぐさま手に持っていたナイフで、動物達が持つ銃の銃身を次々と切り落としていく。
銃身のない銃を構えた狐が唖然とする。
「き、貴様、何のつもりだこれは!」
猫が手でマルタを指し示す。
「誰かこいつをつまみ出せ!」
そう叫ぶと右舞台袖に顔を向ける。するとそこにいるはずの動物の団員達が、縄で縛り上げられていた。縛り上げられた団員達の側には、白いドレス姿の巨乳姫マンスロートが微笑みながらこちらに手を振っている。
「そ、そんな馬鹿な!」
猫はそう叫ぶと今度は左舞台袖に顔を向けた。そこにいるはずの動物の団員達も同じように縛り上げられている。その側では黒いドレス姿の貧乳姫マレーンが腕組みをしながら退屈そうにあくびをしていた。
舞台の上に立つ動物の団員達がうろたえ始め、そのおかしな異変に気がついた観客達がざわめき始める。
「何をうろたえているのですかあなた達は! それでも誇り高い我がティーア劇団の団員ですか!」
ホールの一階観客席前方に座っていたティーア劇団の座長グレープスが立ち上がり、団員達を叱責する。
「本番のお芝居にはアクシデントはつきもの! それでもなお、毅然とした態度でやり通すのがプロの仕事ですよ!」
舞台の上に立つ動物の団員達の顔つきが変わった。団員達は決意のまなざしをクレープスを向けると、力強くうなずいた。
犬が大砲を構える動物達に向かって叫ぶ。
「撃つんだ! 今すぐに大砲を撃て!」
点火棒を持つ兎が大砲の火門と呼ばれる小さな穴にそれを差し込もうとしたその時、天井から降って来たハンスルが兎の脳天に膝をいれる。兎は床へと倒れ気絶してしまう。
「なんだ。油断してると弱いんじゃねえか」
ハンスルは点火棒を拾い上げた。
「同じ兎でも強さに違いがあるのか。それともこの短時間の間に、俺は強くなってしまったのだろうか」
得意げな顔つきになる。
「そうだとすると俺って天才だね」
「いったいなんなんだお前らは!」
大砲の側に立つ狐がハンスルに向かって拳を振り上げた。
その瞬間、天井にいたプフリームが飛び降り、狐の脳天にかかと落としを決めた。
「油断大敵だよハンスル」
プフリームは言った。
「なめてかかるとまたやられちゃうよ」
舞台の上に残っている動物達が殺気立つ。その目は血走っていた。
一連の様子を三階観客席で見ていたホレは小声で呪文を唱える。
「ブリックレーブリット」
舞台の天井からいくつものロープが垂れ下がり、瞬時にして舞台にいる動物達全員を縛り上げると、天井へと引き上げていった。
「お前、こんな人前で魔法を使うとは何を考えているんだ」
王様が声を潜めてホレに言った。
「大丈夫よフリーダー。ちゃんとバレないようにやりましたからご心配なく」
ホレは王様にウインクする。
「これで危険はなくなったわよ。でもおかげでなけなしの魔力を使い果たしちゃったわ」
「カーテルリースヘン」
王様は不安げな表情になる。
「そんなことして、万が一相手がまだ何かしらの秘策を残していたら、その時はどうやって身を守るんだ」
「安心してあなた。ティーア劇団の動物達は全部捕まっているだろうし、それに舞台にはあの子達もいます。何も心配する事なんてありません。後は見守るだけですよ」
王様とホレは舞台に目を向ける。そこには憤怒の表情で舞台にのぼるクレープスの姿があった。クレープスは舞台に立つと闖入者達を鋭くにらみつける。
マルタがにやりと笑う。
「これであなたの負けよクレープス」
「これは何のマネかな兎ちゃん?」
クレープスは抑揚のない口調で言った。
「見ればわかるでしょ。あなたの邪魔をしているのよ」
「そうですか。それは非常に不愉快ですね」
マルタとクレープスが無言でにらみ合うと、観客達のざわめきがどよめきへと変わる。そんななか大砲の側に立つ馬鹿二人はのほほんとしていた。
「おいプフリーム」
