第五幕 第十七場
ドラゴンが消えた玉座の間は、ボロボロに破壊されつくし、まるで廃墟のようだった。
巨乳姫マンスロートと貧乳姫マレーンの二人は、笑顔で魔女ホレのもとに駆け寄った。
「お母様すごいですわ」
マレーンが尊敬のまなざしでホレを見つめる。
「びっくりですお母様」
マンスロートも尊敬のまなざしでホレを見つめた。
「たいしたことないさ」
ホレは照れ笑いすると、急に足下をふらつかせ倒れそうになる。
「あぶないお母様」
マンスロートがホレの腕を取った。
「大丈夫ですか?」心配そうに尋ねる。
ホレは苦しげな表情をうかべる。
「魔力を全部使い果たしてしまったわ。おかげでふらふら。めまいもするね。悪いけど肩を貸してくれるかい」
「もちろんです」
マンスロートが自分の肩をホレの右脇へと滑り込ませる。
「私も手伝います」
マレーンも自分の肩をホレの左脇へと滑り込ませた。
ホレは壁に背を向け、二人の娘達と一緒に並んで歩く。
「なつかしいわね、こういうの」
「ええ、そうですねお母様」
マレーンが涙を浮かべた笑顔を見せる。
マンスロートもマレーンにつられるようにして目に涙を浮かべた。
「これからはみんな一緒に暮らしましょ。もう二度と家族バラバラに——」
断末魔のような雄叫びがマンスロートの言葉をかき消した。
「まさか嘘でしょう!」
マンスロートは顔を青ざめさせて後ろを振り向く。
玉座の間の壁に空いた大きな穴、そのふちに無数の糸が絡み付いていた。糸は高熱を宿した穴のふちに触れ、黒い煙をあげながら焼きこげている。
「まだ生きているの!」
マレーンの顔に絶望が過る。
「そんなのありえない!」
糸が下から何かを引き上げるようにして動きだす。すると大きな心臓のようなものが引き上げられた。その心臓のようなものにはたくさんの目と口がついており、全身を収縮運動させている。そのグロテスクな物体は糸を吐き出して、壁の穴のへりに次々と糸を貼付けると、糸をぴんと張り自分を壁の穴の中心へと据えた。その姿はまるでクモの巣の中心に陣取るクモのようだった。
「ブリックレーブリット!」
ホレが呪文を唱えたが何も起こらなかった。
「……やっぱりダメなのね。魔力がもう残っていない」
くやしげに顔をしかめる。
「だったら私にまかせてお母様」
マレーンが呪文を唱える。
「ブリックレーブリット!」
グロテスクな固まりがいる空間が小さく歪み、そして小さな爆発音とともにわずかな血しぶきをあげた。グロテスクな固まりは何事もなかったかのように収縮運動を続けている。
マレーンは舌打ちした。
「効いていない」
「だめよマレーン」ホレが言った。「あんたも魔力をほとんど使い果たしている。あれでは威力が全然たりないわ」
「だったら私が殺るわ!」
マンスロートが腕を伸ばし、慎重に狙いを定める。
「ブリックレーブリット!」
マンスロートの手の先から火の玉が現れ飛んでいく。火の玉はグロテスクな固まりの横をそれて、空へと消えていった。
「あ、あれ?」
マンスロートはあせりだす。
「当たらない」
「魔法を覚えたてのあんたでは、まだうまくコントロールできないみたいだね」
ホレが言った。
マンスロートがあたふたし始めた。
「え。ええ、それじゃあどうすればいいの?」
「お母様!」
マレーンが言った。
「さっき使った禁断魔法を教えてください」
「だめだよマレーン。今のお前にはまるで魔力が足りないよ」
「それならお母様」
マンスロートが言った。
「私が使います」
「それもだめだよマンスロート。今のお前には禁断魔法をコントロールできやしない」
マンスロートとマレーンが互いに顔を見合わせ、口元に笑みを浮かべた。
「お母様」マンスロートが言った。「それなら二人で力を合わせてやります」
「お姉様が魔力を」マレーンが言った。「そして私がそのコントロールをします」
「二人で一つの呪文を使うっていうのかい?」
ホレは驚いた様子だった。
「それはとても難しい事なんだよ。お前達にそんなことができるのかい?」
「やってみせますよお母様」
マンスロートはマレーンに左手を差し伸べた。
「私たちを信じてください」
マレーンはマンスロートの左手を右手で取る。
手を取り合った二人は互いに向き合うようにして並ぶと、マンスロートは右腕を、マレーンは左腕をグロテスクな固まりに向かって伸ばした。
グロテスクな固まりは脈打ちながら糸を吐き続け、だんだんとその体を大きくさせている。
「よしわかった。自慢の娘達を信じるよ」
ホレは腹をくくった。
「二人とも頭の中で同じ事を考えて、意識を一つに同調させるんだよ。考える事はなんだっていい。そのかわり出来るだけ同じような事を思い描かなくてはいけないよ」
「それだったらお姉様」
マレーンがマンスロートを見つめる。
「あの歌しかないわね」
「ええ、そうね。あの歌を歌いましょう」
「私はかごの中の小鳥」二人は声をそろえて歌う。「いつか自由になる事を夢見て歌うの
青空が夕焼けへと移り変わり 闇へと変貌していく
私は眠りに落ち 空を羽ばたく夢を見るの
でも夢から覚めれば 私はいまだかごの中
ピイチク ピイチク 私はなんてかわいそうな小鳥なんでしょう」
二人の伸ばした手の先に魔法陣が現れた。
「私はかごの中の小鳥」二人は歌い続ける。「そんな私のかごの扉を開けるのはいったい誰?
