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第五幕 第十六場

 おっぱい王国のお城にある玉座の間では、貧乳姫マレーンとドラゴンへと姿を変えた悪魔との死闘が続いていた。その様子を見守るのは、玉座の間の片隅で恐怖のため動けずにいる二人の大臣だった。


 玉座の間の天井や壁の一部は破壊され、そのがれきがあたりに散乱している。その中のとりわけ大きながれきの陰に身を隠していたマレーンの顔には疲労の汗が浮き出ていた。


「隠れていないで出てこい」

 ドラゴンがしっぽで散乱するがれきを次々となぎ払っていく。その度にがれきが大砲のように飛び、玉座の間を破壊していった。


 マレーンが身を隠すがれきがなぎ払われるの時間の問題だった。


「このままじゃまずい」

 マレーンはがれきから飛び出すと上空に向かって手を伸ばす。

「ブリックレーブリット」


 玉座の間に散乱する全てのがれきがふわりと空中に浮いた。


「やっと出て来たか」

 ドラゴンは嬉しそうに口元を歪めた。

「はやく楽しませてくれよ」


 マレーンが掲げた手をドラゴンに向かって振り下ろした。すると空中に浮くがれきが次々とドラゴンに向かって勢いよく飛んでいく。


 ドラゴンはそれをしっぽで撃ち落としていく。

「こんながれきではどうにもならんぞ」


 マレーンは舌打ちすると、水をすくうかのようにして両手をあわせ、それを胸の高さに掲げた。そしてゆっくりと両手を閉じると呪文を唱える。

「ブリックレーブリット」

 閉じた両手の隙間から光が漏れだした。


「今度はどんな小細工をするのだ」

 ドラゴンが楽しげにマレーンを見つめている。


 マレーンは無言で両手を開く。するとそこから金色に輝く大量の蝶が現れ、次々と飛び出していき、ドラゴンへと向かっていく。


 ドラゴンが自分に向かって飛んでくる蝶をなぎ払おうとしっぱを振った。そしてしっぽの先に蝶が触れたその瞬間、蝶が爆発する。

「なに!」


 蝶達が次々とドラゴンに襲いかかり爆発していくが、その効果はドラゴンの体表を焦がす程度だった。


「こしゃくなマネを」

 ドラゴンが大きく息を吸う。

「こんなもの触れずに焼きつくしてやる」

 ドラゴンが炎を吐き、飛んでくる蝶を焼き払う。蝶達は次々と炎に飲まれ爆発していく。


 マレーンは落ちていたこぶし大のがれきを手に取った。

「ブリックレーブリット」

 がれきが黒くて丸い物体へと姿を変えた。


 ドラゴンは依然として炎を吐き続け、蝶を焼き払っている。


「これで遊びはお終いよ」

 マレーンは黒い物体に口づけをする。

「ブリックレーブリット」


 黒い物体が、炎を吐くドラゴンの口めがけて一直線に飛んでいった。黒い物体は炎を突き抜け、そしてドラゴンの口の中へと飛び込んだ。


「な!」

 突然のことにドラゴンが炎を吐くのを止めた。


「さよなら」

 マレーンは手を振る。

「ブリックレーブリット」


 次の瞬間、大きな爆発音とともにドラゴンの頭が吹き飛んだ。頭部を失ったドラゴンの首は、支えを失ったかのようにして床へと落ちる。そしてそれに引っ張られるかのように、その胴体が床へと倒れた。


「外が固くてダメなら中から攻めてやればイチコロね」

 そう言うとマレーンは床へとへたり込む。その表情は満身創痍といった様子だった。

「……もうダメ。動けない」


 貧乳派のリーダーであるやせた大臣ミハエルが、歓喜の雄叫びをあげてマレーンに駆け寄った。

「よくぞやってくれました貧乳姫様。あなたはこのおっぱい王国を救った英雄です」


 マレーンは上の空で息を喘がせている。やせた大臣の言葉は耳にとどいてない様子だった。


「英雄だと。そいつは間違いだな」

 そう言って歩み寄るのは巨乳派のリーダーである太った大臣シュルツだった。「今の戦いで貧乳姫が魔法を使ったのは明白。となると貧乳姫は魔女なのですよ。魔女は見つけしだいすみやかに処刑せねばならない」