ハンスルがそう言って、大砲に空いている小さな穴を指差した。
「この穴ってなんのためにあるんだ?」
プフリームは答える。
「ああ、それはね火門と言ってね、ハンスルが今手にしている点火棒を差し込むところだよ」
そう言ってハンスルが手に持つ点火棒を指差した。
「なるほどよくわかったぜプフリーム」
ハンスルは火門の穴をまじまじと見つめる。
「……穴があったら棒を入れたくなるのが男の性。ならば入れて差し上げましょう、この立派な点火棒をその穴に」
点火棒を火門に差し込もうと構える。
その様子を天井裏で見ていたグレーテルが叫ぶ。
「だめハンスルさん! そんなことしたら大砲が発射されちゃう!」
その叫び声は遅きに失した。ハンスルは火門に点火棒を差し込んでしまう。
三階間観客席にいたホレが唖然とする。
「そんな。もう魔力がないから防げない!」
「伏せろカーテルリースヘン」
王様は咄嗟にホレを抱きすくめると、床へと滑り込む。
大砲が火を噴きホールに怒号を響かせた……ただそれだけだった。砲弾は発射されていない。大砲の砲口からはわずかな煙が立ち上る。
王様は体を起こすと大砲を見つめると、混乱する。
「砲弾が発射されていない?」
混乱していたのは舞台の上に立つマルタも同じだった。
「え、ええ? どうして?」
三階観客席と大砲との間に何度も視線を走らせると、クレープスに顔を向ける。
「ちょっとどういうことよ! なんで大砲から砲弾が発射されてないのよ!」
「そんなのあたりまえですよ。砲弾が飛び出したら危ないでしょうが」
クレープスは真顔で言った。
「だから私たちは演劇用の偽の大砲を使っているのです。そのくらい常識ですよ」
「どうしてよクレープス? それじゃあ王様達を暗殺できないじゃないのよ。シュヴァンツ王国の工作員であるあなたは、いったい何を考えているの?」
「シュヴァンツ王国の工作員?」
クレープスは首を傾げた。
「私はたしかにシュヴァンツ王国出身ですが、決して工作員などではありませんよ。私はティーア劇団座長クレープスです」
「嘘言わないでよ」
マルタの顔に焦りの色が見えだす。
「だって私はあの夜に聞いたのよ。あなたが大砲を王様達の座る観客席に向けて放とうと、団員達と密談しているのをさ」
「ああ、あの話を聞いていたんですか」
クレープスは平然とした態度だった。
「だったらおわかりになるでしょう。大砲がもし本物だったら危ないよ、と話していただけですよ」
「え?」しばし間があく。「だ、だったらどうして控え室を厳重に見張っていたのよ」
「いやそれはだってね、もしも心ない人が舞台道具である銃や大砲を本物とすり替えでもしたら大惨事になるじゃないですか。だからうちの団員達がしっかりと見張ってくれたんですよ」
「……だ、だったらどうして、この国の巨乳派と貧乳派の事を知っていたのよ」
「噂で聞いただけだと言ったじゃないですか。やっぱりあの噂は本当だったんですか?」
「……も、もしかして、もしかすると……あんたただの劇団の座長さん?」
「何度も言っているではありませんか。私はティーア劇団の座長クレープスだと」
「まぎらわしいマネしてんじゃねえよちょびヒゲ!」
マルタは額に青筋を立てると右腕を水平に横へと伸ばし、クレープスののど元へと叩き付ける。
「勘違いするじゃねえかこの馬鹿!」
クレープスはその場で二度三度空中で回転すると、床へと叩き付けられ気絶してしまう。
とんだ茶番劇を見せられた観客達は、冷たい視線をマルタに突き刺す。
「ほ、ほら私って巨乳でしょう」
マルタは観客席に向き直り言い訳を始める。
「胸にばかり栄養がいって頭が馬鹿だったみたい。そのせいで早とちりしちゃった。私ったらとんだドジッ子だわ。いけないいけない」
自分の頭を軽く小突いて舌をだし、可愛らしさをアピールする。