優しい顔で私に微笑み 羽ばたけとささやく
私は翼を広げ かごを飛び出し羽ばたくの
夢にまで見た瞬間 私はいまやかごの外
ピイチク ピイチク 私はなんて幸せな小鳥なんでしょう」
二人が歌い終えると魔法陣が輝き始めた。
「今よ二人とも!」
ホレが叫んだ。
「ルンペルシュティルツヘンと唱えるのよ!」
二人は微笑みあうと声をそろえて叫んだ。
「ルンペルシュティルツヘン!」
巨大な光線が魔法陣から発射され、あたりはまばゆい光に包まれていく。するとこの世のものとは思えない、奇怪な叫び声が聞こえた。それはあのグロテスクな固まりの断末魔だった。
まばゆい光が消えると、壁に空いた大穴からグロテスクな固まりは跡形もなく姿を消していた。そしてその向こう側にあるべき、おっぱい山の残った片乳も消え去っていた。年中緑に覆われていたゼムジ山が消えた事で、おっぱい山の痕跡を残すものは何もなくなってしまった。
マンスロートとマレーンの二人は疲れきった笑みを浮かべると足下をふらつかせ、後ろに倒れそうになる。
そんなあぶなかっしい二人を、ホレは後ろから両手を広げて抱きかかえるようにして受け止めた。
「よくがんばったね二人とも。さすが私の娘達だよ」
満面の笑みで二人をほめたたえた。
二人はとても嬉しそうに笑った。
「姫様! 姫様!」
そう叫んで玉座の間に駆けつけたのは従者のキュルトヘンだった。
「姫様ご無事ですか!」
マンスロートがキュルトヘンに顔を向ける。
「遅いわよキュルトヘン」
マレーンもキュルトヘンに顔を向けた。
「もう終わっちゃたわよ」
「待ってよキュルトヘン」
遅れて玉座の間にやってきたのは、巨乳姫マンスロートに変装した鵞鳥番のリーゼルだった。
「足が速すぎるわよ。私を一人で置いていかないでよね」
マンスロートはリーゼルを見つめる。
「あなたが私の身代わりになってくれてた子ね」
「あ、はい。マンスロート姫様」
リーゼルはカツラを脱ぐと頭を下げた。
「わたくしこのお城で鵞鳥番をしております、リーゼルと申します」
「そう、ありがとうリーゼル」マンスロートは礼を言った。「あなたには本当に迷惑をかけたわね。ごめんなさい」
「と、とんでもありません。あやまらないでくださいマンスロート姫様」
「そこのリーゼルとかいうお嬢ちゃん」
ホレが怪訝そうに言った。
「どうしてあんたがここにいるんだい? 今は劇場にいなきゃダメなんじゃないのかしら?」
「じつはですね聞いてください」
リーゼルが張りつめた表情になる。
「私が偽物だとシュヴァンツ王国の人たちにはバレているんです。でもねローラント王子様はお優しい方で、演劇が終わるまでに本物のマンスロート姫様をお連れすれば、何もなかった事にしてくれるそうです」
「事情はわかりました」
マンスロートは言った。
「それならば私はすぐに劇場に向かいます」
マレーンがすこしさみしげな笑みを見せる。
「いってらっしゃいお姉様」
「マレーン姫様」
リーゼルがマレーンの手を取った。
「あなたも一緒に来てください」
「え? どうして?」
「だってマレーン姫様は、ローラント王子様がお好きなのでしょう?」
「ちょ、ちょっとあなた急に何を言うのよ。お姉様の前で」
マレーンは赤面しあたふたする。
「マレーン」
マンスロートが意外だという表情でマレーンを見つめる。
「そうなの?」
「そうですとも!」
縄で縛られていたやせた大臣が叫ぶ。
「貧乳姫様はローラント王子様を愛しておられる。ならば逃げ出した巨乳姫よりも貧乳姫様がご結婚されるべきなのです」
「ふざけるな!」
縄で縛られていた太った大臣が叫んだ。
「ローラント王子とご結婚されるのは巨乳姫様です。そんな勝手な事は絶対に許さんぞ」
「お黙り!」
ホレが怒鳴り声をあげた。
「あんたら二人に言っておく。私の娘達をくだらない思想のために利用するっていうのなら」そこで声を強める。「ただじゃおかないよ」
二人の大臣はすくみ上がり、押し黙ってしまう。
「マンスロート姫様、お聞かせください」
リーゼルが真剣な表情で問いかける。
「ローラント王子様とご結婚なさいますか? それともその座をマレーン姫様に譲りますか?」
「私は一度あのお方とお会いし、その志を聞かせてもらいました。その結果、ローラント王子様は非の打ち所のない立派な方だとわかり、私は彼と結婚する腹づもりでした」
そこでマレーンを一瞥する。
「けれどマレーンがローラント王子様を好きというのならば、私は——」
「ダメですお姉様!」
マレーンが叫んだ。
「この結婚はお姉様とローラント王子様のもの。それなのに、いきなり現れた私が横取りをするようなマネできません」
マンスロートはマレーンに微笑む。
「いいのよマレーン。私の事は気にしないで」
マレーンは今にも泣き出しそうな顔になる。
「お姉様こそ、私の事は気にしないでください」
「つまり二人とも自分でも決められないということですね」
リーゼルが言った。
「それならば、ローラント王子様に直接選んでもらいましょう。それで恨みっこなしでいいですね?」
マンスロートとマレーンの二人は互いに顔を見合わせると、静かにうなずいた。
「さてと、話がまとまったところで重大なお知らせです姫様」
キュルトヘンが言った。
「巨乳派と貧乳派の陰謀はこれにてお終いです。ですが姫様達は知らないと思いますが、シュヴァンツ王国の陰謀がまだ残っているのです。その解決のためにも、僕の計画を聞いてください」