「シュルツ貴様!」

 やせた大臣が怒鳴った。

「なんて事を言うんだ。貧乳姫様はこの国のために戦ってくださったのだぞ。それを魔女として処刑するだと。そんなの私が許さん」


「許す許さないではないのですよ、ミハエル」

 太った大臣がマレーンを蔑むようにして見下ろす。

「国の体裁と威厳を保つためにも魔女は処刑しなければ。それが例え英雄だろうが王女だろが関係ありません」

 そこではっとした表情になる。

「あ、なるほど。だから王様は貧乳姫を死んだ者とし、地下にかくまっていたのですね。今納得がいきましたよ」


「シュルツ!」

 やせた大臣が太った大臣の胸蔵を掴む。

「どうせ巨乳派のリーダーであるお前の事だ。貧乳であるマレーン姫様が疎ましくて、その存在を抹消したいだけだろ」


 太った大臣が自分の胸ぐらを掴むやせた大臣の手を払いのけた。

「どうやら私が巨乳派のリーダーであることはバレているようですね。貧乳派のリーダーであるあなたにね」


「どうやらお互いの素性はバレているようだな」


「だったらもう隠し事はやめましょう」


 二人の大臣がにらみあう。


「巨乳派なんてこの世から消えてしまえばいいんだ」やせた大臣が言った。

「貧乳派こそこの世から消えてしまえばいいんだよ」太った大臣が言った。


「……巨乳派?」

 マレーンは二人の会話の意味がわからないといった様子で、額に浮き出た汗を拭う。

「貧乳派?」


 二人の大臣は互いを罵り合い始めた。

 マレーンは呆然とその様子を見つめている。口出しする気力もないようだ。


 そんななか、ドラゴンの死体に異変が現れた。破壊された頭部付近の首元から糸のようなものが何本も生えだした。やがてそれが絡み合い大きくなっていく。


 マレーンがドラゴンの異変に気づき、苦笑する。

「……嘘でしょ」


 頭部を再生したドラゴンは立ち上がり、咆哮をあげた。


 二人の大臣が悲鳴をあげて腰を抜かし、這いずるようにしてその場から離れる。


「今のはとてもおもしろかった」

 ドラゴンが言った。

「さあ、続きをやろうではないか」


 マレーンは力ない笑みを浮かべる。

「……残念、もう無理だわ。動けないもの」


「そうかならばしかたがない。死ね」

 ドラゴンが大きく息を吸い始めた。


 マレーンの目に涙が浮かぶ。

「こんなところで……終わるの私?」


 ドラゴンが炎を吐こうとしたその瞬間、床から巨大な樹木が生えだし、ドラゴンを巻き込むようにして天井へと伸びていく。樹木は天井に着くとドラゴンをそこへ押し付けるようにして飲み込み、四方へと枝を伸ばしていった。


 マレーンが天井を見上げる。

「……え、どうして?」


「もう大丈夫よ」誰かがマレーンの両肩に手を置いた。


 マレーンが体をひねるようにして後ろを振り向くと、そこにいたのはローブを羽織った巨乳姫マンスロートだった。


「ひさしぶりねマレーン」

 マンスロートはやさしく微笑む。

「七年ぶりかしら」


 マレーンの思考が数秒間止まる。

「……お姉様?」

 そう理解した瞬間、大粒の涙がこぼれ落ちる。

「本物のお姉様なのね」

 感極まりマンスロートに抱きつく。


 マンスロートはマレーンの頭をやさしく撫でてやった。


「巨乳姫様」太った大臣が立ち上がった。「お帰りになったのですね」

「巨乳姫」やせた大臣も立ち上がる。「帰ってきてしまったのか」


 マンスロートが二人を鋭くにらみつける。

「いつまであなたがたは、巨乳派だとか貧乳派だとかくだらない争いを続けるの。その結果がこの騒ぎよ。いったい何を考えているのですか」


 二人の大臣は互いに顔を見合わせると、とぼけてみせる。


「巨乳姫様。いったいなんのことでしょう?」太った大臣が言った。

「巨乳姫。何をいっているのですか?」やせた大臣が言った。


「あくまでシラを切るつもりなのね」

 マンスロートは太った大臣に顔を向ける。

「巨乳派リーダー、シュルツ大臣」

 次いでやせた大臣に顔を向ける。

「貧乳派リーダー、ミハエル大臣」


 二人は正体がバレていた事に驚きを隠せず、あたふたする。


「たしか頭の中でイメージして呪文をとなえる……だったわよね」

 マンスロートは二人に向かって右腕をのばし、その手のひらを見せた。

「ブリックレーブリット」


 床から植物の芽のように二本の縄が生えだし、二人の大臣をあっという間にぐるぐる巻いて身動きを取れなくしてしまった。


「お姉様が魔法を……使ったの?」

 マレーンは驚いた様子だった。


 マンスロートはマレーンに顔を向ける。

「まだ説明聞いただけで、うまくいくかどうか心配だったけど大丈夫だったみたい。やっぱりお母様の教え方がよかったからだわ」


「……お母様?」

 マレーンははっとした表情になる。

「まさか!」


「おおきくなったわねマレーン」

 そう言って二人のもとにやってきたのは魔女ホレだった。


「お母様!」マレーンが歓喜の声をあげて立ち上がる。


 その時だった。巨大な樹木の天井に接する部分から炎が噴き出した。その炎はたちまち樹木を焼き尽くしていく。


 ホレは炎に包まれた樹木を見上げる。

「せっかくの娘との対面を邪魔しないでほしいわね。まったくもう」

 そうぼやくと二人に顔を向けた。

「二人とも危ないから下がっておきなさい」


「お母様気をつけて」

 マレーンが言った。

「あいつはとても手強い相手です」


「大丈夫よマレーン」

 ホレは力強い笑みを浮かべた。

「安心して私にまかせなさい」


 その時だった、焼きこげた樹木からドラゴンが飛び出したのは。


 すかさずホレは呪文を唱える。

「ブリックレーブリット」


 ドラゴンが重りを取り付けられたかのように、床へと一直線に引っ張られ、勢いよく叩き付けられた。床に倒れ臥すドラゴンは、見えない何かに押さえつけられたかのように身動きがとれず、その拘束を解こうともがいている。


 ホレは右手で握り拳をつくると頭上に掲げた。そして人差し指と中指を立てると、呪文を唱える。

「ブリックレーブリット」

 ホレの掲げる指先に風が渦巻き始めた。やがてそれは天井まで伸びる巨大な竜巻となる。

「ブリックレーブリット」

 さらに呪文を唱える。すると竜巻が収縮していき縄のように細くなった。だがしかし、その回転力はさきほどまでと比べ物にならないくらい速度をあげている。圧縮された竜巻は甲高いうなり声をあげた。


「す、すごい」

 マンスロートが驚愕する。

「これが本当の魔法の使い方なの」


 ホレがドラゴンの首めがけて右手を振り下ろした。竜巻の刃は轟音とともにドラゴンの首を一刀両断にし、突風を巻き上げ消えてしまう。


 ホレがマンスロートとマレーンの二人に笑みを向ける。

「終わったよ」


「まだですお母様!」

 マレーンが叫んだ。


 ホレが振り返ると、首なしのドラゴンが立ち上がっていた。その切り口からは何本もの糸が生えている。


「また再生するつもりだわ!」

 マレーンは切り口にうごめく糸を指差した。

「ブリックレーブリット」


 ドラゴンの首元の空間が歪んで収縮し、爆発する。だがしかし、血しぶきがあがっただけで、糸は消し飛ばずに健在したままだった。やがて糸がまとまり始め大きくなる。


「……なるほど」

 ホレがため息をつく。

「こいつはめんどうだね」


 ドラゴンの首が再生した。

「なかなかおもしろいではないか」


 ホレがドラゴンの体を指差した。

「あんたの本体はその胴体だね。ゆえにいくら頭や手足をぶった切ろうが再生してしまうんだろ」


「さよう。私を倒したくば、この胴体を一撃で消し去る事だな。だがお前にそれが出来るのか。見たところ先ほどの一撃が、渾身の一撃だったようだが」


 ホレは肩をすくめた。

「どうやら見透かされているようだね。たしかにさっきのが私の全力だよ」

 そこで言葉を切ると、自分の肩をもみだす。

「やれやれ年は取りたくないもんだね。昔の私なら、なんなくあんたを消し去る事ができただろうに」


「そんな……お母様」

 マンスロートが不安げな表情をホレに向けた。


 マレーンも不安げな表情をホレに向ける。

「それじゃ……あいつは誰にも倒せない」


「もう負けを認めての降参か」ドラゴンが言った。「どうやらお前達はこれ以上、私を楽しませてはくれないようだ。ならばもう、ここらへんでお開きにしようではないか。私はお前達を殺った後、この国を焼き尽くして新たな楽しみを探しに行くとするよ」


「そいつはできないねえ」

 ホレがドラゴンに向かって両腕を伸ばし、手のひらを見せる。


「無駄だ。お前の魔法では私は倒せぬ」


「たしかに今までの魔法ではあんたを倒せないね」


「ほう。何か秘策でもあるのか?」


「禁断魔法」

 ホレの顔つきが得意げなものに変わる。

「こいつは魔力を全部使いきってしまうんでね、できれば使いたくはなかったんだよ」


「おもしろい。やれるもんならやって見ろ」

 ドラゴンが大きく息を吸い始める。


「言われなくったって、そうさせてもらうよ」

 ホレがそう言うと、伸ばした両腕の先に魔法陣が現れた。

「こいつが禁断魔法だよ」


 ドラゴンがホレに向かって炎を吐く。


 それと同時にホレは叫んだ。

「ルンペルシュティルツヘン!」


 その瞬間、魔法陣がまばゆい光を発し、一筋の光がドラゴンに向かって差したかと思うと、一瞬にして巨大な光線となる。巨大な光線は炎をかき消しドラゴンを明るく照らす。そして自身が持つすさまじい熱量をもってドラゴンに迫る。


 マンスロートとマレーンの二人は目の上に手をかざし、光から顔を背けた。


 次の瞬間、目もくらむようなまぶしい光とともに、轟音が玉座の間に轟く。お城が激しく揺れ動き、玉座の間に煙が立ちこめる。


 揺れが収まるとマンスロートとマレーンの二人は目を開けた。強烈な光でくらんだ目をこすりながら、あたりに視線を走らす。だがしかし、もうもうと立ちこめる煙が視界をさまたげた。


「これじゃあ何も見えない」

 マンスロートが目を細めた。


「まかせてお姉様」

 マレーンはそう言うと唱える。

「ブリックレーブリット」


 玉座の間に突風が押し寄せ、煙を払っていく。開けた視界に現れたのは、壁に空いた巨大な穴だった。穴のまわりの壁は赤黒く焼けただれており、熱気で視界を歪ませている。そのすぐ近くにホレは立ち、そこから外の景色を眺め見ている。


 マンスロートとマレーンの二人は、壁に空いた巨大な穴から見えるものを目にして驚愕する。

 それはそこから見えるはずのおっぱい山の片乳の姿だった。あるべきはずのもう一つの山は消え去っていた。残っていた山は年中緑で覆われていたゼムジ山で、年中雪が積もっていたはずのジメリ山はどこにも存在していなかった。


「……最悪だわ」

 ホレが困った様子でマンスロートとマレーンの二人に向き直る。

「やっちまったよ。自分の家まで消してしまったわ。どうしましょう、どうしましょう」

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